GAFAになり損ねたユニコーンから学ぶ・・・

「ユニコーンを待つ泥沼消耗戦」という英エコノミスト誌からの翻訳記事が日本経済新聞に掲載されていた。


ユニコーン(非上場で想定時価総額が10憶ドル以上のITベンチャー企業)の厳しい状況について書かれた内容。

多くのユニコーンは、GAFAなどの巨大IT企業のように、猛スピードで規模を拡大して「勝者総取り」を目指すようなビジネスモデルをとろうとしているけど、GAFAなどが登場した当時とは状況が変化しているため狙い通りにはいかない、というようなことが書かれていた。

状況の変化とは次の2点。
1.IT企業同士の競争激化
2.IT企業に対する規制強化


逆に考えると、GAFAなどの巨大IT企業が成功したポイントは、当時まだ競争や規制が緩かった分野で勝負したことにあるのかもしれない。

つまり、猛スピードで規模を拡大して「勝者総取り」を目指すことよりも、競争や規制の緩い分野を狙うことの方が成功にとって重要だったのかもしれず、ユニコーンたちは学ぶポイントを間違えたのかもしれない。


ということで、成功事例から学ぶことは大切だろうけど、学ぶポイントを間違えないように注意していきたい・・・。
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2019-04-30 12:59 : 雑記 : 編集

人類史上最も長生きできる境遇にあって これ以上何を望むのか・・・

「新しいモノ・サービスが主導」という日本経済新聞の記事の感想、2回目。

「経済成長」と「平均寿命」の話が気になった。
 経済が持続的に成長するということは、長い人類の歴史の中で決して自明ではなかった。18世紀の産業革命を経て近代的な経済成長が始まってからのことだ。それは地球環境も含め様々な問題を生み出しながらも大きな成果をもたらした。
 例えば今日、平均寿命が80歳前後の国はいずれも1人当たりの国内総生産(GDP)が3万ドルを超える。逆に1人当たり所得が低い赤道直下のアフリカの国々の平均寿命は50歳代だ。

「経済成長は人を幸せにするのか?」というような議論を見かけることがあるけど、少なくとも「寿命」は経済成長で伸びるようだ。

(歴史的にも他国との比較でも)寿命がトップレベルにある現在の日本では、これ以上寿命を伸ばしたいという願望が生じにくいだろうから、したがって経済成長の願望も大きくならないのかもしれない。ある意味、経済が停滞している原因はトップレベルの寿命にあるのかも。

人類史上最も長生きできる境遇にあるというのに、これ以上何を望むというのだろうか・・・。



逆に、先進国の中でも平均寿命の短いアメリカは、そういう意味でもまだまだ経済成長が期待できるのかも・・・。
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2019-04-30 08:26 : 雑記 : 編集

経済成長の源泉と 日本経済停滞の原因・・・

「新しいモノ・サービスが主導」という立正大学長吉川洋氏の記事が日本経済新聞に掲載されていた。

「経済成長の源泉」について書かれた内容。

記事からの抜粋。
既存のモノやサービスに対する需要は必ず飽和する。これが経済の鉄則だ。スマートフォンですら、普及が一巡するとともに伸びが頭打ちになりつつある。需要の伸びが著しい新しいモノ・サービスが生まれなければ、1人当たりの所得の伸びはゼロ、すなわち経済成長は人口の増加率に等しい水準まで減速していく。

ちなみに多くの場合、新しく生まれるモノ・サービスは、姿を消すモノ・サービスより付加価値が高い。人口が減るから消費の総額は減らざるを得ないと考える人も多いが、それは1個100円の商品を売り続けるイメージを持っているからだ。成長に伴い単価が上がるから、人数が減っても消費の総額は増大する。これが経済の歴史だ。もちろんそのためには付加価値の高い新しいモノ・サービスが創出されねばならない。

より付加価値の高い(より高値を付けることができる)新しいモノ・サービスを開発して、より付加価値の低い(より安価な)モノ・サービスと置き換えることで経済は成長していく、ということのようだ。

例えば、より付加価値の高い(より高値を付けることができる)スマートフォンを開発して携帯電話と置き換えることで、経済は成長する。


納得できる話だけど、ただ、企業の商品開発が消費者のニーズに影響されることを考えると、企業の開発力だけでなく消費者のニーズが経済成長に与える影響も大きいに違いない。

すなわち、消費者のニーズの違いによって次のようなことが考えられる。

1.高価でもよいのでより高付加価値なモノ・サービスを欲しがる
  →企業は競い合ってより高付加価値なモノ・サービスを開発する
   →経済成長に向かう

2.付加価値は同程度でよいのでより安価なモノ・サービスを欲しがる
  →企業は競い合ってより安価なモノ・サービスを開発する
   →経済停滞に向かう

この記事の著者は日本経済の停滞の原因は日本企業にあると考えているようだけど(以下の抜粋部分)、上記のように考えると、付加価値は同程度でよいのでとにかく安いものを欲しがる(自分のような)消費者にも原因は大いにあるように思う。
平成の30年間、日本経済は閉塞感を払拭できなかった。デフレ、人口減少を根本的な問題と考える論者が多いが、著者はくみしない。日本企業がインパクトのある新しいモノ・サービスの創出やプロダクトイノベーションに成功しなかったことが経済停滞の原因だ。



今後、「人生100年時代」の長い老後に備えて、ますます安価なモノ・サービスを欲しがる消費者が増えそうなことを考えると、令和の日本経済も停滞してしまうような・・・。
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2019-04-30 07:08 : 雑記 : 編集

「脳のリミッター」と「身体の限界」・・・

「短距離走で早く走るための意外すぎる方法」という茂木健一郎氏の記事がプレジデント(2018年1月15日号)に掲載されていた。


『脳の「リミッター」』という言葉が印象的だった。
アスリートの方に話を伺うと、身体の限界よりも、脳の限界の方が先にくることが多いという。目いっぱいに手足の筋肉を動かすその前に、脳がブレーキをかけてしまう。

だから、記録を破るためには、脳の「リミッター」を外してやらなければならない。そのときに邪魔になるのが「固定観念」である。

「日本人には短距離走は向いていない」とか、「10秒を切るのは無理だ」というのが固定観念である。そのようなイメージを打ち破らなければ、記録を出すことはできない。

身体の性能を100%出し切る前に脳がブレーキをかけてくる、と言うことのようだ。

自分はさえないという自覚があるけど、それは固定観念なのだろうか? その固定観念が脳にブレーキをかけさせてさえなくなっているのか? それとも身体の性能的にさえないのか?

たとえ身体の性能的にさえないのだとしても、脳のブレーキを弱めると多少はましになりそうだ。


ということで、「さえない自分がさえてくる意外過ぎる方法」として、脳のブレーキを弱めることを試してみたい。



でも、アスリートでも苦労しそうなことを、さえない自分にできるのだろうか・・・(さっそく脳がブレーキをかけてきたようだ・・・)。
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2019-04-29 10:26 : 雑記 : 編集

不正を犯してしまいそう・・・

『「体育会体質」が招く組織の危機』という記事が日経ビジネス(2018年6月11日号)に掲載されており気になった。

記事からの抜粋。
日本大学アメリカンフットボール部の危険タックル問題。上からの指示であれば、間違ったことでも実行する「体育会体質」が問われている。多くの日本企業にも同様の問題が潜んでいる。

昨年来、相次いで明るみに出たメーカー品質データ偽装問題。(中略) 品質検査を担当する歴代の責任者やスタッフがデータ偽装を続けてきた。誰かが「不正はおかしい」と声をあげてもよさそうなものだが、そうならなかった。ラグビー部が有名な神戸製鋼の社風は「完全な体育会系」(40代の元社員)との指摘もある。先輩である前任者や上司を否定することが難しい文化が根付いていたとしてもおかしくない。

