ブログを書くことの一番のメリット?

先日見た『最後の講義「石黒浩教授」』というTV番組がおもしろかったので、さっそく彼の本「アンドロイドは人間になれるか」(石黒浩 著)を読んでみた。

石黒氏はアンドロイド研究を通して「人間とは何か?」を考え続けているようで、その根底には、「人の気持ちを考えなさい」と大人に叱られて、それがどういうことなのかまったく理解できなかった子供時代の体験があるようだ。

アンドロイドの研究を通して人間をより「客観的」に見れるようになることが肝なのだろうと感じた。

この「客観的」というキーワードは非常に重要だと最近(今さらながら)感じている。

例えば、ブログを書くという行為の一番のメリットは何かと考えた時に、「自分を客観視できること」だと思っている。

すなわち、他の方々が書かれているブログ達と比較することで、自分の考え方や行動にはどのような癖があるのか?、自分の興味関心はどの方向に偏っているのか?、自分の人生にはどのような特徴があるのか?、などなどを知ることができる。

普段の生活では似たような境遇の人々と関わりがちであり、それが普通だと思い込んでしまうのだ(行動範囲が狭いだけか・・・)。




と言うことで、これからもひっそりとブログを書き続けて自分の偏った人生を客観視し続けていきたい。






ちなみに、この本で特に興味深かったのは次の部分。
非常に単純な機械の動きに「心を感じますか」と問えば、感じるという人は少ない。多少複雑でも、原理を知っていれば「それは心ではない」と言う。しかし、人間は複雑である。いや、虫程度でもいい。動きが相当以上に複雑なものに対しては、相手のことを一から、すべては理解しきれない。自分の頭の中で完全に再現しきれない、解釈しきれない、理解しきれいないほど複雑なもの、仕組みがわからないくらい入り組んだものが目の前にあると、「こいつは、私の知らないところで勝手に独立して考え、動いてるのだろう」という想像が働く。その浮かんできた想像に名前をつけづにはいられなくなる。それを「心」と呼んでいるのだ。

心の本質は「迷い」なのだろう。あれでもないこれでもないどうしようどうしようと、すぐに迷ってしまうのは自分の欠点だと思っていたが、「心」を持つ人間である証ということで・・・。


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2017-07-30 11:01 : 雑記 : 編集

官製相場で「投資から貯蓄へ」?

「膠着相場 買えぬ個人」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

相場の下げ局面で日銀が買いを入れるため、逆張り傾向が強い個人投資家が買いの機会を失っている、という話。
相場の下げ局面で1日に700億円規模を買い入れる日銀の存在によって、個人が株式市場から閉め出されているという見方だ。「日銀の官製相場で個人が買いの機会を失っている」との懸念を公言し始めた極東証券の菊池広之会長は「顧客以外からも『よくぞ言ってくれた』という声が多く寄せられている」と話す。

この状態がつづくようなら、個人は「待機資金を貯金に振り替えていずれ完全撤退してしまう」との懸念もくすぶる。ましてや、個人投資家が市場から徐々に「退出」することは構造的に目に見えている。それは投資家の高齢化。

貯金に振り替えていずれは完全撤退との懸念も書かれており、「貯蓄から投資へ」の逆をいく「投資から貯蓄へ」だな・・・。


また、このような話を聞くと、官製相場で割高になっていると言われる今、iDeCoやらつみたてNISAやらで「貯蓄から投資へ」の流れを作ろうとして大丈夫なのかと心配になる。

官製相場で割高になっている状況で投資をはじめると、今後値下がりする恐れが高そうであり、もしそうなったとしたら、やっぱり投資は危険だなと辞めてしまい、さらにはもうこりごりだと二度と手をださない人も出てくるような・・・。

そう考えると、景気が悪く株価がさえない時期に「貯蓄から投資へ」を促す方が良さそうだ。
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2017-07-30 08:34 : 雑記 : 編集

時価総額も労働生産性もイノベーションが鍵?

「ムーアの法則 限界の先は」という記事が、先日の日本経済新聞に掲載されていた。

その中で、企業の戦略に関する次の記述が気になった。
「ビジネスの勝ちパターンが以前と大きく変わった可能性がある」とみるのは早稲田大ビジネススクールの入山章栄准教授だ。経営学でいう競争戦略の目的の一つは、これまで独占状態を強めるなどして「持続的な競争優位」を構築することにあった。だが、最近のようにイノベーションが頻繁に起き、変化の激しい環境ではそうした戦略も通用しにくくなる。イノベーションそのものが企業の戦略と同義になったとえいるのだ。

なるほど。競争優位な状態を維持すれば良かったのは過去の話で、今となってはイノベーションによって新たな競争優位の状態を作り出し続けることが重要という考えのようだ。グーグルやアップルなどの米IT企業のイメージか。


一方、日本は労働生産性(=GDP/人口)が低いので改善する必要があるというような話をよく耳に(目に)する。そして、その手段として業務効率の改善が挙げられる傾向にある。


上の2つの話(「競争優位」と「生産性」)を合わせて考えてみると、「業務効率の改善」というのは「新たな競争優位の状態を作り出し続ける」ための手段というよりも、「競争優位な状態を維持する」ための手段である。

すなわち、「業務効率を改善」して労働生産性を上げようとする手段が有効なのは過去の話であり、今となっては「イノベーションを起こし続け」て労働生産性の改善をはかる必要がある、ということになるのだろう。



ということで、労働生産性を上げるためには「業務効率の改善」以上に「イノベーションを起こし続ける」ことに力を入れる必要がありそうだ。ただ、「イノベーションを起こし続ける」とは具体的には何をどうすれば良いのだろうか・・・。

まあでも、下っ端のさえないサラリーマンとしてはまずは目先の「業務効率の改善」から取組むべきなのだろう・・・。




ちなみに、株式の時価総額に関する次のような記述もあった。労働生産性だけでなく時価総額においても鍵はイノベーションということか。
安宅氏は「利益や資産はかつてほど時価総額を決定づける要因ではなくなった。まだ不確実だが、かなりの確率でそうなると予想できるビジネスチャンスへの期待感の方が重要になった」と話す。
※安宅氏とは安宅和人氏
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2017-07-30 07:17 : 雑記 : 編集

「ふるさと納税ビジネス」に踊らされているだけなのか・・・

『自治体 1/4「流出超」』というふるさと納税に関する記事が今朝の日本経済新聞に掲載されていた。

気になる部分を抜粋。
納税による寄付金受け入れ額より控除額が大きい「流出超」は462自治体。前の年より63減ったが、全体の4分の1を超えた。

都市部自治体の反発は強く、5億9千万円の赤字となった千葉市の熊谷俊人市長は「『得をする』ということで税を支払う国民は本当に健全なのか」と憤る。


一方、自分の状況
1.還元率の高そうな自治体に限度額まで寄付している(つもり)
2.自分が住んでいる自治体は「流出超」のようだ

トータルすると損しているのではなかろうか?、と悲観的に思ってしまったが、計算してみると得しているようだ!!

すなわち、{(自分が住んでいる自治体の損失/人口)×(家族の人数)}よりも減税効果(返礼-2000円)の方が大きそう(この計算は正しいのか?)。

ただ、自分が住んでいる自治体は「流出超」なため、読書好きな自分としては、税収減によって図書館のクオリティが低下しないかどうかが心配だ。

自分が納める住民税の用途を指定できるのであれば、まっ先に図書館を指定したいところなのだが・・・。




とかいろいろ考えてみたが、「ふるさと納税」で一番得しているのは誰かと考えてみると、結局は「ふるさと納税ビジネス」なのだろう。自分(のような市民)はそのための道具として踊らされているにすぎないに違いない(という被害妄想・・・)。

まあでも、道具は道具なりに道具としてのベストを尽くすのみであり、国民としての自分の行為が「健全」かどうかなんてどうでも良いのだ・・・。
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2017-07-29 15:03 : 雑記 : 編集

「人間にしかできない仕事」で満足感を得られるのか?

前々回と前回に続いて「フランクリン自伝」(ベンジャミン・フランクリン 著、鶴見俊輔 訳)を読んだ感想。

「人間は仕事をしているときが一番満足」というような記述があり、興味深かった。
このときの様子から、わたしは人間は仕事をしているときが一番満足しているのだということを知った。働いた日はみんな素直で元気がよく、一日中たっぷり仕事をしたことを意識して、晩になると楽しそうに過ごすのだが、なまけた日は反抗的になってけんかっぽくなり、豚肉やパンなどにも文句をつけたりして不機嫌なのである。わたしは、そこで一人の船長のことを思い出す。その船長というのは部下に絶えず何か仕事をさせておくことにしていて、あるときかれの助手が、もう何もかもやらせてしまったから、これ以上やらせることがない、と言ってくると、かれは「ああ、それでは錨を磨かせろ」と言ったのである。
※冒頭の「このとき」とは要塞を築く仕事をしたとき


「仕事」と書かれているが、ここに書かれている「仕事」とは肉体労働のようだ。

ストレス発散にはスポーツが良いというのを聞いたことがあるが、体を動かすというのは人間にとって心地よく、満足感を得られる体験なのだろう。

と言ってもハードすぎると心地良さを通り越して辛いだけになるだろうから、適度さが重要。

すなわち、適度な肉体労働は満足感の源なのだろう。




一方、現在の社会は次のような状況と思う。
1.過度な競争で過酷な仕事をしいられがち
2.人間に残されたのは頭を使う複雑な仕事(いわゆる「人間にしかできない仕事」)

さらに、AIの普及で拍車がかかりそう。

頭を使う複雑な仕事というだけでもストレスがたまりそうなのに、それを過度に要求されるなんてたまったものではない。

そのようなストレスフルな仕事から満足感を得られるのだろうか?

