インデックス投資との心地良い距離感

手動積立から自動積立に変更して約3か月、個人的にはなかなかしっくりくる感じ。距離感がちょうど良い。

【自動積立が良いと思う点】
・投資を気にかける時間が少なくなり、長期投資の成績を短期の視点で気にしなくて済む
・投資にかける手間暇が少なくなり、パッシブ投資としての利点を活かすことができる
・単純に積立忘れがなくなる
・上記のようなメリットのある賢いことをしているという満足感に浸ることができる・・・


また、放っておいても利益を稼いできてくれる(かもしれない)ことから、「お金に働いてもらう」という感覚を感じてきた。ちゃんと稼いできてくれるだろうか??



なお、資産の記録について、今は毎月実施しているが、頻度をどうするか迷い中。

投資にかける時間や考える時間を減らすという観点から、記録頻度を少なくしようかとも考えている。毎月記録する必要性もないし。

しかし、資産が少しずつ増えていることを実感できるため、記録するのがささやかな楽しみでもある。

とりあえずしばらくは毎月記録を継続するとしよう・・・。



と言うことで、現時点では「自動積立&毎月記録」がインデックス投資との心地よい距離感と言ったところか。ただし、そのうち心地良い距離感が記録頻度を少なくする方向にシフトしていきそうな予感。


参考:手動積立から自動積立へ変更した 初心者卒業?
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2016-04-29 09:43 : 雑記 : 編集

サバイバー(困難な状況を生き抜く人)の特徴

『「逆境に負けない人」の条件 ~いい加減さが道を開く~』(アル・シーバート 著)という、サバイバー(困難な状況を生き抜く人)の特徴に関する本を読んだ。

この本の内容を元に、(この社会やサラリーマン生活を)生き抜くために必要な考え方について考えてみた。

考えた結果は以下(ほとんど本の内容通りだが・・・)。


■ベースとなる考え方 その1
・生き抜くという強い意志を持つこと

■ベースとなる考え方 その2
・正気のふりをした狂気であること
(これは本には書かれてなかったが、以下の内容を実施するのに必要な一番のポイントと個人的には思う)

■上記2つの考えをベースとした具体的な考え方
・常に遊び心やユーモアを忘れず楽しむこと
・先手先手で先を読んでアクティブに行動すること
・白か黒かで考えず、白と黒を併せ持ったりグレーだったりすることを受け入れること
・自分の評価は自分で下すこと、他人から受ける批判を想定しておくこと
・自分の考え/感情と、他人の考え/感情の両方に気を配ること
・逆境から学ぶこと、逆境は学ぶチャンスと考えること


と言う感じ。

繰り返しになりしつこいが、「正気のふりをした狂気であること」が重要なポイントと個人的には考える。上記のような項目を実施するには、ある意味狂ってないとやってられないだろうから。

現時点でも「狂気であること」には自信満々だが、正気のふりはできていないと思う・・・。正気のふりをしていないと、社会からはじきだされてしまう・・・。
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2016-04-24 11:35 : 雑記 : 編集

「オランダのワークシェアリング」と「日本の一億総活躍プラン」の違い オランダがうらやましい?

先日の日本経済新聞からの抜粋。なるほど。

国を潤すはずの天然ガスの恩恵が国民全体に行渡らず、オランダ病を生み出していた。ワークシェアリングは国民が仕事を分け合い、国を潤す恩恵を全体に行き渡らせる仕組みであったといえる。

オランダのワークシェアリングは、恵まれた天然ガスの恩恵を国民全体にいきわたらせる仕組みである、というはなし。

すなわち、極端にいうと、分ける元となるパイ自体は初めからあり(天然ガスによる恩恵)、形式上みんなに仕事をさせてそのパイを分け与えるということ。


一方、最近話題?の「一億総活躍プラン」はどうだろうか。

日本には恵まれた天然資源があるわけではないため、分け与える元となるパイはない。よって、仕事によってパイを作り出す必要がある。つまり、形式上の仕事ではなく、本当の仕事(付加価値を作り出す仕事?)をする必要がある。

そして、一億総活躍というからには、その仕事を国民全員にしてもらおうという意図なのかな。

今回も被害妄想モードに火がついてきたが、極端にいうと、国の経済を発展させるために生まれてから死ぬまで働き続けろ、そして、消費し続けろ、と言うことだろう。

働くことと消費することを同時に求められるなんて、なんだか、穴を掘って(働いて)は埋める(消費する)無意味な作業を求めらているような・・・。つまり、ケチな自分からすると、せっかく働いて得たお金を使ってしまうなんて・・・、何のために働いたのだろうか・・・。


なお、個人的にはアーリーリタイアしたいと密かに思っているため、老後まで活躍(仕事)したいとは思っていないのだが・・・、みんなは老後まで活躍し続けたいと思っているのだろうか?
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2016-04-23 10:05 : 仕事 : 編集

熊本地震のニュースを見て感じたこと サラリーマン失格?

