老後に備えて子供時代の興味関心ごとを思い返す・・・

「定年後 50歳からの生き方、終わり方」(楠木新 著)とい本の感想、5回目。


老後の過ごし方は子供時代の興味関心がヒントになると書かれており、なるほどと思った。
私はここ10年余り、会社員から転身した人たちや中高年になってもイキイキと組織で働いている人たちを取材してきた。そこで感じていたのは、小さい頃のことが大切だということだ。定年前後についても同様で、子供の頃の自分を呼び戻すことは「レールを乗り換える」または「複線化する」際のポイントになるというのが実感である。

小さい頃に得意だったこと、好きで好きで仕方なかったことが、次のステップのカギを握っているケースがある。文章を書くこと、口笛を奏でること、大学の落語研究会で演じること、小さい頃の大道芸人への憧れなどである。

確かに、子供時代の興味関心ごとには思い入れがある。

例えば、幼少期に流行っていた「キャプテン翼」のリメイクアニメ(4月から放送中)をついつい観てしまっているし、よく聴く音楽は小学校~大学時代に耳にしていたものがほとんどだし、子供の頃にハマっていた将棋のニュース(加藤一二三氏の引退とか藤井聡太氏の活躍とか)は気になってしまうし、子供の頃ファンだった西武ライオンズの成績はなんとなく気になる・・・。



ということで、リタイア後に何をするかを考えるにあたり、今現在の興味関心ごとだけでなく、子供時代の興味関心ごとにもスポットをあててよくよく考えていきたい・・・。
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2018-06-30 11:43 : 雑記 : 編集

社会とのつながりは目的ではなく金儲けの手段にした方が結果的に・・・

「定年後 50歳からの生き方、終わり方」(楠木新 著)とい本の感想、4回目。


定年退職者が社会とのつながりを目指す際に注意すべきことが書かれており、気になった。
どのような社会とのつながりを目指したとしてもそこには優劣はない。しかし数多くの事例を見てきた立場から言えば、次の2点にはこだわった方が良い。

1点目は、何に取り組むにしても趣味の範囲にとどめないで、報酬がもらえることを考えるべきである。

2点目は、望むべくは自分の向き不向きを見極め、自らの個性で勝負できるものに取り組むことだ。

1点目は一見意外に思ったが、考えてみればなるほどだ。

特に人間関係が苦手な自分の場合、社会とのつながりを目的にするとモチベーションが上がりそうにない。

一方、大好きな金儲けを目的にして、社会とのつながりをその手段とした方が、結果的に社会とのつながりに対するモチベーションが上がりそう。



ということで、リタイア後は趣味の延長線上の小銭稼ぎで結果的に社会とつながることを目指してみようかな・・・。





ちなみに、よくよく考えると、今現在も金儲けの手段としての会社勤めを通して結果的に社会とつながっているのだ・・・。
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2018-06-30 09:45 : 雑記 : 編集

人生黄金の20年と主人在宅ストレス症候群・・・

「定年後 50歳からの生き方、終わり方」(楠木新 著)とい本の感想、3回目。


「黄金の15年」という言葉が気になった。
会社組織で長く働いていると、人生で輝く期間は役割を背負ってバリバリ働く40代だと勘違いしがちである。しかしそれは社内での役職を到達点と見る考え方であり、本当の黄金の期間は60歳から74歳までの15年なのである。

60歳にもなれば生きるうえでの知恵も蓄積されている。この15年を活かさない手はないのだ。

アーリーリタイアを目論む自分の場合、黄金期は15年よりも長い見込み。遅くとも55歳までにはリタイアしたいとひっそり考えているため、55歳から74歳までの「黄金の20年」と言ったところか。



無事に「黄金の20年」を迎えて充実した生活を送るために、今のうちから次のようなことに取り組んでいきたい。

1.残りのサラリーマン生活をなんとか生き抜くこと
2.資産運用(投資)を継続すること
3.健康を維持すること(お酒もほどほどに・・・)
4.黄金の20年に何をするか計画を立てて準備すること



なお、「主人在宅ストレス症候群」という言葉が紹介されていたが、「黄金の20年」を充実させるために最も重要なのは円満な夫婦関係(家族関係)なのかもしれない・・・。
退職前は、夫が朝出かけてしまえば、あとはもう自由で勝手きままにしてよかったが、退職後は家にいるわ、話しかけても聞いてくれないわ、おまけに毎度毎度食事を作らなければならなくなって、たまらない状態だった。



ということで、「黄金の20年」に向けて特に飲みすぎと夫婦関係には気を付けていきたい・・・。
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2018-06-30 04:53 : 雑記 : 編集

定年退職後の自由な生活に耐えられない人もいる・・・

「定年後 50歳からの生き方、終わり方」(楠木新 著)とい本の感想、2回目。


退職後の過ごし方に関する話が印象的だった。
ただ私の問いに正面から答えてくれた人たちの中には、「毎日やることがなくて困っている」「一番自由な今が一番しんどい」「家の中で居場所がない」「暇になったのに焦る」「嫌な上司もいないよりはマシ」などと語られる。

なかには「このままの毎日が続くと思うと、自分の人生は何だったのかと思う時がある」とまで語ってくれた人もいる。現役当時のはつらつとした姿は影をひそめ、経済的にはこまっていないのに窮地に陥っている人もいたのである。

よくよく考えると、幼稚園から始まって小学校~中学校~高校~大学~会社と、一生のほとんどを絶えることなく組織に属し続けているため、組織に属さないというのはリタイア後が実質的に初体験であり、確かに組織に属さずにまったくの自由というのは戸惑ってしまうのかもしれない。

特に、組織に認められてきたできるサラリーマンほど戸惑いが大きそうだ。



幸いなことに自分はさえないサラリーマンであり、組織からの評価も低いため、そのような戸惑いは比較的小さいのかもしれない。

ただ、組織に属さないことが初体験であることに変わりなく、そういう意味では心配が残る・・・。





と言うことで、アーリーリタイアに向けて資産形成に励みつつも、リタイア後の過ごし方についてもよくよく考えておきたい。
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2018-06-29 17:32 : 雑記 : 編集

日本人男性の孤独化リスク・・・

「定年後 50歳からの生き方、終わり方」(楠木新 著)という本を読んだ。

サラリーマンのリタイア後についてアレコレ書かれた本。

日本人男性の孤独化リスクが気になった。
つまり、日本人男性は、会社を中心とする組織内での上司や同僚、部下との関係を含めて考えればむしろ濃密な人間関係を築いていると言えなくもない。しかし、会社以外の場での人間関係は薄いのである。

日本人男性は、会社では濃密な人間関係を築いている一方で、会社以外での人間関係が希薄だと著者は考えているようだ。



さえないサラリーマンの実感としては、人を信じずに我欲の追求を強いられる真面目なサラリーマンの自然な帰結ではなかろうかと思ってしまう。

すなわち、会社での人間関係は我欲を追求するための手段の一つとして力を入れる一方で、会社以外での人間関係は我欲に結びつかないためおろそかにする。

これは、男性だけの問題ではなく、いわゆる「キャリアウーマン」にも当てはまるのではなかろうかと個人的には思う。



なお、さえないサラリーマンな自分からするとそんなことは贅沢な悩みであり、自分は会社以外の人間関係が希薄なだけではなく、会社での人間関係も希薄というダブルパンチなのだ・・・。

