現実とは何か? 現実を直視しろと言われたら・・・

「意識は傍観者である 脳の知られざる営み」(デイヴィッド・イーグルマン 著、大田直子 訳)という本の感想、2回目。

「現実」に関する記述が印象的だった。
現実とは一般に考えられているより、はるかに主観的なものなのだ。現実は脳によって受動的に記録されるのではなく、脳によって能動的に構築される。

そもそも、現実の世界とは(事物を構成する最小単位という意味での)原子の集まり(配置)にすぎず、色や音や臭いや味や温かさなどがあるわけではない。ましてや、損得や善悪や好嫌などがあるわけでもない。

一方、世間一般に「現実」と言われているものは、五感から得られたごく限られた情報を元に各自が創造した空想の世界のこと。色や音や臭いや・・・、損得や善悪や・・・、などはそのような空想の世界の話。

そして、空想の世界としての「現実」を創造するように進化した遺伝子が生き残ってこれた。



ということで、「現実を直視しろ!」と上司に言われたら、「現実の定義は?」なんて素朴な疑問をぶつけるのではなく(生き残れないだろうから・・・)、上司が創造しているであろう空想の「現実」を想像してみるべし。

そういう意味では、「現実を直視しろ!」を意訳すると、「オレが創造している「現実」を想像してみろ!」ということになりそうだ・・・。





ちなみに、創造する「現実」には個人差があるのはもちろんのこと、属する集団の差も大きいに違いない。

例えば、国や宗教や階級などが異なれば創造する「現実」も大きく異なるはず・・・。
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2018-04-30 09:36 : 雑記 : 編集

意識とは何か? エヴァンゲリオンのパイロットのようなものか・・・

「意識は傍観者である 脳の知られざる営み」(デイヴィッド・イーグルマン 著、大田直子 訳)という本を読んだ。

「意識」を科学的に解説した内容であり、とても興味深い本だった。



自分なりの理解をまとめてみる。

まず、日常の行動(歩く、食べる、話す、など)のほとんどは無意識的な行動であり、意識が決定しているわけではない。そして、意識はそのような無意識的な部分に直接アクセスすることができない(「無意識」の働きを「意識」は把握できない)。

無意識的な行動は、迅速さやエネルギー効率に優れていたり、すべての感覚への刺激に反応することができたりするメリットがある一方で、融通が利かなかったり学習に時間がかかったり(いわゆる体で覚える)するデメリットがある。

一方、意識的な行動は、迅速さやエネルギー効率で劣っていたり、感覚の極一部にしか注意を向けられなかったりするデメリットがある一方で、融通が効いたり学習した内容をすぐに活かすことができたりするメリットがある。

普段は、無意識が対応して意識は休んでいるけど、無意識では対応できない(任せられない)場面と判断すると意識が注意を向ける。

そして、経験や学習を通して学んだ知識(記憶)を元に、意識が対策案を考える。

さらに、意識が考案した対策案を参考に、無意識が行動を起こす(意識的な行動といっても、最終的に行動を起こすのは無意識の部分)。

なお、意識から無意識への対策案のインプットは、無意識にとっては六番目の感覚器官を通して得られるようなイメージなのだろう。すなわち、無意識が意識からの刺激を感じとる六番目の感覚器官が頭の中にあるようなイメージ。その刺激(意識が考案した対策案)に対してどのような反応(行動)をするかは無意識次第なのだ。

というような理解(どこまでが正しいのかわからないけど・・・)。





なお、本のタイトルでは意識を「傍観者」に例えているけど、傍観者というより「パイロット」のようだと感じた。体を操るパイロット。

それも、次の3点から(アニメを観たことがある)エヴァンゲリオンのパイロットのイメージ。

1.パイロットの意のままに動かせるわけではない
2.パイロットの意志に反して暴走することもある
3.ダメージを受けるとパイロットも痛みを感じる
(エヴァンゲリオンについて詳しいわけではなので正確ではないかも・・・)





ということで、意識としての自分が、じゃじゃ馬な体をうまく乗りこなせるようになるために、体とのシンクロ率(エヴァンゲリオン用語)を高めるべく努めていきたい。

ポイントは、「無意識」に対してどのようなインプットをどの程度与えればうまくいくのかということだろう・・・。
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2018-04-30 06:08 : 雑記 : 編集

ハイリターンを求めるから世界はどんどんハイリスクになっていく?

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、12回目。

次の世代が生きる世界が気になった。
われわれの子供の世代は、いまの世代とは大きく違った刺激的な世界に生きることになり、いまのものとは違う利点と危険があり、違う課題に直面することになる。この新しい世界が全体的にみて良いものなのか悪いものなのかは分からない。「良い」「悪い」という言葉の意味すら変わるからであり、また、それを判断するのはいまの世代の人間ではないからだ。子や孫の世代がその世代の価値観にしたがって判断することなのだ。

「刺激的な世界」とはすなわち「ハイリスクな世界」と理解した。

皆がハイリターンを求めるから世界はどんどんハイリスクになっていくのだろうか?

世界のGDPは増え続けている一方で、冷戦が終結して一旦は残り17分まで後退した世界終末時計が今は残り2分まで進んできているようだ・・・。

次の世代にハイリスクな世界を押し付けるのも気が引けるけど、「良い」「悪い」を判断するのは次の世代だから自分が気にしても仕方ない、と(著者を見習って)都合よく考えておこう・・・。
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2018-04-30 00:09 : 雑記 : 編集

考えてから走り出すか? 走りながら考えるか? 何も考えずにとにかく走るか?

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、11回目。

戦略と敏捷(びんしょう)さのどちらが必要か? という内容が気になった。
目先のことに目を奪われているのは、経営の世界にもみられる現象だ。近年、経営のグルは企業経営者に、変化がここまで速くなっているのだから戦略にかかずらっている暇などないと教えている。必要なのは戦略ではなく、敏捷さだという。企業や国が外部環境への適応性、柔軟性、敏捷性を十分に備えていれば、戦略は不要だと主張しているのである。

敏捷さはもちろん、絶対に必要不可欠だ。だが戦略をもたない敏捷さでは、後追いにしかならない。個人や企業を、さらには国を、誰か他人の戦略に、そうでなければ偶然に、委ねることにしかならない。

両方必要という無難な結論のようだ・・・。





戦略か?敏捷さか? 自分もアレコレ考えてみた。

考えるにあたって、しばしば耳にする「走りながら考える」というような表現がわかりやすそうなので、「戦略」を「考える」で、「俊敏さ」を「走る」でそれぞれ表現することにする。

そうすると、選択肢は次の4つになりそうだ。
1.走る前に考える かつ 走りながらも考える   (←戦略重視)
2.走る前に考える かつ 走るときは考えない
3.走る前に考えない かつ 走りながら考える
4.走る前に考えない かつ 走るときも考えない  (←敏捷さ重視)

まず、4.はあきらかに危険なパターン。どこを目指して走るつもりなのだろうか・・・。

次に、2.も危なそう。状況の変化に合わせてつど方向修正を考えないと、だんだんと方向がそれいくに違いない・・・。

さらに、3.は無駄が多そうに思う。走る前に大雑把にでも方向性を考えた方が良さそうだ。

と言うことで、結局、1.という無難な結論になってしまう・・・。



ただ、考える「程度」が問題なのだろう。

すなわち、走る前にどの程度考えるのか? 走りながらどの程度考えるのか?

