誰が何のために想像した歴史なのか・・・

「歴史とはなにか」(岡田英弘 著)という本の感想、3回目。


歴史に触れるときは、惑わされないようにするために、どこまでが「事実」でどこからが「想像」なのかを意識する必要がありそうだとこの本を読みながら思った。


しかし、よくよく考えると「事実」と「想像」の境界はけっこう曖昧だ。

例えば、誰かが歩いているのが目に入ったとする。この「誰かが歩いている」というのは事実なのか?それとも想像なのか?

事実のように思ってしまうけど、極端に考えると、世界の一部を切り取ってそれを人間とみなすところからして想像していると言えなくも無さそうだ。

真に事実と言えそうなのは、人間だと捉えている物体(肉体)の存在や、その物体(肉体)が物理的に移動していること、などだろうか・・・。

でも、この世界が三次元的な空間からなりそれと独立した時間が流れていると捉えるところからして人間の想像であることを考えると、物体の存在や移動などというのも人間の想像にすぎないのだろう・・・。


というように、極論に走ると(誰々がいついつどこどこで何々したというような)すべての歴史は想像ということになってしまいそうだ・・・。



そんな屁理屈をアレコレ考えた結果、(冒頭に書いたように)歴史のどこまでが「事実」でどこからが「想像」なのかを意識するというよりも、すべては想像だという認識の元、誰が何のために行った「想像」なのかを意識するべきだろうと思った。


ということで、歴史に触れるときは、惑わされないようにするために、こんな歴史を誰が何のために想像したのだろうか?、とアレコレ詮索するようにしたい・・・。
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2018-11-25 14:19 : 雑記 : 編集

「歴史」を発明した文明は世界に2つある それぞれの目的は・・・

「歴史とはなにか」(岡田英弘 著)という本の感想、2回目。


「歴史」という文化は地中海文明と中国文明でそれぞれ独自に生まれたが、その目的が異なる、というような話が興味深かった。

地中海文明の歴史はヘロドトスの「ヒストリアイ」で始まるが、その目的は政治勢力の対立・抗争による世界の変化を記録すること。

中国文明の歴史は司馬遷の「史記」で始まるが、その目的は皇帝が正統であることをアピールすること。



これら2つの目的は、現代の学校で習う歴史にも大きく関係ありそうと感じた。

すなわち、世界の変化の記録を学ぶとともに、自国の正当性を教え込まされる・・・。





なお、中国文明の影響を大きく受けている日本の「日本書紀」も、(中国に対抗して)天皇の正統をアピールすることがその目的だったようだ。
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2018-11-25 06:21 : 雑記 : 編集

歴史が成り立つ4つの要素とは・・・

「歴史とはなにか」(岡田英弘 著)という本を読んだ。

「歴史」について、その定義や起源や性質などを解説した本。



冒頭で歴史を成り立たせるための四つの要素が紹介されており、興味深かった。

4つの要素とは
1.直進する時間の観念
2.時間を管理する技術
3.文字
4.因果律の観念

特に「4.因果律の観念」についてはなるほどと思った。

現代社会は因果律が大前提で成り立っているため、改めてそんなことを考えてみたことも無かったけど、確かに因果律の考え方の無い社会で歴史は成り立ちそうにない。

というのも、歴史は今という結果に至る原因を書き連ねたものだろうから。



なお、これら4つの要素が満たされていない例として、インドが取り上げられていた。

すなわち、「輪廻・転生」の思想が因果律的な考え方の障害になってきたため、インドはもともと歴史の無い文明だったようだ。



また、「3.文字」が生まれたのは人類史上でもごく最近のことと考えると、人類史上のほとんどの人たちは歴史とは縁がなかったということだ。



ということで、学生時代は大嫌いという思いしかなかったけど、歴史があるというのはある意味凄いことなんだと今更ながら改めて感じてしまった・・・。
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2018-11-25 00:17 : 雑記 : 編集

経済予測が当たらない理由・・・

「経済予測があたらない理由」という記事がニューズウィーク日本版(2017.10.31号)に掲載されていた。


経済予測が当たらない理由を、天気予報と比較したりして解説する内容。

詳細はよくわからなかったけど、経済予測が当たらない理由として次の2つがあると理解した。
1.純粋に技術的に難しい
2.例え正しく予測できたとしても、大人の事情などからそのまま公表できない


1.については、経済に影響を与える因子とそれらの関係が複雑すぎて(わからなくて)、正確な(予測するに足る)モデリングができない、という理解。

例えば、人(集団)は何をしでかすかわかったものではなく、自分自身の未来の行動すら予測できないのだ・・・。


2.については、経済予測を公表すること自体が未来の経済に影響を及ぼすことになるため、そのまま公表できない、あるいは、そのまま公表したくない、というような状況も多いに違いない、という理解。

例えば、1か月以内にバブルが弾ける(株価が大暴落する)とわかったとしても、経済に与える負の影響を考えるとそのまま公表できないに違いない・・・。

あるいは、正しい経済予測を公表することが、予測した経済学者自身の不利益になるとしたら、その経済学者はそのまま公表せずに自分の利益となるようなフェイク予測を公表するに違いない・・・。



ということで、経済予測はあてにならない(信じてはいけない)、という認識をしておこう・・・。
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2018-11-24 11:19 : 雑記 : 編集

生産性の高い国は幸せなのか・・・

「生産性大国ノルウェーは幸せなのか?」という記事が日経ビジネス(2017.09.18号)に掲載されていた。

生産性に関する日本とノルウェーの対比が印象的だった。
生産性は単純化すると「付加価値÷人手」です。驚異的な生産性の高さ(2015年度で、経済協力開発機構加盟国35カ国中4位、日本は20位)を誇るノルウェーは、とにかく人手をかけません。100席以上ある空港のカフェでも、2~3人の店員で回します。「人が足りない、サービスは我慢してくれ」となれば、生産性の式の分母が小さくなる。だから効率の数字が高くなる。日本はこれと正反対で、値上げができず、人手をかけて、おもてなしをする国。生産性が低くなるのは仕方ない側面もありそうですが、さて、どちらが幸せか……。

ノルウェーでは物価が高くてサービスに人手をかけず、それが生産性の高さにつながっている、ということのようだ。

なお、「どちらが幸せか」の問いに関しては、幸福度ランキング的なものを見る限りではノルウェーの方が断然幸せそうだ。

ただ、幸福度なんていう主観的なものを比較するのはなかなか難しいように思うので、実際のところはよくわからないのだろうけど。

まあでも、クレーマーなど嫌な客も多いだろうことを考えると、おもてなしをする側はストレスがたまって幸せ度は低くなりそうだから、そういう意味では、少なくとも働く側はノルウェーの方が幸せなのかもしれない・・・。