「上からの指示であれば、間違ったことでも実行する」ことに「体育会体質」も関係あるのかもしれないけど、さえない自分の場合、そもそも「間違ったこと」かどうかの判断が難しい(どこまでが白で、どこからどこまでがグレーで、どこから先が黒なのか・・・)。

しかも、体育会系ではないのに、上の言うことをなかなか否定することができない性格。

このままサラリーマンを続けていたら、そのうち不正を犯してしまいそう・・・。


そういう意味でも、(不正を犯してしまう前に)さっさとアーリーリタイアしなくては。

不正を犯してからでは遅いのだ・・・。
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2019-04-29 09:17 : 雑記 : 編集

「神の見えざる手」を仕組み化する・・・

「ポスト アメーバ ディスコが挑む超個人主義経営」という記事が日経ビジネス(2018年6月11日号)に掲載されていた。


株式会社ディスコの「ウィル経営」を紹介する内容。

「社員の経営参加意識を高める」ための仕組みとして、京セラの「アメーバ経営」を超える領域を目指しているとのこと。

「ウィル経営」とは? 記事からの抜粋。
ディスコは「Will(ウィル)」という社内通貨を設け、社員のあらゆる仕事にウィルのやり取りを付随させる。例えば営業員が外部に製品を販売すると、その売価に一定割合を上乗せしたウィルを受け取る。

一方、販売のために物流や社内システムを使うと、その担当部署や社員に経費としてウィルを支払う。加えて自身の人件費も費用として計上する。会議室を使えば使用料を払い、他の社員に応援を頼む時にはその対価を払う。

営業だけではない。研究開発、工場、さらには人事、総務まで、4500人の全社員(海外含む)が、同様に部署や社員間の仕事の依頼、請負をすべて取引と見なして収支を明確にしているのである。

社員一人一人に個人単位の収支の責任をもたせる制度のようだ。「社員の経営参加意識を高める」というよりも「社員を個人事業主的にする」というような印象。

各自の収支を最大化するように行動させると、「神の見えざる手」ならぬ「ウィル制度の仕組み化された手」が働いて会社全体の収支も最大化する、というようなことを狙っているのだろう。

言わば、「見えざる手」を仕組み化するための制度であり、また、全体主義と個人主義のジレンマ?を解消するための制度。すなわち、全体主義的にすると個人の当事者意識が低くなってしまって良い結果が得られないし、逆に個人主義的にすると個人の利益が優先されてしまって良い成果が得られないし、というようなジレンマを解消する。



「手」が「ジレンマ」を解消してくれるこのような話を考えていると、この自己満ブログにも当てはまりそうだ(当てはまってほしい)と思えてきた。

すなわち、このブログは一見自己満足のためだけに書いているように見えて、実は「ブログの神様の見えざる手」が働いて読者満足にもつながっている(可能性もゼロではない)。

しかも、自己満足を追求すればするほど読者満足も向上する(可能性も現段階で否定できるものではない)。



ということで、「ブログの神様の見えざる手」を(都合よく)信じて、心置きなく自己満ブログを書き続けていきたい。

結果的に読者がいなくなってもブログの神様は読んでくれるに違いない・・・。
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2019-04-29 07:19 : 雑記 : 編集

竹やりで戦い続けても未来はない・・・

三菱商事社長垣内威彦氏へのインタビュー記事が日経ビジネス(2018年6月18日号)に掲載されていた。


「竹やりで戦い続けても未来がない」という話が印象的だった。
日本の文化というのは素晴らしいけれども、変化への対応という面では問題があると思います。どうしても最後の最後まで、竹やりで突いてでも戦おうとしてしまう。それが日本経済のネックになっているのは明らかです。

周囲の環境が変化しているのに、竹やりで戦い続けても未来がないことを理解すべきです。

臨機応変さに欠け、また、流行に疎い自分は、正に竹やりで戦い続けそうなタイプであり、要注意。

アーリーリタイアを実現できるまで、使いなれた竹やり(今まで通りの仕事や投資)だけで戦い続けられるだろうかと考えてみると、今の仕事は数年後に無くなってしまってもおかしくないし(クビにならないとしても会社が事業から撤退してもおかしくない)、またAIに仕事を奪われるというような話も聞くので、新たな武器が必要となる日が目の間に迫っているように思う(既に来ている?)。


ということで、当面は竹やりでしのぎながらも、新たな武器の習得も心掛けていきたい・・・。
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2019-04-28 08:13 : 雑記 : 編集

上昇志向庶民とアーリーリタイア志向庶民・・・

「富裕層はどこに行った?」という記事が日経ビジネス(2018年06月18日号)に掲載されていた。


本物の富裕層よりもプチ富裕層や上昇志向庶民の方が消費に貪欲、というような話が書かれており印象的だった。

関連箇所(京都女子大学橘木俊詔客員教授へのインタビュー)を抜粋。
保有資産が数十億円を超えるトップレベルのお金持ちは、古くから裕福な家の出身者が多い。金持ちであることを見せびらかす必要を感じていない。高級品はもちろん購入しているが、価格に見合った商品・サービスを見極める「こだわり派」が多く、実に堅実な消費をする。

超富裕層の関心事は、ぜいたくな消費よりも、いかに莫大な資産を次の世代に引き継ぐかにある。

半面、子供の頃に裕福ではない家庭で育った人がある程度のおカネを手にした時、派手な消費を好む。「自分は成功している」と他人から見られるように、高級ワインや腕時計、自動車を積極的に購入する傾向がある。保有資産が数億円規模の富裕層になったばかりの人や、富裕層に憧れる疑似お金持ちが、実は消費に大きく貢献している。

もちろん人にもよるのだろうけど、成り上がった人たちは成功をアピールするために(見せびらかすために)消費したがる、というのはいかにもありそうな話。

ケチな自分からすると、見せびらかし消費なんてもったいなくて無駄に思えてしまうけど、プチ富裕層や上昇志向庶民のそのような見せびらかし消費が経済の支えになっているだろうことを考えると、感謝すべきことに違いない。


ということで、上昇志向よりもアーリーリタイア志向庶民の自分は、プチ富裕層や上昇志向庶民の見せびらかし消費に感謝しながら、消費よりも貯蓄や投資に励んでいきたい・・・。
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2019-04-28 07:09 : 雑記 : 編集

グロース人材よりもバリュー人材を目指して資産運用でカバーする・・・

「採用学」(服部泰宏 著)という本の感想、4回目。


この本は人事向け(採用する側向け)に書かれた本だけど、人事側の視点に立つと、採用は株式投資に似ているようだと感じた。

すなわち、成長が期待できそうなグロース人材や(能力と比較して)割安で雇えそうなバリュー人材をいかに見つけ出すかが問題。

また、雇った後は、期待したような成長が見られなかったり、あるいは割安感が無くなったりしてきたら、いかに手際よく手放すか(解雇するか)が腕の見せ所になってくる。


逆に、採用される側の立場で考えると、仕事を続けていくためには(雇われ続けるためには)グロース人材かバリュー人材かのどちらかであり続ける必要がある。

さえないアラフォーサラリーマンの自分の場合、今さら成長を期待できそうにないので、割安であり続ける必要がありそうだ。

といっても、すでに割高人材の烙印を押されているようにも思うので、せめてこれ以上割高にならないよう注意していきたい。

そのためには、良い結果を出すことと、給料を上げないこと、この2点が必要となってくる。

改めて考えると、今の給料で生活に困ることは無いし、かつ貯金や投資に回す余裕もあるため、これ以上給料を上げなくても特に問題はなく、それよりも雇われ続けることの方が大切。


ということで、アーリーリタイアを実現できるまで雇われ続けられるために、少しでも良い結果を出すことと、できるだけ給料を上げないことに努めていきたい。

そして、給料を上げない分は資産運用でカバーしていきたい。



まあでも、給料は上げたくても上がらないだろうから、その部分は余計な心配だろうけど・・・。
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2019-04-28 06:15 : 雑記 : 編集