これも無難な結論になってしまいそう、すなわち、「程度」は状況に合わせて臨機応変に・・・。





ということで、事前に考えるのはこれくらいにして、あとは走りながら考えるとしよう・・・。
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2018-04-29 07:16 : 雑記 : 編集

それって従来の延長線上では・・・

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、10回目。

同時多発テロ事件に対するアメリカ政府の対応に関する記述が気になった。
アメリカ政府は要するに、いちばん得意とする方法をとった。工業型の官僚機構の構築という方法である。その結果、巨大で、垂直型で、階層型で、ピラミッド型の組織ができ、多数の競合しあう部門を傘下に収めて、州政府や地方政府の何万もの中小官僚機構との間で協力と支援の関係を築くことになった。

これに対してテロ組織は官僚機構を出し抜けるように設計されている。小さな細胞が緩いネットワークを形成していて、構成員はほかの細胞の人をひとりかふたりしか知らない。ほとんどの細胞が素早く決定を下せるようになっており、攻撃し逃走し姿を消すか、自爆するよう訓練を受けている。国土安全保障省とくらべると、アル・カイダは極端なまでに平らな組織構造をとっている。労働組合もない。

従来の延長線上の組織しか作ることができなかったアメリカ政府に対して、テロ組織は戦略に即した組織体制を作り上げていたということだろう。

一歩間違えば危なかったかも?



同様なことは企業にも言えそうだ。

従来の延長線上の戦略に傾きがちな古い企業に対して、新興企業はより時代に即した戦略をとっていそうだ。

自分の勤めている古い企業は大丈夫か?



さらに、個人についても同様だろう。

従来の延長線上の発想しかできない自分のようなオッサンに対して、若者は今の時代に即した思考回路になっているに違いない。

間違いなく自分は危ない・・・。



ということで、「それって従来の延長線上では?」と自問する癖をつけていきたい。









ではさっそく、今回書いた内容って従来の延長線上では?

いつも同じようなことばかり書いているような・・・。
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2018-04-29 06:24 : 雑記 : 編集

複雑化する社会に耐えられるか・・・

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、9回目。

社会の複雑化に関する内容が興味深かった。
工業時代には均質性、標準化、何にでも適用されるマス化が強調され、ものごとが比較的単純だったが、その時代は終わろうとしている。複雑さを生み出しているのはアメリカだけではない。EUは、教育からチーズまで、あらゆるものの「統一」をはかるために、複雑怪奇な法令の山を築いている。その状況を追っていけるのは、コンピューターだけだ。

確かに、自分の子供時代と比較しても、社会はどんどん複雑になっているように思う。

複雑さが進む要因について勝手に考えてみた。
1.専門化やグローバル化や技術の進化などによって複雑さの元が生まれた
2.コンピューターやインターネットが普及して、システムが複雑さに耐えられるようになった
3.教育が普及して、複雑性に対する人間の耐性が増した

この中でも、特に2.の影響が大きいように思う。

人間が嫌になるような複雑さも、コンピューターは難なく耐えられる。



今後も社会の複雑化は進行し続けるだろうけど、これから老いていく自分は大丈夫だろうか。

老後に向けてお金の備えは意識しているつもりだったけど、より複雑化する社会への備えも必要に違いない。



ということで、流行に無頓着な自分も、より複雑化するであろう社会の変化には注意を向けていきたい・・・。
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2018-04-29 05:17 : 雑記 : 編集

競争社会は忙しい・・・

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、8回目。

「第三の仕事」という言葉が気になった。
人はみな、金を稼ぐための第一の仕事、生産消費者としての第二の無給の仕事にくわえて、やはり無給の第三の仕事までこなしているのだから、いつも時間に追われているのも不思議ではない。

「第三の仕事」とは、企業が顧客にさせる仕事のこと。

例えば、銀行のATM、スーパーやガソリンスタンドのセルフサービス、(電話での問い合わせではなく)インターネットから製品情報を入手させる、など。


その分安くなるのであればセルフサービスでも全然問題ないと思っていたけど、時間をとられすぎるのだとしたら確かに問題かもしれない。

すなわち、サラリーマンとしての仕事(第一の仕事)をして、個人的な仕事(第二の仕事)もし、さらには消費者としての仕事(第三の仕事)もする・・・。



まあでも、忙しさのそもそもの原因は、資本主義という経済システムにあるように思う。

競争を強いられるため、のんびりする余裕なんてなく、急がざるを得えない・・・。





ただ、このようなブログを無駄に書いているくらいだから、(競争から脱落気味な?)自分はそれほど忙しくないに違いない・・・。

そんな自分は、やはり割安のセルフサービスで第三の仕事をした方が良さそうだ・・・。
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2018-04-28 14:08 : 雑記 : 編集

経済活動の多くは金銭を伴わない・・・

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、7回目。

「生産消費者」という言葉が気になった。長々と抜粋。
現在、ほとんどの人が使っている経済地図、経営者や政治家が大きく依存している経済地図は、実際にははるかに大きな地図の一部でしかなく、一部だけを拡大して示したものにすぎない。金銭経済だけを対象にしているのだ。

実際には、これ以外に巨大な「隠れた経済」があり、ほとんど調査されず、統計の対象にならず、支払いの対象にならない経済活動が大規模に行われている。それは非金銭の生産消費者経済である。

著者は「生産消費者」という言葉をつくり、販売や交換のためではなく、自分で使うためか満足をえるために財やサービスを作り出す人をそう呼ぶことにした。個人または集団として、生産したものをそのまま消費するとき、「生産消費活動」を行っているのである。

たとえばパイを焼いて食べるとき、「生産消費者」として活動している。だが、生産消費は個人の活動とはかぎらない。パイを焼くとき、家族や友人、仲間に食べてもらうことを目的にしていて、金銭などの見返りを期待しない場合がある。(中略)生産消費活動では、無報酬の仕事によって価値を生み出し、世界の反対側に住む見知らぬ人に使ってもらうことすらある。