満足感を得られとすれば、苦痛に快感を覚えるようないわゆる「マゾ」的な性質を有する人々に違いない。

将来的には環境に適応した「マゾ」的な性質が支配的になっていくのかもしれない。




ということで、満足感を感じる人生を送るためには、「マゾ」的な性質を伸ばすのが良さそうだ。

フランクリンの13の徳目のマネをしてちゃーもの徳目を作るとしたら、その一つ目は「マゾ」にしようかな・・・。徳ではない??
(参考記事:偉い人の言葉だからと真に受けてはいけない・・・
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2017-07-29 09:16 : 雑記 : 編集

ブログを書くことの弊害? そして対策・・・

前回に続いて「フランクリン自伝」(ベンジャミン・フランクリン 著、鶴見俊輔 訳)を読んだ感想。

下記抜粋部分を読んで、ブログを書くことには次のような弊害がありそうだと感じた。
弊害1:ブログで書いた内容は批判の対象となり攻撃される材料になる
弊害2:書いた内容に自分自身が縛られて動けなくなったり改善しようとしなくなったりする


これら2つの対策を考えてみた。

対策1:当たり障りのある攻撃的な内容は書かない
対策2:前言撤回は一貫性の無さではなく成長の証だと都合よく解釈する


と書いたものの、そもそもこのブログはほとんど読まれていないため攻撃される心配はないのだけど(おそらく一番の読者は自分、自分では世界で一番面白いブログだと勝手に思い込んでいる)。

まあでも念には念を入れて、つかみどころの無い妄想で煙に巻くとしよう。

また、「しょせん自己満妄想ブログだよ」とか、「いつでも前言撤回するよ」とか、あらかじめ宣言しておくのもよさそうだ。


ということで、今まで以上の自己満妄想前言撤回ブログを目指すことをひっそり宣言しておこう。





以下抜粋。

説教が巧みなある宗教家に関する記述。
かれが書いたものとか、それを印刷したものは時おり敵側に乗ずるすきを与えた。説教のときに言ったことならば、不用意な意見でも誤ったことでもあとで説明したり、こういうことをいっしょに述べるつもりだったと言って、前にいったことを変えることもできるし、また否定することもできるのだが、ラテン語の諺にもあるように『書いたものはあとに残る』のである。批評家たちはかれの書いたものを激しく攻撃して、その言い分にはいかにももっともだと思えるところがあるので、かれの熱心な信者はふえるどころか、逆に減っていくばかりだった。私が考えるところでは、もしかれが何も書かなかったとしたら、かれは信者もたくさんいる有力な宗派を後世に残し、かれの名声は死んだあとまでもますます高まっていただろう。書いたものが何も残っていなければ、非難したり、その人格にけちをつけたりするもとのものがないのだから、かれの信者は熱狂的な祟敬の心でかれに関するたくさんのすばらしい話を勝手に作りあげて、自分たちの望みどおりの人物にこしらえあげてしまえるからである。


ある宗派の創立者から聞いた話の記述。
もし、信仰の告白を一度刷り物にして公表してしまうと、わたしたちはそれにしばられて、動けない気持ちになり、もうそれ以上改善して行こうという気がしなくなるのではないかと恐れているのです。そして、私たちの後継者が、自分たちの長老たちや創設者が行ったことは神聖なものだとして、それにそむくことは絶対にいけないことだと思い込んでしまったら、なおのことかれらはもう改善して行こうという気がしなくなるのではないかと、それをとっても恐れているのです。

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2017-07-29 06:04 : 雑記 : 編集

偉い人の言葉だからと真に受けてはいけない・・・

古典を読んでみようと思い立って9冊目、「フランクリン自伝」(ベンジャミン・フランクリン 著、鶴見俊輔 訳)を読んでみた。

アメリカ合衆国建国の父の一人と言われるベンジャミン・フランクリンの自伝。印刷業から身を起こした政治家であり、かつ、雷が電気であることを明らかにした科学者でもあるとのこと。

本の中で特に次の部分が気になった。
私の徳目表は、最初十二項目しかなかったのだが、クェーカー教徒の友だちが、あなたは一般に高慢だと思われているし、話をしているときにその高慢さがしばしば見えるのです。何かのことで議論を始めると、自分のほうが正しいというだけでは満足しないで、相手を圧迫したりして、いうなれば放漫なところがるんですよ、と親切にもその事例をいくつかあげて注意してくれたので、自分でもなるほどと思い、できればこの悪い癖やそのほかの愚かしいことも直したいと心に誓って、徳目表に『謙譲』を加え、この言葉に広い意味を持たせたのである。

なお、徳目とは彼が身につけようとした次の13項目。
1.節制
2.沈黙
3.規律
4.決断
5.倹約
6.勤勉
7.誠実
8.正義
9.節度
10.清潔
11.平静
12.純潔
13.謙譲

ここで注意しないといけないと思うのは、身につけるべき徳目は人によって異なるだろうということ。

例えば、そもそもケチな自分にとっては、今以上に「倹約」するよりも上手に「浪費」することを身につけるべきであり、また、そもそも大人しい自分にとっては、今以上の「沈黙」よりも「饒舌」を身につけるべきだ。

また、彼の成功には「高慢」な性格が一役買っていたに違いなく、「謙虚」なだけの彼では成功できなかったはずだ。逆に、「謙虚」すぎる(と勝手に思い込んでいる)自分は「高慢」を身につけるべきだろう。

というように、身につけるべき徳目は各自で異なるはずだ。

すなわち、各自の多すぎる性質を減らし、少なすぎる性質を増やすべし。



ということで、何事もほどほどにでバランスが大切だといういつもの結論・・・。




というような、偉くすら無いちゃーもの言葉なんてまったくあてにならないが・・・。
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2017-07-28 22:33 : 雑記 : 編集

低コストファンドの新たな寄生先候補・・・ 

「資産形成 課題を聞く」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

その中で、金融商品の低コスト化による収益確保の難しさに関する記述があった。


投資信託協会会長の岩崎俊博氏のコメント。
イデコやつみたてNISAで短期的に利益を出すのは難しく、そう簡単に黒字になるものではない。今後、現場とも話し合いながらコスト削減策を考えていきたい。口座開設の簡素化などでも工夫する余地はありそうだ

なるほど、当面は赤字ということか・・・。

現状では、低コストファンドは何かに寄生しないと(他で得た利益で埋め合わせないと)やっていけないということなのだろう。



また、日本投資顧問業協会会長の大場昭義氏のコメント。
例えば伝統的な運用資産である株や債券に代わる(投資ファンドや不動産といった)代替投資など従来にはない分野に力を入れる。こうした高度な運用で成功報酬を得るなどして収益水準を引き上げていく必要がある

金づるだった毎月分配型を金融庁にダメ出しされ、ラップ口座やロボアドもなかなかうまくいかない中、次の一手として投資ファンドや不動産といった代替投資を考えているということなのだろうか。

言い方を変えると、低コストファンドの新たな寄生先候補は代替投資ということか。

低コストファンド利用者としては頼れる寄生先となるよう是非とも頑張って欲しいところだがうまくいくだろうか・・・。




なお、業務効率化や残高増加によって低コストファンドも黒字化する日が来るのだろうか。赤字(お荷物?)のままだったら将来性が心配だ・・・。



まあでも、(高コストな)毎月分配型をダメ出しされた結果、(それに寄生していた?)低コストファンドの将来性が危うくなるかも?、というのもなんだかな・・・。
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2017-07-23 07:25 : 雑記 : 編集

インデックスファンドはスムーズな目的達成を配慮したデザインになっているか?

『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』(村田智明 著)という本を読んだ。

著者の提唱する「行為のデザイン」について書かれた本。

「行為のデザイン」とは次のようなこと。
「行為のデザイン」とは、対象をモノだけに絞らず、人や情報、環境を含んだ中で「行為がスムーズに美しく振る舞われるためにどうあるべきか」を考えるデザインです。だからまずユーザーが目的を達するための動き・行為に着目します。もし利用中に動きが止まるのであれば、それは利用法がわからないとか、いったんやめて戻らなければいけないなど、プロダクトに「バグ」があるということです。

すなわち、使い方がわからずに迷ったり、使い勝手が悪く手間取ったり、失敗したり、ということが無く、スムーズに目的を達成できるように考慮されたデザインのようだ。




ここでは、インデックスファンドについて「行為のデザイン」の視点で考えてみた。

まず、インデックスファンドの目的を再確認してみると、素人が長期的に資産を運用して殖やすこと、といったところか。

次に、インデックスファンドを使用する流れを整理してみた。
ステップ0.資産運用の計画を立てる
ステップ1.利用するファンドを決める
ステップ2.証券会社に口座を開設する
ステップ3.ファンドを購入する
ステップ4.ファンドを保有し続ける
ステップ5.ファンドを売却する


この流れの中で、スムーズな目的達成の妨げになりそうなポイントはないだろうか?

と考えてみると、「ステップ1.利用するファンドを決める」からしてつまづきそうだ・・・。株式やら、債券やら、REITやら、国内やら、海外やら、新興国やら、為替ヘッジやら、バランスファンドやら、種類が多すぎてどれを選べば良いのか途方に暮れそう・・・。

店頭に並んだジャムの種類が多すぎると売れ行きが悪くなるという話を聞いたことがあるが、まさにそんな状態ではなかろうか。

しばしば本などで目にするのは、国内外の株式や債券に幅広く分散投資して年に1回程度リバランスする、というような手法だが、極端に言うとこれを実現できるファンドが1つ(多くても3つ程度)あれば良いのではなかろうか。

改めて考えると、投資を趣味とする人以外、資産クラスごとにファンドを購入して組合せ、年に1回程度リバランスする、というのはハードルが高そうだ。


もう1つの問題となりそうなステップは「ステップ4.ファンドを保有し続ける」だ。

素人の失敗事例として、相場の下落時にビックリして売ってしまうというのがしばしば挙げられている。しかし、そのようなビックリ売りを回避するようなデザインにはなっておらず、相場急落時も簡単に(数クリックで)売ることができる。

国内外の株式や債券に幅広く分散投資して年に1回程度リバランスする、という手法がお勧めであれば、下落した資産クラスは逆に買い増すようなデザインになっているべきだろう。




といことで、「行為のデザイン」という視点から改めて考えてみると、インデックスファンドはスムーズな目的達成を配慮したデザインにはなってなさそうだ。

どちらかというと、投資に詳しい(趣味とするような)人々が満足できるようなデザインになっているのかもしれない・・・。



また、「行為のデザイン」という視点からは、自分もかつて利用したことのあるセゾン投信の「セゾン・バンガード・グローバルバランスファンド」はなかなか優れているのかもしれない、と改めて感じた。

セゾン投信にはファンドが2つしかないため選択しやすく、また、「セゾン・バンガード・グローバルバランスファンド」を選べば、国内外の株式や債券に幅広く分散投資して年に1回程度リバランスする、をおおむね満足できる。

さらに、手続きに手間がかかるのでビックリ売りも減りそうだ。

低コスト化が進んだ今となっては信託報酬が高目なのが気になるが・・・。
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2017-07-23 06:13 : 雑記 : 編集

大好きなお金についてどこまで掘り下げて考えているだろうか?