そもそも、なんとか仕事をして生きていくだけでいっぱいいっぱいであり、人間関係なんていう贅沢品を気にする余裕がない。

まあでも、人は贅沢にはすぐに慣れるので、リタイア後はそんな贅沢な悩みが深刻になるのかもしれない・・・。



ということで、リタイア後の贅沢病に備えて、孤独化しないように対策するか、あるいは孤独化しても大丈夫なようにメンタルを鍛える?か、いずれかの備えをしていきたい・・・。
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2018-06-29 13:33 : 雑記 : 編集

言葉が先か世界が先か・・・

「哲学マップ」(貫成人 著)という本の感想、4回目。

「知らないうちに鵜呑みにしている」というフレーズが気になった。
自分が知らないうちに鵜呑みにしているのがどんな哲学で、他の哲学とどんな関係にあるのかを整理できれば、逆に、日常いつの間にか従ってしまっている考えや思いこみから自由になることもできる。

この本にも「言葉」に関する哲学が出てきたが、「知らないうちに鵜呑みにしている」最たるものは「言葉」のように思う。

「言葉」は幼少期にいつの間にか身に付けたものであり、いちいち疑うことなく鵜呑みにしてきたけど、よくよく考えると「言葉」になっているモノは存在していると思い込んでいるような・・・。

例えば、「犬」という言葉を使ってるということは、この世界に「犬」が存在していると思い込んでいる。

また、「黄色」という言葉を使っているということは、この世界に「黄色」が存在していると思い込んでいる。

あるいは、「自分」という言葉を使っているということは、この世界に「自分」が存在していると思い込んでいる。



遠い祖先たちは、この世界に存在していると思い込んでいるモノ(犬・黄色・自分など)を「言葉」で表現してきたのだろうが、今となっては逆にその「言葉」を学ぶことで世界を認識しているように思う。

すなわち、元々は「世界が先で言葉が後」なんだけど、現代人にとっては「言葉が先で世界が後」に違いない。

極端に言うと、「言葉」があるものは存在するし「言葉」がないものは存在しない。ネット世界ではなおさらだ。



ということで、幼少期から鵜呑みにしてきた「言葉」から自由になってみたいと一瞬思ったけど、「言葉」による意思疎通が欠かせない現代社会を生きる身としては言葉から逃れられそうにない・・・。

まあでも、少なくとも「言葉」という道具に使われるのではなく、「言葉」という道具を使いこなしてうまく生き抜いていきたい・・・。





というようなことを「言葉」で書いてしまうと、自分が本当にそう考えていると思われるだろうし、自分自身も自分がそう考えていると思い込んでしまう。

「言葉」の影響力はとてつもなく大きいのだ。ネット社会ではなおさらであり、「失言」すると人生終わることもある・・・。

まあでも、さえない自分がひっそり「失言」したところで誰にも相手にされないのだけど・・・。
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2018-06-29 08:27 : 雑記 : 編集

超人になるか変人になるか・・・

「哲学マップ」(貫成人 著)という本の感想、3回目。

この本の内容と、ネットなどで調べた内容を元に、西洋哲学とはこんなものかと整理してみた。


1.合理的に推論すれば世界を客観的に説明できる(デカルト等の大陸合理論)

2.客観的なんてありえず経験を元にした主観的な説明にすぎない(ヒューム等のイギリス経験論)

3.それら2つは正しくなく、主観的な経験を元に合理的に説明しようとしているのだ(カント)

4.そんなことよりも、説明する価値すら無いこの世界を生き抜く超人たれ(ニーチェ)


正直なところよく理解できていないので的外れだろうが・・・。



自分はこの世界について的外れな理解しかできていないだろうけど、それでも元気に生きていく変人でありたい・・・。
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2018-06-28 23:55 : 雑記 : 編集

弁証法もほどほどに・・・

「哲学マップ」(貫成人 著)という本の感想、2回目。

ヘーゲルの「弁証法」が気になった。関連箇所を長々と抜粋。
弁証法とは対話ないし問答の技術のことである。対話や問答においては、相手を弁論によって自己の正しさを証明し、説得しなければならない。このとき、一方がなにかを正しいと主張しても(「定位」)、その相手はただちにそれを否定する(「反定位」)。ふたりが対話によって、お互いの言い分に配慮しつつも、対立を超えた新しい次元を見いだし、第三の意見に落ち着いたとき、対話は完結する(「綜合定位」)。

カップルが休暇の過ごし方を相談したとき、一方はカナダにスキーに行きたがり(定位)、もう一方は伊豆の温泉に行きたがったしよう(反定立)。ふたりは互いに否定しあう。やがて、屈斜路湖に行けば、温泉とスキーの両方が楽しめ、しかも北海道の海の幸まで堪能できることがわかる。このとき成立したのが、対立を超えた綜合定位だ。綜合定位は、相対立する意見へのこだわりがなくなったときうまれるが、しかしもとの意見のどこかは尊重している。

優柔不断な自分は(一人二役の)「弁証法」的な思考をしがちなように思うけど、しかし、対話における「弁証法」は相手が応じる用意があるときにはじめて成り立つわけであり、頑なな相手には成り立ちそうにない。

サラリーマン生活において、相手が「弁証法」的な対話に応じる用意があるだろうかと考えてみると、(自分の数少ない経験上)なんとかして自分の主張を通そうとする人も多いような・・・。

そんな相手に対して「弁証法」的に対応しようとしてもうまくいかず、逆に押し切られる隙を与えることになるのかも・・・(弁証法の罠?)。



ということで、より良いアイデアに到達するためには「弁証法」的に考えることが役に立つのかもしれないが、サラリーマンに必要なのはより良いアイデアよりも金儲けであり、そのためには「弁証法」もほどほどにしたほうが良さそうだ・・・。





なお、日常生活においても「弁証法」はほどほどが良いのかも。より良いアイデアよりも自己満足が大切だ・・・。
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2018-06-24 07:44 : 雑記 : 編集

ニヒリズムでいこう・・・

「哲学マップ」(貫成人 著)という本を読んだ。

古代ギリシャから現代までの種々の哲学がどのようなもので、相互にどのような関係があるのかを示そうとする素人向けの本。


全体的にあまり理解できなかったけど、ニーチェの「ニヒリズム」が印象的だった。関連箇所を長々と抜粋。
あるところに、富み、かつ平和を好む部族があった。そこにどこからともなく好戦的な部族が攻め入り、すべてを奪い去っていってしまう。破れた部族はどう考えるか。かれらは、何一つ落ち度のない自分たちをひどい目に遭わせた相手を「悪い奴等」とよぶだろう。それに比べて、何も悪いことをしてない自分たちは「善い人」である。こう考えれば、武力や知恵で太刀打ちできない相手に、せめて「道徳的に」勝ることができ、それだけ相手に対して心理的優位をえることができる。こうした弱者の強者に対する<妬み>や<怨念>(ルサンチマン)こそが、善悪という価値の起源だと、ニーチェは言うのである。