極端に言うと、お金を稼ぐための仕事(自分の場合はサラリーマン)以外のすべての活動は生産消費活動と言えそうだ。

すなわち、寝る、食べる、遊ぶなどすべての活動は何らかの「満足」を得るために行うのであり、つまり自分自身にサービスを提供するために行う生産消費活動だ。

このブログを書くことも、飲酒も、読書も、あらゆる活動は生産消費活動。

また、人間だけでなく、動物も植物も魚も虫も、みんな生産消費活動を行っている。

そのように考えると、人間の経済活動(金銭経済+非金銭の生産消費経済)は、動植物の生産消費活動も含んでより拡大した経済地図のうち、ほんの一部に違いない。





経済発展のためには、人間を働かせることばかり考えるのではなく、動植物にもっと働いてもらう(動植物の生産物をもっと有効に活用する)という手もあるのかも。

まあでも、動植物よりも人間の方が思い通りにコントロールしやすいため効率が良い(搾取しやすい)のだろう・・・。

といような、コントロートされやすい従順なサラリーマンの愚痴・・・。
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2018-04-28 10:31 : 雑記 : 編集

真実かどうかの判断基準・・・

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、6回目。

真実かどうかの判断基準が気になった。
何が真実かどうかを判断する際には、少なくとも六つの競合する基準が使われている。

六つの基準とは、
1.常識
2.一貫性
3.権威
4.啓示
5.時の試練
6.自然科学


個人的には、「5.時の試練」と「6.自然科学」を重視しているように思う。

ただ、自然科学は時代とともに修正されていく(新たな発見があるとこれまでの説に修正が加わる)ため、広い意味では「6.自然科学」も「5.時の試練」に含まれそうだ。

そう考えると、もっとシンプルに、自分は「5.時の試練」を重視していると言えそうだ。



なお、「5.時の試練」で真実かどうかを判断する場合、真実(と思われてきたこと)に矛盾が発覚すると、それはもはや真実ではなくなる。

すなわち、「真実」は常に暫定的である。

したがって、「真実」と呼ぶよりも「虚偽であることがまだ明らかになっていないこと」とでも呼んだ方がしっくりきそうだ・・・。





ちなみに、サラリーマン生活では真実かどうかよりも、相手を納得させることができるかどうかの方が重要だ。

真実は人によって考えが異なる、ある意味相対的なものであり、真実にこだわってもお金にならない。

一方、納得はお金になる・・・。







まあでも、今さらだけど、「真実かどうか?」が問題なのではなく、「何を真実とするか?」が問題なのだと思う。

すなわち、「真実かどうか?」なんて結局誰にもわからない問題に違いない。

「真実」は、誰かが「真実とする」から「真実になる」のだ・・・。
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2018-04-28 08:13 : 雑記 : 編集

庶民が重要な知識を入手できるのか・・・

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、5回目。

「知識」に関する記述が興味深かった。
経済専門家の多くは工業時代の考え方の訓練を受けているので、知識の奇妙な性格を理解するのが難しくなっている。知識は非競合財であり、使ってもなくならず、無形であり、したがって計測するのが難しい。

知識は工業製品とは異なり、複数の人が同時に使用でき、また使ってもなくならない。

そう考えると容易に使用できるように思ってしまいそうになるが、知識を入手するにもコストがかかる。

特に、重要な知識は高コストに違いない。貴重な知識はお金になる。

逆に言うと、簡単に入手できる知識は重要ではないということだろうか・・・。



自分は読書で知識を入手しているつもりだったけど、そのように考えると、一般的に売られている(図書館で借りることができる)本から簡単に入手できるような知識なんて、重要度の低い知識なのかもしれない。

自分のような庶民が真に重要な知識を入手できるのだろうか・・・。



まあでも、本に書かれた内容の中にも、何かの間違いで?重要な知識が含まれているかもしれないので、重要な知識の採掘活動のようなイメージで、引き続き読書を続けていきたい。

書店や図書館は知識鉱山のようなものか。良い知識を掘り当てられるか・・・。
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2018-04-27 21:31 : 雑記 : 編集

例え話は理解を容易にするが・・・

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、4回目。

「類推」に関する記述が気になった。
たとえば医者は「心臓はポンプのようなものだ」と語り、心臓の「弁」などの部分について説明することが多い。ポンプからの類推によって、心臓について考え、治療することができるようになる。

だが超高速で変化する現在の環境では、かつて類似していたものが変化し、違いが大きくなることが多いので、類推による結論が誤解を招く間違ったものになる場合が少なくない。このため、現在の環境に対応するには、新しい知識が必要になっているだけでなく、思考のための新しい方法も必要になっている。

経済専門家の多くは、意識的にか無意識的にか、経済学が物理学に似ているとの見方にしがみついている。この見方は何世紀も前、均衡、因果関係、決定論に関するニュートンの考え方が物理学の主流だった時期に生まれたものである。その後、物理学ではいうまでもなく、これらの点についての考え方が劇的に変わった。だが経済学専門家の多くはいまだに、ニュートン力学の単純な想定に基づいて研究を行っている。

そもそも、類推とは正確さをいったん脇に置いて理解の容易さを得るための手段と考えられるが、正確さを脇に置いたことを忘れてしまう傾向があるように思う。

すなわち、「心臓はポンプのようなものだ」(心臓≒ポンプ)をいつのまにか「心臓はポンプだ」(心臓=ポンプ)と勘違いしてしまいがちになるというような。

さらに、時代とともにポンプが進化してハイテク化すると、「心臓はポンプとは似ても似つかないものだ」となる恐れがある(と上記抜粋部分は指摘している)。



ということで、例え話はあくまで理解を容易にするための手段であり、そのために正確さを犠牲にしている、ということを心に留めておきたい。そして、時とともに正確さが損なわれていくということも・・・。
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2018-04-27 20:31 : 雑記 : 編集

禁欲を美徳とするか? 欲求を美徳とするか?

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、3回目。

欲求に関する記述が気になった。
禁欲的な宗教は、貧困の中で忍耐を教え、欲求を満たすのではなく抑制すれば幸せになれると説く。物欲を抑え、なにももたずに生きていくように教える。インドの宗教は何千年も前からまさにそう教えてきた。それも信じがたいほどの貧困と惨状の中で。

これに対しプロテスタンティズムはヨーロッパで生まれたとき、まったく逆の教えを説いた。物欲を抑えるのではなく、勤勉に働き、倹約し、高潔に生きるよう教え、この教えにしたがえば、神の恩寵によって、自分の欲求を満たせるようになると説いた。欧米では広範囲な人たちがこの価値観を受け入れ、豊かになった。

極端に言うと次のような感じか。
インド:禁欲×非勤勉 → 貧困
欧米:欲求×勤勉 → 豊か

一方、これまでの日本は次のような感じだろうか。
日本:禁欲×勤勉 → 豊か

ただ、これまでは無欲でも勤勉さがあれば豊かになれたのかもしれないが、何をすれば良いのかがますます明確ではなくなっていきそうなこれからの時代、無欲では豊かになれないのかもしれない。

すなわち、欲求がないと勤勉さを注ぐ先を見つけられなさそう・・・。



まあでも、単純に豊かになれば良い(満足度が高い)という訳でもないだろうが・・・。
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2018-04-27 01:43 : 雑記 : 編集