古典を読んでみようと思い立って8冊目、「読書について」(ショーペンハウアー 著、鈴木芳子 訳)を読んでみた。

薄い本に3編が収められている。
「自分の頭で考える」
「著述と文体について」
「読書について」


特に、「自分の頭で考える」が自分の至らなさに気付かされる内容であり、ためになった。

冒頭に書かれていた次の部分は大変納得でき、また、読書好きな自分は反省すべき内容だ。
いかに大量にかき集めても、自分の頭で考えずに鵜呑みにした知識より、量はずっと少なくとも、じっくり考え抜いた知識のほうが、はるかに価値がある。なぜなら、ひとつの事実をほかの事実と突き合わせて、自分が知っていることをあらゆる方面から総合的に判断してはじめて、知識を完全に自分のものにし、意のままにできるからだ。

今は読書(知識のかき集め)の比率が大きいように思うので、今後は「考える」比率をもっと高めていきたい。「読書」と「考える」のバランスが大切だ。

例えば、投資を始めて以来、お金に関する知識は継続的に仕入れているが、どれだけ自分の頭で考えているだろうか?わかった気になって満足して終わっているように思う・・・。


自分の頭で考えるための対策として、次の2つを試してみたい。
1.「そもそも○○とは?」と自分に問いかける癖をつける(セルフそもそも論)
2.どこまでが他人の考えの受け売りで、どこからが自分の考えなのかを常に意識する





さらに、自分がサラリーマン生活を送る上でおぼろげながら問題視していた内容を、的確に指摘してくれているかのような部分があった・・・。
第一級の人物に特有の際立った特徴は、判断をすべて自分で直接下すことだ。こうした人物が持ち出すのはどれもみな、自分の頭で考えた結果であり、これは話しぶりのいたるところにあらわれる。かれらは君主のように、精神の王国に直属している。(中略)そういうわけで自分の頭で考える真の思索家は、君主に似ている。直接判断を下し、自分の上に立つ者を認めない。彼の判断は君主の決定のように、みずからの絶対的力に由来し、彼自身が直接下したものだ。換言すれば君主が他人の命令にしたがわないように、こうした真の思索家は権威をうけいれず、自分で確かめたたこと以外、認めない。

第一級の人物になる気などサラサラないが、サラリーマン生活を乗り切る程度のぶれない判断力が自分には乏しいようだ。

自分と違う考え方に出会うと、そういう考え方もあるのか!と、否定することなくすぐに受け入れてしまう。すぐに他人の考えに影響されてしまい、確固たる自分の考えというものが無い。


仕事においてぶれない判断力を持つための対策として、次の3つを試してみたい
1.仕事のことを考える時間を増やす(そのためにもっと知識を付けてもっと興味を持つ)
2.ぶれない判断軸の持ち方ついて考える
3.不意打ちに合わないように、関係者が考えそうなことを常日頃から想定しておく





ということで、とにかく「自分の頭で考える」ことに力をいれていきたい。



と、今回も他人の考えの受け売りを書いてしまったか・・・。
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2017-07-22 21:30 : 雑記 : 編集

有機物な自分はなぜ無機物なお金が大好きなのだろうか?

『最後の講義「石黒浩教授」』という番組がNHKのBSにて放送されていた。

「最後の講義」とは、退職する教授の講義という意味ではなく、もし今日が人生最後だとしたら学生にどんなメッセージを送るか?、という趣旨の講義とのこと。

石黒氏はアンドロイドの研究者であり、アンドロイドに関するニュースなどでも何度か耳に(目に)したことがある。



はじめから終わりまで興味深い内容で満ちていたが、特に興味深かったのは次のような内容(自分なりの要約、正確ではないかも)。

・もともと無機物しか存在してなかった世界にたまたま有機物が生まれた
・そんな有機物が環境の変化に適応して進化するうちに人間となった
・人間は有機物であるがゆえに環境の変化に適応して進化していくことができる
・しかし、人間は有機物であるがために環境の大きな変化には適応できずに滅んでしまう
・そんな有機物である人間は、環境の激変をしのぐために無機物に戻ろうとしているのではないか
 (例えば、人間の生活は人工物に囲まれて機械化しており、機械化の程度は増す一方)

なるほど。無機物に戻ろうとしているというような考え方もあるのか・・・。


そのように考えると、地球温暖化の対策は、有機物としての人間が適応できる程度に温室効果ガスを減らす、という手段の他に、温暖化がどれだけ進んでも耐えしのげるように人間が(機械化して)無機物に戻る、という手段も考えられるということか・・・。




そんな有機物とか無機物とかの話を聞いていると、「なぜ有機物な自分は無機物なお金が大好きなのだろうか?」という疑問が思い浮かんだ。

上記内容風に言うと、価値の変わらないお金は無機物の象徴であり、そんな無機物の象徴であるお金が大好きなのは、無機物になりたい願望の表れだ、ということになるのかもしれない。

また、そのように考えると、「神様」も価値の変わらない無機物の象徴なのかもしれない。宗教も無機物になりたい願望の表れか・・・。





というような無機物に戻りたい説もおもしろいけど、考え方は有機物的にいろいろな妄想を楽しんでいきたい・・・。
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2017-07-22 10:43 : 雑記 : 編集

きれいなお姉さんに熱心に勧められるとマニュアル感もお金も吹き飛びそう・・・

「ロボアド、伸びぬ運用残高」という記事が、先日の日本経済新聞に掲載されていた。

タイトル通り、ロボアドが低迷しているという話。

運用残高の大きいラップ口座と比較して(ロボアドは最大手でも150億円程度、ラップ口座はトータルで6兆5700億円)、次のような記述があった。
ラップ口座は中高年の既存顧客、ロボアドは若年層が中心という差はあるにしても、両者の規模の違いは歴然としている。


気になって、自分もいくつかのロボアドの無料診断を試してみた。

基本的には、数個の質問によって、いわゆる「リスク許容度」を判定し、「リスク許容度」に適した資産配分/ポートフォリオを提案するもののようだ。

ロボットがアドバイスというよりも、マニュアル化された回答を人間に代わって機械にさせる、という印象。




ラップ口座との大きな違いは、「マニュアル的な対応を機械がするのか?(ロボアド) それとも人間がするのか?(ラップ口座)」という点だろう。

そうような視点で考えると、同じマニュアル的な対応であっても、人間がするのと機械がするのとでは、感じ方が異なるように思う。

すなわち、人間がするとマニュアル感が減り、機械がするとマニュアル感が増える。

そんなマニュアル的対応感満載のロボアドに大切なお金を託そうとは思えない。

ロボアドの低迷にはそんな要因もありそうだ。




逆に、マニュアル感が軽減される「ラップ口座」には要注意??

きれいなお姉さんに熱心に勧められるとマニュアル感も(お金も?)吹き飛びそうだ・・・。
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2017-07-22 07:39 : 雑記 : 編集

AIに負けない投資? 勝ちたがる人間が生き残るとは限らない・・・

「AIに負けない投資」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

投資の分野でもAIは強力なようで、次のような記述があった。
方向感が定まらず、買われる銘柄が短期的に移り変わる相場は人工知能(AI)など機械の独壇場。囲碁や将棋のように、人が勝つのは難しくなりつつある。

野村総合研究所によると、将来、人間が勝てるのは5年以上の長期投資のみ。企業の経営力やブランド力を早期に見極め、対話しながら企業価値を高める手法などだ。

5年以上の長期投資では将来も人間が勝てると書いているものの、予想で勝つというよりも、投資する企業の企業価値を高めることで勝つようなことを想定しているようだ。

まあでも、そんなこというなら、AIが企業と対話しながら企業価値を高めた方が良さそうだが。

というより、投資だけでなく経営もAIにやったもらって株価を上げてもらい、人間はパッシブ運用で恩恵を受ける、というので良いのでは・・・。


物語的には、AIに果敢に挑み、挫折を乗り越えて勝利を収めるようなサクセスストーリーが良いのかもしれないが、現実的には、AIに勝とうとするよりも、いかにAIを利用して利益を得るかを考える方が良さそうに思う。


勝ちたがるのは人間の性だろうが、というより勝ちたがる人間が生き残ってきたのだろうが、AIの時代においては当てはまらないのかもしれない。

すなわち、AIに勝とうとすると負けてしまうため、さっさと負けを認めていかに利用するかを考えるような姿勢が大切なように思う・・・。



なお、自分の場合、たいていの人間にも勝てそうにないため、AIに限らずあらゆる人々に白旗を掲げつつ利益を得ようとするようなしたたかな(いやらしい)人生を目指していきたい・・・。

パッシブを装ったアクティブという感じかな。
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2017-07-21 21:57 : 雑記 : 編集

なかなか実感できない投資以外で「複利の力」の恩恵を受けられそうなモノ・・・

投資をはじめて約4年経過。

まだまだこれからなのだろうが、いまのところ「複利の力」を実感できていない。鈍感なだけか?