すべての価値はルサンチマンによるのだから、価値はない。価値というものの価値を否定するのがニヒリズムだ。

ニヒリズムは、従来信じられていた価値が実は欺瞞にすぎないことを暴露する破壊的・否定的機能しかもたない。これまで信じ、追求してきた価値が欺瞞だったなら、われわれはその世界にどのように対処すればいいのか、なんらかの建設的ヴィジョンが示されなければならない。ネガティブな破壊とポジティブなヴィジョンの間をつなぐのが「永遠回帰」思想だ。

永遠回帰とは、すべてが永遠の繰り返しで、なにも変化しないことを意味する。

一般的な「価値」を疑いがちなひねくれ者の自分の考え方もニヒリズム的と言えそうだ。

ただ、自分の場合、建設的なヴィジョンをもたらしているのは「永遠回帰」ではなく、「進化論」と「自己満足」のように思う。

すなわち、生まれる価値があるから生まれてきたわけではなく、子孫を残し続けるように種が進化した結果として生まれてきたのであり(進化論)、また、生きる価値があるから生きるのではなく、自己満足を追求するために生きるのだ。



ということで、種が進化した結果として生まれてきた自分が、自己満足を追求するためにこんなブログを書いている・・・。





そう言えば、ブログを書き続けて昨日で丸5年経過した。6年目もニヒルに自己満足を追求していきたい。ニヒリズムでいこう・・・。
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2018-06-24 07:04 : 雑記 : 編集

サラリーマンの仕事は自分を作って売ること・・・

『万人受けより「化け」狙い』という記事が日本経済新聞の「ヒットのクスリ」というコラムに掲載されていた。

「美少女コンテストのグランプリは活躍しない」という言葉が印象的だった。
同志社大学で組織論などを教える太田肇教授の特論は「美少女コンテストのグランプリは活躍しない」。

太田教授は「グランプリは多くの人によってあらゆる角度から評価される。この結果、角が取れ、概視感のある人が選ばれるからではないか」と指摘する。

新規性や意外性が捨てられるので「化ける」可能性が低いという訳だ。大量の情報が飛び交う今、「今は選んだら外れる時代」(太田教授)とまで言う。

サラリーマンの端くれとしては、「何が売れるのか?」は非常に気になるところ。

ただ、さえないサラリーマンの実感としては、「何が売れるのか?」を考えるよりもまずは「自分自身を(勤めている)会社に売り込む」ことが重要。

また、以前「物を作る前に人を作る」という松下幸之助氏の言葉?をどこかで読んだけど、「物を作る」よりもまずは「自分を作る」ことが重要。

すなわち、物を作ったり売ったりするよりも、まずは自分を作って(勤めている会社に)売り込むことが重要。

自分を評価して給料を払うのは市場ではなく勤めている会社なのだから・・・。

物を作ったり売ったりするのは、勤めている会社に対して自分の評価を上げるための手段の一つにすぎない・・・。



なお、「美少女コンテストのグランプリは活躍しない」のであれば、関係者の合意を得ながら作り上げた新商品はヒットしないということか・・・。

まあでも、サラリーマンはそんな心配をする余裕があるなら、自分を作って売り込むことを考えた方が良さそうだ・・・。





ちなみに、勤めている会社側からすると、万人受けタイプでもなく化けることもない自分はいったい・・・。
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2018-06-24 05:45 : 雑記 : 編集

お金の胸騒ぎ・・・

「記憶力の正体 人はなぜ忘れるのか?」(高橋雅延 著)という本を読んだ。

「記憶」についてアレコレ解説する内容。


「胸騒ぎ」をとりあげた箇所が気になった。
私たちは、しばしば「なんとなく胸騒ぎがする」という言いまわしを使って、理由のわからない不安を表現することがあります。実は、これこそが身体に基盤をもつ無意識記憶の役割と関連しているのです。

無意識的記憶というのは、私たちの意識的記憶とはずいぶんと違った性質をそなえています。おそらく、その最大の理由は、意識的記憶がことばにできるのに対して、無意識的記憶がことばにできない、つまり身体に基盤を置いているからなのでしょう。そして、ふだんは気づかないものの、私たちの生活は、この身体に基盤を置いている無意識的記憶に支えられている部分が想像以上に大きいのです。

自分の記憶(意識的記憶)を元に自分が意識的に意思決定していると思いがちだけど、実際は、身体の記憶(無意識的記憶)を元に(無意識のうちに)自分の身体が意志決定している割合の方が断然大きいのだろう。



そもそも、全ての行動をいちいち意識的な記憶を元に意識的に意思決定していたら、朝食を食べるのすら一苦労に違いない。

意識的な記憶だけをたよりに意識的に意思決定しながらお箸を操作できるのか?

また、意識的な記憶だけをたよりに意識的に意思決定しながら噛んで飲み込むことができるのか?

これらは、幼少のころから失敗を繰り返しながら身体で覚え、ほぼ100%身体が意思決定している行動に違いない。



また、このブログを書く作業ですら身体の記憶を元に身体が意志決定している割合が高そうだ。

例えば、いま「例えば」と書いたのも、ほぼ無意識のうちに身体が勝手に動いていた。

「例えば」と書こうと意識的に意思決定したわけではないし、さらに、意識的な記憶を頼りにキーボードを操作して意識的に打ち込んだわけでもない。



そのように考えてみると、普段の行動のほとんどは身体の記憶を頼りに身体が意志決定してそうであり、自分の身体は意外と頼りになるヤツなのだ。

そんな頼りになる身体が胸騒ぎを始めたら要注意に違いない。


特に、お金に関する胸騒ぎには注意を向けていきたい・・・。

ただ、騙し騙されるような昔ながらの対人関係を伴う事態には胸騒ぎは有効かもしれないが、歴史の浅い投資に関しては身体も無知だろうから胸騒ぎをあてにしない方が良いのかも・・・。
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2018-06-23 11:22 : 雑記 : 編集

自分自身のスペックをどれだけ客観的に把握できているか・・・

「錯覚学 知覚の謎を解く」(一川誠 著)という本の感想、2回目。

「メタ認知」に関する記述が気になった。
通常の進化の過程を通して人工環境に適応するのが困難だとしたら、適応のためにはどのような対策があるだろうか? この問いへの答えに関連して、知覚や認知の特性についてのメタ認知の重要性を挙げておこう。

メタ認知とは、自分自身の知覚や認知、行動の特性について客観的に把握し認識することである。

すなわち、自分の知覚や認知や行動の癖を客観的に把握した上で、そんな癖があることを前提として環境に適応できるよう対策を講じるべし、といったところか。

あるいは、自分自身のスペックを知り尽くした上で、そんなスペックを有する自分自身をうまく使いこなすべし。

または、自分のさえなさ加減を十二分に自覚した上で、そんなさえない自分が今の時代を生き抜く術を見い出すべし。



ということで、自分に埋もれてしまうのではなく、自分を外から眺めてコントロールできるよう努めていきたい。

ラジコンを操作するイメージだ。さえないラジコンを・・・。





なお、うまく操作するために、まずは自分自身の癖やスペックをよくよく客観的に把握する必要がありそうだ・・・。
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2018-06-23 08:03 : 雑記 : 編集

正しいかどうかよりも お金になるかどうかが重要だ・・・

「錯覚学 知覚の謎を解く」(一川誠 著)という本を読んだ。

「錯覚」ついてアレコレ解説した内容。


錯覚を進化論で説明している箇所が印象的だった。
私たちの知覚や認知の過程が得ることができる情報には限りがある。しかし、人間を含め、現存している生物種は、進化の過程で、その限られた情報の中から生存に必要な情報処理の様式を獲得したと考えられる。その情報処理様式によって成立する知覚や認知は、絶対的に正しくなくても、従来の環境の中で生きていくために行動するには十分な程度で正しければよいのだ。