ちなみに、人見知りな自分の場合、手厚いおもてなしを受けるのはかえって幸せ度が下がりそうであり、セルフサービスの方が良かったりする。

そういう意味では、客がみんな自分だったら生産性が上がるのかもしれない。

というのはとんだ間違いであり、客がみんな自分だったら、モノが売れずに生産性は悪化するに違いない・・・。




なお、社会福祉が充実しているため躊躇なく消費できそうな点もノルウェーの生産性の高さに寄与しているのかもしれない。

というのも、老後が心配な自分は消費することに躊躇しまくりなのだ・・・。
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2018-11-24 10:06 : 雑記 : 編集

アラフォー 気付いたら人生の折り返し地点・・・

アラフォーにさしかかっている自分だけど、人生の折り返し地点だと今さらながら感じている。

80歳まで生きるとすると中間あたりだし、55歳まで働くとすると(時期は未定だけどアーリーリタイア希望)仕事人生も中間あたり。

また、30代前半はまだまだ若いつもりだったけど、40歳に近づくにつれていろいろと衰えを感じるようになってきて、これからの人生は登るというよりも下っていくイメージ・・・。



「人生の折り返し地点」というとなんだか寂しい気もするが、さえない自分としては折り返し地点までなんとかたどり着けた喜びの方が大きいような。

ここまでくれば、あとはなんとかなりそうな気もしてきた。



というような油断をしていると足をすくわれそうなので、アーリーリタイアを実現できるまでは修行僧のように仕事に励んでいきたい・・・。
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2018-11-24 00:04 : 雑記 : 編集

「バブル」は認識できるのか? グリーンスパン氏の場合・・・

「世界史を変えた詐欺師たち」(東谷暁 著)という本の感想、3回目。


アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)の元議長(1987-2006)アラン・グリーンスパン氏が取り上げられていた。

その中で、グリーンスパン氏の「バブル」に関する発言の変遷が印象的だった。
一九九四年、グリーンスパンは低迷していたアメリカ経済がしだいに回復し、それが過熱していると判断して利上げを行った。このとき、彼は「あらゆる観点から考えて、バブルが解消されたことを明確に示せた」と勝利宣言を行っている。

その後、グリーンスパンがバブルについて口にしたのは、二〇〇二年にジャクソン・ホールにおける会議での、「バブルは崩壊して初めてわかる」という言葉だった。これはすでにITバブルが激しく崩壊して、膨大な負債が生まれてからのことだった。

さらに、二〇〇六年十月には、BMOファイナンシャル・グループ主催の昼食会で、バブルを崩壊させると弊害が大きいと述べて、「私たちはバブルが解消できないことを悟り、バブル自体ではなく、事後処理に集中することにしたのです」と語った。このときすでに住宅バブルは頂点に達しており、前年に「バブルではないのか」と聞かれたとき、「これはバブルではなくフロス(小泡)です」とはぐらかしていた。

すなわち、もともとバブルは認識可能と考えていた(解消されたということはバブルだという認識だったということ)ようであり、さらには解消も可能と強気に構えていたようだが、途中から認識不可能で手に負えないというような考え方に変わっていったようだ。


まあでも、発言と腹の内が一致しているとは限らないので、グリーンスパン氏の発言内容が変わっただけで考え方自体は変わっていないのかもしれないが・・・。

大人の事情や子供っぽい事情もあるだろうから・・・。



ということで、「腹の内」まではわからないので、とりあえず、FRB議長のバブルの認識に関する「発言」はあてにならないと考えておこう・・・。
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2018-11-23 15:46 : 雑記 : 編集

詐欺も商売も いかに良い夢を見せるかが問題だ・・・

「世界史を変えた詐欺師たち」(東谷暁 著)という本の感想、2回目。



「ポンジ・スキーム」の話が気になった。
「ポンジ・スキーム」という言葉がある。これは集めた金を投資に回すことなく、一部の投資者に再配分してみせて事業形態があるかのように装い、さらなる投資を集めて最終的には持ち逃げする詐欺のこと。

事業の実体は無くても、あるように見せかけるだけで多くのお金を集めることができるのだ。

その際重要となるのは、いかに良い夢を見せるかなのだろう。

例え噓八百であろうとも、もっともらしく信頼できそうな夢のある話をすればお金を集めることができる。

そして、夢見る被害者たちは、騙されたとわかったとき我に返ることになる・・・。



これは、実体があるかどうかの違いだけで、商売にも通じるところがありそうだ。

すなわち、商売もいかに良い夢を見せるかが問題であり、「ポンジ・スキーム」との違いはモノやサービスという実体を使うことでよりもっともらしい夢を見せられること。

例えば、家という実体を使ってマイホームでの輝かしい生活を夢見させることで、大きなお金を吸い上げる。

そしていつか、夢見る消費者は、これが自分(たち)が望んでいた生活(人生/世界)だったんだろうかと、我に返るときがくる・・・。





ということで、夢を見せられてお金を吸い取られないように気をつけたい・・・。



夢というと、もしかしたら、アーリーリタイアという夢を見せられて資産形成に励むように仕向けられているのかもしれない。

我に返って嘆く日がこなければ良いけど・・・。
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2018-11-23 09:16 : 雑記 : 編集

国は信用できないけどお金は信用できる・・・

「世界史を変えた詐欺師たち」(東谷暁 著)という本を読んだ。


経済を動かした大物の「詐欺師」として次の11人を紹介する内容。

1.ジョン・ロー
2.アイザック・ニュートン
3.ベンジャミン・フランクリン
4.ネイサン・ロスチャイルド
5.チャールズ・ポンジ
6.ヒャルマー・シャハト
7.ジョン・M・ケインズ
8.ジョージ・ソロス
9.ケネス・レイ
10.アラン・グリーンスパン
11.サトシ・ナカモト

ビットコインの発明者とされるサトシ・ナカモトなどいかにも怪しげな名前もある一方で、科学者のニュートンやアメリカ合衆国建国の父の1人ベンジャミン・フランクリンなど詐欺とは縁遠そうな人も詐欺師として紹介されており、なかなか興味深い内容だった。



まず気になったのがジョン・ロー。

フランスで初めて紙幣を発行した人であり、また、ミシシッピバブルを引き起こした張本人。

元々彼は土地を担保にした紙幣を考えていたようだが、フランスで発行したのは金貨や銀貨と交換可能な紙幣。

そして、結果的に金貨や銀貨の量をはるかに超える紙幣を発行することになり、それが紙幣の信用を失う引き金となったようだ。

また、その過程でほころびを取り繕おうとした結果、ミシシッピバブルを引き起こすことになる。



というようなことを踏まえて、改めて日本のお金「円」について考えてみると、「円」の価値も土地や金などの裏付けがあるわけではなく、極端に言うと信用だけで成り立っている。