流行の悲観論に流されないように注意しつつも 適度に悲観的でありたい・・・

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本の感想、2回目。

「悲観論」に関する記述が気になった。
悲観論をとなえるのは、賢明さを装いたい人にとってとくに便利な方法のひとつだ。そして、悲観的になる材料は山ほどある。

だがいまの悲観論の多くは流行にすぎない。十九世紀半ばに産業革命がヨーロッパ全体に波及し、反対派に恐怖を与えた時期に似ている。

そう言われると、悲観的になれるネタはいたるところに転がっているため、悲観論をとなえたり流行らせたりするのは簡単そうだ。

なお、多少は悲観論に傾いている人の方が、将来への備えをしっかりしそうなため生き残りそうであり、したがって、社会全体も悲観論に傾きがちになりそうに思う。

そのように考えると、健全な社会は多少なりとも悲観論に傾くのではなかろうか・・・。

逆に、楽観論に傾いている社会は危機意識が低く危険なような。



ということで、賢明さを装っていると揶揄されようとも、流行の悲観論に流されないように注意しつつも、適度に悲観的でありたい。

現状は悲観度が強すぎるように思うので、もう少し楽観度を高めていきたい・・・。
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2018-04-22 11:05 : 雑記 : 編集

すべては種の存続のために? 背後に隠された行動原理・・・

「富の未来」(アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー 著、山岡洋一 訳)という本を読んだ。

3段階の社会体制(農業社会、工業社会、知識社会)と3つの要素(時間、空間、知識)に着目して人間社会の行く末を展望するような内容。

物体の動きを予測するために背後に隠された物理法則に着目するように、人間社会の行く末を予測するために背後に隠された3段階の社会体制と3つの要素に着目するようなイメージ。



そのようなことを考えていると、自分の行動の背後にも何らかの法則のようなものが隠れているのではなかろうかと思った。

そのような法則についてアレコレ考えてみると、自分のとるあらゆる行動には、生き残るための何らかの知恵が隠されているに違いない。つまり、すべては生き残るために、というような行動原理。

自分のとりそうな行動は先祖代々受け継がれてきたものであり、逆に考えると、そのような行動(先祖代々受け継がれてきた自分のとりそうな行動)をとると生き残れるはずだ。

極端に言うと、放っておいても勝手に生き残るための行動をとるようにできているのだろう(それゆえ先祖代々生き残ってこれた)。

逆に言うと、生き残ることには関係の無い行動は(放っておいたらとらないため)敢えて意識的にとる必要がありそうだ。



ということで、放っておいても生き残ろうとはするけど、放っておいたら(生き残ることには関係の無い)自己満足を最大化するような行動はとらない、という理解のもと、人生の暫定的な目的である自己満足の最大化には意識的に取り組んでいきたい・・・。







なお、生き残ろうとするというよりも、子孫を残し続けようとするという方がより正しいだろう。

人間も含めて生物は放っておいても子孫を残し続けようとする。

そのようなことを考えると、生きる目的なんて考えるのはおかしな話。

目的があるから生きているのではなく、放っておいても子孫を残し続けるようにできてしまったから生きている(種が存続し続けている)のだ・・・。
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2018-04-22 07:04 : 雑記 : 編集

夢のような恵まれた世界を辛い現実だと思い込んでいる? たまには夢から覚めて我に返る時間でも・・・

スタジオジブリの高畑氏が亡くなったとのことで「火垂るの墓」が放送されていた。

子供の頃と同じような感想を、今観ても抱いてしまう。

すなわち、現実だと思っている今の生活は夢に過ぎないのではなかろうかということ。

いつの日か、というよりすぐそこに、「火垂るの墓」の世界のような真の現実が待ち受けているのかも・・・。



辛い現実だと思っている今のサラリーマン生活は実は夢の世界なのでは?

夢のような恵まれた世界を辛い現実だと思い込んでいるのではなかろうか・・・。



「火垂るの墓」を観て得られる、夢から覚めて我に返るような時間もたまには必要に思う。

そういういう意味も込めて、「BS世界のドキュメンタリー」という世界の悲惨な現実を教えてくれる番組をよく観ているのだけど、それだけでは足りないように感じてきた。



ということで、これまで以上に貪欲に悲惨な話を収集していきたい。

悲惨な話コレクター・・・。
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2018-04-22 00:06 : 雑記 : 編集

投資もお酒も人生も 部分最適で足るを知るか 全体最適を目指し続けるか・・・

お酒好きな自分の典型的な週末は、朝からお酒を飲みながら録画していたTV番組を観たり音楽を聴いたりブログを書いたり・・・。

そんな週末の過ごし方について、最近気になったことがある。

それは、お酒とつまみのパターンがほぼほぼ決まっていること。

特定銘柄の格安ワインと特定銘柄のピーナッツ、特定銘柄の缶チューハイと特定銘柄のスナック菓子、などなど・・・。



2つの意味で気になった。

1.特定銘柄を摂取し続けて健康上問題ないだろうか?
2.他を探せばもっと満足度が高い銘柄があるのでは?

特に気になったのは2.の方であり、表現を変えると、部分最適で満足していいのだろうか?、ということ。

すなわち、現時点でお気に入りの銘柄は、あくまで自分が体験した範囲内での部分最適であり、まだ試していない銘柄はたくさんある。

まだ試していない銘柄の中に、もっと気に入るもの(全体最適)があるに違いない。



これは、お酒に限った話ではなく、例えば投資についても、さらには人生全体についても言えそうだ。

投資に関してはインデックスファンド(MSCIコクサイ)の積立投資という部分最適に満足しているし、人生に関しては不満たらたらながらも(アーリーリタイアを実現するまでは)さえないサラリーマン生活を続けるという部分最適?に落ち着いている・・・。



というようなことをアレコレ考えた結果、失敗しても悪影響の小さいお酒については、部分最適で満足せずに全体最適を目指してみようかと思い至った。

すなわち、お酒とつまみに関しては、これまで経験したことの無い銘柄を試し続けてみることにした。

日本酒、焼酎、ビール、ワイン、ウィスキー、ブランデー、ウォッカ、テキーラ、などなど、お酒の世界は果てしなく広そうだ。そして、つまみの世界も負けず劣らず広いに違ない。





ということで、投資と仕事は今まで通りの部分最適?で足るを知るとして、お酒とつまみは全体最適を目指してみることにした・・・。
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2018-04-21 16:04 : 雑記 : 編集

その「おもてなし」はお金を生むのか・・・

「労働生産性と価値創造」という記事が日本経済新聞に掲載されていた。

「おもてなし」の生産性に関する記述が気になった。
非製造業の「おもてなし」も、きめ細かい対応が、顧客が支払う対価の増加をもたらすならよい。しかし海外投資家からは、「日本に出張して開店直後の商業施設にいったところ、従業員が一斉におじぎをしていたが、それが売り上げ増につながるのか」と疑問を呈された。いかに顧客が喜ぶ価値を創造し、適切な対価を勝ち取るかも日本の生産性向上には必要だろう。