次の式で表されるように、運用利回りが安定すれば金融資産は加速度的に増えていくはずなのだ。

金融資産の増加 = 金融資産 × 運用利回り + 収入 - 支出




「複利の力」を(良い意味で)実感してみたいと思い、金融資産以外で恩恵を受けられそうなものはないか探してみた。

結果として、「生きる知恵資産」や「思い出資産」が思い浮かんだ。

すなわち、次の2つの式のように表せ、利回りを安定させれば「生きる知恵資産」や「思い出資産」は加速度的に増えていきそうだ。

生きる知恵資産の増加 = 生きる知恵資産 × ( 学習利回り + 実践利回り )

思い出資産の増加 =  思い出資産 × 美化利回り + 思い出体験


金融資産と違って良いところは、ここで挙げた利回りは(景気や国の政策に左右されずに) 自分の力で制御できそうだということ。アクティブな運用にもっていこいだ。逆にパッシブな姿勢では利回りを得られない。



ということで、運用による金融資産の加速度的な増加を実感できない中、学習と実践による生きる知恵資産の加速度的な増加や、美化による思い出資産の加速度的な増加を通して「複利の力」を実感して(恩恵を受けて)いきたい・・・。
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2017-07-19 21:50 : 雑記 : 編集

強い投資家だから生き残っているわけではなく・・・

「名人VS将棋ソフト 最終決戦~密着・電王戦~」という番組がNHKのBSにて放送されていた。将棋ソフト「ポナンザ」と佐藤名人の対戦をとりあげた番組。

勝負は将棋ソフトの2連勝で幕を閉じた。

なんでも、人間側が新たな定石を教わる程度に将棋ソフトは進化しているとのこと。定石の逆輸入だ・・・。

佐藤名人の次の言葉が印象的だった。
ポナンザの将棋というのは人間よりも 将棋の神様に近い側にいるんじゃないかと思えるぐらい 神がかっている強さ

将棋ソフトは人間が追い付けないレベルまでに進化してしまった印象。

将棋の定石もいいけど、個人的には人生の定石を教えてほしいな。AIによるガチな人生相談。開発者以上に人生をわかっているAI(AI自身の人生についてはまったくわかっていないだろうけど・・・)。



なお、将棋ソフト(AI)は勝負には勝つけど、勝負にどんな意味があるのか?とか、勝つって何なのか?とか、そもそも将棋って何?とか、何もわかっていないに違いない。

つまり、勝つ意味をわかっていないけど勝ち続けてしまう・・・。

ある意味、農畜産物の品種改良のようなイメージか。勝負に勝った品種同士を交配して生み出されたようなもの。



まあでも、そんなこと言うと、人間だって生き残ったモノ同士が交配を続けた結果、自分も含めた今の人々(生き残り)がいるのだろう。

何のために生きているのかわからないのに、とりあえず生き残ることに執着している。生き残ろうとするモノ同士が交配し続けずにはおられない・・・。






なお、投資の場合、定石となって世間に広まると逆手にとられるだろうから(広めようとしなくても技がバレると逆手にとられるだろうから)、悟られないようなわかりにくい技が必要となるのだろう。

ということは、おそらく、投資で勝てるAIが現れたとしても、それを使う人間も技に気付くことができず、なぜ自分のAIは勝てるのかわからないのだろう。

さらに、AIを使わずに、投資で勝てる人間がいたとしても、なぜ自分が勝てるのか説明できないのではなかろうか。言葉で説明できるような技であれば、広めようとしなくても(隠そうとしても)何かの拍子にバレて広まってしまいそうに思う(バレたら逆手に取られて勝てなくなりそう)。

ということで、勝てる投資家は、なぜ自分が勝てるのかわからないに違いない・・・。
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2017-07-17 17:10 : 雑記 : 編集

正しい投資手法を目指すか? より良い投資手法を目指し続けるか?

古典を読んでみようと思い立って7冊目、「空想より科学へ ―社会主義の発展―」(エンゲルス 著、大内兵衛 訳)を読んでみた。

科学的社会主義(いわゆるマルクス主義)に至る考え方を紹介した内容。



個人的に興味深かったのは「弁証法」と「形而上学」の話。

科学的社会主義のベースには(観念的な弁証法や形而上学ではなく)唯物論的弁証法があるそうな。



詳細はよくわからないので置いといて、普段の生活の中で「形而上学」的な考え方をするか、「弁証法」的な考え方をするかで人生が変わってきそうだと感じた。

より具体的には次の2つの考え方。

1.正解にたどり着こうとする(自分の理解では形而上学的、というより絶対主義的?)
 ・正解があると考える
 ・正解にたどり着いたと思ったらそこに留まる
 ・反対意見は否定する

2.より良い状態を目指そうとする(自分の理解では弁証法的、というより相対主義的?)
 ・正解は無いと考える
 ・他の考えや対立する考えからも学んでより良い状態を目指し続ける
 ・反対意見は取り込む


一見、「2.より良い状態を目指そうとする」の考えが良さそうだとも思ったが、よくよく考えると、この件についても何事もほどほどにの精神でバランスが大切だろう。



例えば投資手法を例にとって考えてみた。

・正解にこだわり過ぎるといつまでたっても正解(と思える手法)にたどり着けずに始められない
・今の手法を正解だと考えて固執しすぎるのは間違えている可能性を考えると危険
・より良い投資手法を目指し続けようとするのは手間暇がかかり過ぎるし落ち着かない

などが考えられ、どちらか一方の考え方に偏り過ぎるとうまくいかなさそう。


そこで、2つの要素を取り入れて、例えば、そこそこ良さそうな投資手法を暫定の正解と考えてとりあえず実施しつつ(自分の場合はインデックスファンドの積立投資)、問題が出てきたら都度修正したり、反対意見を目にしたら参考にしたりする、というような具合が良さそうだ。

言わば、「形而上学的弁証法」あるいは「暫定絶対ときどき相対主義」とでも(勝手に)言う感じ。




ということで、投資に限らず、そこそこ良さそうな手法を暫定的な正解と考えて実施しつつ、問題点や反対意見などが出てきたら反映させる、という「暫定絶対ときどき相対主義」でいくとしよう。

とか書いてきたものの、改めて考えるまでもなく、おおむね誰でも無意識のうちにこのようにしてそうだ・・・。
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2017-07-17 08:49 : 雑記 : 編集

「パッシブ運用もアクティブに行いなさい」と先生は言われた

古典を読んでみようと思い立って6冊目、「完訳 論語」(井波律子 訳)を読んでみた。

孔子や彼の弟子たちの言葉が記録された本。


いろいろと書かれていたが、欲張りすぎてもできないので、特に重要と感じた次の3点を意識していきたい。

1.主体性
2.臨機応変
3.バランス



さっそく、実施している投資(インデックスファンドの積立投資)について、これら3つを満足しているかどうか考えてみた。


まずは「バランス」から。

大きくリスク資産(株式)と安全資産に分散しており、さらに、リスク資産は世界の22カ国約1300銘柄に分散しており、その上、買うタイミングも分散している、というように偏りすぎることなくそこそこのバランスをとっているのではと考える。



次に、「臨機応変」について。

そもそも「臨機応変」さで勝負する投資手法ではないものの、上記22カ国の約1300銘柄はその時代を反映した内容に都度入れ替わるという素晴らしい「臨機応変」さを有している。

ただし、先日書いたような懸念事項(「インデックスファンド(MSCIコクサイ)への投資に関する3つの懸念」)もあるため、投資手法について「臨機応変」に対応することも頭の片隅に残しておきたい。



最後に、相容れなさそうな「主体性」について。

いわゆる「パッシブ運用」なため、銘柄選択や買うタイミングなどで「主体性」を発揮する投資手法ではない。

しかし、「パッシブ運用」をパッシブな姿勢で行うのではなく、すなわち、本に書かれてあった内容や他の人の考えに流されて実施するのではなく、自分で吟味した結果この手法が良さそうだと結論付けて実施するような姿勢をとると、「主体性」があるといえそうだ。アクティブなパッシブ運用だ。

「主体性」があるかどうかについては、周りに反対されても、また、元の情報源が考えを変えても、自分は容易に考えを変えないだけの理屈や思いがあるかどうかが判断基準の目安になりそうだ。

自分の現状は結構流されてそうだから要反省・・・。



以上、投資について考えてみたが、投資に限らずあらゆる場面で「主体性」「臨機応変」「バランス」の3点を意識していきたい。

(孔子先生にすぐに流される「主体性」の無さ、精進あるのみ・・・)




以下、上記3点の関連部分を2つずつ抜粋。

学而1-15(の一部)
子貢曰く、貧しくして諂うこと無く、富んで驕ること無きは、如何。子曰く、可也、未だ貧しくして楽しみ、富んで礼を好む者に若かざる也。
子貢が言った。「貧しくとも卑屈にならず、金持ちでも高ぶらないというのは、どうでしょうか」。先生は言われた。「それもよいが、貧しくとも楽しく暮らし、金持ちであって礼を好む者には及ばないだろう」。


学而1-16
子曰く、人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うる也。
先生は言われた。「自分が人から認められないことは気に病まず、自分が人を認めないことを気に病む」。


郷党10-2
朝して下大夫と言う、侃侃如たり。上大夫と言う、誾誾如たり。君在せば、踧踖如たり、与与如たり。
(孔子は)朝廷で下大夫と話をするときは、なごやかで穏やかであり、上大夫と話をするときは、きちんと的確であり、君主がお出ましになると、慎み深く、また落ち着いてゆったりとした。


先進11-22(の一部)
子路問う、聞けば斯ち諸を行わんか。子曰く、父兄在す有り。之れを如何ぞ其れ聞けば斯ち之れを行わん。冉有問う、聞けば斯ち諸を行わんか。子曰く、聞けば斯ち之れを行え。(中略)子曰く、求や退く、故に之れを進む。由や人を兼ね、故に之れを退く。
子路がたずねた。「何か聞いたらすぐに実行に移しますか」。先生は言われた。「お父さんやお兄さんがいらっしゃる以上、どうしてすぐ実行に移せようか」。冉有(冉求、あざな子有)がたずねた。「何か聞いたらすぐに実行に移しますか」。先生は言われた。「聞いたらすぐ実行に移しなさい」。(中略)先生は言われた。「求は引っ込み思案だ。だから進めたのだ。由は出しゃばりだ。だから抑えたのだ」。

※「冉」の漢字はちょっと違う(上から2本目の横線は3本目の横線のように突き抜ける)


雍也6-18
子曰く、質 文に勝てば則ち野。文 質に勝てば則ち史。文質彬彬として、然る後に君子。
先生は言われた。「素朴さが文化的要素をしのぐと野蛮になり、文化的要素が素朴さをしのぐと自然さがなくなる。素朴さと文化的要素が均衡とれてこそ君子だ。」


先進11-16
子貢問う、師と商と孰れか賢れる。子曰く、師や過ぎたり、商や及ばず。曰く、然らば則ち師愈れるか。子曰く、過ぎたるは猶お及ばざるがごとし。
子貢がたずねた。「師(顓孫師あざな子張)と商(卜商あざな子夏)とどちらがすぐれているでしょうか」。先生は言われた。「師はやりすぎであり、商は引っ込み思案だ」。(子貢は)言った。「ならば師のほうがすぐれていますか」。先生は言われた。「やりすぎと引っ込み思案は似たようなものだ」。