自分も「円」を信用してしまっており、国よりも信用できそうな気までしている始末だけど、それは要注意。

国が信用を失うような事態になれば、(信用バブル状態?の)円の価値は暴落するに違いない。

すなわち、国が信用を失う → 国債の金利が上がる → インフレになる → 円の価値が下がる、という理解(正しい?)。

油断して信用しすぎないよう、「円」は詐欺だと思っておくくらいが良さそうだ。「円」という手段を使って(制度を作って)誰かがうまい汁を吸おうとしているに違いない。吸われてしまわないようにしなければ・・・。



ということで、仕事や節約や投資に精を出してコツコツ資産を築いているつもりだけど、信用だけで成り立っている何の裏付けも無い幻の資産であることを、頭の片隅にとどめておきたい・・・。
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2018-11-23 06:38 : 雑記 : 編集

もはや昭和ではない 役に立つことをすれば儲かるわけではない・・・

「ポスト平成の会社像は」という記事が日本経済新聞に掲載されており気になった。


コーン・フェリー シニアクライアントパートナー 山口周氏のコメントが印象的だった。
ビジネスは問題の設定と解決。昭和は不満、不便、不安だらけで、問題を設定する必要がなかった。トップが宿題を出し、それをミドルが解決していく構造だった。しかし問題が外から与えられない豊かな時代は違う。問題を解決する人こそ余ってしまう。

これからは時間を持て余す人が増えてくる。役に立つものはこれ以上要らない。これからはアジェンダシェイプ、すなわち自ら問題を設定できる人じゃないと、ビジネスはつくれない。


また、編集委員中村直文氏は次のように書いていた。
横並び、年功序列など日本企業の問題点はこれまでも数多く指摘されてきた。抵抗勢力になる巨大なホワイトカラーに「悪意」があるわけではない。家族を抱え、むしろメンバーは「善」の意識に満ちている。だからこそ、組織の急な方向転換が難しい。


仕事を通して社会の役に立とう(人々の不満、不便、不安を解決しよう)なんていうのは、昭和的な企業の発想と言うことか・・・。

昭和の時代は「役に立つことをする」というのが儲けるための有効な手段だったけど、その手段はもはや有効では無いと言うこと。

儲け方に飢えている今の時代、言葉で説明して理解できるような儲け方はすぐに真似されて有効ではなくなりそうだから、もはやこれをやれば儲かるなんていう儲け方は無いのだろう・・・。
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2018-11-18 18:03 : 雑記 : 編集

この人はどんな背景からどのようなロジックを経てこの考えに至ったのだろうか?

「教養が身につく最強の読書」(出口治明 著)という本の感想、2回目。


次の箇所が気になった。
人間が社会で生きていくために最も必要とされる自分の頭で考える能力、すなわち思考力を高めるためには、優れた古典を丁寧に読み込んで、著者の思考のプロセスを追体験することが一番の早道だと思っています。

「思考のプロセスを追体験する」という表現がわかりにくかったけど、他人がある考えに至った背景とロジックを把握して自分も同じように考えてみる、というようなことと理解した。

すなわち、偉人たちの考えがどんな背景からどのようなロジックを経て出てきたものなのか、その事例を自分の中に蓄積していくことが大切ということだろう。


なお、自分はこれまで他人の考えについてアレコレ詮索するようなことはあまり無かったように思うけど、それがコミュニケーション能力が低い原因の一つなのかもしれないと今さらながら思った・・・。



ということで、読書に限らず日常生活や仕事の場面においても、この人はどんな背景からどのようなロジックを経てこの考えに至ったのだろうか?、というようなことを常にアレコレ詮索するような嫌な奴になるとしよう。

特に、自分とどこが違うのか(背景が違うのか?、ロジックが違うのか?)着目するようにしたい。
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2018-11-18 10:13 : 雑記 : 編集

教養のための読書ではなく 生き抜くための藁にもすがる思いの読書・・・

「教養が身につく最強の読書」(出口治明 著)という本を読んだ。

ライフネット生命の創業者で現在は立命館アジア太平洋大学の学長である読書好きな著者が、おすすめの本を紹介する内容。



自分は読書好きだけど、この本のタイトルにある「教養」という言葉は好きではない。

そのような高尚な雰囲気の漂う言葉を使うことで、手段を目的化させてしまいそうに思うし、また、ドロドロとした生々しいものであるべき(と思っている)「教養」を、きれいな絵空事のように感じさせてしまうように思うから。

この思いは、以下のようなこの本からの抜粋部分の「文化」や「芸術」という言葉を、「教養」に置き換えることで説明できそうだ。
一家の繁栄と没落の物語は、歴史上では15世紀のフィレンツェのメディチ家(兄脈)が有名ですね。

精悍な「祖国の父」、コジモと通風病みのピエロを間に挟んで、偉大なロレンツォの代には国庫に手をつけざるを得ないほど、メディチ銀行のビジネスはめちゃくちゃになってしまうのですが、一方では文化的な爛熟期、つまりルネサンスは最盛期を迎えたのです。経済力のピークと文化の爛熟のピークにはタイムラグがあるということがよく分かります。

これは人間社会にも同じことが言えそうです。国や国家が勃興して大きくなり、そのうち成熟して芸術に惹かれ、やがて没落していく。

すなわち、さえない自分は特に、教養のための(きれいな絵空事の)「教養」にうつつを抜かしていては生きていけない。

生き抜くための(ドロドロとした生々しい)「教養」が必要だ。



ということで、「教養」のための読書ではなく、生き抜くための藁にもすがる思いの読書をこれからも続けていきたい・・・。

この本で紹介されている本も読んでみたい。
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2018-11-18 07:14 : 雑記 : 編集

人間の集団はウニに似ている・・・

「ウニはすごい バッタもすごい」(本川達雄 著)という本の感想、4回目。


中央集権的な体と地方分権的な体の話が興味深かった。
運動志向型の動物の場合、スピーディに動き回るためには、すばやい判断と体全体の筋肉の統制のとれた動き、そして筋肉と脳への酸素と栄養のすみやかな供給とが欠かせないため、どうしても「中央集権的」な体になる。運動志向型動物は、環境に対してその時々に、「本人の意思やすばやい判断によって」立ち向かっていくものであり、そういうものは中央集権的な体制をとる。

それに対して動かない生物は、いったん場所を定めた後は、いわば環境のなすがまま。ウミユリのように、基盤に固着して流れが食物を運んできてくれるものでは、食物の粒子に含まれている流れが体に当たったら、当たったその部分の管足を活性化すればいいのであり、体の各部が局所的に判断するだけで生活が成り立っていく。