コミュニケーション能力ハラスメント社会への対策・・・

「採用学」(服部泰宏 著)という本の感想、3回目。


『採用が「優秀な人」を創り出す』という話が印象的だった。
「面接でコミュニケーション能力を評価する」という行為は、①その人のコミュニケーション能力を何とか測ろうとしているだけでなく、②コミュニケーション能力がある人を「優秀な人」に、それがない人を「優秀でない人」に仕立て上げる行為でもあるわけだ。「優秀な人を見抜くこと」が採用の目的だと思われがちだが、採用が「優秀な人」を創り出してしまっている……という側面もあるということだ。

「我が社にとって優秀さとはいったい何を指すのか」「我が社の採用は、どんな優秀さを測るためのものであり、同時に我が社は、その採用をすることによってどのような求職者を『優秀である/優秀でない』とみなしてしまっているのか」。こうした問題について、すべての企業がとことん考えるべき時期に来ているのかもしれない。

人が優秀かどうかを評価する際、まず評価軸を決める必要があり、その評価軸次第で誰が優秀かが変わってくるため、すなわち評価軸を決めることは優秀な人を決めることである、というようなことと理解した。

例えば、優秀かどうかの評価軸として「倹約さ」を採用すると、自分はとても優秀な人になることができる。

一方、評価軸として「コミュニケーション能力」が採用されてしまうと、自分はとても残念な人になってしまう。

そして、現代社会では「コミュニケーション能力」の評価軸がしばしば重視されてしまうため、自分は残念な人という烙印を押され、「残念な人」がここに1人創り出されることになる・・・。


ダイバーシティの重要性が説かれる現代社会においてさえなお、コミュニケーション能力の無さは認められないという、このコミュニケーション能力ハラスメント社会?は一体なんなんだろうか。

コミュニケーション弱者は今こそ団結して社会に訴える必要がありそうだ!!

といっても、コミュニケーション弱者はコミュニケーション能力の無さゆえに団結したり訴えたりすることができないんだけど。

いつまでたっても這い上がれないコミュニケーション格差社会・・・。



ということで、せめてネットの片隅にひっそりと書き残しておくとしよう。

団結せずとも、また訴えずとも、全世界のコミュニケーション弱者がネットの片隅にひっそりと書き残していけばなんとかなるかもしれない・・・。





というような被害妄想に浸る前に、コミュニケーション能力を向上するべく精進する必要がありそうだ・・・。
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2019-04-27 08:28 : 雑記 : 編集

「テーマ型」より「インデックス型」投資信託 論か証拠か直観か・・・

「採用学」(服部泰宏 著)という本の感想、2回目。


現場は「論より証拠」で動く、というようなことが書かれており気になった。
研究者の関心は通常、世の中で起こっている現象を説明する理論の検証や構築に向けられる。「なぜ世の中はそうなっているのか」「なぜ、組織や個人はそのように振る舞うのか」といった「なぜ(WHY)」に関わる問いだ。

これに対して、現場のビジネスパーソンは、「どのようにすればうまくいくのか(HOW)」、つまり具体的なノウハウとそれを裏付けるエビデンス(証拠)に関心を持つ。研究者が論文や書籍に書いた知識を知ったとしても、ビジネスパーソンは、具体的に何をすればいいのか分からないわけだ。

理論を構築しようとする経営学はノウハウや証拠を求める現場では使いものにならない、と言うことのようだ。



一方、投資信託市場において「毎月分配型」から「テーマ型」へ主役が交代しているという話が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

「インデックス型」が主役になりえない原因の一つとして、投資信託業界側の姿勢(低コスト競争が進んでいる「インデックス型」では儲からないためより高コストな「テーマ型」などの販売に力を入れる)があると思うけど、もう一つの原因として、日経平均がバブル時の高値を約30年更新できていない日本では「インデックス型」の有効性が直観的に理解できないということもあるだろう。

すなわち、「インデックス型」の有効性の論や証拠を突きつけられても、もっと言うと突き付けられる前に直観的に否定してしまう。論や証拠よりも直観がものを言う。

これは自分の実体験でもある。会社の確定拠出年金をきっかけに投資の勉強を始めた当初、なぜ日経平均などの指数に投資するのか直観的に理解できなかった。

一方、「テーマ型」でAIやらロボットやら言われると、なんとなくこれから儲かりそうな気がしてしまう・・・。


まあでも、バブル時の高値を約30年更新できていないという「証拠」があることを考えると、「インデックス型」を否定するのは「証拠」に基づいた反応とも言えそうだ。

かといって、「インデックス型」より「テーマ型」を選択することに論や証拠があるようにも思えず、やはり直観が支配的なように思う。



というようなことを書きながらアレコレ考えていると、果たして自分は「直観よりも論や証拠」で「インデックス型」に投資しているのか、それとも、「論や証拠よりも直観」で「インデックス型」に投資しているのか、よくわからなくなってきた。

というのも、「インデックス型」への投資は有効だという本や記事を読み過ぎたせいか、今では直観的にも「インデックス型」への投資は有効だと思ってしまっているような・・・。
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2019-04-27 07:25 : 雑記 : 編集

狐と狸の化かし合いの茶番劇 就活も仕事も社会も人生も・・・

「採用学」(服部泰宏 著)という本を読んだ。


採用を科学的に研究しようとしている著者が、主として日本の大学生の就職活動に焦点をあてて、現状・課題・対策などを紹介する内容。


次の記述を読んで、自分が就職活動時に感じていたことを思い出した。
いまやエントリーシートや履歴書、それに就職面接に対して、「絶対受かる」を標榜したノウハウ本やセミナーはゴマンとあるため、それらの助けを借りながら、学生たちはエントリーシートや面接における「正しい」答えを予測し、周到に準備を重ねていくことになる。既に述べたように、企業の選抜基準はかなり近似しているので、面接で聞かれる質問などに関する事前の「予測」は結構当たる。あとは、聞かれた問いに対して、少し考え(たように見せ)て、あらかじめ用意された「正しい」回答をすればいい。やや誇張気味に書いたが、こういうようなことが、そこかしこで起こっていると思われる。

学生時代、就職活動は「狐と狸の化かし合いの茶番劇」だと感じていた。

しかし、今改めて考えると、それは仕事(商売)も同じであり、すなわち仕事(商売)は「狐と狸の化かし合いの茶番劇」。

さらには、商売で成り立っている現代社会も「狐と狸の化かし合いの茶番劇」。

そのようなことを考えると、「狐と狸の化かし合い」競争である就職活動の勝者は、同じく「狐と狸の化かし合い」競争である仕事(商売)でも勝者になる可能性は高そうであり、ある意味、就職活動による選抜は理に適っているのかもしれない。

化かすのが苦手な自分もなんとか就職はできたものの、仕事では大苦戦で嫌になってくる・・・。


というような「狐と狸の化かし合い」について考えていると、自分の中で「理性」と「本能」が「狐と狸の化かし合い」を演じているのではなかろうかと思えてきた。

例えば、「本能」的には仕事に拒否反応を示してしまうけど、「理性」でなんとかごまかして仕事に向かわせている。

あるいは、「理性」的にはお酒は控えるべきと思いながらも、「本能」にそそのかされていつの間にか酔っぱらっている。

まあでも、「理性」と「本能」がうまいこと化かし合うことができるからこそ自分は生きていけるのだろうし、さらには、皆がうまいこと化かし合うことができるからこそ商売や社会は成り立っているに違いない。


ということで、「狐と狸の化かし合いの茶番劇」といような揶揄した表現は改めて、「狐と狸の化かし合いのスペクタクルドラマ?」的な素晴らしいサラリーマン生活をこれからは前向きに送っていきたい。

というように(理性的に)考えて、本能を化かしてその気にさせていきたい・・・。
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2019-04-27 06:42 : 雑記 : 編集