そもそも、「生産性」なんていうオブラートに包んだ表現をするのが良くないように思う。

もっとストレートに「金儲け効率」とでも言えば良いのに。



そして、「価値創造」について考えるよりも、もっとストレートに「お金創造」について考えた方が「生産性(金儲け効率)」は高まるに違いない。



ただ、「生産性(金儲け効率)」の低い「おもてなし」は「お金」を生まないかもしれないが、「満足」を生むのかもしれない(もてなす側にももてなされる側にも)。

すなわち、「金儲け効率」は低くくても「満足効率」は高いのかもしれない。

人生の暫定目的を「自己満足の最大化」としている自分としては、それはそれでありのように思う。

つまり、「生産性(金儲け効率)」が低くても「満足効率」が高ければいいじゃないか。というより、むしろ「満足効率」の方が大切だ。





ということで、「生産性(金儲け効率)」はまったくなけど「(自己)満足効率」はそこそこ高いこのブログを、これからもひっそりと書き続けていきたい。

自分以外の誰かの満足も生んでいたらなお良いのだけど・・・。
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2018-04-21 06:08 : 雑記 : 編集

社会生活は「つくり笑い」に始まり「つくり笑い」に終わる・・・

「学習能力のヒ・ミ・ツ」というNHKで放送されていたドキュメンタリー番組の感想、2回目。

「笑い」に関する内容が興味深かった。

社会生活を営む上で一番影響力のある表情は「笑い」であり、笑いには本物の笑い(無意識的な笑い)と社交的な笑い(意識的な笑い)の2種類があるとのこと。

関連箇所からの抜粋。
研究によると、社交上の笑いは、6歳くらいではまだ区別はつきませんが、遊びなどを通じて徐々に聞き分けられるようになり、自分でも使い始めるといいます。そうして、十代になるころには、様々な社会的状況を切り抜ける術を身につけるというのです。


改めて考えると、サラリーマン生活は「社交的な笑い」で満ちているように思う。

ただ、もっとストレートに「つくり笑い」といった方がしっくりくる。

自分もそうだし周りもそう。みんなつくり笑いばかり。

笑っている暇があったら仕事しろという話かもしれないが、つくり笑いしないと仕事にならないに違いない・・・。



朝出社したらつくり笑いしながら「おはようございます」と言って一日が始まり、つくり笑いしながら仕事をし、そして帰るときはつくり笑いしながら「お疲れさまでした」と言って一日が終わる。

仕事をする時間はつくり笑いをする時間・・・。



新入社員教育で「報・連・相」なんて教えられるけど、それよりもまず「つくり笑い」の大切さを教えるべきではなかろうか。

「報・連・相」をするにもつくり笑いは必須だ。




ということで、今さらながらつくり笑いの大切さに気付いた中年社員の自分がいる。つくり笑いをしてごまかすしかなさそうだ。

このブログもつくり笑いに始まりつくり笑いに終わる・・・。
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2018-04-21 00:58 : 雑記 : 編集

感情は隠しきれない 無意識のうちに一瞬顔に出てしまう・・・

「学習能力のヒ・ミ・ツ」というイギリスで制作された番組が、NHKの「BS世界のドキュメンタリー」にて放送されていた。

「感情」の学習に関する解説が興味深かった。
私たちが学ばなければならない最も難しいことは他の人たちと協力することです。(中略)より複雑なことを成し遂げようと思ったら、より効果的に協力し合わねばなりません。言葉だけでは不十分、相手の感情も学ぶ必要があります。感情はそのまま表情に出ることがあるため、相手にすぐ伝わります。主な表情は6つ、喜び、怒り、驚き、嫌悪、恐怖、そして、悲しみ。(中略)感情を押し殺そうと努めても、1/15秒という一瞬、無意識に出てしまいます。

この解説を聞きながら、自分にはそもそも相手の感情を読み取ろうとする姿勢が乏しいようだと今さらながら思った。

コミュニケーション能力が低い原因の一つはそこにありそうだ・・・。



これからは相手の言葉だけでなく、感情にも注意を向けていきたい。

そのためには、一瞬の表情の変化に注意を向ける必要がありそうだ。



また逆に、自分の表情にも気を付けたい。

さえない自分の場合、無意識に一瞬出てしまうだけでなく、意識して隠そうとしてもボロが出ているに違いない・・・。





ということで、自分のボロは隠しつつも相手のボロは見逃さないような嫌な奴になりたい。

言うのは簡単なんだけど・・・。
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2018-04-15 12:02 : 雑記 : 編集

リケジョが少ないのも頷ける・・・

『世界が注目「STEM教育」』という記事が、日本経済新聞に掲載されていた。

日本のリケジョの少なさを危惧する内容。
近年は文系の人気が高いようですが、世界では異なる潮流が出ています。理系分野で優れた人材を増やそうと、科学・技術・工学・数学に力を入れる「STEM教育」が広がり始めているのです。

リケジョの不足は各国の課題で、国連が17年に開いた会議も「STEM教育を女性に広める」と決議されました。ただ、経済協力開発機構(OECD)によると、STEM分野の高等教育の新入生に占める女性は日本は16%。OECD平均30%を下回り、35カ国中で最低です。

自分が所属する技術系の部署にもリケジョはいない。

リケジョ人口が少ないのに加えて、こんなブラックな?職場に女性を採用しようなんて人事も思わないに違いない・・・。



そもそも、「プロジェクトX」という、技術者のブラックな働き方を賞賛するような?番組が流行る国で、普通の人なら理系を選択しようなんて思わないだろう。

あえて理系を選択しようとするのは、理系を選択するしか能のない(文系の適性に欠ける)オタクな男性がほとんどではなかろうか、自分のような・・・。

一方、一般的に男性よりもコミュニケーション能力が高いといわれる(すなわち文系的なセンスがありそうな)女性は、文系を選択する方が良いのではと個人的には思ってしまう。

安易に理系を勧めるのもどうかと・・・。





まあでも、さえない理系サラリーマンな自分からすると、リケジョが少ない方が職を失わずに済みそうなので好都合かも。

ということで、自分にとってはリケジョが少ないことよりも、増える方が問題なのだ・・・。
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2018-04-15 08:34 : 雑記 : 編集

便利な社会の代償としてのストレス地獄・・・

「長期ストレスでリスク上昇」という記事が日本経済新聞に掲載されていた。

現代社会のストレスに関する記述が気になった。
ストレスは、現代社会では人間関係や仕事などに伴なうものですが、もともとは敵に襲われるなど生命の危険に直面するような事態によるものでした。こうした状況では「ストレスホルモン」が分泌され、身体は交感神経がたかぶった「戦闘モード」に入ります。