では、ウニのようにちょっとだけ動くものの場合はどうだろう。ある方向から藻類の匂いが流れてきたなら、それに近い管足が刺激に反射的に反応して匂いの発信源に向かって歩き出す。すると他の管足も引っ張られて動きが同調し、体全体がその方向に向かう。これで餌が手に入るのである。

運動志向型である人間の体は中央集権的だろうけど、そんな人間も集団になると地方分権的なウニに似ているなと感じた。

すなわち、刺激を受けた一部の人の考えや行動に影響されて(同調して)、他の人たちも同じような動きをしがち。


そんな地方分権の一番の欠点は、全体としてどこを目指そうとしているのか(何がしたいのか)が不明確なことだろう。

例えば、人類が全体としてどこを目指そうとしているのか(何がしたいのか)よくわからない・・・。


一方、中央集権の一番の欠点は、中央の司令官の能力にパフォーマンスが大きく影響されてしまうことだろう。

例えば、自分はこの欠点の影響をもろに受けているように思う。

すなわち、中央の司令官(自分の意識)がさえないばっかりに、全体的にさえない人間に仕上がってしまっている・・・。



ということで、さえない司令官(自分の意識)が的外れなコントロールをしようとする自分(意識以外も含めた自分全体)は、全体としてどこに向かっているのか(何がしたいのか)よくわからない人間の集団の中で、これからも迷走を続けることになる・・・。
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2018-11-17 12:14 : 雑記 : 編集

他と競い合うしかない経済戦争状態の地獄の暮らし・・・

「ウニはすごい バッタもすごい」(本川達雄 著)という本の感想、3回目。


棘皮(きょくひ)動物(ヒトデやウニやナマコなど)にまつわる次の箇所が印象的だった。
さかんに動く動物と、まったく動かない動物との間で、ちょっとだけ動く生活をしているのが棘皮動物である。ちょっとだけ動ければ、どちらの動物も手に入れることができなかった餌を独占できる。いわば「隙間産業」で身を立てているのが棘皮動物。

他と競い合うことなく、平和裏に天国の暮らしを実現してしまったのが彼らであり、それも「小さな骨片がキャッチ結合組織でつづり合わされた」類い稀な支持系を開発したおかげだった。

ビジネスの世界に通じるところがありそうな話だけど、取り巻く環境の変化のスピードは全然違うだろう。

すなわち、動物の世界は一生の間に取り巻く生態系がすっかり変わってしまうようなことは稀で、ある意味安定した世界だろうけど、ビジネスの世界は取り巻く環境が各自の仕事人生の中でもどんどん変わっていく不安定な世界。

動物界は食うものと食われるものの関係が逆転するようなことはないという意味で安定した江戸時代のようだけど、ビジネス界は下剋上が繰り返される戦国時代のよう。



そんな江戸時代的に暮らす棘皮動物たちは抜粋部分にあるように「他と競い合うことなく、平和裏に天国の暮らしを実現してしまった」のかもしれないが、戦国時代のような資本主義社会を生きる人間たちは「他と競い合うしかない、経済戦争状態の地獄の暮らしを実現してしまった」のかもしれない・・・。



さえない足軽の自分は、もし活躍できれば下剋上で地位やお金を手に入れることができるのかもしれないが、そんなことよりも一刻も早く地獄から抜け出すべく足軽のまま隠居の身になることを目指したい・・・。
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2018-11-17 08:32 : 雑記 : 編集

子孫を残し続けるよりも個人の長生きを最優先する結果・・・

「ウニはすごい バッタもすごい」(本川達雄 著)という本の感想、2回目。


この本を読んで昆虫やサンゴなど動物たち(の体のつくりやそのはたらき)のすごさに驚いたけど、そのすごさは進化(突然変異と自然淘汰の繰り返し)の結果生じたもの。


一方、人類に目を向けると、ここ数千年で生活様式はすっかり変わった。

この変化は進化の結果ではなく、文化の発展の結果生じたもの。


そして、人類が文化を発展させるスピードは動物の進化のスピードに比べて桁違いに速い。

文化が桁違いのスピードで発展した今となっては、子孫を残し続けるように進化してきた(子孫を残し続けるのに適したものが生き残ってきた)はずの人類が、その他のこと(人生を楽しむなど)をより優先するようなった。

例えば、今の日本では、いかに子孫を残し続けるかよりも、いかに個人が長生きするかを追求している。

その結果、「人生100年時代」なんて言われるまでに個人は長生きするようになったけど、日本人全体としての将来は行き詰っているように思う。

そもそも、異常発生している(人口が異常に増え続けていいる)人類全体が行き詰まってしまいそうだけど、その中でも高齢者が異常発生すると(高齢者の割合が異常に高まり続けると)ますます行き詰ってしまいそう・・・。


まあでも、残り続けるのに適さない文化は淘汰されて、残り続けるのに適した文化が生き残るだろうから、それはそれで問題ないのかも(自然の摂理なのかも)だけど。

突然変異の結果生じた日本の文化が淘汰されても、残り続けるのに適した他の文化が生き残っていく。

突然変異の結果生じた人類全体が淘汰されてしまっても、生き残るのに適した他の動物が生き残っていく。



ということで、日本人や人類の将来は自然の摂理にゆだねて、自分は目の前の人生をせいぜい楽しんで異常発生する高齢者の1人になるとしよう・・・。
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2018-11-17 06:07 : 雑記 : 編集

昆虫はすごい サンゴもすごい 進化の力はすごすぎる・・・

「ウニはすごい バッタもすごい」(本川達雄 著)という本を読んだ。


サンゴや昆虫から哺乳類まで、さまざまな動物の体のつくりやはたらきを紹介する内容。


サンゴや昆虫やヒトデやナマコや・・・などなどについて、その体のつくり(機能や機構や材質や・・・などなど)のすごさにビックリしてしまった。

そんな動物たちの体のつくりに比べると、さえないエンジニアである自分が仕事でしている設計なんて小学生の自由研究程度、というより幼稚園児のお絵描き程度だと実感した。

自分の設計力は生物の進化(突然変異と自然淘汰の繰り返し)には遠く及ばないようだ。

また、特許なんかも考えさせられるけど、自分がいくら考えたところで自然界の二番煎じに違いない・・・。



ということで、生物の進化(突然変異と自然淘汰の繰り返し)の設計力には到底及びそうにないけど、そんなさえない設計力で地味にお金を稼いでコツコツ資産形成していきたい・・・。
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2018-11-16 12:15 : 雑記 : 編集

ウェットな関係からドライな関係へ? ドライに自分の利益を追求していきたい・・・

「働き方の多様化と心理的契約」という日本経済新聞の記事の感想、2回目。


次の記述が気になった。
個人主義と契約思想が定着している米国のような社会では、複数の個人が関わりを持つ際、当事者同士の自由意志に基づき、任意に契約を結ぶことで集まりが形成されることが前提となっています。企業もまた同様で、このようにして形成される企業を経済学では契約の束と捉えるのです。