自分の理解では、極端に言うとすべての知覚は錯覚だ。

自分が認識している「この世界」は、真の姿なんかではなく錯覚の結晶に違いない。

目の網膜に映る二次元の情報に奥行きを感じてしまうところからして怪しいのだ(三次元の世界を見ても網膜に映るのは二次元の像)。さらには、二次元の写真やテレビを見ても奥行きを感じてしまう有様・・・。



そもそも、世界に「色」や「臭い」や「温度」があると思っている時点で錯覚に違いない。

あるいは、原子や分子の集合体にすぎない自分を「自分」だと思っている時点で錯覚に違いない。

さらには、そんな自分が生きていると思い込む錯覚。



しかし、「錯覚」は生きていく上で必要不可欠であり、「正しさ」なんかよりもよっぽど役に立つ。

「色」や「臭い」や「温度」などという錯覚をするおかけで、脅威から遠ざかりチャンスをものにすることができる。

自分を「自分」だと錯覚するおかげで、そんな「自分」が生き残ろうと画策することができる。

自分は生きていると錯覚するおかげで、生に執着することができる。





ということで、錯覚は正しさなんかよりもよっぽど役に立ち、そしてよっぽどお金になる・・・。
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2018-06-23 06:34 : 雑記 : 編集

大人に本音なんてあるのか・・・

『「なぜうち」への答え方』という記事が日本経済新聞の「就活のリアル」というコラムに掲載されていた。


就職活動における「なぜうちの会社にきたいのか」という質問について書かれており気になった。
そもそもなぜ企業は個人面接になると「なぜうち」を聞いてくるのか。

それは内定を出しても辞退されるのは困るから、念を押しているのだ。本気度を知りたいのだ。

学生の皆さんは、どれだけ一途に入社したがっているかを試されている質問だと思って本音でぶつかるように。

「人」や「社風」といった半分こじつけのような理由でなく「御社の一員となって〇〇がやりたいからです」と自分のビジョンをズバッと言うことをおすすめしたい。

本音でぶつかって大丈夫なのか?

「どうしても御社じゃないといけないということでもないんですけど、QCD(仕事内容、待遇、入りやすさ)を考えると御社あたりはどうかなと・・・」というようなところが大方の本音ではなかろうか・・・。



そもそも、本音を口にするのが許されるのは幼少期だけのような。

本音を口にしていたら社会生活が成り立ちそうにないので、学校生活がはじまるあたりから建前ばかりになりそうな気が・・・。

さらに、大人ともなると、何が自分の本音なのか自分自身もよくわからなくなっているに違いない。



自分に本音なんてあるのかな・・・。
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2018-06-17 20:23 : 雑記 : 編集

仕事ができる程度に共感的で 怒りや恐怖に飲み込まれない程度に非共感的・・・

「私の脳を治せますか?」というイギリスで制作された番組が、NHKの「BS世界のドキュメンタリー」にて放送されていた。

脳治療のリスクを探る内容。



51歳の時に自閉症の治療(共感や感情をコントロールする脳の部位を磁気パルスで刺激)を受けて共感や感情を取り戻した男性のコメントが印象的だった。
勝手な思い込みがあった。この世は美しさや優しさや光に満ちている。それを見られさえすれば、もう障害とは無縁だってね。でも実際は、世界は怒りや恐怖や嫉妬だらけで、それにすっかり飲み込まれてしまった。

今にして思えば、自閉症は自分を守ってくれる盾だったんだ。

確かに、洞察力が付いたし、共同作業もこなせるようになったし、こうして初対面の人とも自信をもって話せる。でも、代償が大きすぎた。

慣れっこで鈍感になったため普段は気にならないだけなのかもしれないけど、ピュアな心で見ると世界は怒りや恐怖や嫉妬だらけの怖いところなのだろう・・・。



ただ、そんな慣れっこになってしまった自分も、仕事の世界はいまだに慣れない怖いところ。

守ってくれる盾が欲しいな。

上記内容とは逆に、共感や感情を封印すれば良いのかな。

ただ、共感がなくなると仕事に支障をきたすような・・・。



というようなことをアレコレ考えていくと、仕事に支障をきたさない程度に共感的であり、怒りや恐怖に飲み込まれない程度に非共感的である、というような絶妙な共感度を目指す必要がありそうだ。



ということで、さえない自分にはハードルが高そうだけど、共感度をコンロトールできるよう精進していきたい・・・。
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2018-06-17 06:02 : 雑記 : 編集

恐怖を楽しめない人は淘汰される? 仕事という絶叫マシーンを楽しめるか・・・

「人体:サバイバルの秘密」というイギリスで制作された番組が、NHKの「BS世界のドキュメンタリー」にて放送されていた。

変化する環境や迫りくる脅威などに対する人体のサバイバル能力を紹介する内容。


なぜ人は絶叫マシーンで恐怖を楽しもうとするのか?という話が興味深かった。
実はこの感覚は人類の進化に役立っています。私たちの祖先が、マンモスなどの獲物をしとめたとき、安堵と陶酔感を得られることで、もっと狩りをしたいという気持ちになったからです。

一見「恐怖を楽しむ」というのは矛盾しているようだけど、恐怖を楽しむような性質が人を次の狩りに駆り立てて、サバイバルしてこれたということか。



同様なことは、「狩り」の現代版とでも言えそうな「会社勤め」にも当てはまるのだろうか。

すなわち、恐怖を楽しむような性質が人を仕事に向かわせるのかもしれない。



しかし、残念なことに、自分は絶叫マシーンを楽しめない体質なのだ。

「事故が起きたらどうなるんだ・・・」などと余計な心配をしてしまうため、ただただ恐怖感に圧倒されるだけ。

そんな自分は、「会社勤め」にも恐怖しか感じない。やらかしたらどうなるんだ・・・。




ということで、恐怖を楽しめないチキンな自分は淘汰される運命にあるのかも・・・。









ちなみに、自分は絶叫マシーンだけでなく観覧車ですら怖くて楽しめないというチキンな現実・・・。

ゴンドラごと外れて落下したら中の自分はどうなるんだ・・・。
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2018-06-17 05:05 : 雑記 : 編集

型確定拠出年金の現実 資産クラス別ファンドは少数派と思っていたが・・・

ごく少ない身近なサンプルを元にした自分の勝手なイメージながら、企業型確定拠出年金は元本確保型の利用者が一番多くて、その次がバランスファンドであり、資産クラス別のファンドはごく少数派だろうと思っていた。

■自分の勝手なイメージ
1.元本確保型:50%
2.バランスファンド:40%
3.資産クラス別のファンド:10%



ところが、とある企業の現実はざっくりいうと次のような感じとのことで、意外であった。

■とある企業の現実(かなりざっくりな数字)
1.元本確保型:約33%
2.バランスファンド:約33%
3.資産クラス別のファンド:約33%
(かなりざっくりいうとほぼ同じ割合)


ちなみに、資産クラス別ファンドの中では外国株式のインデックスファンドが一番多いとのこと。



外国株式のインデックスファンドのみに投資している自分はこだわりのある少数派だろうと悦に入っていたけど、世間一般的には意外といるのかも??