投資信託の主役交代と永遠の脇役・・・

「投信運用 テーマ型に依存」という記事が日本経済新聞に掲載されており気になった。

投資信託市場で「主役交代」が起きているとのこと。
投資信託市場で「主役交代」が鮮明になっている。公募株式投信について2018年度の運用会社別の資金流出入を比較したところ、上位には次世代通信規格の「5G」関連などテーマ型投信で残高を伸ばした運用会社が並んだ。一方、かつて主力だった毎月分配型の比率が高い運用会社は流出が目立つ。金融各社は資産運用ビジネスを安定収益の柱と位置づけるが、旗艦ファンドの不在で資金流出入は安定していない。

主役が「毎月分配型」から「テーマ型」へ交代しているということのようだ。

「毎月分配型」からの資金流出は、「毎月分配型」が資産形成には向かないというような金融庁の批判の影響も大きいのだろうけど、その代わりに「テーマ型」が伸びている現実に金融庁はどう思っているのだろうか・・・(「テーマ型」も買ってはいけないというような話をよく目にする・・・)。

なお、自分は「インデックス型」に投資しているけど、資産運用ビジネスを安定収益の柱と位置づけているらしい金融各社にとって、(低コスト競争が進んでいる)「インデックス型」は主役になりえないに違いない(自分にとっての主役も金融各社にとっては永遠の脇役・・・)。


ということで、今後の主役の移り変わりを興味深く眺めつつ、脇役の「インデックス型」への投資を続けていきたい・・・。
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2019-04-25 08:04 : 雑記 : 編集

心を鬼にして貯蓄と投資に邁進していきたい・・・

「先進国は中間層支援を」という記事が日本経済新聞に掲載されており気になった。

記事からの抜粋。
先進国で中間所得層が縮小し経済成長を妨げかねないとして「各国政府は中間層の支援を強める必要がある」とする報告書を経済協力開発機構(OECD)が公表した。所得の伸びを上回るペースで住宅価格や教育費などが高騰しており、今後ロボットや人工知能(AI)に職を奪われる恐れも強まっているという。

経済成長のために先進国は中間層を支援するべし、ということのようだ。

中間層が没落すると消費が減って経済成長が妨げられるということなんだろう。

まあでも、おそらく中間層に分類されるだろう自分は、例え消費促進のためになんらかの支援を受けたとしても、受けた支援を(消費ではなく)貯蓄や投資に回そうとするに違いない。



なお、住宅価格が高騰する原因の一つには、投資の対象になってしまうからというのもあるだろう。

つまり、投資目的の売買で価格がつり上がるため、消費目的の人も高値で買わされることになる。

それが消費の低迷につながり経済成長の妨げになっているのだとしとしたら、「貯蓄から投資へ」が進み過ぎるのも問題なのかもしれない。

そのように考えると、経済成長のためには消費と貯蓄と投資のバランスが大切なんだろう。

消費は最小限にして貯蓄や投資に励む自分は、経済成長の妨げになっているに違いない・・・。



まあでも、たとえ妨げになっていようとも、心を鬼にして貯蓄と投資に邁進していきたい・・・。
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2019-04-25 07:07 : 雑記 : 編集

独り言でストレス軽減・・・

「ストレス軽減には独り言」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

気になる箇所を抜粋。
職場や家庭で抱えるストレスを軽減しようと、独り言が活用されている。前向きな内容をつぶやくことで自らの考えや気持ちを整理し、悩みや不安を和らげる効果が期待できるという。

「セルフトーク」は米国を中心に海外で研究が進む。大舞台で実力を発揮できるよう感情のコントロールを身に付けるためにスポーツ選手らが専門家から指南を受けることも多い。

日本アンガーマネジメント協会(東京)の安藤俊介代表理事は「怒りのピークが持続するのは6秒程度。その間に『大したことではない』『何とかなる』と怒りを鎮める言葉をつぶやいて」と助言。「セルフトークは自分を第三者として客観視できる効果があり、習慣にすれば、冷静に対応できるようになる」と話す。

独り言はストレス軽減や感情のコントロールなどに効果があるようで、うまく使いこなせば便利なツールになりそうだ。

そもそも人間に独り言という習性がある(独り言の習性が進化の過程で淘汰されずに生き残っている)ということは、人間が生き残る上で何らかの役に立っているということなんだろう。

今まで自分の独り言について意識したことがなかったので、これからは戦略的な独り言ができるように努めていきたい。


ある意味このブログも独り言みたいなもだろうけど・・・。
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2019-04-25 06:05 : 雑記 : 編集

フィルターバブルの罠・・・

「フィルターバブルの罠」という言葉が日経ビジネス(2018年5月28日号)に出てきて気になった。

記事からの抜粋。
 フェイクニュースはなぜここまで社会に蔓延するようになったのか。
 法政大の藤代氏は、「『フィルターバブル』に原因がある」と分析する。SNSや検索サービスのアルゴリズムが個人情報から趣味嗜好を推測し、利用者が見たがるであろうコンテンツばかりを表示することで起きる現象だ。「フィルター」がかかることで、利用者は自分に都合の良い情報ばかりを受け取り、「バブル」に包まれるように気持ちよくなっている状態を指す。
 SNSや検索画面に真偽不明のニュースが表示されても、自分の思想信条を補強してくれる情報であれば、心地よさに浸るために疑おうとしない。「やっぱり思った通りだ」と反応してしまう。アルゴリズムに人間の心理が支配される世界では、情報の真偽は重要ではなくなる。「ネット利用者は自分でも気づかないうちに、フィルターバブルの罠にはまっている」と藤代氏は指摘する。

「ネット広告」や「おすすめ」などがネットの利用状況によって変わっていくのが、監視されているようで、また、まんまと嵌められそうで気持ち悪く感じていたけど、「フィルターバブルの罠」なんていう言葉を聞いてしまうとなおさらだ。

まあでも、ネットの世界だけでなく、リアルな世界で本やテレビを読んだり見たりするときも自分が知りたい情報だけに飛びついてしまっているように思うので要注意。


ということで、投資先の分散だけではなく、情報の分散にも努めていきたい・・・。
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2019-04-21 08:13 : 雑記 : 編集

中学生の半数は教科書が読めない・・・

「AI VS. 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子 著)という本の感想、3回目。


AI研究で得た知見もいかして人間の基礎的読解力を判定するための試験を開発し、学校や企業で試験を実施した結果、中学生の半数は教科書が読めないという結論に至った、というような話が興味深かった。

関連箇所を抜粋。
恐ろしいのは、AIと差別化しなければならない「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」のランダム率です。「推論」は4割、「同義文判定」は7割を超えています。つまり、教室で座っている生徒の半分が、サイコロ並みだということです。推論や同義文判定ができなければ、大量のドリルと丸暗記以外、勉強する術がありません。(中略)「エベレストは世界で最も高い山である」が提示文です。それに対して、「エルブルス山はエベレストより低い」かどうかわからない生徒は、「富士山はエベレストより低い」「キリマンジャロはエベレストより低い」「クック山はエベレストより低い」……と、あらゆる例を覚えなければならないでしょう。つまり、「一を聞いて十を知る」ために必要な最も基盤となる能力が推論なのです。

これが、私たちが「中学生の半数は、中学校の教科書が読めていない状況」と判断するに至った理由です。

すなわち、AIが苦手とする「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」などは学生も苦手であり、それらができないということは教科書を読めない(理解できない)に違いない、ということのようだ。


このような話を読むと、自称読書好きの自分も心配になってくる。自分は読んだ本の内容をちゃんと理解できているのだろうか?