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2017-07-17 07:52 : 雑記 : 編集

猛省! 上達のコツは量よりフィードバック・・・

「上達のこつは練習よりフィードバック」という記事がニューズウィーク日本版(2017年4月11日号)に掲載されていた。

上達のためには、練習量ではなく、自分の欠点を知ることが重要、というような内容。


毎日のように仕事をしておきながら、また、毎週のようにブログを書いておきながら、一向に上達の見られない自分としては、大いに反省すべき内容だ・・・。

次のような記述もあったので、とりあえずは自分の粗探しをして、自分に駄目出ししていきたい。
自分で自分を観察するだけでも、ミスを減らし、結果を向上させることはできる。


ただし、粗だらけな自分に絶望しないよう、少しずつ現実を直視していきたい・・・。
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2017-07-16 09:03 : 雑記 : 編集

世界は金融緩和の解除に動く? バブルをとるか景気後退をとるか・・・

「緩和マネー縮小へ難路」という記事が昨日の日本経済新聞に掲載されていた。

金融緩和の解除に関する内容。要点を抜粋。
米連邦準備理事会(FRB)に続き、主要な中央銀行が2008年のリーマン危機後、ほぼ10年にわたり続けてきた金融緩和の解除に動く。(中略)「超低金利時代」が続いた金融政策は大きな転換点に差し掛かり、正常化へ向けて試練の時期を迎えている。

米欧が金融政策を転換するのは、過剰なマネーの供給で不動産などの資産価格が跳ね上がるリスクが高まっているからだ。

景気をかろうじて浮揚させてきた緩和マネーの縮小は大きなリスクと裏腹だ。

もっとも9年越しに及ぶ米景気拡大の寿命もせいぜい1~2年の見方が多く「米は早ければ来年半ば、景気後退局面入りする」(中銀関係者)。


このまま金融緩和を続けるとバブルの恐れがあるため解除するべし、ということのようだ。

ただし、解除するのも景気後退のリスクを伴なう。

極論すると、バブルをとるか?景気後退をとるか?、ということだ。


積立投資を実施している身としては、バブルよりも景気後退の方が良いため、金融緩和の解除をどんどん進めて欲しいところだが、景気が悪くなり過ぎると本業のリストラ危険もあるため、緩やかに解除していただくのが良さそうだ。


また、2013年に投資をはじめて以降、リーマンショック級の株価下落を経験したことがないため、少しでも若い今のうちに暴落を経験して耐性を付けておきたいという思いもある。


ということで、リストラに合わない範囲でできるだけ大きい景気後退が発生させるような金融緩和解除をひっそりとお願いしておこう。



とかノー天気に書いていられるのも今のうちだろうが・・・。
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2017-07-16 08:18 : 雑記 : 編集

将棋は宗教で強くなる? 投資は宗教で・・・

「加藤一二三という男、ありけり。」という番組がNHKで放送されていた。

プロ棋士加藤一二三氏が77歳で引退するまでの半年間を追った番組。

スランプから抜け出すために宗教の力に頼ったというエピソードがあり、大変興味深かった。
昭和45年の初めごろに はっきり言って 行き詰まりになったと悟ったんです どういうことが行き詰りかといいますと 将棋の手を決めるときに どういう気持ちで 自分が指す一手を決めたらいいかについて 曖昧模糊として 吹っ切れないものがあったんですね 満足のできる将棋が指せてなかった それが5年10年続いたので かなりこれはまずいと思ったんです そんな時にふと立ち止まって つらつら 人生というものを考えたときに 自分のそういった行き詰まりを打開する 飛躍させるには 私は宗教の力が大切だと思ったんです 昭和45年のクリスマスに 洗礼をうけたんですね


以下は素人の推測だが・・・。

将棋では左脳(論理的、サイエンス)と右脳(直観的、アート)を総動員して先の展開を読んで次の一手を決めるのだろうが、優劣つけがたい候補が何個かある場合、最終的にこれだと決めるのは右脳なのだろう。

そして、おそらく、加藤氏は最終的にこれだと決めるときの右脳の働きがしっくりきてなかった。

そこで、宗教という手段を使って右脳に刺激を与えたのだろう。




同様なことが投資についても言えそうだ。

すなわち、左脳と右脳を総動員して経済の先行きを読んで投資先を決めるのだろうが、最終的にこれだと決めるのは右脳なのだろう。

したがって、投資先をなかなか決められなくて困っている場合は、宗教という手段を使って右脳に刺激を与えるのもありかもしれない。

まあでも、そもそも、投資は唯一神「マネー」を崇拝する宗教儀式の一つなのかもしれないが・・・。


もっと言うと、仕事も消費も「マネー教」の宗教儀式の一つなのではなかろうか。

そう言われると「マネー教」に支配された生活を送っている。「マネー教」に捧げる一生・・・。

マネー関係のブログまで書いてひっそり布教活動・・・。





ちなみに、とある宗教法人が投資で失敗したというニュースがあったのを覚えているが、唯一神「マネー」の怒りを買ったのだろうか?

ある意味宗教戦争・・・。







なお、自分は小学生時代将棋にハマっていた時期があり、家に子供向けの将棋の本が2冊あった。そのうちの1冊が加藤一二三氏の書いた本だったのを今でも覚えている。あれから約30年、懐かしい名前に再会した。最近まで現役だったとはすごい・・・。
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2017-07-16 06:03 : 雑記 : 編集

デフォルト商品を何にするか問題 お勧めが無いから確定拠出年金なのか? という被害妄想・・・

「はじめての確定拠出年金」(田村正之 著)という本を読んだ。

確定拠出年金を有効活用するべし、という内容であり、そのための方法が書かれてあった。


個人的には米国の事例を紹介した次の内容が興味深かった。
 例えば米国でも、確定拠出年金に関し、かつては従業員に適正な資産配分をしてもらうためには、教育こそが解決策とみなされていました。しかし、米モーニングスターの調査担当、ション・レケンターラー氏は、「投資教育には限界があるという考え方がやがて広がった」と言います。投資教育は年配の裕福な従業員には効果的でしたが、所得が低かったり若かったりする人には必ずしも通じませんでした。むしろ不必要な売買をしたり、リスクの高い投信に手を出したりするようになるケースも見られたそうです。

教育では解決できないとわかった結果、米国ではターゲット・デート・ファンド(自動的に各年齢に適した資産配分にしてくれる投資信託)をデフォルト商品として指定することが広がったとのこと。

なるほど。




一方、日本の場合を考えてみた(妄想)。

日本で確定拠出年金が広がってきたのは、企業の確定給付年金や公的年金による備えが怪しくなってきたからだろうと勝手に思い込んでいる。

例えば、これまでは債券メインの運用で十分だったのが、株式へシフトしないとリターンの確保が厳しくなってきたのだろう。

しかし、リスクは負いたくない、あるいは、リターンを確保できる自信が無い。

さてどうする? そうだ、確定拠出年金だ!!

うまいこと言ってリスクを社員/国民に押し付けよう!!!

米国も実施していると言えば(「日本版401K」とでも言えば)コロッとだませるに違いない!!!!

ということで、確定拠出年金がはじまりましたとさ。


なお、企業や国も運用に困っているというのにおすすめのデフォルト商品なんてあるはずもない。おすすめがあるくらいなら自分で運用して超過分をかすめ取るだろうに。

デフォルト商品は、とりあえずお茶を濁して元本確保型にしておけば文句は出ないだろう。リスク資産にするとあとあと問題になるかもしれないし。


というようなことを想像してしまうが、被害妄想なのだろう・・・。
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2017-07-15 18:49 : 雑記 : 編集

インデックスファンドはどこまで考えてデザインされているだろうか?

「万人のためのデザイン」(エレン・ラプトン 著、武舎広幸 監訳、武舎るみ 訳)という本を読んだ。工業デザインに関する本。

「ユーザの便利さや使い勝手」の先にあるデザインの目標として、人間社会全体を考えたデザイン、さらには、人間も含めた全生物と環境との相互関係まで考えたデザイン、というような目標の記載があった(関連箇所をこの記事の最後に長々と抜粋)。

各自の行動は人間社会全体や、他の生物や環境にも影響を及ぼすため、それらに及ぼす影響も考慮したデザインが必要ということだろう。個人的には大変納得できる内容だ。

この考えを本業にどう活かすかは別途考えるとして、ここでは「インデックスファンド」という商品について考えてみる。



インデックスファンドは、「ユーザーの使い勝手」という面では、個人の資産運用の手段としてはなかなか良いと思う。

すなわち、インデックスファンド自体やネット証券の充実に加え、確定拠出年金やNISAなどの税制優遇制度の充実により、手間暇かけずに低コストで資産運用できる。



一方、人間社会全体への影響はどうだろうか?

極端に考えてみる。全人類がインデックスファンドに投資するようになったとすると、おそらくマネーが集まり過ぎてバブルな状態になるだろう。さらには(消費に回すお金が少なくなって)消費が低迷して経済が悪化するに違いない。

すなわち、「インデックスファンド」という商品(とネット証券や確定拠出年金・NISAなどの税制優遇制度の組合せ)は、ユーザーの使い勝手は考慮されているものの、人間社会全体が投資することを考えてデザインされているわけでは無さそうだ。

また、人間社会全体を考慮していないのならば、他の生物や環境に与える影響についても考慮されていないだろう。




ということで、「インデックスファンド」への投資は、一部の人が実施する範囲で成り立つデザインであり、全人類が実施することは考慮されていないのだろう・・・。




というようなことを考えると、いちユーザーとしてはどうするべきだろうか??