熊本地震のニュースを見て、直接被害を受けていない立場で感じたことをメモ書き。

被災者であればこのようなことを考える余裕はなかっただろうし、逆に、遠く外国で発生したことであれば気にもとめなかったかもしれない。

(被災者からすると、なにノー天気なこと言ってんだという話と思うが)国内の遠い場所で起こったことというのは、考えるにはちょうど良い距離感だ。


まず、まったくもって不謹慎な話だが、このような自然災害の映像を目にすると、血が騒ぐような感覚を抱くことを以前から感じてきた。その理由を考えてみた。

理由1.単調な味気ない日常から抜け出せるかもしれない、という期待があるのかもしれない・・・。

理由2.ド田舎の農家の家系だがらかもしれない。すなわち、自然災害で精神的ダメージを受けるのではなく、自然災害に血が騒いで元気に飛び出していくくらいでないと、農家としてやっていけないだろう。(逆に、サラリーマン生活で血の騒ぐ感覚を抱くことのない自分は、サラリーマン不適合者なのだろう・・・)

理由3.地方都市とはいえ、飼育ケースの中で暮らしているかのような、安全?な人工物で囲まれた生活を送っているため、自然を感じること自体が単純にうれしいのかもしれない。



次に、資産運用に関して注意すべきと感じた点を書いてみる。

注意点1.金融資産を分散することはある程度可能だが、モノの(保管場所を)分散するのは困難。特に、自分自信を分散することはできない。

注意点2.ある程度の現金を所持していた方が良いのかもしれいない。カードを使うことが多いため、現金はほとんど持ち歩かないし、家にもほとんどおいてない。しかし、災害時にはもしかしたらカードよりも現金が必要かもしれない。

注意点3.将来に備えて蓄えたところで、自然災害で破壊されるかもしれなし、また、自分自身が破壊されるかもしれない。今のうちに消費する、今を楽しむ、のも重要だ。

注意点4.将来に向けてアレコレ備えたところで、想定できていない事態が発生するに違いない。十分な余裕をもった計画を立てる必要がありそうだ。


最後に、こんなことを書くのも社会人としてどうかと思うが、自然災害で会社がしばらく休みになったりしないかな~と変な期待?をしてしまう自分がいる・・・。少し病んできたかな・・・、飲み足りないか・・・。


ちなみに、熊本にまったく縁がないわけではない。熊本城の石垣にもたれてアイスクリームを食べている幼いころの写真が残っている(記憶にはない)。また、阿蘇にはツーリングやドライブで何度か行ったことがあり、大好きな場所だ。さらには、桃太郎電鉄(TVゲーム)でもお世話になった・・・。
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2016-04-17 16:26 : 雑記 : 編集

格差拡大にまつわる被害妄想と誇大妄想

先日の日本経済新聞からの抜粋。

夫1人の働きで成り立っていた家計が、夫婦共働きでなければ成り立たなくなっていることを意味する。つまり、生活はまったく楽にならず、女性は働くことを余儀なくされているだけだ。

2013年以降、就業者数は増えた(女性は増えて、男性はほぼ変わらず)にもかかわらず、実質国内総生産はほぼ横ばいと言うはなし。


この記事を読んでいると、以下のような被害妄想モードに突入した。


機械化や人工知能の発達により、労働力としての人間の価値は相対的に減少していく。よって、労働者の賃金は減少し、機械や人工知能の所有者の賃金がその分アップする。すなわち、富める者はますます富み、その結果格差は拡大していく。


■経済的視点での人々の分類(現在)

分類1.既にある程度の資産があり悠々自適、あるいは、不労所得で生活可能
     ↑上位数%程度?

分類2.人間にしかできない職、かつ、高度な技術や知識を必要とする職に就き、高所得 
     ↑上位10%程度?まで

分類3.人間にしかできない職、かつ、中度な技術や知識を必要とする職に就き、中所得 
     ↑機械化や人工知能台頭で需要減少? (今現在の自分は運良くここ?)

分類4.人間にしかできない職、かつ、技術や知識を必要としない職に就き、低所得
     ↑機械化や人工知能台頭に需要減少?