読んで印象に残ったことをいつもこのブログに書いているけど、もしかしたら本の内容を誤解してまったくおかしなことを書いている恐れもある。

このブログの読者が極めて少ない原因の一つはそこにあるのかもしれない・・・。


まあでも、そのうちちゃんと理解してまともなことを書けるようになることを信じて、また、AIに負けないようにするためにも、こりずに読書とブログを続けていきたい。

継続は力なり・・・。
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2019-04-21 07:09 : 雑記 : 編集

競争するな 裏道を行け・・・

「AI VS. 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子 著)という本の感想、2回目。


競争相手がいないブルーオーシャンで需要が供給を上回る仕事をするべし、というような話が書かれておりなるほどと思った。
デジタル社会では、買い手と売り手の情報の非対称性が修正されるため、デジタル化される以前の市場に比べ、一物一価が達成される速度が速いのです。代表的な例が、価格ドットコムや楽天などが採用している、「最安値」を表示する機能です。特定の商品について、現在、どのお店が最安値で販売しているかがすぐにわかります。

経済学者は、完全に自由な市場を理想とし、情報の非対称や市場の独占を目の敵にしますが、実は、ショールームを確保しておくためのコスト、新しい技術を生み出すための研究開発費、商品の品質や安全を保障するための品質管理費などの費用は、まさに情報の非対称性や市場の独占によって、捻出されていた側面があります。

一物一価と情報の非対称性、需給関係で価格が決まる経済理論については、前述のとおりです。けれども、それによって限りなく利潤がゼロになるまで戦わなくてはならないのは、自由競争、つまり、レッドオーシャンで戦う企業だけです。ピーター・ティールが『ゼロ・トゥ・ワン』で指摘しているとおり、競合者がいないブルーオーシャンで、需要のほうが供給を上回るように仕事をしていけば、その危機は回避できます。

デジタル社会では買い手と売り手の情報の非対称性が修正され、競争が発生するとすぐに利益が出なくなるため、利益を上げるためには競争を避ける必要がある、と言うことのようだ。

ただ、一旦儲かることがわかるとすぐにまねされて競争が生まれてしまうに違いないため、気づかれないようにひっそりと儲ける必要があるのだろう。

しかし、ひっそりと気づかれないように儲けるのはなかなか難しそうなので、特に大企業なんかはレッドオーシャンで血みどろの戦いをするしかないのかもしれず、そう考えるとこれからますますブラック化していくのかもしれない。

血みどろの戦いを避けるためには小規模でニッチな裏道市場を狙うしかなさそうだけど、そこにどれだけの雇用の余地があるのだろうか・・・。
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2019-04-21 06:30 : 雑記 : 編集

そもそもAIは存在しないし シンギュラリティなんて来ない・・・

「AI VS. 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子 著)という本を読んだ。

AIには得意分野だけでなく苦手分野もあるため、すべての仕事がAIに取って代わられるわけではないが、教科書をまともに読めないような多くの人にとってもAIの苦手分野は(AI以上に)苦手なため、多くの人が失業する未来が来るだろう、というような内容。


特に印象的だったのは次の話。
1.AIはまだ存在しない
2.シンギュラリティは来ない

関連箇所を抜粋(「真の意味でのAI」とは、人間の一般的な知能と同等レベルの能力のあるAIのこと)。
「真の意味でのAI」が人間と同等の知能を得るには、私たちの脳が、意識無意識を問わず認識していることをすべて計算可能な数式に置き換えることができる、ということを意味します。しかし、今のところ、数学で数式に置き換えることができるのは、論理的に言えること、統計的に言えること、確率的に言えることの3つだけです。そして、私たちの認識を、すべて論理、統計、確率に還元することはできません。

脳科学が随分前に明らかにしたように、脳のシステムはある種の電気回路であることは間違いなさそうです。電気回路であるということは、onかoffか、つまり0と1だけの世界に還元できることを意味します。基本的な原理は計算機と同じかもしれません。それが、「真の意味でのAI」や「シンギュラリティの到来」を期待させている一面はあると思います。けれども、原理は同じでも、脳がどのような方法で、私たちが認識していることを「0、1」の世界に還元しているのか。それを解明して数式に翻訳することができないかぎり、「真の意味でのAI」が登場したりシンギュラリティが到来したりすることはないのです。

すなわち、人間の知的活動をコンピューターが用いる数学の言語(論理・確率・統計)で表現できていないため、AIはまだ実現できないし、(人間の知的活動を数学で表現できない限り)シンギュラリティが来ることもないだろう、ということ。


「AI」と「シンギュラリティ」の言葉の定義しだいで何とでも言えそうな気がするけど、まあでも、自分が生きている間はAIにも苦手分野(人間よりも劣ること)は残ってそうなので、なんとか生き延びるためにAIに勝てる分野を維持・強化するべく努めていきたい。



なお、著者が立ち上げた「ロボットは東大に入れるか」というプロジェクトを通してわかったAIの苦手分野として、「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」が挙げられるようだ。

残念ながらそれらには入っていないけど、現時点で自分がAIより得意そうなことはないかと探してみると、「自己満足」や「妄想」が挙げられそうだ・・・。
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2019-04-20 08:18 : 雑記 : 編集

成長したいか それとも最強でいたいか・・・

「コトラーのマーケティング・コンセプト」(フィリップ・コトラー 著、恩藏直人 監訳、大川修二 訳)という本の感想、4回目。

「市場を再定義する」という話が印象的だった。
ゼネラル・エレクトリック(GE)のジェック・ウェルチ(Jack Welch)は、かつて社員に向かって次のように語った。「現在の市場シェアがわずか10%となるよう、市場を再定義せよ」。現在50%のシェアを占めていると考えるのではなく、シェアが10%にまで低下するような、より大きな市場のなかに自社を位置づけよということだ。

成長戦略を描くためには、シェアが10%程度になるよう市場を定義し直すべし、と言うことのようだ。

例えば、国内シェア50%の老舗企業の場合、未開拓の海外にも目を向けるとシェアは低くなり、まだまだ成長の余地はある。


逆に考えると、市場の定義しだいでは自社のシェアを高くすることができ、アピールや自己満足に使うことができそうだ。

例えば、上記老舗企業は、低い世界シェアよりも高い国内シェアでアピールした方が受けが良いだろうし、自己満足に浸ることもできるだろう。



このような話は企業だけでなく個人にも当てはまりそうだ。

例えば、国内最強のスポーツ選手も、成長のためには海外に出ていく(より大きな市場に出ていく)必要がありそうだし、逆に、注目されたり最強でいたかったりするのであれば国内にとどまった方が(より小さな市場に身を置いた方が)良いのかもしれない。

さえない自分の場合も、さえない人市場に絞ると普通の人になることができるだろうし、真のさえない人市場に絞ると最強になることもできてしまうに違いない。

逆に、普通の人市場に目を向けるとさえない人になってしまうけど、危機感が芽生えて成長しようと努力するもしれない。



ということで、その時々の必要性に応じて、事業や自分を位置づける市場を選択するよう努めていきたい・・・。
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2019-04-20 07:12 : 雑記 : 編集

消費者ニーズを捏造した上で恩着せがましく売りつけてくる・・・

「コトラーのマーケティング・コンセプト」(フィリップ・コトラー 著、恩藏直人 監訳、大川修二 訳)という本の感想、3回目。

企業間の争いは、消費者ニーズを満たす争いというよりも、消費者ニーズを明確化する争いという話が印象的だった。
グレッグ・カーペンター(Greg Carpenter)とケント・ナカモト(Kent Nakamoto)は、購買者は自分がほしいものを初めから知っている、というマーケターの基本前提に異議を唱えている。彼らによると、購買者は、自分がほしいものが何であるかを学ぶのだという。そして企業は、購買者が何を欲するべきかを学ぶうえで強力な役割を担っているのである。ブランド競争を展開する各社が、コンピュータやカメラ、携帯電話に、購買者が気づいておらず、求めてさえいないかもしれない新たな特徴を付加する。すると、いつの間にか購買者は、自分が何をほしいのかをはっきりと自覚するようになるのである。このような企業は、(顧客ニーズに基づいた)市場主導型企業であるとともに、(革新性による)市場先導型企業であるといえよう。その意味で、競争は消費者ニーズを満たす争いというよりも、むしろ消費者ニーズを明確化する争いなのである。