契約という考え方が浸透していない日本にはなじみの薄い言葉ですが、人材の多様化はまさに契約の束という考え方を私たちに求めているのではないでしょうか。

グローバル化した今となっては雇用関係もグローバル化するということなんだろう。

すなわち、文章化されない相互の期待をベースにした心理的契約によって成り立つ関係から、文章化された契約によって成り立つ関係へ。

表現を変えると、ウェットな関係からドライな関係に変化していくということか。

確かに、自分が入社した十数年前と今とを比べても、会社と社員の関係がどんどんドライになっているような気がする(自分の思い違いかもしれないが・・・)。

なんだか寂しいような気もするが、空気の読むのが苦手な自分にとってはその方がわかりやすくて心地良く感じるのも事実・・・。



ということで、サラリーマン生活においては(グローバルスタンダード?で)ドライに自分の利益を追求していきたい・・・。





ちなみに、そのうち、夫婦や親子の関係やら、国と国民との関係やら、学校と生徒との関係やら、何から何まで文章化された契約に基づく社会になっていくのだろうか?

まあでも、空気の読むのが苦手な自分にとってはその方が・・・??
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2018-11-16 09:11 : 雑記 : 編集

生活を人質にとられて服従せざるをえない・・・

日本経済新聞の「やさしい経済学」というコラムにて、「働き方の多様化と心理的契約」という記事が8回にわたって掲載されていた。


その中に次のような記述があり、印象的だった。
端的にいえば、日本企業の人事管理は、会社側による長期雇用保障と、社員側が甘受する無限定性の交換という基本原理の上に立つシステムだったといえます。

ここで、「無限定性」とは転勤や職務変更などを社員側が原則的に断れないことであり、すなわち、勤務地や職務などが限定されていないことを意味する。

抜粋部分を社員側の立場で誇張して言うと、「生活を人質にとられて服従せざるをえないシステム」と言えそうだ。

被害妄想かもしれないが、さえない自分はそんな心境・・・。



なお、「交換」という観点で考えた時、一言でまとめると抜粋部分のようになるのかもしれないが、詳細を見ると「時間」(社員→企業)や「お金」(企業→社員)などいろいろなモノを交換し合っているのだろう。

そこで、自分は勤めている企業と何を交換しているのだろうか?、と改めて考えてみた。

【自分→企業】
時間、労力、苦痛(ストレス)、健康、自由、など

【企業→自分】
お金、知識・スキル、満足感、帰属感、コミュニケーション相手、社会とのつながり、など

というような感じだろうか。

このように考えてみると、「生活を人質にとられて服従せざるをえない状況」という見方はマイナス思考すぎであり、企業から得ているモノは生活(お金)以外にもいろいろありそうだ。



なお、人見知りな自分はあまりコミュニケーションを求めていないのだけど、コミュニケーションが皆無というのも取り残され感を感じてしまいそうなので、普段はむしろ邪魔くささを感じている「帰属感」「コミュニケーション相手」「社会とのつながり」などを得ていることは意外と大事なんだろうなと(リタイア後についての記事などを読むと)感じる。

さらに、満足感を感じるよりも苦痛を感じることの方が断然多いけど、なんとか苦痛を耐え抜いたという満足感?にひたりながら飲むお酒はおいしいような・・・。





ということで、マイナス思考でかつお金大好きな自分は、お金以外に企業から得ているモノにももっと目を向けていきたい。

そして、企業との交換効率を高めるよう努めていきたい・・・。
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2018-11-16 07:06 : 雑記 : 編集

マンションに住み続けられるのか・・・

「マンションに住み続けられるのか?」という記事が日経ビジネス(2017年8月21日号)に掲載されていた。

賃貸の自分も気になる内容。
なぜ、低成長で人口減少が続く日本で、大型マンションがこれほど売れているのか。「需要を支えているのはシニア層と投資家」。不動産関係者はそう語る。中国など外国からのマネー流入が続く。

業界では、空き家比率が1割を超えると危険ゾーンに入るといわれる。決議のハードルが高まり、修繕などの案件が進まず、荒廃スパイラルが加速する。「ゴーストタウン」と化す流れを止めるには、住民がコミュニティー機能を取り戻すしか手がない。

現在、470万戸を超える共同住宅の空き家が確認されており、増加傾向が続く。それでも、日本の不動産大手は新築マンションを供給し続ける。「日本は規制が緩いこともあって、不動産会社の過剰供給が止まらない」(外資系証券アナリスト)

マンションに住み続けるならば、交流を密にし、強固なコミュニティーを築く必要がある。

この記事を読む限り、マンションを買うのは得策ではないようだと理解した。特に、コミュニケーション能力の低い自分はなおさらだ(強固なコミュニティーなんて築ける自信がまったくない)。

しかし、需要があることを考えると、この記事とは違う見方もあるということだろうか?

まあでも、コミュニケ―ション能力が低い上に心配性な自分にとっては、いずれにせよ気楽な賃貸暮らしが良さそうだ。



ということで、とりあえず今の気楽な賃貸暮らしを続けていきたい・・・。
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2018-11-11 10:03 : 雑記 : 編集

認知症対策費? 老後にどこまで備えるか・・・

「認知症対策費」という言葉が日本経済新聞に出てきて気になった。


『認知症対策費「備えあり」1割』という記事。記事からの抜粋。
SOMPOホールディングスが全国の30~50代の男女(有効回答1042人)に調査したところ、医療や介護など認知症患者が直面する費用に備えて対策をとっている人の割合は全体の約1割にとどまった。

実際に準備をしている人にその金額を聞くと、平均で年約72万1000円だった。

SOMPOホールディングスというのは保険会社のようなので、引用元は営業用に作ったデータなんだろうけど、それでも確かに認知症は心配だ。

まあでも、あれもこれもと心配しだしたらきりが無く、備えるべき老後資金が膨大になってしまって、老後資金を蓄えるだけの一生になってしまいそう・・・。

そこで、老後資金については次のように考えたい。
1.ある程度余裕をもった(と思えるくらいの)老後資金を準備する
2.いざ足りなくなっても稼げるように芸(スキル)を仕込んでおく
3.どうしようもなくなったら潔くあきらめる(ボケてしまったら安楽死でいいけど・・・)

すなわち、ある程度準備して、足りなくなったら稼いで、最悪の場合はあきらめる、ということで・・・。




といっても、心配性な自分の”ある程度”は一般的な”ある程度”よりもかなり多くなってしまうのだろうけど・・・。
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2018-11-11 08:04 : 雑記 : 編集