進化の過程では、強いストレスにさらされるのは一時的で、うまくやり過ごせれば、身体は定常状態に戻ったはずです。しかし、現代社会ではストレスが恒常的に存在します。

狩猟採集時代は一時的だったストレスが、現代社会では恒常的なものになったということか。

便利な社会になった代償としてストレスにさらされている。便利なストレス地獄・・・。



この便利な社会を生きていくのであれば、ストレスはしかたないものとあきらめるしかないのだろう。

ただ、健康を維持するためには、(ストレス源があることはしかたないとしても)ストレスから受けるダメージを小さくするよう努める必要がありそうだ。

といっても、さえない自分にはそれが難しいのだけど・・・。
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2018-04-15 00:21 : 雑記 : 編集

成長のジレンマ? 社会も人間も成長と崩壊の繰り返し・・・

「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(ウルリケ・ヘルマン 著、猪股和夫 訳)という本の感想、9回目。



成長しないと維持できないシステムには終わりが来るのだろうと、この本を読んで思った。

資本主義社会はまさに成長しないと維持できないシステムであり、その構成要素である企業も成長しないと維持できないシステムだ。

限りある地球環境の中でどこまでも成長し続けることはできないため、資本主義社会の成長には限界がくる。資本主義社会は成長が前提のシステムのため、成長の限界を迎えると崩壊する。

資本主義社会に限界があるということは、その中で成長する企業にも限界があるということであり、成長の限界を迎えた企業は崩壊する。

さらには、人間自体も成長しないと維持できないシステムであり、寿命という成長の限界を迎えると崩壊する。



逆に、成長しなければ存続し続けられるのかと考えてみると、成長しなければ環境の変化に対応できないだろうから、それはそれで崩壊しそうだ・・・。

というより、そもそも成長のない世界では生まれてくることさえないに違いない・・・。





ということで、社会も人間も成長と崩壊を繰り返すしかなさそうだ・・・。
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2018-04-14 07:03 : 雑記 : 編集

もっと強くもっと賢くもっと・・・ 金儲けマシーンとしての性能アップ・・・

「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(ウルリケ・ヘルマン 著、猪股和夫 訳)という本の感想、8回目。

自己啓発に関する記述が気になった。
ほかの人との競争に勝ち抜くために、人々は自分の肉体と頭脳を労働市場で通用するモノに仕立てあげようとせっせと取り組んでいます。それは、大型書店を覗いてみれば一目瞭然です。書棚は何メートルにもわたって自己啓発本で埋めつくされています。もっと賢く、もっと豊かに、もっと何にでも興味をもつように、もっと美しく、……というわけです。自己最適化のこうした衝動はいわば工業化の落とし子です。最近では誰もが己を、多くの工程を可能なかぎり効率化して仕上げた工業製品のように見ています。

極端にいうと、子供時代の学校教育から成人後の自己啓発まで、その目的は金儲けマシーンとしての自分の性能を上げること。

高性能な金儲けマシーンを目指して己を改造し続ける日々。

改造しすぎて原型をとどめなくなった人々・・・。

改造に失敗してわけがわからなくなった自分・・・。



そもそも、金儲けは何らかの目的(生きるため、異性をひきつけるため、など)を達成するための手段だろうけど、その手段(金儲け)が目的化しており、さらに、その金儲けという目的を達成するための手段(自己啓発)が目的化している。

そして、その自己啓発という目的を達成するための手段(読書や筋トレや・・・)が目的化し、さらにはその目的を達成するための手段が・・・ときりがない。



真の目的が何だったのかを意識することもなく、目的と化した自己啓発に邁進する・・・。

真の目的が何だったのかを意識することもなく、目的と化した金儲けに没頭する・・・。





まあでも、手段を目的と錯覚できるところが人間の凄いところなのかもしれない。

日本人の得意とする?職人技を極めるというのは、まさに手段の目的化の賜物に違いない・・・。




ということで、改造に失敗してわけがわからなくなった自分を引っ提げて、金儲け(資産形成)という目的化した手段にこれからも没頭し続けていきたい・・・。
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2018-04-14 06:04 : 雑記 : 編集

資本主義の末路・・・

「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(ウルリケ・ヘルマン 著、猪股和夫 訳)という本の感想、7回目。

資本主義の行く末に関する記述が気になった。
資本主義の末路は、どう見ても平和裏にとはいかなさそうです。その結末は決して環境保護者が待望するようなエコロジカルな循環経済ではありません。それどころか、経済は自由落下運動に入り、コントロールできないままに収縮し、パニックを来すことになるでしょう。職場を失い収入を失った人たちは不安におののく日々が始まります。

気持ち良いほどの悲観っぷり・・・。


しかし、次のようなある意味楽観的な話でこの本は締めくくられていた。
資本主義の終焉は歴史の終わりでも、ましてや地球の終わりでもないでしょう。そして、どうやら、自分で自分の生活基盤を破壊することに躍起になっているわりには、人間の終わりを意味するのでもなさそうです。今はまだ認識されていない新しいシステムがいつかは作られるでしょう。資本主義が1760年にイングランド北西部で起こったときにそうだったように、きっとそれもその時代の人々を驚かすことでしょう。資本主義を予期していた者などひとりもいなかったのです。誰が計画したわけでもありません。でも、それは現に存在しています。人間には将来の文化的業績は見とおせません。まったく考えも及びません。でも、それこそは人間の魅力でもあります。人間世界はオープンエンド、変更はいくらでもきくのです。

資本主義の未来には悲観的だが人類の未来には楽観的、という悲観と楽観のメリハリが心地良い。

中途半端に悲観的なだけの自分は、悲観と楽観のメリハリを見習いたい・・・。




まあでも、自分という個体が末期的な資本主義社会を生き抜ける確率は低そうに思うけど、人類全体で考えると生き抜ける者は必ずいるに違いないから大丈夫。

彼らはあらたな社会システムを作り上げて再び繁栄するに違いない。

というような悲観(自分はダメ)と楽観(人類は生き残り再び繁栄する)のメリハリを早速試してみた・・・。






さらに、人類という種が滅んだとしても大丈夫。他の生物が生き続けてくれるだろうから。

というより、多くの生物にとっては邪魔者がいなくなって好都合に違ないない。

というような悲観と楽観のメリハリ・・・。








ちなみに、悲観と楽観のメリハリがうまくできなくても大丈夫。どうでも良いに違いない・・・。
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2018-04-14 00:22 : 雑記 : 編集

金融資産というフィクション・・・

「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(ウルリケ・ヘルマン 著、猪股和夫 訳)という本の感想、6回目。

「金融資産というフィクション」という表現が気になった。
投資家はあくまでお金の積み上げに没頭し、株式や不動産を買えば自分は生産的な事業に投資しているのだと本気で思っています。でも、実際にはモノは何ひとつ生産されていません。株式相場が上がっただけです。国内総生産(GDP)という経済の実体と金融資産というフィクションのこうした不一致はいつかは露呈します。クラッシュに至り、資産価格が急速に下落します。危機の到来です。近代的資本主義が危機に見舞われるのには、どうも規則性がありそうです。