消費者自身どんな商品があれば自分が買うのかわかっているわけではなく、それ(消費者ニーズ)を明らかにするのがマーケティングの仕事と言うことのようだ。

被害妄想の激しい自分としては、消費者ニーズを明らかにするというよりも、消費者ニーズを捏造するのがマーケティングの仕事なんだろうと思ってしまう。

すなわち、これが欲しかったんだと消費者に気づかせるというよりも、これが欲しかったんだと消費者が思い込むように仕向ける、という感じ。

もっと言うと、消費者ニーズを捏造した上で、恩着せがましくもその捏造したニーズを満たしてくれるありがたい存在を演じる・・・。



ということで、消費者の立場としては、消費者ニーズを捏造した上で恩着せがましく売りつけてくるような商売には気を付ける必要がありそうだ。

一方、企業側(サラリーマン)の立場としては、生活の糧を得るためにはしかたのないことと心を鬼にして?、消費者ニーズを捏造してどんどん消費させるよう努める必要がある・・・。
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2019-04-20 06:11 : 雑記 : 編集

ブランド企業で働いて非ブランド品を買うのが効率的・・・

「コトラーのマーケティング・コンセプト」(フィリップ・コトラー 著、恩藏直人 監訳、大川修二 訳)という本の感想、2回目。


「ブランド価格プレミアム」という言葉が気になった。
優れたブランドは、平均以上の収益を継続的に確保するための唯一の手段である。また、優れたブランドは、合理的ベネフィットだけでなく感情的ベネフィットをももたらしてくれる。ブランドの特性、価格、販売促進といった、ブランドと顧客の関係構築にほとんど寄与しない合理的誘因のみに着目するブランド・マネジャーがあまりにも多い。優れたブランドは、むしろ感情に働きかけるものなのだ。

しかし、現在のところ、ブランド価格プレミアムは下火になりつつある。かつて一流ブランドは、並のブランドより15%から40%割高の価格設定をしても、十分にやっていけた。今日では5%から15%増しで売れれば、まだいいほうだ。製品の品質に明らかな差があれば、消費者はより良いブランドにより多くの代価を支払うだろう。だが、現在ではどのブランドの製品も相当高品質になってきている。

高収益を維持するためのカギは「ブランド」にあるようで、すなわち、優れたブランドがあれば「ブランド価格プレミアム」のために割高で買ってもらえるということのようだ。

ということは、ブランド企業の給料が高いのは、ブランド価格プレミアムによる高収益に支えられているからということか。

とすると、やはりブランド企業で働く方が得なんだろう。


逆に、消費者側からすると、割高なブランド品を買うよりも非ブランド品を買う方がブランド価格プレミアムを負担しなくてよいため効率的と言えそうだ。


というようなことを考えると、資産形成のためには、ブランド企業で働いて非ブランド品を買うのが効率的と考えられる。


といっても、(この本が出た2003年時点で既に)ブランド価格プレミアムは下火になりつつあるようなので、すでに過去の話になってるかもだけど・・・。
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2019-04-15 06:03 : 雑記 : 編集

錬客術? 物をつくる前に客をつくる・・・

「コトラーのマーケティング・コンセプト」(フィリップ・コトラー 著、恩藏直人 監訳、大川修二 訳)という本を読んだ。

「ブランド」や「顧客」など、マーケティング分野で重要なキーワードを80個取り上げてマーケティングの観点から解説する内容。


序文に書かれていた「マーケティングは企業の顧客製造部門」という言葉が印象的だった。
今日のビジネス界が直面している中心問題は、商品の不足ではなく、顧客の不足である。世界的に見て、ほとんどの産業が消費者の購買力をはるかに上回る生産力を有している。この過剰生産能力は、競争状態にある個々の企業が、実現可能な限度以上に市場シェアの拡大をめざした結果もたらされたものだ。すべての企業が10%の売上増をめざしたにもかかわらず、市場全体の成長率が3%であれば、過剰生産という結果になる。

続いて、この過剰生産がハイパーコンペティションをもたらす。競合各社は、何としてでも顧客を引き寄せようと価格引き下げや景品の付加に走る。この手の戦略は、最終的に利ざやの縮小や利益の減少につながり、企業倒産を招いたり、合併、買収を加速させたりすることになる。

価格に頼ることなく競争するには、どうすればよいのか。その答えを教えてくれるのがマーケティングだ。過剰生産能力が問題となる今日、マーケティングの重要性はかつてないほど高まっている。マーケティングは企業の顧客製造部門なのである。

物余りで客不足の今の時代、いかに(高く買ってくれる)客をつくるかが問題であり、それがマーケティングの役割ということのようだ。

「物をつくる前に人をつくる」という松下幸之助氏の言葉?を読んだ記憶があるけど、マーケティングは「物をつくる前に客をつくる」というイメージなんだろう。

あるいは、錬金術ならぬ錬客術というイメージ。マーケターは錬客術師・・・。



さえないエンジニアの自分は「客をつくる前に物をつくる」に走ってしまいそうであり、さらに、お金大好きな自分は「錬客術」よりも(お金を生み出すという意味の)「錬金術」に走ってしまいそうなので、これからはマーケティング的な考えも意識していきたい。

また、消費者(客)の立場としては、錬客術師たちのカモにならないよう気を付けたい。



なお、このブログにおいても「記事をつくる前に読者をつくる」というような錬読者術的な姿勢が必要なのかもしれない・・・。
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2019-04-14 08:46 : 雑記 : 編集

ここを辞めたら次はない それくらいの判断能力は備えている・・・

野球(米メジャーリーグ)のイチロー選手の引退記者会見の感想、2回目。


人望が無いので監督には絶対にならない、というようなコメントと、それに続く次の一言が印象的だった。
それくらいの判断能力は備えている


人望だけでなく、コミュニケーション能力やリーダーシップなど無い無い尽くしの自分も、人の上に立つような仕事はできないに違いなく、それくらいの判断能力は備えているつもり。

さらに、プレーヤーは大得意だったイチロー選手と違い、自分の場合は下っ端サラリーマンも苦手であり、そもそもサラリーマンに向いてない・・・(かと言って他にできることもない・・・)。


ただ、アラフォーの今までなんとか持ちこたえた今となっては、このまま続けられる限り今の仕事を続けるのが得策のように思う。

というより、ここを辞めたら再就職は難しいだろう、それくらいの判断能力は備えているつもり。

とりあえず、苦手なことは今さらどうしようもないと開き直って、相対的に得意なこと(例えば専門分野のこと)でなんとか補っていきたい。



ということで、イチロー選手は華々しく引退したけど、自分は泥臭いサラリーマン生活をしぶとく続けていきたい・・・。
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2019-04-14 07:11 : 雑記 : 編集

集中投資の大成功例・・・

野球(米メジャーリーグ)のイチロー選手が引退したとのことで、送らばせながら引退記者会見を観てみた。

個人的な思い出としては、高校のときの英語の教科書に当時オリックス時代のイチロー選手の話が出てきた記憶がある。

あれから約25年、当時高校生だった自分はさえない中年サラリーマンになったけど、当時からさえてたイチロー選手は継続してさえた野球選手であり続けたことを考えると、本当にすごい。

また、イチロー選手が子供時代から(つぶしが効かないだろう)野球一筋の人生だったことを考えると、結果的にその集中投資が大成功に終わった今現在の達成感は半端ないに違いない(という思いが会見から伝わってきた)。分散投資では決して味わうことができない達成感だろう。

一方、さえない自分としては、集中投資の成功から得られる達成感よりも、より確度の高い生き残りを優先して、(野球選手よりはつぶしが効きそうな)サラリーマン(エンジニア)をしながら節約と分散投資をちまちまと続けていきたい・・・。



ちなみに、イチロー選手が野球を楽しめたのはプロの1軍に定着する前までとのこと。

野球一筋の集中投資人生は逃げ場が無さそうなので大変そうだ・・・。
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2019-04-14 06:07 : 雑記 : 編集