この中で、分類2.~分類4.は基本的に激務であり、ぶっちゃけ分類1.をますます富ませるために仕事をしているようなもの(つまり、自分も分類1.のために仕事をしている)。極論すると、この世界は分類1.の人々を楽しませるためにある。



■経済的視点での人々の分類(近い将来)

分類1.既にある程度の資産があり、悠々自適、あるいは、不労所得で生活可能
     ↑上位数%程度?

分類2.人間にしかできない、かつ、高度な技術や知識を必要とする職に就き、高所得 
     ↑上位10%程度?まで

分類3.働き口がなく、必要最低限の生活を準備してもらう、
     あるいは、準備された職(機械や人工知能でも代替可能な職)につき、低所得
     ↑残りの90%程度? (近い将来の自分はおそらくここ?)

この中で、分類2.は激務、分類3.はある意味無力な子供のようなもの(つまり、自分も子供に逆戻り)。極論すると、この世界は、分類3.の人々を養い、分類1.の人々を楽しませるためにある。



と言うことで、今はかろうじて大人とみなされている自分も、近い将来は無力な子供扱いに逆戻りかもしれない。

とりあえず、大人でいられる今のうちにお酒を楽しんでおこう・・・


と同時に、大人でいられる今のうちにできるだけ資産を築いて、運良く分類1に近づけないだろうか、という誇大妄想?夢?も抱いてしまう・・・(こんな夢を見るのは既に子供だから?)
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2016-04-16 15:45 : 雑記 : 編集

消費低迷とインデックス投資 その2

前回に引き続き消費低迷について考えてみる。

ちょうどタイミングよく、一昨日の日本経済新聞に次のような記述があった。

豊かな今は買いたい物は多くない。若者がお金を使わず、車を買わないといわれるが、環境問題を考えればそれが正常だろう。


自分の場合を考えてみると、「買いたい物は多くない」というよりも、買いたいものにお金がかからないことが多い、といったところだろうか。

例えば、読書好きな自分にとって、本は一番のお金の使い道となるはずだ。しかし、図書館を便利に利用できる今となっては、本を買うことはほとんどない。図書館を書庫感覚で使っている。

また、以前はツーリングやドライブも好きだったが、(お金のかかる)バイクや車自体よりも(基本的にお金のかからない)道の方に興味(こだわり)があった(周りの景色も含めて)。よって、一時期バイクを所有していたものの、車はもっぱらレンタルだ。レンタカー屋を車庫感覚で使っている(年数回程度だが)。

ちなみに、ツーリングやドライブに本来一番コストがかかるはずの道路が基本的にただなのは、よくよく考えると非常にありがたい(道路を作るのは、バイクや車と比較するとはるかにコストがかかっているはずなのに)。九州から北海道まで、山の中から海のそばまで、まるでツーリング・ドライブコースを準備してくれたかのように日本全国に道路が張り巡らされている。せっかく準備してくれているのに、ツーリングやドライブを楽しまないなんてもったいない(環境を汚しながらにはなるが・・・)。

なお、これは決して本心ではないが、サラリーマンをしていると、お金がかからないどころか、お金をいただきながら、多くの恩恵を受けることができる。いろいろな人間ドラマを楽しむことができるし、心いくまでハラハラドキドキを堪能することができるし、(ある意味)様々な脱出ゲームにチャレンジすることができる。さらには、スキルまで身に付けることができ、おまけにまっとうな人間(大人)であることを証明(偽装?)してくれる。サラリーマンをしないなんてもったいない(刺激が強すぎるかもしれないが・・・)。くどいけど、これは決して本心ではない。


と言うことで、改めて「買いたい物」と言われてもなかなか思いつかない(やっぱりお酒?)。


ちなみに、インデックス投資を実施している今となっては、インデックス投資(月々積立て)することで消費している気になってしまっているようにも思う(今月もたくさんお金をつかったな~(積立てたな~)、という感じ)・・・



最後に勘違いされないよう念のためですが、「買いたい物」がなかなか思いつかない一番の原因は自分がケチだからです・・・
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2016-04-09 14:32 : 雑記 : 編集

消費低迷とインデックス投資

「弱い消費をどうするか」と題した記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

消費増税を先送りしても消費が強くなるわけではない。家計を取り巻く「不確実性」の高まりが、中長期的に消費者の財布のヒモを締めているからだ。

消費の少ない現状は駄目であり、消費を伸ばす必要がある、ことを前提とした記事となっている。


そもそも、なぜそのような前提が成り立つのだろうか?(なぜ消費を伸ばす必要があるのだろうか?)、と考えてみた。

現在の日本では、おおよそ生活必需品はいきわたっており、無理に消費を増やさなくても生活に困るわけではなさそうだ。

逆に、無理に消費を増やそうとすると、メタボの原因になったり(必要以上に食べる飲む)、環境破壊や資源枯渇を促進する原因になったり(必要以上にモノを買う(最終的にゴミになる)・必要以上に移動する(CO2を排出する))して、結果的に生活に支障をきたすことになりかねない。