自己満足のコストパフォーマンスに気をつけたい・・・

「ふるさと納税、返礼品競争に加わらず」という記事が日本経済新聞に掲載されていた。

栃木県足利市長和泉聡氏の記事。ふるさと納税をゆがんだ制度だと考えている足利市は返礼品を送っていないとのこと。
栃木県足利市は、寄付者には史跡足利学校の入場券などの簡素なお礼を送るだけにしている。県内で返礼品を送っていないのは足利市だけだ。その結果、制度による「収支」は、残念ながら2017年度で約7300万円の赤字になっている。「市の怠慢だ」とお叱りを受けることがあるが、どんなにお叱りを受けようと私たちは返礼品競争に加わらない。このままでは国の根幹が揺らぎかねない、という強い危機感があるからだ。

率直な感想として、市長の立場としては国のことよりも何よりも市(市民)のことを最優先で考えるのが筋ではなかろうかと思ってしまった。

今風の言葉で言うと「市民ファースト」。

自分が足利市民だったら、7300万円(税金)でお偉いさんたちの自己満足を買うよりも、そのお金で図書館を充実して自分(市民)を満足させてほしいと思ってしまいそうだ。

図書館の充実に使う方が市民ファーストだし、得られる満足度の総和もこちらの方が大きい(すなわち満足度のコストパフォーマンスも高い)に違いない。



ということで、個人的には「自分ファースト」で自己満足のコストパフォーマンスに気をつけながら効率よく自己満足するべく努めていきたい・・・。

今風の言葉で言うと「自己満足の生産性向上」・・・。
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2018-11-11 06:50 : 雑記 : 編集

バブルかどうかが問題ではなく このバブルがいつ崩壊するかが問題だ・・・

「意識はいつ生まれるのか 脳の謎に挑む統合情報理論」(マルチェッロ・マッスィミーニ、ジュリオ・トノーニ 著、花本知子 訳)という本の感想、3回目。


「進化論」を例に挙げた次の記述が印象的だった。
生物が自然淘汰によって進化を遂げる事象は、チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を書く前にも、そのへんにごろごろころがっていたはずである。

すでに目の前にある事象を、新しい理論の光に照らして解釈し、整理することが必要だったのだ。新たな事象を集めることが求められていたのではない。

何世紀も前から、畜産農家は交配を行い、遺伝させるべき特徴を選別していた。その正確さは、ほとんど科学的といっていいほどだった。ということは、材料は、すべてそろっていたのだ。新たに見つけださなければならないものは、なにもなかった。

すなわち、チャールズ・ダーウィンが「進化論」を提唱するはるか昔から、「進化論」にたどり着くに足る材料はすでに十分そろっていたということ。

既知の材料から「進化論」にたどり着けるかどうかが問題だったのだ。



自分は、読書などを通して新たな材料(情報)を入手することに注力しすぎているように思うので、今後は既知の材料から何が言えるのかを考えることにも力を入れていきたい・・・。





例えば、投資について考えてみると、「今がバブルかどうか問題」を判断するに足る材料はすでに十分そろっているように思う。

すなわち、歴史から学ぶと盛者必衰は明らかであり、それはすなわち、今の株価を支えている資本主義社会もいずれ衰退する運命にあることを意味している。

ということは、今がバブルかどうかが問題なのではなく(資本主義社会が栄えている今はバブル状態に違いなく)、このバブルがいつ崩壊するか(資本主義社会がいつ衰退するか)が問題なのだ・・・。



まあでも、そうと認識した上で、今のバブル状態が(老後を迎えるまで)さらに膨らみ続けることを信じて、このバブルの波にうまく乗れるよう投資を続けていきたい・・・。

バブルが弾けて投資でこけてもなんとか生きていけるような準備もしつつ・・・。



ちなみに、自分が今こうして生きていられる状態もバブルに違いなく、自分自身もいつ弾け飛んでしまうかわからない・・・。
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2018-11-10 18:09 : 雑記 : 編集

現代社会の生きづらさ 自由意志と還元主義のダブルスタンダード地獄・・・

「意識はいつ生まれるのか 脳の謎に挑む統合情報理論」(マルチェッロ・マッスィミーニ、ジュリオ・トノーニ 著、花本知子 訳)という本の感想、2回目。


「還元主義」に関する記述が気になった。
還元主義的アプローチは、これまで数世紀にわたり、とても有力な方法でありつづけた。そのため、分解したり還元したりすれば、世界を普遍的に説明する超理論にたどりつけるのではないか、と思われてきた。

還元主義は、大変重要な問題をはらんでいる。というのも、ある現象を、基本的な現象を用いて十全に解釈できるならば、それは付帯現象とみなされるようになったからである。問題は、付帯現象を引き起こす要因に対して、当の付帯現象は、まったく因果関係を及ぼさないことだ。例えば、蒸気機関車の汽笛は、汽笛を生みだす機械部分やバルブの動きに、何の影響も与えない。

意識にかんして、なぜそれが問題なのか。仮に、科学的な説明によって、意識を還元できるとしよう。たとえば、意識は、こぶしひとつ分のニューロンとその構成原子の動きにすぎないものに還元されるとする。となれば、われわれの意識も、ただの付帯現象ということになってしまう。そうなれば、われわれの意思や自由、選択は、ただの幻想ということになるだろう。すべてが、因果関係によって、あらかじめ決められていることになるからだ。

自分が普段の仕事で感じているモヤモヤ感は、この話に関係ありそうだ。

すなわち、「うまくいかなかったのはお前の判断や行動が悪かったからだ!」というように還元主義的に責められることが多いけど、責められるということは(還元主義とは矛盾する)自由意志を前提にしていることになる(自由に選択する余地が無いのであれば責められる筋合いは無い)。

つまり、還元主義を前提(すなわち自由意志を否定)にすると同時に自由意志をも前提(すなわち還元主義を否定)にしている、というようなある意味ダブルスタンダード状態。



これは仕事に限った話ではなく、現代社会に広く当てはまるように思う。

「お前は何がしたいのか?」と自由意志を前提(すなわち還元主義を否定)に聞かれつつ、かつ、その結果がうまくいかなかったら「お前の○○○なところが悪い!」と還元主義を前提(すなわち自由意志を否定)に責められることになる。



ということで、この社会がそのようなダブルスタンダードで成り立っていると認識した上で、少なくとも自分は自分自身をそのようなダブルスタンダードで責めないように気をつけつつ、このダブルスタンダード地獄をめげずに元気に生きていきたい・・・。
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2018-11-10 08:26 : 雑記 : 編集