改めて考えてみると、経済活動の実体は「生産」と「消費」であり、お金も含めて株や債券などは全て実体のないフィクションなのだろう。

ただ、社会生活を円滑にするためには、世界観や常識など実体のないフィクションの共有は必要不可欠であり、お金や株や債券などもそのようなフィクションの1つと言えそうだ。

人間社会を生き抜くにはフィクションの共有を受け入れないといけないけど、そのフィクションに不都合が生じた場合にみんな仲良く共倒れしてしまう恐れがある。

共倒れに巻き込まれないようにするためには、フィクションを受け入れつつもそのフィクションに疑いをもつ姿勢が必要となるのだろう。



ということで、金融資産というフィクションを受け入れつつ、そのフィクションを疑う姿勢を持ち続けていきたい・・・。
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2018-04-08 08:25 : 雑記 : 編集

信用貸しが経済成長を可能にする?

「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(ウルリケ・ヘルマン 著、猪股和夫 訳)という本の感想、5回目。

信用貸しが経済成長を可能にするという話が書かれており、なるほどと思った。
もっと極端な言い方をすれば、借金がなければ経済は成長できません。資本主義は、そこに絶えず新たな信用貸しによる資金が注ぎ込まれてこそ可能なのです。資本のこの内在的な論理をスイスの経済学者ハンス・クリストフ・ビンスヴァンガーが非常に簡潔に表現しています。企業が投資をするのは、狙いどおりに収益が望めるときだけである、と。利益とは収入と支出の差です。つまり、経済全体としては全企業の収入は全企業の支出よりも高くなくてはなりません。それが可能なのは、何もないところから生み出される信用貸しというかたちで外部からお金が流れ込んで来たときだけです。

次のように理解した。

経済が成長したということはお金の流通量が増えたということであり、それはすなわち銀行が貸付けたということ(前回書いたように、お金が生まれるのは中央銀行が刷るというよりも銀行が貸付けることによる)。

逆に言うと、銀行からの貸付けがないとお金の流通量は増えないため経済は成長しない。



極端なイメージは、バブルの時代は銀行がどんどん貸付けて流通量が増え、バブル崩壊時は銀行が回収に精を出して流通量が減る、というような感じかな・・・。
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2018-04-08 06:03 : 雑記 : 編集

お金はどこで生まれるのか? そんなこともわかってなかった・・・

「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(ウルリケ・ヘルマン 著、猪股和夫 訳)という本の感想、4回目。

お金がどこで生まれるのかを今さら知った・・・。
一般に思われているのとは違って、中央銀行はお金を「刷る」ことはほとんどしません。国家が発行するのは銀行券と硬貨だけで、それらは合わせても流通貨幣の20パーセントほどにしかなりません。残りの約80パーセントは振替口座や金融市場にストックされています。そして、この「帳簿貨幣」を生んだのは国家ではなく、銀行です。銀行が信用貸付を行い、顧客の口座の貸方に記入することで生み出したのです

中央銀行が刷るというよりも、銀行が貸付けることでお金が生まれているとのこと。

景気が良くて銀行がどんどん貸付けるような状況は、たくさんのお金が生まれている状況と言えるのだろう。

逆に、景気が悪くなって貸付けるよりも回収する金額の方が多くなるような状況は、お金が死んでいく状況と言えそうだ。

お金好きといいながら基本的なことが全然わかってなかった・・・。





なお、お金の流通量は、金利水準の設定を通して国がコントロールしているとのこと。
どこの国でも発券銀行が金利水準を設定し、そうすることで通貨の流通量が爆発的に増えないようにしています。でも、金利は価格にほかなりません。金融市場の中核をなす信用取引に対する価格です。これほど自由であるとされる金融市場も、つまりは、国家が中央で価格を決めている市場なのです。

いま現在は、マイナス金利にまでして流通量を増やそうと(その結果インフレにしようと)したけど、結局そうならなかったという状況なのかな。

まあでも、「貯蓄から投資へ」と老後不安をあおっておきながら、一方で流通量を増やそうと(消費を促そうと)するのは無理がありそうな気も・・・。

流通量を増やしたければ、老後不安を感じずにどんどん消費できるような社会にするしかないような。

という、お金がどこで生まれているのかすらわかってなかった素人の安易な考え・・・。
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2018-04-08 05:10 : 雑記 : 編集

ドイツ人の金(ゴールド)好きはトラウマから・・・

「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(ウルリケ・ヘルマン 著、猪股和夫 訳)という本の感想、3回目。

ドイツ人のゴールド好きに関する記述が気になった。
ドイツ人のようにゴールド好きな国民はそうそういません。2012年だけで110トンの金を買っていて、その費用は60億ドル弱です。ドイツ人以上に熱心なのはインド人と中国人くらいで、それぞれ864トンと817トン購入しています。

ドイツ人がたどっているこの特別な道は、いわば歴史の遺産です。というのは、ドイツ人は今も曾祖父母や祖父母が体験した1923年と1948年のふたつのインフレーションから受けたトラウマを引きずっているのです。

金は完全にバブルの傾向にあります。金に目がくらんだ投資家がその価格は上がるものだと思っているとおり、ずっと上がりつづけています。でも、現実的な使い道はほとんどありません。何の役に立つこともなく地下室に置いてあるだけです。そして、米国のスター投資家ウォーレン・バフェットがいみじくも表現したように、独特な循環を見せています。「それは地中から掘り出され、溶かして延べ棒にされ、また地下の金庫室に埋められる」

過去のインフレに対するトラウマからドイツ人はゴールド好きになったようだ。



「トラウマが原因」と考えると、日本人の貯金好き(投資アレルギー?)も自分の節約好き(貯め込み好き)もトラウマが原因なのかも。

すなわち、日本人の貯金好きはバブル崩壊に対するトラウマが原因なのかもしれないし、自分の節約好きは遺伝子に刻みこまれた飢餓に対するトラウマが原因なのかもしれない。

みんな仲良くトラウマを引きずって生きている??