以下追記。

先日の日本経済新聞を読み返していたら確定拠出年金(個人型・企業型の合計)の運用商品のタイプ別の割合が掲載されており、元本確保型(預貯金+保険)が約55%で、投資信託などが約45%だった。

投資信託の内訳は書かれてなかったけど、資産クラス別ファンドはやはり少数派なのかもしれない、という現実・・・。
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2018-06-16 08:44 : 雑記 : 編集

強いトップを求めるなら騙される覚悟も必要・・・

『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』(ルディー和子 著)という本の感想、5回目。

「優れた戦略家は狡猾なウソつき」という話が印象的だった。
古代ギリシア人にとってオデュッセウスは英雄です。彼の狡猾さやウソをアテナイ人は賞賛しました。上手にウソがつけるということは、知能が高いことを意味し、優れた策略家である証拠です。

優れた政治家とか経営者と称される人は、みな、オデュッセウス的な性質を必要とするはずです。味方(ギリシア側)から見れば頭脳明晰で優れた戦略家であり、競争相手(トロイア側)から見れば狡猾なウソつきです。

考えてみたらあたり前の話だけど、日本では国や企業などのトップに狡猾さよりも聖人君子的な人物像を求めがちなような。



聖人君子がプーチン大統領や習主席と渡り合えるのか? 聖人君子がアマゾンやグーグルを出し抜けるのか?

聖人君子が国民を都合よく丸め込むことができるのか? 聖人君子が社員をこき使ったり消費者を浪費させたりできるのか?



逆に考えると、諸外国と渡り合えるのは聖人君子ではなく狡猾な首相であり、その場合、国民は(その狡猾な首相に)都合よく丸め込められてしまうような・・・。

また、海外企業を出し抜くことができるのは聖人君子ではなく狡猾なトップであり、その場合、社員や消費者は(その狡猾なトップに)都合よくこき使われたり浪費させられたりしてしまうような・・・。





ということで、極端に言うと、強いトップを求めるのであれば、そのトップに身内の自分が騙される覚悟が必要だ・・・。
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2018-06-16 07:28 : 雑記 : 編集

世界は悲観的だけど自分だけは例外だ!! 勘違い野郎が生き残る・・・

『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』(ルディー和子 著)という本の感想、4回目。

「楽観主義バイアス」に関する記述が気になった。
自分が住んでいる社会全体は悲観的状況にあると理性的にはわかっている。でも、自分や自分の家族だけは例外だとなぜか思ってしまうのです。

これが楽観主義バイアスです。

仲間が猛獣に襲われ、崖から落ち、餓死して死んでいっても、「自分だけは大丈夫」となんとなく思えた人たちが生存競争を耐えることができたのです。

楽観主義バイアスは認知のゆがみだと言うと何か欠陥であるかのように思えます。が、実際には、研究者の多くは、進化の自然選択として脳がつくった仕組みであると考えています。

現実を正しく認識するよりも楽観側に勘違いした方が生き残れるということ。

そういう人々が生き残って作り上げた楽観主義バイアス社会に生きているのだ。



環境問題、紛争、貧困、難民、少子高齢化、・・・、世界にはいろいろな問題があり、自分にも負の影響が及ぶのは避けられないだろうけど、そんなことをまともに考えていたら恐ろしくなって気が狂ってしまうに違いない。

まともに考えて悶々とするよりも、現実逃避してアルコールでも飲んで余計なゴミ(空き缶)を排出するような人が生き残る・・・。



発狂せずに生き残っている時点で、自分もとんだ勘違い野郎なのだ・・・。





まあでも、楽観的すぎると将来への備えがおろそかになったり騙されたりしそうだから、楽観の程度(楽観と悲観のバランス)が重要なのだろうけど・・・。







なお、以前書いた「ポジティブ幻想」も「楽観主義バイアス」と同じようなことだろう。

参考記事
さあ、現実を歪めて認識しよう!! 客観的な認識では精神的な健康を保てない?
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2018-06-16 05:46 : 雑記 : 編集

「無知の無知」か「フリをする」か? 自信をもって議論するために・・・

『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』(ルディー和子 著)という本の感想、3回目。


自信をもって議論するためには「確証バイアス」が必要という話が印象的だった。
自分の主張を支持するような証拠だけを選択する確証バイアスという認知バイアスがあります。

自分の論理を支持し強化するのに適切な事実だけに着目する。もし、その作業を意識的にすれば、自分の議論は真実によって裏づけされていないことを知っているわけですから、自信を持って相手を説得できません。でも、自分が自分に都合の良い材料ばかり集めているということに、(無意識の認知のゆがみであるために)気がついていなければ、自分の主張は正しいと信じているわけですから、確固たる自信を持って主張することができます。

極端に言うと、「無知の知」であれば(自分は無知という自覚があれば)自信をもって議論できないということだろう。自分が知らないだけで自分の主張に反する事実があるかもと考えてしまうに違いないから。

逆に言うと、自信をもって議論するためには「無知の無知」である(自分が無知という自覚がない)必要があるということか。自分の主張に反する都合の悪い事実があるかもなんて考えないだろうから。



そのように考えると、「無知の知」の自覚がある人は自信をもって議論できないことになる。

その場合は、自信はないけど「自信のあるフリをする」しかなさそうだ。



ということで、「もしかしたら自分が知らないだけで・・・」とすぐに考えてしまう自分は開き直って「自信のあるフリをする」しかなさそうだ。

さえない自分にはそれが難しいのだけど・・・。
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2018-06-15 13:45 : 雑記 : 編集

正しい頭の使い方? 真実の追究よりも議論に勝つために・・・

『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』(ルディー和子 著)という本の感想、2回目。


次の記述に妙に納得した。
2010年にフランスの認知社会学者ヒューゴ・メルシエは、論理的思考能力(理性)が進化したのは、真実を見つけるためではなく、議論に勝つためであるという論文を発表して話題になりました。

「論理的思考能力(理性)はより良い意見やより良い意思決定にわれわれを導くことはできません。それは、われわれが他人を説得し、そして、他人にやすやすと説得されないようにするために進化した能力です」とメルシエ氏は主張します。

学生時代は「真実」かどうかが重要と思い込んでいたけど、サラリーマン生活では人を「説得」できるかどうかが最重要。

人を「説得」しやすそうだと思えば真実なんて二の次だ。



といいつつ、自分は苦手なのだ。

説得させようと思っても、返り討ちにあって逆に説得させられてしまう・・・。



なぜそうなってしまうのかと改めて考えてみると、真実を探してしまう癖が抜けきれていないからなのだろう。

もしかしたら相手の言い分の方が正しいのではなかろうか?、というような「真実追究モード」にすぐにハマってしまうのだ・・・。





ということで、「真実追究モード」から「議論勝負モード」に切り替えられるよう精進していきたい・・・。
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2018-06-15 11:36 : 雑記 : 編集