なぜ人には意識があるのか? 統合情報理論とは・・・

「意識はいつ生まれるのか 脳の謎に挑む統合情報理論」(マルチェッロ・マッスィミーニ、ジュリオ・トノーニ 著、花本知子 訳)という本を読んだ。


なぜ人には意識があるのだろうか?、とアレコレ考える内容。


著者らの説(統合情報理論)の要点を次のように理解した。

ある物体が意識を宿すためには、次の2点が欠かせない。
1.豊富な情報量
2.情報の統合


例えば、インターネットの世界を考えてみると、豊富な情報量はあるけど、それらの情報はバラバラに存在するだけで統合されていない。

逆に、電卓は、得られた情報(人間の入力)を統合して出力(計算結果)を出すけど、情報量は豊富ではない(その時の人間の入力だけ)。

一方、人間は、五感を通して得られる様々な情報や、それらの蓄積(記憶)などからなる豊富な情報を有しており、かつ、それらの情報を統合して判断している(次にとるべき行動を決めている)。

したがって、インターネットや電卓に意識は無いけど、人間には意識がある。



個人的な感覚としては、大変納得できる話。

ただ、上記2点以外にも(意識を有するために)必要な要件があるような気がする(漠然とそんな気がするだけ・・・)。



ちなみに、脳の中で上記2点の性質を備えているのは「視床-皮質系」とのこと。





意識を有する人間のこのような性質を有効に活用して、すなわち、豊富な情報を獲得しつつ、かつ、それらの情報をうまく統合して、効果的な資産形成活動に励んでいきたい・・・。
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2018-11-10 06:12 : 雑記 : 編集

資産形成に役立ってそうな自分の性質・・・

「氷川清話」(勝海舟 著、勝部真長 編)という本の感想、5回目。


”根気”の大切さが書かれている箇所が数か所あり、気になった。
なにごとも根気が本だ。今の人は牛肉だとか、滋養品だとか騒ぐくせに、根気はかえって弱いが妙だ。

もし成功しなければ、成功するところまで働き続けて、けっして間断があってはいけない。世の中の人は、たいてい事業の成功するまでに、はや根気が尽きて疲れてしまうから大事ができないのだ。

この本に書かれている勝氏が重視する性質のうち、さえない自分に備わってそうなのは”根気”くらいのように思う。

胆力も無いし、余裕も無いし、気合いも無いし、誠意正心も無いし、無我も無いし、実践(経験)重視でも無いし、などなどの無いこと尽くし・・・。

ただ、”根気”だけはそこそこの自信がある。

例えば、
1.さえない自分にとっては罰ゲームのようなサラリーマン生活を15年程度継続できている
2.ほとんど読まれないこのブログを5年間書き続けている
3.地味な積立投資を5年間コツコツ続けている
4.節約生活を40年間継続できている(ケチなだけ?)
5.体に悪いと知りながらもストイックにお酒を飲み続けている(これは違う・・・)
などなど

こんな自分の根気度は、日本人の上位3分の1(33%)くらいには入っているのではなかろうか。

そして、この根気は(ケチな性質と共に)資産形成にとても役立っているように思う。

すなわち、仕事と投資の場面では根気が大活躍しているし、節約の場面ではケチが大活躍している。

逆に、自分に根気とケチがなかったら、資産なんてまったく形成できていなかったに違いない。

つまり、仕事は続かず、浪費もするし、投資も続かない・・・。



ということで、今後も根気とケチを有効活用して資産形成に励んでいきたい。





なお、ケチな性質については、日本人の上位10%に入っている自信がある・・・。
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2018-11-04 08:48 : 雑記 : 編集

貯めようとし過ぎるのもうまくいかないし 貯めようとしないのもうまくいかないし・・・

「氷川清話」(勝海舟 著、勝部真長 編)という本の感想、4回目。


次の2つの箇所が印象的だった。
死をおそれる人間は、もちろん話すに足らないけれども、死を急ぐ人も、またけっしてほめられないよ。日本人は、一体神経過敏症だから、必ず死を急ぐとか、または、死をおそれるものばかりだ。こんな人間は、共に天下の大事を語るに足らない。

ひとたび勝たんとするに急なる、たちまち頭熱し胸おどり、措置かえって転倒し、進退度を失するの患いを免れることはできない。もしあるいは、のがれて防禦の地位に立たんと欲す、たちまち退縮の気を生じきたりて相手に乗ぜられる。事、大小となく、この規則に支配せられるのだ。

生きようとし過ぎるのもうまくいかないし、逆に、生きようとしないのもうまくいかない。

勝とうとし過ぎるのもうまくいかないし、逆に、勝とうとしないのもうまくいかない。



ここで難しいと思うのは、人の意志というのはONかOFFかのどちらかであり、その中間は無いように思うこと。

すなわち、「生きようとするか or しないか」のどちらかであり、また、「勝とうとするか or しないか」のどちらかであり、「中途半端に生きようとする意志」とか、「中途半端に勝とうとする意志」はあり得ない。

中途半端な状態というのは、「中途半端に生きようとする意志」や「中途半端に勝とうとする意志」があるわけではなく、「生きようとする意志」や「勝とうとする意志」が中途半端にある状態だろう。

そして、ここが肝心だと思う点だけど、中途半端な意思を意識的に持つことはできない、に違いない。

つまり、「生きようとする意志」が中途半端にある状態を意識的に実現することはできないし、「勝とうとする意志」が中途半端にある状態を意識的に実現することはできない。

中途半端な状態を実現するためには、ある程度”無意識”に身を委ねる必要がある。

逆に言うと、100%意識的な行動は両極端のどちらかに走ってしまう。



まとめると次のようになる。

生きようとし過ぎるのもうまくいかないし、逆に、生きようとしないのもうまくいかないけど、その中間のほどよい状態を意識的に実現することはできない。

同様に、勝とうとし過ぎるのもうまくいかないし、逆に、勝とうとしないのもうまくいかないけど、その中間のほどよい状態を意識的に実現することはできない。

中間のほどよい状態を実現するためには、ある程度”無意識”に身を委ねる必要がある。



ということで、意識している自分がストイックに頑張るだけでは(両極端に走ってしまって)うまくいかず、ほどよい中庸を実現するためには無意識との協働(意識しすぎないこと)が必要になりそうだ。







なお、資産形成についても同じようなことが言えそうだ。

貯めようとし過ぎるのもうまくいかないし 貯めようとしないのもうまくいかない。

そして、中間のほどよい状態を意識的に実現することはできない。

すなわち、意識的に貯めようと頑張れば頑張るほど極端な節約に走ってしまったり、働き過ぎてしまったり、(デイトレなどの)アクティブな投資に走ってしまったりして、結果的にうまくいかないだろう。

程よい節約(消費)や、程よい労働や、程よい投資(資産運用に良いとされるパッシブな分散投資など)を実現するためには、貯めようと意識しすぎないことが大切に違いない。
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2018-11-04 06:31 : 雑記 : 編集