しかし、問題となるのは、消費低迷により景気が悪くなると、現在いきわたっている生活必需品もいきわたらなくなる恐れがあるということだろう。

すなわち、
過剰な(生活に必要以上の)消費をする  → メタボや環境破壊促進の恐れあり
過剰な(生活に必要以上の)消費をしない → 生活必需品の入手も危うくなる恐れあり

どちらをとるかと言われると、「メタボや環境破壊」を犠牲にしてでも「生活必需品」をとらざるを得ないだろう。


なお、自分が消費を増やさない理由は、メタボや環境破壊の心配からではない。根がケチだったり、老後が心配だったりというのもあるが、お金を貯めて一刻も早くリタイアしたいというのが一番大きいかもしれない。そういう意味では、労働環境改善も消費増加に効果ありかもしれない。働くのが好きであれば早期リタイアなんて考えないだろうから、今以上に消費を増やせそうだ。


そもそも、成長し続けることを前提とした資本主義そのものに問題があるのかもしれないが(環境問題や資源枯渇問題と両立できないように思う)、本当に問題なのであれば誰がどのように是正してくのだろうか?(そう思うなら自分でやれと・・・)



ちなみに、自分は資本主義の将来(右肩上がりの経済成長)に悲観的でありながら、右肩上がりの経済成長を前提としたインデックス投資を実施している。自分の思考能力に自信がないため、資本主義に悲観的な自分の考えを信じられないのだ・・・。

自分の考えに反することへ投資するという意味で、ある意味分散投資?・・・。
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2016-04-03 14:21 : 雑記 : 編集

自分はケチなくせに、ケチを非難したくなる人

自分はケチなくせに、ケチを非難したくなるのは何故だろうか?

結論から書くと、

『ケチであることは生きるための戦略であり、また、ケチを非難する(ケチを敬遠する)ことも生きるための戦略であるから』

だろう。



そもそもケチとは何か?から考えてみた。

アレコレ考えてみた結果、

1.「衝動的に貯め込む」 (⇔ 「衝動的に使ってしまう」)
2.「計画的に将来に備える」 (⇔ 「計画的に今を楽しむ」)
3.「自分さえ良ければ」 (⇔ 「他人を喜ばせたい」)

などの行動をとっていれば、他人にケチと思われそうだ。ここでは、これらの行動をとる人をケチな人と考える。

「計画的に将来に備える」ことを「節約」と言うのかもしれない。しかし、計画的なのか衝動的なのかの的確な判別を他人に期待することはできない。あくまで、ケチかどうかは他人の主観で判断されてしまう。



次に、ケチは生きるための戦略、について考えてみる。

「貯め込むこと」と「将来に備えること」は、食糧確保には重要だ。特に、冬を生き延びないといけない日本人にとって、「貯め込むこと」は絶対に必要であり、まさに生きるための戦略だ。

一方、「自分さえ良ければ」は短期的には有利かもしれないが、長期的には不利と思うので(他人の協力を得られなくなるため)、これに限っては生きるための戦略とは言えないかもしれない・・・




最後に、ケチを非難するのは生き残るための戦略、について考えてみる。

「自分さえ良ければ」の他人はもちろんのこと、「衝動的に貯め込む」他人や「計画的に将来に備える」他人も、自分に益をもたらさない可能性が高い。

それよりも、「他人を喜ばせたい」他人や「衝動的に使ってしまう」他人や「計画的に今を楽しむ」他人の方が、自分に益をもたらす(おこぼれを頂戴する)可能性が高そうだ。

そういう意味で、ケチを非難して(敬遠して)ケチではない人を称えるのは生きるための戦略であろう。




以上のよう考えると、『ケチであることは生きるための戦略であり、また、ケチを非難する(ケチを敬遠する)ことも生きるための戦略である』と考えられる。



と、ケチなくせにケチを非難したくなる自分が考えてみた・・・
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2016-04-02 13:39 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・投資:パッシブに殖やす
・節約:消費するよりアーリーリタイア

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
 eMAXIS Slim 先進国株式インデックス
 たわらノーロード 先進国株式
 SMT ゴールドインデックス・オープン(為替ヘッジあり)

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