そんな節約好きな自分にとって、飢餓に対するトラウマを断ち切って消費する(今を楽しむ)ことが最大のインフレ対策なのかもしれない。お金の価値が高い今のうちから適度に消費しておく・・・。



ということで、ドイツ人のゴールド好き以上に自分の節約好きが気になった・・・。
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2018-04-07 15:05 : 雑記 : 編集

自由に競争させたら資本主義は成り立たない・・・

「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(ウルリケ・ヘルマン 著、猪股和夫 訳)という本の感想、2回目。

資本主義への国家の介入に関する記述が気になった。
資本主義はきわめて不安定なシステムで、周期的に危機に陥る傾向があります。たいがいは景気のへこみ程度のものでしかないのですが、投資家が集団心理に流されて引き起こす事態が深刻な不況に至ることもめずらしくありません。いずれにしても、成長が止まるとすぐに国家にお呼びがかかります。新自由主義の起業家も臆面もなく政府に支援要求をします。

資本主義において、国家がどこにでも顔を出すのは、その絶えざる介入がなかったら資本主義そのものが機能しないからです。

なるほど。個別最適を追求する個人や企業に対して、国家は全体最適に気を配る役割を担っており、そんな国家なくして資本主義は成り立たないということと理解した。

「神の見えざる手」と「国家の手」の共演・・・。

さらに、世界の全体最適に気を配るべく国際的な機関が存在するのだろう。



まあでも、人の生きる原動力は個別最適をもたらす欲望だろうから、結局、全体最適よりも個別最適の力が勝って資本主義は崩壊するに違いなく、たびたび起こる○○危機はその結果に違いない。



ということで、今後も○○危機は起こり続けるということを頭において、さらには、もしかしたら崩壊しつくされるかもということも頭において、仕事と投資を続けながら、全体最適圧力に抗いつつ人生の個別最適に励んでいきたい・・・。
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2018-04-07 07:14 : 雑記 : 編集

市場経済は存在するのか? 生き抜くコツは競争を避けること・・・

「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(ウルリケ・ヘルマン 著、猪股和夫 訳)という本を読んだ。

資本主義のはじまりから現在抱える問題まで、ヨーロッパ特にドイツの事例を中心に解説した内容。

市場経済は存在するのか?、という次の記述が興味深かった。
市場経済なるものは実に不思議な現象です。市場の延命のために農業経営者は国家から補助金を受け取り、大企業は競争をなるべく避けようと、合併、提携、垂直統合といったあらゆることを行います。こうなると、市場経済の熱烈な信奉者が決して行き着くことのない疑問が立ちます。ほんとうの意味での市場は存在するのか、ということです。ええ、それは存在します。ただし、あまり経済政策の対象とならない隙間分野にですが。容赦ない競争世界で頑張っていくしかないのは、自営業者です。職人であれ、理髪師、飲食店経営者、建築技師、商店主、クリーニング店経営者であれ、みな競争に立ち向かわなくてはなりません。食事がおいしくなかったら、客は次は別のレストランへ行ってしまいます。

小規模事業者は数としては非常に大きなものです。連邦統計庁の集計によると、ドイツ国内には従業員が10人未満の企業は350万あります。とはいえ、こうした小規模な会社で生み出される経済的付加価値はほんの一部でしかありません。市場は小規模事業者にとっての遊び場のようなもので、経済は売上の大部分を占めるひとにぎりの大企業に制圧されているのです。そういう巨大企業が競争から守られていることは、ほかの現象からも窺えます。それは、大企業ともなると、利益を計画できるということです。


市場経済で真に競争にさらされているのは一部の分野にすぎないということか。

確かに、大企業はいかに競争を避けるかに知恵を絞っているといえそうだ。例えば、GOOGLEやAMAZONなどの巨大IT企業は、他社が競争をしかけようとする気をなくすほどの圧倒的な地位を築こうとしている。

また、カルテルや談合など裏でコソコソするのも競争を避けるため。

競争が激しければ激しいほど得られる利益は小さくなっていくだろうから、競争を避けようとするのは当然なのだろう。



同様のことは個人についてもいえそうだ。

すなわち、競争の激しい世界に身をおくと、一部の強者以外は身も心も消耗してしまいそうだから(その割に得られるモノは少ない)、いかに競争を避けるかに知恵を絞ることが重要。

特に、自分のようなさえない草食系は、目立たない隅の方でひっそりと草を食べることで満足しておくのが良さそうだ・・・。
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2018-04-07 05:43 : 雑記 : 編集

巨大隕石の衝突を生き抜く条件・・・

『グレートネイチャーSP 地球事変ギガミステリー(3)「大量絶滅」』という番組がNHKで放送されていた。

恐竜を絶滅に追い込んだとされる巨大隕石の衝突を解説する内容。



番組の中で「生き残るための3つの条件」というコメントがあり気になった。

1.地中にくらし
2.体が小さく
3.なんでも食べる雑食

人間が当てはまるのは雑食くらいだろうか。といっても、舌が肥えた現代人は「なんでも食べる」には該当しないかもしれないが・・・。



ということで、大きな体を地上にさらしている人間は生き残れそうにないので、その時は潔くあきらめるしかなさそうだ・・・。
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2018-04-01 20:14 : 雑記 : 編集

ブラック職場は世界共通・・・

「ミシュラン 星をめぐる物語」というデンマーク/ドイツ/日本共同制作の番組が、NHKの「BS世界のドキュメンタリー」にて放送されていた。

掲載されているレストランのシェフを中心に、ミシュランガイドにまつわる人々の想いを紹介する内容。

その中で、ライター/編集者のカット・キンズマン氏のコメントが気になった。
もし私が、ミシュランの星付きレストランをはじめとする高級レストランの闇を暴露したら、この部屋から出られなくなってしまうでしょう。(中略)しかし、日常と違う空間を作り上げるために、料理人やウェイターなどスタッフたちは大きな負担を強いられています。彼らの健康や生活を犠牲にして成り立っているのです。過酷な状況は小さな大衆食堂からミシュランの星付きレストランまでどこでも見られます。

ブラック職場は世界共通、といったところか。

綺麗に見える世界も、たいがい裏側はドロドロしているのだろう。

普段見ている社会は取り繕った表の顔と思った方が良さそうだ。どこにどんな素顔が隠れているのやら・・・。
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2018-04-01 19:09 : 雑記 : 編集

読書も長期・分散・低コスト・・・

「勉強の哲学 来たるべきバカのために」(千葉雅也 著)という本の感想、4回目。

勉強の基本として紹介されていた次の記述が気になった。
まともな本を読むことが、勉強の基本である。

まともな本かどうかを見分けるのは難しそうだ。

そもそも、まともではなさそうな自分がまともな本かどうかを見分けようとするなんて、思い上がりもはなはだしいが・・・。

そんな自分は、見分けようとするのを潔くあきらめて分散した方が良さそうだ。すなわち、様々な分野、様々な視点、様々な著者の本を多読する。

多読するには時間がかかるため、長期的な視点が必要になる。

さらに、多読するには低コストが必要不可欠。

つまり、投資と同様に読書も分散・長期・低コストだ。



ということで、これからも様々な本を図書館で借りて読み続けるとしよう・・・。
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2018-04-01 06:43 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・投資:パッシブに殖やす
・節約:消費するよりアーリーリタイア

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
 eMAXIS Slim 先進国株式インデックス
 たわらノーロード 先進国株式
 SMT ゴールドインデックス・オープン(為替ヘッジあり)

資産推移

資産状況202003

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