開き直って生きるしかない・・・

「組織の不条理 日本軍の失敗に学ぶ」(菊澤研宗 著)という本の感想、3回目。


前々回も取り上げた「限定合理的」という言葉が印象的だった。

すなわち、人間は限られた情報の中で合理的に行動するしかないということであり、それが失敗につながることになる。


物事を判断する判断軸は大きく3つあると思っているが、自分は損得(合理的かどうか)を重視し過ぎているように思う(そしてそれが優柔不断につながっているような・・・)。

判断軸1:損得(合理的かどうか)
判断軸2:好嫌
判断軸3:善悪

しかし、「限定合理的」の話を考えると、いくら合理的に判断しようとしても、限られた情報の中でしか合理的に判断できないため、結局失敗することになる。

例えば、仕事上で限られた情報から合理的に判断したつもりでも、上司が持っている経験や情報を追加して合理的に判断すると違う結論に至るだろうし、その上司の情報ですら限られた情報にすぎないため結局失敗することになる・・・。

つまり、失敗を運命付けられているわけであり、上司から怒られることを運命付けられていることになる。そして、上司はそのまた上司から怒られることを運命付けられている・・・。


したがって、失敗から逃れることはできないため、失敗をしないように努力するだけでなく、(ある程度の失敗は仕方ないと開き直って)失敗した時に言い訳が立つような(正当化できるような)行動をとるように努める必要がありそうだ。

すなわち、新たな判断軸として「判断軸4:失敗したときに言い訳が立つかどうか(正当化できるかどうか)」を採用するイメージ・・・。


ということで、失敗は運命付けられており仕方ないと開き直って、失敗したときの言い訳が立つかどうか(正当化できるかどうか)という判断軸も取り入れてサラリーマン生活を生き抜いていきたい。

生産性のかけらもないような・・・。
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2019-04-13 09:23 : 雑記 : 編集

長期投資は合理的に失敗する・・・

「組織の不条理 日本軍の失敗に学ぶ」(菊澤研宗 著)という本の感想、2回目。


「人間は合理的に失敗する」という話が印象的だった。
不条理とは、大雑把に言ってしまうと、「人間が合理的に失敗するということ」、あるいは「人間組織が合理的に失敗すること」である。

(1)不条理1/全体合理性と個別合理性が一致しないとき、個々人や個別組織は全体合理性を捨てて個別合理性を追求し、その結果、全体が非効率的となって失敗するという不条理

(2)不条理2/正当性(倫理性)と効率性が一致しないとき、個々人や個別組織は正当性を捨て効率性を追求し、その結果、不正となって失敗するという不条理

(3)不条理3/長期的帰結と短期的帰結が一致しないとき、個々人や個別組織は長期的帰結を捨て短期的帰結を追求し、その結果、長期的に失敗するという不条理

いずれの不条理も人間の非合理性が生み出す失敗ではない。むしろ、人間の合理性こそがわれわれ人間を失敗に導くのである。

「人間が合理的に失敗する」とは、人間は(全体の合理性は軽視して)部分的な合理性だけを追求してしまって失敗する、ということと理解した。

例えば、組織全体のことは軽視して自分にとっての合理性だけを追求して失敗したり、正当性は軽視して効率面の合理性だけを追求して失敗したり、長期的視点は軽視して短期的な合理性だけを追求して失敗したり・・・。


仕事上でも思い当たる節はたくさんあるけど、投資においては特に「長期的帰結を捨て短期的帰結を追求し、その結果、長期的に失敗する」というのが当てはまりそう。

つまり、長期的な視点に立つよりも、ついつい短期的に儲けることばかり考えてしまって失敗する。


ということで、合理的に失敗しないよう、長期的視点で投資を続けていきたい・・・。
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2019-04-13 07:31 : 雑記 : 編集

限定合理的な人間には分散投資が向いている・・・

「組織の不条理 日本軍の失敗に学ぶ」(菊澤研宗 著)という本を読んだ。

第二次世界大戦における日本軍の失敗を例に挙げて、組織が不条理に陥る原因を解説する内容。


不条理に陥る原因を一言で言うと、人間は限定合理的だから(限られた情報の中で合理的に判断するしかないから)とのこと。

すなわち、すべての情報を知ることはできないため、人間は完全に合理的に判断することができない。


不条理を回避するための方策として、主に2点書かれていた。
1.限定合理的であることを自覚し、自己批判的な視点に立って改善(進化)し続ける
2.合理的かどうかだけでなく、倫理的かどうか(正当かどうか)の視点も取り入れる

この本には書かれてなかったけど、不条理を回避するための方策として「分散」も有力なように思う。分散投資は正にそのための投資手法に違いない。

すなわち、完全に合理的に投資先を選ぶことはできないため、投資先を分散して大外れを無くす。


なお、AIもすべての情報を知ることはできないことを考えると(例えビッグデータを与えたとしてもすべての情報からはほど遠いに違いない)、限定合理的な判断しかできないだろうから、そんな限定合理的なAIにとっても分散投資が有効な投資手法なのだろうと思う。

ということで、AIがますます進歩していく時代になろうとも、分散投資としてのインデックスファンドへの積立投資を続けていきたい。


といっても、このような考えに至るのは自分が限定合理的だからかもしれないが・・・。

自己批判的な視点に立って行動を改善するどころか、都合良く解釈して従来からの行動(インデックスファンドへの積立投資)を強化しているような・・・。
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2019-04-13 06:09 : 雑記 : 編集

浮世絵「東海道五拾三次」から文章術を学ぶ・・・

「筆意」という言葉が「美の巨人たち」というTV番組に出てきて気になった。

歌川広重の浮世絵「東海道五拾三次」の最後の一枚「京師 三条大橋」を取り上げた内容。


橋と山の位置関係など、この絵には事実と異なる部分があるけど、それは「筆意」のためという。

「筆意」とは? 歌川広重の言葉とその解説部分を抜粋。
写真(しょううつし)をなしてこれに筆意を加ふる時はすなわち画なり

つまり写生をすることでモノの形を自分の中に取り込み、それを筆のおもむくまま再び形に表したものこそ絵だと

事実を正しく把握できていなったというよりも、効果的に表現するためにあえてそうした、ということのようだ。


これは絵に関する話だけど、文章でも同様のことが言えそうだ。

すなわち、見たり聞いたり読んだりすることで世界の姿を自分の中に取り込み、それをペン(指)のおもむくまま文字で表現したものこそ文章であり、効果的に表現するためにあえて山の位置を動かしたりすることもある。



ということで、歌川広重の「京師 三条大橋」を見習って、このブログも効果的な文章が書けるよう努めていきたい。



でもその前に、世界の姿をより正しく把握できるよう努める方が先だけど・・・。
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2019-04-08 05:02 : 雑記 : 編集

職場は動物園だと思え・・・

「カリスマ」に関する話と「野性」に関する話が日経ビジネス(2018年5月7日号)にそれぞれ掲載されており気になった。


「カリスマ」に関する話を独ローランド・ベルガー名誉会長ローランド・ベルガー氏の記事から抜粋。
カリスマ的な一人の経営者が企業を変え、競争力の源泉となる文化を形作る――。半世紀にわたり経営コンサルタントとして働き、世界中の経営者と親交を持つ中で、つくづくそう感じています。

それは身に付けられるものではないと思うかもしれませんが、そうではありません。いい意味で自己中心的になり、「成功したい」と強く願い、野心的になって、努力し続けることが大事です。


「野性」に関する話をユニ・チャームに関する記事から抜粋。
高橋社長は「理性と感性と野性が大事」と話す。理性とは論理的な戦略。感性とは長年の積み上げた経験に基づく判断力だ。「重要なのは、野性も備えること。(新興国の開拓など)何が何でもやり遂げる野性的な情熱が重要なんです」(高橋社長)


これら2つの記事を読んで、「カリスマ」と「野性」には関連がありそうと感じた。

すなわち、カリスマ性は理性からではなく野性から生まれるものなんだろう。改めて考えると、ライオンなどの動物にもカリスマ性を感じるような。

というよりも、カリスマ性を感じる側が理性ではなく野性で感じとっているということなんだろう。そして、カリスマ性を感じさせる側は相手の理性にではなく野性に訴えている。


そう考えると、カリスマ性を発揮しようと(相手に感じさせようと)思ったら、理性が通じない動物を相手にするような心構えで臨んだらよいのだろう。

つまり、相手を人と思わず動物だと思え。

カリスマ美容師(古い?)は、人間ではなく動物の毛をカットしている心境に違いない・・・?