個人的な結論としては、人間社会全体に広がらない範囲において「インデックスファンド」への投資を実施し、人間社会全体に広がるようになってきたら投資手法を改めることも考えるべし。

と言っても、そのタイミングが難しそうであり、そんなにうまくはいかないのだろう・・・。







以下、「万人のためのデザイン」より、関連箇所を長々と抜粋。
 今後、私たちは「便利さや使い勝手」の、さらにその先の目標として、いったい何を模索すべきなのだろうか? ビル・モグリッジは著書『デザイニング・インタラクション』(2007年)で、人的要因の研究を構成するさまざまな学問分野を分析し、その階層構造を紹介している。それによると、このピラミッドの底辺にあたるのは、人体の構造を研究する人体測定学だという。その上に、人体の働きを研究する生理学、心と頭の働きを研究する認知心理学、人間の在り様を研究する文化人類学が順に重なっていくが、上へ行くほど複雑性も影響の及ぶ範囲も増していく。そして人的要因研究のピラミッドの最上位にあるのが生態学、つまり人間をも含めた全生物とその環境との相互関係を研究する学問である。モグリッジは使い手を超えた「さらにその先」へと思いを馳せ、「個々人のニーズというレンズでは視野が狭すぎて、デザイン思考の未来に役に立たない」と悟った。「デザイン思考」の研究における第一人者として認められつつあった頃に、早くもユーザー中心設計の限界を見抜いていたのである。

"ぼくたちは、個人から地域社会へ、地域社会から全世界へと視野を広げて、デザインとその影響力を、より全的な目でみるようになってきた。" ―ビル・モグリッジ

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2017-07-15 14:50 : 雑記 : 編集

「おもてなし」のパラドックス? 「心」か「技術」か・・・

「接待の一流 おもてなしは技術です」(田崎真也 著)という本を読んだ。

自分のような接待下手な日本男子に接待について解説する内容。

ビジネス上の接待と女性とのデートのシーンにおける「おもてなし」について書かれている。



本を読みながら次のようなことを感じた(本の内容通りではないが・・・)。
1.接待やデートは(「おもてなし」という衣をまとった)目的を達成するための「手段」である
2.接待やデートという「手段」をうまく使いこなすには「心」ではなく「技術」が必要
3.心がこもっていると思わせることは重要だが心をこめては(心に流されては)いけない

要は、おもてなし下手な自分が「心」をこめてみたところでうまくいくはずがなく(「心」の空回り)、「心」よりも「技術」が重要だ・・・。

だた、もてなす相手の「心」を動かすには、「心」がこもっていると思わせる(「心」がこもっているふりをする)必要がある。

しかし、「心」がこもっているふりをしても見透かされることもあろうから、ある程度は「心」をこめる必要がありそうだ(あくまで「技術」がメインで「心」がサブ、何事もほどほどにバランス良くの精神で「技術」と「心」もバランス良く)。



というようなことをアレコレ考えていると、接待やデートを成功させるためには次のことが重要なのではと感じた。
1.接待やデートの目的を明確にするべし
2.目的を達成するための(接待やデートで必要となる)「技術」を身につけるべし
3.「技術」に頼りすぎることなく、「心」の力も利用するべし(技術がメインで心がサブ)

なお、「技術」を身につけるためには場数が必要だろう。






ということで、「おもてなし」というと「心をこめる」というイメージがあったが、「おもてなし」を成功させるには「心」よりも「技術」をこめることが重要そうだ。

すなわち、「心」のこもった(と受け取られる)「おもてなし」を提供するためには「心」よりも「技術」をこめる必要がある・・・、というパラドックス?
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2017-07-15 08:58 : 雑記 : 編集

利回り7.9%の国債にマネーが殺到? 「債務不履行」常連国の100年債・・・

「アルゼンチンが100年債」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

記事からの抜粋。
アルゼンチン政府は償還までの期限が100年に及ぶ「超長期債」を発行した。発行額は30億ドル(約3400億円)弱だが、投資家から3倍超の申し込みがあったようだ。同国は債券の元利金の返済が滞る「債務不履行」の常連で、信用力に不安を残す。それでもマネーが殺到するのは、世界的な低金利に悩む投資家の運用難の深刻さを映しているといえそうだ。

なお、利回りは約7.9%ということで、世界的に低金利な時代にあっては惹かれる数字なのだろう。

しかし、アルゼンチンは過去100年間に6回の債務不履行を起こしているそうな。

100年間で6回の債務不履行を起こした国の100年債なんて、いくら利回りが良いといえども、ビビりな自分なら怖くて手をだせないな。

「欧州の保険系金融機関などが購入したもよう」との記述もあったが、自分の知らない儲けのカラクリがあるのだろうか?それとも投資先に困って投資せざるを得なかったのか?あるいはアルゼンチンの状況は改善されて債務不履行のリスクは低下したのか?

というより、100年後のことなんて投資担当者(責任者も)の知ったことではない??

100年後とまで言わなくても、次にアルゼンチンが債務不履行を起こす頃には、投資担当者(責任者も)は既に退職しているだろうから問題ないという魂胆かも・・・。
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2017-07-14 23:58 : 雑記 : 編集

インデックスファンド(MSCIコクサイ)への投資に関する相対的な3つの魅力

前回の懸念点に続き、今回はMSCIコクサイの(相対的な)魅力について整理してみた。
(参考記事:インデックスファンド(MSCIコクサイ)への投資に関する3つの懸念

魅力1(債券やREITとの比較)
 低金利を通り越してマイナス金利という状態に陥っている国も多く、
 今このタイミングで債券に手を出すのはためらってしまう。
 今後金利が上がったとしたら債券価格は下がる方向だろうから。
 また、REITはMSCIコクサイにも含まれており、それだけで満足だ。

魅力2(新興国や日本との比較)
 MSCIコクサイは、時代を代表する世界の企業群に投資し続けることができる。
 新興国や日本の企業は時代を代表するという点ではかなわないだろう。
 それらも合わせて保有するのもありだけど、シンプルさを優先してコクサイだけにしている。
 (ただ、低コストな全世界株のファンドがあればそっちを選ぶかもだけど・・・)

魅力3(アクティブ運用との比較)
 手間暇かけるアクティブファンドと比較して同等以上の成績という話をよく耳に(目に)する。
 例え同等以下程度であったとしても、手間暇かからないという面を考慮すると大変魅力的だ。


以上のような相対的な魅力に影響されて、(他の投資手法ではなく)MSCIコクサイに投資している。今後も続ける予定。



ただ、魅力だけに目を奪われるのではなく、前回書いた懸念点にも注意していきたい・・・。


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2017-07-09 10:32 : 雑記 : 編集

インデックスファンド(MSCIコクサイ)への投資に関する3つの懸念

インデックスファンド(MSCIコクサイ)の積立投資を約4年間続けているが、いくつかの懸念点を感じている。改めて整理してみた。

懸念点1
世界経済の成長はいつまで続くのだろうか? そもそも経済が成長すると株価は上がるのか?

懸念点2
パッシブな運用で労せず儲けるなんて、そんなうまい話があるのか? 誘導されているのでは?

懸念点3
庶民がパッシブな運用で労せず儲けるなんて、支配層(金持ち)が黙って見逃すはずがないのでは?


以上のような懸念(被害妄想?)を感じ続けてはいるものの、他の投資手法と比較したときの相対的な魅力に負けて、ずるずると投資を続けている。

すなわち、絶対的には懸念があるものの、相対的には魅力的なのだ。


ということで、今のところ、上記のような懸念はあるものの、ずるずると老後まで続ける予定。



ただ、懸念事項については心に留めておきたい・・・。


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2017-07-09 09:01 : 雑記 : 編集

なぜ日本のサラリーマンがインデックスファンド(MSCIコクサイ)に投資するのか?

日本のサラリーマンである自分が、なぜインデックスファンド(MSCIコクサイ)に投資しているのだろうか?

現時点の考えを改めて整理(自問自答)してみた。




結論としては、サラリーマンの給料とは異なるタイプの収入源としてMSCIコクサイに投資している、すなわち、収入源を分散するため。

「日本のサラリーマン」と「MSCIコクサイへの投資」は次のように対照的な性質を有し、分散するのに都合が良い(相関が低そう)。

日本のサラリーマン   :労働者、アクティブ(頑張る) 、国内、集中 
MSCIコクサイへの投資:株主、 パッシブ(頑張らない)、海外、分散

性質が対照的な収入源は他にもあるだろうが、「MSCIコクサイへの投資」は環境が整っており手間暇かからないのが良いところ。




ちなみに、「MSCIコクサイへの投資」で長期的に利益が出るのか?、という点に関して確信は無い。投資を始めた当初から疑問(疑念)を感じているが、今だに疑問(疑念)を感じたまま投資を続けている。

ただ、「日本のサラリーマン」としての収入を長期的に確保できるのか?、という点についても確信(自信)はない。

だから分散が大切なのだ、ということで・・・。



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2017-07-09 07:06 : 雑記 : 編集

「適度な飲酒でも脳にダメージ」というフェイクニュース?は気にしない・・・

『「適度な飲酒」でも脳にダメージ:研究結果』という記事がライフハッカー[日本版]というウェブメディアに掲載されていた。

(ライフハッカー[日本版]へのリンク:「適度な飲酒」でも脳にダメージ:研究結果

記事からの抜粋。
「British Medical Journal」(BMJ)にこのほど発表された研究によると、550人の脳の健康状態を調べた結果、中程度の飲酒者とみなされた人たちに海馬の萎縮がみられたそうです。中程度の飲酒とは、1週間にワイングラス5杯、またはビール4パイント(1パイントは約568ml)ほど。海馬は記憶や学習に関わる脳の領域です。


働き方改革のあおりを受けて残業時間が減って余裕ができたこともあり、アルコール量が増え気味な今日この頃。週末には3~4本程度ずつの(格安)ワインを飲んでいる・・・。

個人的には適度と思い込んでいるが、適度でも脳にダメージがあるとは・・・。




待て待てちゃーも、既にアルコールを飲んだ不明瞭な頭とは言え、こんなフェイクニュース?に騙されてはいけない。

アルコールを飲む習慣が世界中に広がっているということは、アルコールを飲む習慣のある人々が生き残ったということだ。

アルコールを飲まない方が健康的かもしれないが、健康体が生き残るとは限らない。

健康体でスッキリした頭のちゃーもでは生き残れない、適度なアルコールを含んだぼんやりした頭のちゃーもだから生きていけるのだ!!