ただで空気を吸っていたつもりが 二酸化炭素を生産させられていたなんて・・・

『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』(ルディー和子 著)という本を読んだ。

ネット上の無料サービスの是非について、ソクラテスを持ち出してアレコレ考える内容。



ソクラテスが「ネットの無料に抗議する」だろう理由は、人間社会のベースである「やられたらやり返せ」の関係がサービス提供者と利用者との間には無いからとのこと。



改めて考えてみると、「やられたらやり返せ」は無意識レベルまで行き渡っており、人は「お返し」や「仕返し」をせずにはいられない。

その性質は社会生活を成り立たせている一方で、商売や詐欺などで利用されている。



逆に、「ネットの無料」は「やられたらやり返せ」を意識させない作戦と言えそうだ。

すなわち、利用者側にはサービスを受けている自覚がなく、したがってお返ししようという意識が働かない。実際は有料サービスへ移行したり広告に釣られたりしてお返ししているのだけど・・・。

言わば、空気を吸う感覚で「ネットの無料」を使っているうちに、いつの間にやらお返ししてしまっている(させられている)・・・。





ということで、「やられたらやり返せ」に無意識に流されないように注意するとともに、「空気はただという思い込み」に陥らないように気をつけたい。

ただで空気を吸っていたつもりが、実は二酸化炭素を生産させられていただけだった、なんてことになりかねない・・・。
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2018-06-15 10:13 : 雑記 : 編集

和をもってタックルをなす 体育会系企業文化・・・

「体育会系の没落」という記事が日本経済新聞の大機小機というコラムに掲載されていた。

日大アメフト部の悪質タックル問題にからめて日本企業の体育会系気質をとりあげていた。
日本は長幼の序の国であり、終身雇用を前提として年功序列や年次主義という序列を重んじた企業の中で忠誠心を求められ、「和をもって貴しとなす」との教えにより空気を読むことを強いられて、異を唱える者は「チームワークを乱す輩」とされる。

イノベーションを創出するための働き方改革には、何よりも体育会系の上意下達的な働き方文化を駆逐することが肝要である。

体育会系のノリが大の苦手な自分にとって、体育会系気質が駆逐されるのは良い話かもしれない。



ただ、この記事は体育会系をマイナスに捉えているけど、企業が求める人物像を絵にかいたようなものが体育会系のように思う。

例えば、前回も取り上げた「人間は9タイプ 子どもとあなたの伸ばし方説明書」(坪田信貴 著)という本の分類を用いると、個人的にイメージする体育会系の人たちは「達成者」タイプに分類される。
このタイプの方は、競争心が高く、上昇志向を強く持って、目標へ向かってがんばることが得意な人です。

「達成者」タイプには次のような長所があるようで、いわゆる「理想のサラリーマン」というようなイメージ。
・情熱的で熱い理想をいだく
・地位や名誉を追い求める
・成功への決意を強くもつ
・目的達成に向けて積極的にとりくむ
・性格や雰囲気があかるく、周囲に陽気さをもたらす
・良いリーダーになれる
・行動力がある
・自立心がある
・他人を励まし、ふるい立たせる
・愛そうがいい
・ミスをしてもすぐに立ち直る

一方、「達成者」タイプにサラリーマンとしての致命的な欠点はなさそうだ。しいてあげれば失敗を隠しがちという点だろうか(これが不祥事につながるのかも・・・)。

自分が分類された「研究者」タイプ(ただのオタク)とは大違いだ・・・。



そのように考えると、体育会系の気質が企業から無くなるのは当分(永遠に?)なさそうに思う。

というより、「進化論」的には体育会系の気質が優位となり、社会はますます体育会系のノリになっていくのではなかろうか。

アーリーリタイアを実現するまでは体育会系の企業文化をなんとか生き抜くしかなさそうだ・・・。





なお、イノベーションを起こすためには上意下達を駆逐する必要があると書かれていたが、イノベーションと聞いてすぐに思い浮かぶアップルやアマゾンなどはトップがイノベーションのアイデアを出して上意下達(トップダウン)で実行するような勝手なイメージがあるけど違うのだろうか??
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2018-06-10 11:37 : 雑記 : 編集

良くいえば研究者タイプ 悪くいえばただのオタク・・・

「人間は9タイプ 子どもとあなたの伸ばし方説明書」(坪田信貴 著)という本を妻が読んでおり、タイプ診断テストを受けさせられた。

90個の質問に答えた結果、自分は「研究者」タイプに分類された。
このタイプの方は、他人からの干渉を受けずに一人でこつこつと好きな分野を極めたい職人気質、オタク気質がある人です。

次のようなマイナス面があるとのこと。
・目だった行動はしたがらない(引っ込み思案ということだろう)
・チームプレーがストレスになる
・司会は向いていない(場を仕切るのが苦手ということだろう)

プラス面は次のような感じ。
・論理的思考力、分析力、理解力、忍耐力などがある
・一人きりでも平気(これはプラス面か?)

プラス面はともかくとして、干渉を受けず一人で作業するのが好きな点や、上記マイナス面はよくあてはまっているように思う。



また、自学自習がめちゃくちゃ向いていると書かれてあった。

このようなブログをひっそり書き続けているのも、ある意味自学自習と言えるのかもしれない。



ただ、改めてマイナス面を直視してみると、最もサラリーマンに向いていないタイプではなかろうか。企業が求める人物像とは逆のような・・・。

さらに、コミュニケーション能力がより一層重んじられるであろうこれからの時代においては、淘汰される運命にあるタイプなのかもしれない・・・。

サラリーマンとして致命的なマイナス面を、プラス面と自学自習でなんとか補って淘汰されないよう努めていきたい。淘汰されてしまう前にアーリーリタイアを実現しなければ・・・。




ちなみに、他には「完璧主義」「献身家」「達成者」「芸術家」「堅実家」「楽天家」「統率者」「調停者」のタイプがある。

自分には「堅実家」タイプや「調停者」タイプの要素もありそうだが、一方で、リーダー気質の「統率者」タイプなんて同じ人間とは思えない・・・。







なお、今の時代、研究も一人でこつこつするというよりチームプレーではなかろうか・・・。
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2018-06-10 08:37 : 雑記 : 編集

皆があの手この手で株価を上げようと頑張ってくれる・・・

「米年金、運用改革急ぐ」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。


低金利の影響で予定利率(平均7.5%)に届かない米国の公的年金が改革を急いでいるとのこと。

未公開株への直接投資などの話もあったが、特に気になったのはもの言う株主と共闘するという話。

もの言う株主に低迷銘柄へ働きかけてもらうことで、指数連動ファンドの運用成績の長期的な改善を考えているようだ。

インデックスファンド(MSCIコクサイ)に投資して放っているだけの自分も、その恩恵を受けられるに違いない!!



よくよく考えると、公的年金やもの言う株主などの投資家だけでなく、経営者や従業員も株価を上げるために頑張ってくれているし、消費者の消費活動も株価を上げるために頑張ってくれていると言えなくもない。

インデックスファンドに投資しておくと、自分はなにもせずとも皆が株価を上げようと頑張ってくれるのだ!!



その結果株価が上がるかどうかはわからないけど・・・。

また、逆に、暴落させて一儲けしようと企んでいる人もいるだろうけど・・・。
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2018-06-10 05:18 : 雑記 : 編集

「哲学」はお金になるか? 「哲学」の損得勘定・・・

『「道徳」を疑え! 自分の頭で考えるための哲学講義』(小川仁志 著)という本の感想、3回目。


この本は「道徳」を考えるために「哲学」を持ち出してくるけど、「哲学」を持ち出してくる必要は無かったような・・・。

著者は、ソクラテスやら功利主義やらの「哲学」の知識よりも「真に受けずに自分の頭で考える」ことの大切さを言いたかっただけだろうから。



そもそも「哲学」とは何だろうか?