ブログで屁理屈を書くより実社会での体験・・・

「氷川清話」(勝海舟 著、勝部真長 編)という本の感想、3回目。


勝海舟氏は理屈よりも体験がモノを言うと考えていたようだ。
しかし人間の精根には限りがあるから、あまり多く読書や学問に力を用いると、いきおい実務の方にはうとくなるはずだ。

政治家も、理屈ばかりいうようになってはいけない。徳川家康公は、理屈はいわなかったが、それでも三百年続いたよ。それに、今の内閣は、わずか三十年の間に幾度かわったやら。

全体、今の大臣らは、維新の風雲に養成せられたなどと大きなことをいうけれども、実際剣光砲火の下をくぐって、死生の間に出入して心胆を練り上げた人は少ない。だから、一国の危機に処して惑わず、外交の難局に当たって恐れない、というほどの大人物がないのだ。

そういう視点で考えると、読書好きでこんなブログで屁理屈を書いているさえない自分は、体験よりも理屈に偏りすぎのように思うので改めた方が良さそうだ。

つまり、もっと体験を重視するべし。

まずは、日々のサラリーマン生活における生々しい体験にもっと注意を向けていきたい。



ということで、本を読んでアレコレ考えるだけでなく、サラリーマン生活における生々しい体験にもっと注意を向けることや、その体験をもとにアレコレ考えることにも力を入れていきたい・・・。





といっても、「剣光砲火の下をくぐって、死生の間に出入して」などと比べると、ママゴト程度で体験のうちにも入らないだろうけど・・・。

そう考えると、勝氏にとっては、自分の人生なんてママゴトのようなものなんだろう・・・。
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2018-11-04 00:30 : 雑記 : 編集

運動でお金を貯めて身も家計も健康体に・・・

『「運動にお金をかけず」47%』という記事が日本経済新聞に掲載されていた。

記事からの抜粋。
マクロミルが20~49歳の男女1000人を対象に調査したところ、日常的に運動をしている505人のうち約半数にあたる47.3%が、過去半年間で「お金はかけていない」と回答した。次いで「5000円未満」が19.6%と多く、節約志向がにじむ。

一方、半年間にかけた費用で3番目に多い回答は「2万円以上」(15.2%)。(中略)運動に対し、お金をかける人とそうでない人の二極化が進んでいるもようだ。

自分の理想はそのどちら(運動にお金をかける or かけない)でもなく、運動でお金を得ること。

例えば、歩くこと(ウォーキング)はお金につながる。

出かけたとき、1~2kmくらいの距離なら電車やバスを使わずに(タクシーなんてもってのほか)歩くようにすれば、その分のお金を浮かすことができる。

例えば、週500円浮かせば、1年間で約26000円浮かせることができる。

その浮いたお金を投資に回し続けて、20歳から80歳まで利回り5%で運用できたとすると、80歳を迎える頃には約1000万円になっている。



ということで、テクテク歩いて浮かせたお金をコツコツ投資に回し続ければ、老後になっても身も家計も健康体でいられるに違いない!!









テクテク歩いて浮かせたお金でグビグビ飲んでいる場合ではない・・・。
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2018-11-03 13:03 : 雑記 : 編集

人類史上のほとんどのヤツらは・・・

「氷川清話」(勝海舟 著、勝部真長 編)という本の感想、2回目。


この本を読んで気になったのは、勝海舟氏の発言の中に「最近の若者は・・・」というようなフレーズがしばしば出てくること。
今のやつらは、あまり柔弱でいけない。冬がくればやれ避寒だとか、夏がくればやれ避暑だとか騒ぎまわるが、まだ若いのに贅沢がすぎるよ。昔にはこのくらいの暑さや寒さに辟易するような人間はいなかったよ。そんな意気地なしが、なんで国事改良などできるか。

昔の人は根気が強くて確かであった。免職などが怖くて、びくびくするようなやつはいなかった。その代わり、もし免職の理由が不面目のことであったら、潔く割腹して罪を謝する。けっして今のやつのように、しゃあしゃあとしていない。もしまた自分のやり方がよいと信じたなら、免職させられた後までも十分責任を負う。あとは野となれ山となれ主義のものはいなかった。

またその根気の強いことといったら、日蓮や頼朝や秀吉を見てもわかる。彼らはどうしても弱らない。どんな難局をでも切り抜ける。しかるに今のやつらはその根気の弱いこと、その魂のすわらぬこと、実に驚き入るばかりだ。しかもそのくせ、いや君国のためとか、何のためとか太平楽を並べているが、あれはただの口先ばかりだ。

「最近の若者は・・・」というフレーズは大昔から世界中で使われてきたと聞いたことがあるけど、勝氏も多用していたとは・・・。

しかも、よくよく読むと、その比較対象は西郷隆盛など勝氏と同時代を生きた大物たちや、あるいは豊臣秀吉などの歴史上の人物であり、そんな偉人たちと比べるとどの時代でもほとんどの人は駄目人間に分類されそうだ。

もはや、「最近の若いヤツらは・・・」というよりも、「人類史上のほとんどのヤツらは・・・」と言っているに等しい気がする・・・。



ということで、「人類史上のほとんどのヤツら」の1人である自分は、勝氏のような「人類史上のごく一部の例外」の発言は気にせず、「最近のさえないおっさん」として元気に生きていきたい・・・。







なお、もし本当に若者が年々駄目になっているとしたら、人類はとっくに滅んでいるに違いない・・・。
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2018-11-03 09:36 : 雑記 : 編集

勝てば官軍!! 成功者は何とでも言える・・・

「氷川清話」(勝海舟 著、勝部真長 編)という本を読んだ。

勝海舟晩年の回顧談。

勝海舟自身について、歴史上の人物や勝氏の生きた時代の人物について、政治について、人生について、などなど勝氏の体験や考えが書かれている。



さえない自分は、このような成功者の話を聞くと圧倒されてしまいそうになる。

しかし、そうなってしまったら著者や出版社の思うつぼに違いないから要注意?

美談が出たら泥棒と思え! 話を大げさに美化しているに違いない。



というように、成功できないさえない自分はこんなところで負け犬の遠吠え・・・。





まあでも、さえない自分に勝氏の本当の凄さがわかるはずもない。

そんなさえない自分が勝氏は凄いと書くのと、逆に勝氏はさえないと書くのと、どっちが勝氏の評価を上げることになるのだろうか?

といっても、勝氏の評価はこんなさえないブログには微塵も影響されないので、自分がここで何と書こうとも全く影響は無いのだけど・・・。
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2018-11-03 00:21 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・節約:消費するよりアーリーリタイア
・投資:パッシブに増やす

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
 eMAXIS Slim 先進国株式インデックス
 たわらノーロード 先進国株式
 SMT ゴールドインデックス・オープン(為替ヘッジあり)

資産推移

資産状況202005

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