ということで、今日も(生き残るために戦略的に)適度なアルコールを飲むとしよう・・・。
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2017-07-08 13:56 : 雑記 : 編集

相手の弱点を見抜いて自滅するように仕向ける プーチンの政治道・・・

「黒帯プーチンの行動原理」という記事がニューズウィーク日本版(2016年12月20日号)に掲載されていた。

ロシアのプーチン大統領の政治を、お決まりのチェスではなく、柔道に例える新説を紹介した内容。


「相手の弱点を見抜いて自滅するように仕向ける」ことがポイントのようだ。
「プーチンはチェスの名人ではなく、稽古で鍛えた柔道の達人。柔道の視点でロシアの国益確保を図っている」と、コロンビア大学とバーナード大学を兼任するロシア専門家キンバリー・マーテンは言う。「彼は相手の弱点を見抜き、体制を崩して相手が自分の体重で倒れるように仕向ける」


中途半端な正義感を植え付けられた自分は、相手の弱点につけこむなんて気が進まないが、弱者な自分は生き残ることが最優先。のたれ死ぬ方がよっぽど大迷惑だ。

というより、相手の弱点に付け込むなんて気が進まないとか言っているようでは、そのことが弱点になって自滅に追い込まれてしまいそうだ。


ということで、プーチン先生を見習って、相手の弱点を見抜いて自滅するように仕向ける術を身につけるとともに、自分の弱点に付け込まれないように注意していきたい。



特に、お金に関する商売は、人の弱みに付け込みがちに思うので要注意。

もしかしたら、すでに、楽して儲けたいという欲や、このままでは危ないかもという恐怖心などの弱みに付け込まれた結果投資なんかに手を出して、自滅の道を歩んでいるのかもしれないが・・・。
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2017-07-08 11:15 : 雑記 : 編集

「得意なこと」を仕事にして好きになり、「好きなこと」を趣味にして得意になる

「ユダヤ人大富豪の教え ―幸せな金持ちになる17の秘訣」(本田健 著)という本を読んだ。

本の中で、「得意なことではなく好きなことを仕事にするべし」という内容があり気になった。
幸せな金持ちになるための秘訣は、自分の大好きなことを仕事にすることだ。

アメリカの成功者の多くは、得意なことをやる『ワクワク病』にかかっている。それは、アドレナリンが湧き出るようなワクワクした高揚感で、パッと見では、大好きなことをやっているように見える。そこに隠された動機は、『大物に見られたい』とか『人生を生きる躍動感を感じたい』というものだ。その人がやっていることは、『自分が好きなこと』ではなく、『自分が得意なこと』だ。

『自分が好きなこと』は、もっと静かで、落ち着いたものなのだよ。周りの人間が評価してくれなくても、それをやるだけで楽しくてしょうがない、時間を忘れてしまう、そんなことだ。賞賛がなくても、お金をもらえなくても、やっていけるだけで楽しくなってしまうこと、それが、『好きなこと』だよ


人の気持ちはあやふやで変わりやすいので、個人的には「好きなこと」を仕事にすることに抵抗がある。今日好きなことでも、明日には大嫌いになっているかもしれないのだ。

一方、今日得意なことが、明日不得意になっていることは無さそうだ。

言い方を変えると、好き嫌いのリスク(変動)は大きいが、得意不得意のリスクは小さい。すなわち、「好き」より「得意」の方が頼りになる。

また、人の気持ちのあやふやさを逆手に取ると、「得意なことを好きになる(好きと思い込む)」こともできそうだ。


というようなことをアレコレ考えてみた結果、『「得意なこと」を仕事にして好きになり、「好きなこと」を趣味にして得意になる』ことが理想ではと思い至った。

さらに言うと、『「好きなこと」を趣味にして得意になり、その「得意になったこと」を仕事にしてさらに好きになりつつお金を稼ぐ』という究極の理想。





ということで、「得意なこと」を仕事にして好きになりつつお金を稼ぎ、「好きなこと」を趣味にして次の得意を育てよう!!







というような(この本に反する)ことを考えてしまうようでは、「幸せな金持ち」には永遠になれないのかもしれない・・・。





ちなみに、自分バイアスでこの本の要点をまとめてみたのでメモ書き。
1.洞察力を磨いて人間社会の仕組みをよく理解するべし
2.自分の考えと感情をよく把握して自分が望む方向に思考を誘導するべし
3.主体的に戦略的に失敗や批判を恐れずに行動するべし
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2017-07-08 07:57 : 雑記 : 編集

1ドル札をネットオークションで売ると・・・

「ネットオークションで1ドル札を売ってみたら」という記事が、ニューズウィーク日本版(2016年12月20日号)に掲載されていた。

結論としては、3ドル50セント+送料で売れたらしい。

話のネタにすることで、1ドル以上の価値が得られるという理屈のようだ。
くだらない冗談に使われたことで、その紙幣は言葉にならない価値を得たというのだ。

すなわち、金銭的な価値は1ドルしかないが、「ネットオークションで得た」ことで話題性という付加価値が付いたのだ。


そう考えると、商売というのはいかに付加価値を付けるかが重要なのだろう。付加価値が利益を生むのだ。




また、次のような「わらしべ長者」的な話も掲載されており興味深かった。
カナダ人のカイル・マクドナルドは05年、たった1個のペーパークリップを少しずつ価値の高いものと交換していく試みを開始。14回目の取引で2階建ての一軒家を手に入れた。

詳細は書かれていなかったが、これも付加価値のなせる業なのだろう。

例えば、ちょうどそれが欲しかったんだ、というような買いに行く手間と時間の省略という付加価値とか。





ということで、自分が提供できる付加価値は何だろうか?、自分はどんな付加価値を提供して給料を得ているのだろうか?、などを意識しながら仕事をしていきたい。
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2017-07-08 05:23 : 雑記 : 編集

値段が高いほど得られる感動は大きい? なかなか感動できない時代らしい・・・

『豪華列車人気、背景に「感動飢餓」』というJR九州会長の唐池恒二氏による記事が、今朝の日本経済新聞に掲載されていた。

豪華寝台列車「ななつ星in九州」にまつわる次の2つの記述が興味深かった。
料金は5回引き上げ、運行開始直後と比べ2倍近くになった。コストがかかってきたというのもあるが、乗客たちが「もっとたかくしなさい」と口々に言うからだ。値段は高いほど感動が深くなるようで、まだ安いかもしれない。

昔と違って簡単に感動できなくなった今の世の中は「感動飢餓状態」にあると思う。


消費者側が値上げを要求してくる商売があるとは!!

感動ビジネスは高価なほど効果がある、ということか?

そう言われると、苦労すればするほど得られる感動は大きいような。

そう考えると、「昔と違って簡単に感動できなくなった」と書かれているのは、何でも簡単に入手できる時代になってしまったからだろうか。

すなわち、
欲しいものがなかなか手に入らない時代 → 簡単に感動できる
欲しいものが何でも簡単に手に入る時代 → 簡単に感動できない




自分にも思い当たる節がある。

中高生時代に音楽(洋楽)をよく聞いていたが、(インターネットなどなかった時代で、TVで取り上げられることはほとんどなく)ラジオにしろCDにしろ耳で聞くしかなかったため、ライブの映像などを見れたら最高だろうなと思っていた。

今となってはネットで簡単に見ることができるライブ映像などを、当時見たらどれだけ感動したことだろうか!!




ということで、感動に対する感度を上げて、苦労の大きさにに惑わされることなく、感動体験を積み重ねていきたい。
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2017-07-07 21:43 : 雑記 : 編集

株式投資は間接的な債券投資?

「企業の現貯金 世界で膨張」という記事が今朝の日本経済新聞に掲載されていた。

世界の企業の手元資金が膨らみ続けているという話。

気になった部分を抜粋。
企業に現金が積み上がるのは、産業構造の変化の影響も大きい。インターネットやスマートフォンの技術革新で成長するIT企業は大型設備を必要とせず、使い道が研究開発やM&A(合併・買収)、自社株買いなどに限られる。

T&Dアセットマネジメントの神谷尚志氏は「家計から資金を調達し、投資をして経済全体に資金を循環させるのが企業の本来の役目」と話すが、今は企業にも家計にもお金が余っている。

こうした余剰資金を吸い上げて使っているのが政府だ。金融危機後に政府は財政支出を拡大し債務を膨らませた。


つまり、株式で集めてきた資金の多くが今となっては使い道がなく、(銀行を介して)国債に流れているということだろうか。

そうであれば、極端に言うと、株式への投資が結果的に債券への投資になってしまっているということか。

株式のリターンにとってはマイナス要因となるのだろう。




ポジティブ思考で頑張って良く言えば、株式に投資すれば債券にも分散投資できる!!

と言うことで、ある意味MSCIコクサイに連動するインデックスファンドに投資すると、世界の株式やREITだけでなく債券にも投資できてしまう、のか??





ちなみに、アップルの手元資金(2568億ドル、約28兆円)をもってすれば、時価総額約19兆円のトヨタ自動車を楽に買収できるそうな・・・。

なお、アップルの時価総額を調べてみると約7400億ドルだったので、時価総額の約1/3の手元資金があるということか。
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2017-07-02 09:48 : 雑記 : 編集

公的年金が心配なのは米国も同じ? 公的年金が株高を支えているのも同じ?

「老い象徴、イリノイ年金危機」という記事が、先日の日本経済新聞に掲載されていた。

米国の公的年金に関する次の記述が気になった。
 イリノイ州の年金改革が実行されないのは、積み立て不足が膨らむ中でも受給者は約束された年金の減額を受け入れがたいためだ。全米50州に目を向けても、年金問題を抱えていない州の方が少数派。全米の公的年金の予定支払額に対する可能支払額は9000億ドル(約1000兆円)不足しているとの試算もある。
 公的年金は年7~8%という米国の高成長時代に設定された目標に向かって投資を続けている。これが債券から株式への資金シフトを促してきた。ベビーブーマー世代が要求する高い期待が米国の株高を支えてきたともいえる。


公的年金の将来性が心配なのは米国も同じということか。

年7~8%が目標とはすごい!


抜粋の中で、最後の記述が非常に気になった。公的年金が債券から株式へシフトしたから株高を実現できているということだろうか?

日本はGPIFや日銀などの買いが株高を支えていると言われているが、米国も似たような構図(公的年金の買いが株高を支えている)ということか??