1.アレコレ考えること?
2.他人(ソクラテスなど)がアレコレ考えたことを学ぶこと?
3.他人(ソクラテスなど)がアレコレ考えたことをベースにアレコレ考えること?

哲学というとすぐに「2.他人(ソクラテスなど)がアレコレ考えたことを学ぶこと」を思い浮かべてしまうけど、最も大切なことは「1.アレコレ考えること」に違いない。

ただ、さえない自分には、生きる上で役に立たないことをアレコレ考える「哲学のための哲学」の余裕はなく、生き残る役に立つことをアレコレ考える「実利のための哲学」が大切。

例えば、「資産形成の哲学」「サバイバルの哲学」「自己満足の哲学」などなど・・・。



ということで、すぐにアレコレ考え込んでしまう性質を有する自分は、考えてもどうしようもないことを無駄にアレコレ考えるのではなく、生き残る役に立つことをアレコレ考える「実利の哲学」を目指していきたい。

特に、お金につながることをアレコレ考える「お金の哲学」・・・。









ちなみに、「道徳」を説明するなら、「哲学」よりも「進化論」を持ち出した方が個人的にはスッキリしそうだ。

すなわち、人間が「道徳」的な性質を有するのは、そういう風に進化してきた(そういう人々が生き残ってきた)結果だろうから。
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2018-06-09 15:05 : 雑記 : 編集

「道徳」はお金になるか? 「道徳」の損得勘定・・・

『「道徳」を疑え! 自分の頭で考えるための哲学講義』(小川仁志 著)という本の感想、2回目。

「道徳」とは何か?、この本をきっかけにアレコレ考えてみた。



社会全体にとっては、皆が道徳的な行いをしてくれるから円滑に回っているのだろう。

個人にとっても、道徳的な行いをすることで社会に溶け込むことができるし、さらには、善い行いをしたという自己満足を得ることができる。

ただし、損得勘定だけを考えると、道徳的に悪いことをしたほうが得になる(善いことをすると損になる)ことも多々ありそうだ・・・。



ということで、「道徳」は社会生活を成り立たせるための手段であり、また、自己満足を得るための手段である、と言えそうだ。

しかし、個人にとっては損につながるかもしれないという弊害もある。

逆に言うと、平穏な社会生活と自己満足を犠牲にすれば、もっと儲けることができるかもしれない・・・。



まあでも、さえない自分は社会からはじき出されると生きていけそうにないため、社会に溶け込める程度には道徳的に善い行いをしていきたい。

すなわち、お金よりも道徳を優先させたい・・・。





なお、個人的な偏見だけど、欧米人は道徳(善悪観)を自分の都合の良いように捻じ曲げるイメージがある。

すなわち、道徳的に悪いことをして金儲けしようとするよりも、その金儲け手段を道徳的に善いことにしてしまう・・・。
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2018-06-09 08:18 : 雑記 : 編集

投資や資産運用における「正解」とは・・・

『「道徳」を疑え! 自分の頭で考えるための哲学講義』(小川仁志 著)という本を読んだ。

「正しさ」を押しつける現状の道徳教育を疑問視し、議論を通して自分の頭で「正しさ」を考えるべし、というようなことが哲学を持ち出して書かれている。



自分の経験上、学校教育には大きな弊害があるように思う。

すなわち、何事にも「正解」があると思い込むようになり、ついつい「正解」を探してしまう癖がついてしまうこと。

それは道徳教育にも当てはまり、道徳的な「正解」をついつい探そうとしてしまう。



一方、サラリーマン生活をするようになると、「正解」なんてどこにも無いことを思い知らされた。

「正解」はどこかにある(探せば見つかる)ものではなく、自分の利益になるよう他人を説得するために捏造するものなのだ・・・。



投資や資産運用に関しても「正解」や「正しい」なんていう言葉を見かけたら要注意。自分をカモにするべく誰かが企んでいるに違いない。



ということで、『「道徳」を疑え!』よりもまずは『「正解」を疑え!』だ。

「正解」を見たら泥棒と思え・・・。







ちなみに、なぜ自分はインデックスファンド(MSCIコクサイ)の積立投資をしているのかと改めて考えてみると、誰かが企んでいる要素が少なそうだから(カモにされている可能性が少なそうだから)というポイントもありそうだ。

まんまと騙されているのかもしれないが・・・。
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2018-06-09 05:42 : 雑記 : 編集

株主よりも共産党を重視? 中国本土株「MSCI新興国株指数」に採用・・・

「中国株 国際化へ試金石」という記事が日本経済新聞に掲載されていた。
中国本土株が6月1日から、世界の投資家が利用する株価指数「MSCI新興国株指数」に採用される。ただ、当初は指数への組み入れ比率は1%未満と「控えめなスタート」となる。

記事の中で、中国資本市場の問題点として次の4つが書かれていた。
1.投資規制
2.企業の自主的な売買停止
3.市場への介入
4.共産党の支配強化
(下ほど改善度が低いとのこと)

この中で特に気になるのは「4.共産党の支配強化」。

この点に関して、1年以上前の日本経済新聞に「党委」という言葉が出てきた。

当時ブログに書いた記事からの抜粋(「中国では民間企業にも共産党の影響を受ける仕組みがある・・・」)。
中国企業特有の「党委」という組織について、先日の日本経済新聞に掲載されていた。

中国企業には特有の組織がある。「党委」と呼ばれる中国共産党委員会だ。組織率は国有企業の9割超、民営企業でも5割超に上る。党が政府さえも指導するお国柄では、党委が企業内の人事を含め、企業の意思決定を事実上左右する存在になっている。


アリババ集団、小米(シャオミ)、華為技術(ファーウェイ)、百度(バイドゥ)、など中国を代表する民間企業にも党委が設置されており、組織率99.9%をめざしているとのこと。

また、経営に介入しないことが建前だが、実際は党委のトップを経営トップが兼ねることが多く、企業経営にも影響を及ぼすとのこと。


欧米の企業はある程度株主を重視している(せざるを得ない)のだろうが、中国企業は株主よりも共産党を重視しているということだろうか。

そのように考えると、中国株式への投資は、欧米の株式には無い「共産党リスク」がありそうだ。

ただ、将来性を考えると「共産党リスク」を補って余りある魅力があるのかもしれないが・・・。



とりあえず、心配性な自分はこれまで通り新興国株式には投資しない予定・・・。
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2018-06-03 08:33 : 雑記 : 編集

人間らしいとは? 生産性の高い仕事をすることかだらだら酒を飲むことか・・・

「ドキュメント72時間」というNHKのTV番組にて、大阪・西成のディープな食堂(というより居酒屋?)が取り上げられていた。

とある客のコメントが印象的だった。
結構カオスな感じがあっておもしろいです 生産性のある話はしていない感じは・・・ 人間らしい人が多いと思いますよ



一方、「AI、RPAと未来戦略」という記事が日本経済新聞の大機小機というコラムに掲載されており、次のように結ばれていた。
アベノミクスが賃金上昇につながりだし「第3の矢」の真価が問われ始めた今こそ、人間らしい付加価値創造による生産性向上が求められよう。



どちらにも「人間らしい」という言葉が出てくるけど、意味していることは逆のようだ。

すなわち、前者は生産性のないことを人間らしいといい、後者は人間らしいことをして生産性を高めよという。



だらだらとお酒を飲んでいる生産性のない週末の自分と、サラリーマンとして働いている生産性がある平日の自分と、いったいどちらが人間らしいんだ?