もしそうならば、将来的な株価への悪影響はないのだろうか?、と心配になった・・・。
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2017-07-02 08:13 : 雑記 : 編集

社会保障制度はあてにできないからiDeCoで備えろということか・・・

「社会保障 不作為の歴史」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

必要性を理解しながらも、為政者たちは社会保障制度の改革を先送りしてきたというような内容。

気になる部分を抜粋。
 このままではまずいことは本当は多くの人が知っている。自民党厚労族の重鎮、尾辻秀久元厚労省は取材班に「もっとみなさんに税金を払ってもらわないといけないと言うべきだった」と明かした。なのに政治家や業界団体は、有権者への受けや業界の利益を優先し、摩擦の大きな改革は拒み続ける。

 5月に死去した与謝野馨元経済財政相は昨秋、取材班とのインタビューで、社会保障について「すでに問題点や課題は出ている。反対する勢力に政治が立ち向かえるかが最大の問題だ」と「遺言」ともいえる言葉を残した。


まずいと知りながら先送りしているとすると、賢いに違いない政治家や官僚たちは今後どうするつもりなのだろうか?凡人には計り知れない考えがあるのだろうか?それとも個々人が賢くても集団になると駄目になるということか?

個人的には、iDeCoでの備えよりも社会保障制度の方が重要だと思うので、厚生労働省様には、iDeCoよりも社会保障制度の改革に力を入れて欲しいな、とひそかにお願いしておこう・・・。


いや待てよ、社会保障制度はあてにできないからiDeCoで備えろということなのかも・・・。もしや、iDeCoを立ち上げたのは社会保障制度を当てにするなというメッセージか??
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2017-07-02 06:11 : 雑記 : 編集

適度な競争を楽しめば良いものを 死人が出るまでエスカレートして・・・

「エンゲルス イギリスにおける労働者階級の状態」(浜林正夫、鈴木幹久、安川悦子 著)という本を読んだ。

カール・マルクスとともにマルクス主義(科学的社会主義)を打ち立てたフリードリヒ・エンゲルスの著書「イギリスにおける労働者階級の状態」と、その本が生まれた背景などについて解説した本。


エンゲルスは「競争」が資本主義の矛盾の源泉と考えていたようで、次のような記述があった。
だから、過剰生産傾向は、イギリスの地理的特殊性(工業立国としての途をとらざるをえないという)によるものでも、外国市場の狭隘化という外的要因によってもたらされるものでもなく、資本主義生産の内在的要因 ― 私利につきうごかされた競争 ― によってもたらされたものだとされる。こうして過剰生産=恐慌が特殊イギリス的なものから解放されて、資本主義に普遍的なものととらえられることになる。生産に対する消費もおなじく競争の渦になげこまれて、偶然にまかされる。「万人の万人にたいする闘い」、これこそが資本主義生産の矛盾の根源である。資本主義生産の内部構造に眼をむけながらエンゲルスはこう結論したのである。


極論するとそうなるのかもしれないが(当時のイギリスは極論状態だったのかもしれないが)、もちろんすべての「競争」が悪いわけではないだろう。

例えば、スポーツを例にとってみると、競争が激しすぎて(死に物狂いになって)毎回死者の山ができるようなスポーツは成り立たないが、逆に、競争の無いスポーツはつまらないだろう。

すなわち、人間はある程度は競争したがるようにできているが、過度な競争は嫌になるものだ。

ということで、「競争」もほどほどにバランス良く、が大切だ。




しかし、そうはいっても、現在の資本主義社会も競争が激しすぎるように個人的には思う。

適度な競争を楽しめば良いものを、嫌になるほど激しく競争し合っている。そして、死人が出るまでエスカレートして、後になってやりすぎ(やらせすぎ)だったと気が付く・・・。

週末はアルコールでも飲んでダラダラしておけば良いものを、抜け駆けして仕事をするような人がいるからこのような過度な競争社会になってしまうのだ。


と、油断させておいて、自分が抜け駆けして仕事をしたりして・・・。

そんなことより、アルコールを飲んでダラダラする正当な理由ができたことだし、さっそく買い出しに行くとするか・・・。
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2017-07-01 12:28 : 雑記 : 編集

人生の抜き勾配や角Rにこだわりたい・・・

「素材とデザインの教科書」(日経デザイン 編)という本を読んだ。

金属や樹脂など、工業製品に使われる材料について、デザインの視点で解説した本。

デザイン的感性に乏しく機能を重視しがちな理系な自分にとって、興味深い内容であった。

特に興味深かった部分を抜粋。
台形に形状をすぼめたときの角度をドラフト、または抜き勾配と呼ぶが、これが美しくないとして嫌ったのが、米アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ氏だ。同社の製品はさまざまな方法を使って、このドラフトをゼロにすることを試みている。

角Rからつながる面に光を当てた時に、ハイライトが滑らかに連続して反射するよう緻密に作り込む。そして作り上げた面は3次元CADで検証を繰り返す。形状のデザインと同時に、そこに反射する光までもデザインする。

携帯電話機では電波を吸収してしまうなどの問題から、外装部品に金属を使いにくい。こうした問題以外にも、さまざまなプロダクトにおいてコストや成形性を考えた時に金属の使用を断念せざるを得ないことがある。そんなとき、塗装や蒸着などの表面処理で金属らしい質感を求めるだけでは不十分。金属らしい面や角Rの作り方に配慮する必要がある。


抜き勾配や角Rのつけ方ひとつとってもデザインを考慮するとは!!

特に、反射する光の見え方までこだわって面の形状を決めているなんて、考えたことも無かった・・・。





自分は人生においても機能面を重視しがちなので、もっとデザイン的感覚を取り入れていきたい。以前も書いたが、一言で言うと、「クール」というイメージ。もっと「クール」な人生を。

ということで、今までこだわったことも無いような人生の抜き勾配や角Rを見つけて、クールに仕上げていきたい・・・。




例えば、資産運用を例にとると、自分が実施している「インデックスファンドの積立投資」はクールな投資手法だろうか?機能面だけで選んでないだろうか?どうすればよりクールになるだろうか?

また、このブログは明らかにデザイン的こだわりが皆無であり、クールのかけらも感じられない。

というように、日々の生活の中でこだわれていない抜き勾配や角Rを見つけて、少しでも「クール」になるように努めていきたい。
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2017-07-01 07:02 : 雑記 : 編集

人工知能には勝てない? でもサラリーマンとしては失格かな・・・

NHKスペシャル「人工知能 天使か悪魔か 2017」という番組が放送されていた。

将棋ソフト・タクシー・人事評価などへの活用事例を通して、人工知能(の凄さ)を紹介する内容。

特に次の2つの引用部分が印象的だった。


1.名人を打ち負かしたコンピュータ将棋ソフト「ponanza」の開発者山本一成氏のコメント
700万試合やってます 自己対戦で 人間がやってきたなんて はるか昔に越えてます


2.将棋界の著名人羽生善治氏の手記より
私たち棋士の直面している違和感は人工知能の思考がブラックボックスになっていることです 膨大な情報をどのように処理してその結論にいたったのかわかりません




1.についての感想

そもそも人間には寿命がありせいぜい100歳程度。本などを通して次の世代に知識や知恵を伝えていったとしても、代を重ねるごとに知識/知恵の量が膨大になり、伝えられた知識/知恵を吸収するだけで一生が終わってしまうようになりそうだ。つまり、人類の知識/知恵はあるレベルで飽和してしまいそう。

一方、人工知能に寿命はないだろうから、学習を重ねることで無限大の知識や知恵を獲得することができそうだ。

つまり、知識や知恵の競争では人工知能にかなわないだろう。

よって、知識や知恵に価値を置いていると、人間の(自分の)存在価値が危うくなる。

かといって、肉体的能力に価値を置くと、他の動物に負けそうだ。

ということで、「人工知能に仕事を奪われる??」とか心配している場合では無く、「人工知能に存在価値を奪われる??」と心配した方が良さそうだ・・・。

まあでも、自己評価が低くてもめげずに生きている自分は、ある意味有利なのかもしれない。

人工知能に完敗して病んでいくエリートを横目に、そもそも負け慣れている自分は飄々と生きていくことができそうだ。




2.についての感想

サラリーマンをしていてもどかしく感じるのは、「説明」に膨大な時間と労力をとられるということ(単に説明下手なだけだろうが・・・)。

極端に言うと、サラリーマンにとって重要なのは、実際にうまくいくかどうかよりも、わかりやすく辻褄の合う説明ができるかどうかなように思う。

すなわち、実際にうまくいくかどうかは運によるところも大きいため、失敗しても追及されないためのロジカルな説明(言い訳)が最重要だ。

そういう意味では、思考過程がブラックボックスな人工知能は、(説明できないという意味で)サラリーマンとしてはうまくいかないような・・・。

さらに、人間は隠そうとしても(ブラックボックスにしようとしても)表情が何かを訴えかけるという面もあるが、人工知能には表情が無いため、自信があるのかないのか?、正気なのか異常な状態なのか?、友好的なのかどうか?など、すなわち、信じるべきかどうか?を表情で判断することができない。

つまり、何を考えているのかわからない(思考過程がわからない)上に、例え言葉で説明されたとしても、表情が無いのでその言葉を信じて良いのかどうかの判断に戸惑いそう・・・。






ということで、人工知能はサラリーマンとしてはうまくいかないかもだけど、知識や知恵に関しては人間(人類)を凌駕しそうであり、ある意味知恵袋的な、あるいは、長老的な存在になりそうだ。

そんな時代(知識や知恵では人工知能にかなわないために自尊心や存在価値を持ちにくくなりそうな時代)を生きることになる人類の一人としては、(他のことでは完敗でも)人工知能にはできないであろう自己満足の追求にますます張り切っていくとしよう・・・。







ちなにみ、自己満足度向上に人工知能を使えるのではなかろうかと思ってしまった。

すなわち、何をすれば自分は満足感を得られるのかについて、自分自身よりも人工知能の方が正しい判断を下してくれそうだ・・・。
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2017-07-01 04:26 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・投資:パッシブに殖やす
・節約:消費するよりアーリーリタイア

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
 eMAXIS Slim 先進国株式インデックス
 たわらノーロード 先進国株式
 SMT ゴールドインデックス・オープン(為替ヘッジあり)

資産推移

資産状況202003

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