まあでも、よくよく考えると、人間は昔から生活の糧を得るために生産性のある農業などの仕事にいそしみつつも、年に数回は生産性の無い祭り(もちろんお酒を伴う)を行ってきた。

生産性のあることをしないと食べていけないけど、たまには羽目を外さないとやってられない、といったところか。

正にそれが人間らしさなのだろう。すなわち、どちらか一方ではなく、両方必要。



ということで、平日にサラリーマンとして働いて(生産性のあることをして)週末にだらだらとお酒を飲む(生産性の無いことをする)自分は、ある意味昔ながらの人間らしい生活を送っていると言えるのかも・・・。

ただ、サラリーマン生活が人間らしいとは認めたくないけど・・・(サラリーマン生活を「健康で文化的な生活」と呼べるのか・・・)。
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2018-06-03 06:09 : 雑記 : 編集

犬型人間か猫型人間か? しばらくは会社の犬に徹して従順にハードワーク・・・

ラグビー イングランド代表監督エディー・ジョーンズ氏のインタビュー記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

次の箇所が気になった。
犬は忠誠心があるが、猫は独立心が強く、自分自身の考えがある。猫の主人になったり、何かを教えたりするようなことはできない。

猫のように自分で考える選手がチームの大部分であるべきだが、犬のようにハードワークして忠誠心がある選手も数人欲しい。


改めて考えてみると、サラリーマン生活において自分は猫というより断然犬だ。

言うことをよく聞いてハードワークするしか能のない犬。



自由奔放な猫にはあこがれるけど、さえない自分が組織の中で(自分で考えて行動する)猫になるのはハードルが高そうだ。

猫になりたければアーリーリタイアするしかない。



ということで、アーリーリタイアして自由奔放な猫になるまでは、従順でハードワークな犬に徹していきたい・・・。

以前書いたように、さえない自分には「ワーク・ライフ・バランス」よりも「ワーク・ワーク・アーリーリタイア」だ・・・。(参考記事:「「ワーク・ライフ・バランス」より「ワーク・ワーク・アーリーリタイア」・・・」)
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2018-06-03 05:35 : 雑記 : 編集

落ち込んだ気分は書いて消す・・・

『なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか 記憶と脳の7つの謎』(ダニエル・L・シャクター 著、春日井晶子 訳)という本の感想、3回目。

落ち込んだ気分や苦しい記憶から逃れるための手段が書かれていた。
テキサス大学のジェームズ・ペンベーカーは、被験者に数日間にわたって苦しい経験を書いたり話したりしてもらう実験を行った。その結果、驚くほどの効果があがった。被験者の気分は明るくなり、免疫機能が高まり、医者にかかる回数が減り、試験での平均得点が上がり、欠勤が減ったのである。

こうした効果の直接的原因はまだはっきりわかっていないが、混乱した感情を伝えるために言葉にまとめることが、生理システムに重要な影響を及ぼすのであろうと考えられる。

ネガティブで気分が落ち込みがちな自分には気になる内容。

落ち込んだ気分にまつわることを言語化することがポイントと理解した。



ということで、気分が落ち込んだときにはさっそく試してみたい。

今日は休みなので朝から浮かれ気分だけど、どうせすぐに落ち込むに違いない・・・。
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2018-06-02 08:36 : 雑記 : 編集

無意識の盗作? どこからどこまでが自分の考えなのか・・・

『なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか 記憶と脳の7つの謎』(ダニエル・L・シャクター 著、春日井晶子 訳)という本の感想、2回目。

「無意識の盗作」という言葉がでてきて気になった。
まったく悪気はなくても、他人の著作や発想に関する記憶を無意識のうちに自分自身の創作だと思い込んでしまうケースも報告されている。


自分もこのようなブログを書いているけど、改めて考えてみると、どこからどこまでが自分の考えなのだろうか?

自分の考えだと思い込んでいることも、実はどこかで聞いた話ではなかろうか?



まあでも、人は周りの情報を吸収して学習するため、考えていることのほとんどはどこかで見聞きした情報をベースにしているに違いない。

逆に言うと、どこかで見聞きした情報の影響を受けていない、純粋な自分独自の考えなんてあり得ないだろう。

そういう意味では、盗作しないようにするのではなく(無理がありそうなため)、うまく盗作して、その上に自分の考えを添加するようなことを心掛けた方が良さそうだ。





ということで、わずかに自分の考えを添加しただけの盗作+αブログを書き続けていきたい・・・。
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2018-06-02 06:41 : 雑記 : 編集

人の記憶はどこまで正しいか? 勘違いしたり書き換えたり歪められたり・・・

『なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか 記憶と脳の7つの謎』(ダニエル・L・シャクター 著、春日井晶子 訳)という本を読んだ。



記憶の「7つのエラー」の事例紹介と、その正体を探る内容。

7つのエラーとは、
1.物忘れ : 時間とともに記憶が失われること
2.不注意 : 注意散漫による記憶のし損ない
3.妨害 : いわゆる度忘れ、(個人の性質と関連性の無い)人の名前で起こりやすい
4.混乱 : デジャ=ヴュや無意識の盗作などの記憶錯誤(つまり勘違い)
5.暗示されやすさ : 尋問や催眠術によって記憶が歪められるようなこと
6.書き換え : (特に自分に都合よく)記憶を書き換える(無意識のうちに書き換わる)こと
7.つきまとう記憶 : 嫌な記憶を忘れられないこと



7つのエラーの正体については、「適応」の観点から説明されていた。

すなわち、そのような性質をもつように人が進化してきた(そのような性質をもつ人々が生き抜いてきた)ということは・・・。

例えば、些細なことまであらゆることを記憶したり思い出したりしていたら効率が悪すぎて日常生活に支障をきたすに違いないため、効率化するために(その副作用として)「1.物忘れ」「2.不注意」「3.妨害」「4.混乱」が生じる。

また、社会生活を営むためにはある程度の「5.暗示されやすさ」は必要。

さらに、健全な精神を維持するためには(自分に都合の良い)「6.書き換え」が不可欠。

そして、危険を回避するためには「7.つきまとう記憶」が役に立つ。





なお、アラフォーな自分もすっかり物忘れが激しくなって記憶に自信がなくなっていたが、このような本を読むとなおさら自分の記憶を信じられなくなってきた。



自分の記憶はどこまで正しいだろうか?

どの程度勘違いしたり書き換えたり歪められたりしているだろうか?

考えると怖くなってくるけど、適応の結果だと開き直ってしぶとく生き抜いていきたい・・・。
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2018-06-02 05:03 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・投資:パッシブに殖やす
・節約:消費するよりアーリーリタイア

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
 eMAXIS Slim 先進国株式インデックス
 たわらノーロード 先進国株式
 SMT ゴールドインデックス・オープン(為替ヘッジあり)

資産推移

資産状況202003

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