なお、さえない自分はおそらくカリスマ性が皆無であり、すなわち、相手の野性に訴えることができていない。

ただ、サラリーマン生活を生き抜く上で、そういう技も必要なのかもしれない。



ということで、多少なりともカリスマ性を身につけるために、まずは、職場を動物園と思うところからはじめていきたい。

仕事関係者を動物に例えてみよう・・・。



ちなみに、このブログは、理性のある人間に読まれることを想定して屁理屈を書き続けていきたい。

といっても、理性のある人間はこんなブログを読んでくれないかもしれないが・・・。
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2019-04-07 10:20 : 雑記 : 編集

高収入の「キリギリス世帯」より低収入の「ハキリアリ世帯」を目指して・・・

「高収入でも貯蓄は・・・」という記事が日本経済新聞に掲載されていた。

収入と貯蓄は比例しないという内容。

例えば、年収500万円未満の世帯のうち年間50万円以上貯蓄を増やせる世帯は30%あり、一方、年収1000万円以上の世帯のうち年間50万円も貯蓄を増やせない世帯が35%あるようで、次のように書かれていた。
高収入でも使い切る「キリギリス世帯」は、低収入でも地道に貯蓄する「アリ世帯」にいずれ追い抜かれる――。


自分は断然「アリ世帯」だけど、アリはアリでも「ハキリアリ世帯」が理想。

すなわち、単に貯蓄するだけでなく運用するということ(ハキリアリは巣に持ち帰った葉っぱで菌を栽培して食べるそうな)。


ということで、低収入でも地道に投資する「ハキリアリ世帯」を目指して、引き続き節約と投資に励んでいきたい・・・。
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2019-04-07 07:35 : 雑記 : 編集

資産形成における理想論と現実論・・・

「根深い演繹型思考 背景」という記事が日本経済新聞に掲載されており、気になった。

日本の「大学改革」が迷走している原因は、帰納的な思考を置き去りにして演繹的な思考に偏っていることにあるのではないか、というようなオックスフォード大学教授苅谷氏の記事。

演繹的な思考への偏りは、明治以来の法学的思考を基礎とした日本型官僚制に根ざした思考様式、とのこと。

「帰納的な思考」や「演繹的な思考」という言葉がわかりにくいけど、平たく言えば、現実論を置き去りにして理想論に偏っている、ということだろう。



サラリーマンの自分にも思い当たる節がある。

「働き方改革」が迷走している(ように見える)原因は、現実論を置き去りにして理想論に偏っていることにあるような。

また、仕事上自分が立てた計画がすぐに破綻してしまう原因も、現実論を置き去りにして理想論に偏っていることにあるに違いない。そもそも会社の方針が理想論に偏りすぎ?



また、資産運用においても理想論に偏るとうまくいかないような。

すなわち、年利□□%を想定して○○歳時点で△△円貯めるために月々◇◇円ずつ投資しよう、というような理想を強く描き過ぎると、なかなか理想通りにいかない現実に翻弄されて嫌になってしまうに違いない。

それよりも、現実的に投資できる範囲で月々積立てて、老後を迎えたときの資金の過不足は生活レベルや仕事を辞める年齢で調整する、と考えるくらいの現実論の方が良いのかもしれない。

まあでも、現実論に偏り過ぎすぎると理想とかけ離れた老後生活になるかもしれないことを考えると、理想論と現実論のバランスが大切なのだろう。



ということで、理想論と現実論のバランスを意識して資産形成(仕事や投資)に励んでいきたい・・・。
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2019-04-07 06:20 : 雑記 : 編集

平均的な性格が美人性格・・・

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(アービンジャー・インスティチュート 著、金森重樹 監修、冨永星 訳)という本の感想、3回目。


この本の要点は、「利己的→他責→利己的→他責→・・・のサイクルから脱して利他的になればうまくいく」ということだろう。

すなわち、利他のすすめ。



しかし、利己的な性質を有する人がたくさん生き残っていることを考えると、利己的な性質は生き残るのに適しているに違いない。

と同時に、利他的な性質も存在する(利己的に見える人にも利他的な側面はある)ことを考えると、利他的な性質も生き残るために必要なはず。

つまり、どちらか一方だけあれば良いというわけではなく、両方の性質が必要であり、そのバランスが重要なのだろう。

バランスが重要というのは利己/利他だけでなく、自責/他責など多くの性質に当てはまるに違いない。



そんなことを考えていたら、平均的な顔が美人顔という話を思い出した。

同様に、平均的な性質を有する性格が美人な(好感度の高い)性格なのかもしれない。

つまり、平均的な利己/利他のバランス、平均的な自責/他責のバランス、などなどを有する平均的な性格。

逆に、極端に偏った性格は近寄りがたく感じてしまいそうだ。極端に利己的(または利他的)な性格、極端に自責(または他責)な性格、などなど。



ということで、いろんな意味で偏った性格を有している(自覚のある)自分は、好感度を上げるために、というよりその前に生き残るために、もっとバランスの良い性格を目指してみたい・・・。
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2019-04-06 08:15 : 雑記 : 編集

自責の念が強いけど利己的だから生きていける・・・

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(アービンジャー・インスティチュート 著、金森重樹 監修、冨永星 訳)という本の感想、2回目。


前回と重なるけど、人間関係で多くの人が抱えている問題として次のようなことが書かれており、なるほどと思った。

人はついつい利己的に振る舞ってしまう(この本では「自分への裏切り」と表現している)
 ↓
利己的な振る舞いを正当化しようとする心理が働く
 ↓
正当化するために考え方が他責になってしまう(この本では「箱に入る」と表現している)
 ↓
自分のそのような行為・態度が周りの人たちの「利己的な振る舞い→正当化→他責」を誘発する
 ↓
結果的に、みんなが「利己的な振る舞い→正当化→他責」をするダメな組織・社会になってしまう


この話を読んで、利己的/利他的の観点と、自責/他責の観点で、人は次の4つに分類できそうだと思った。

1.「利己的」かつ「自責」な人 (イメージ:自分のようなネガティブでひとり好きな人)

2.「利己的」かつ「他責」な人 (イメージ:上記問題を抱える人(おそらく多数派))

3.「利他的」かつ「自責」な人 (イメージ:聖人になるか廃人になるか)

4.「利他的」かつ「他責」な人 (イメージ:お節介な人)


なぜこんなことを考えたかと言うと、自分は上記問題に当てはまらないように思ったから。

すなわち、次のような「利己的→自責→利己的→自責→・・・」ループに陥ってそうな自分は、利己的だけど(他責ではなく)自責傾向が強いように思う。

自分もついつい利己的に振る舞ってしまう
 ↓
利己的な振る舞いに後ろめたさを感じてしまう
 ↓
そのような後ろめたい振る舞いをしてしまう自分を責めてしまう(自責)
 ↓
それでもついつい利己的な振る舞いを繰り返してしまう
 ↓
(以下繰り返し)



まあでも、自責の念が強いけど何とか生きていけているのは利己的だからに違いない。

というのも、自責の念が強い上に利他的だったら病んでしまいそうだ・・・。



ということで、自責の念が強い自分は、この本に影響されて安易に利他的にならないよう注意したい。処方箋は病状によって異なるのだ。

自分の場合、まずはより他責になるところから着手し、ある程度他責を身に付けてからもっと利他的になるべく努めるべきなんろう・・・。
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2019-04-06 07:06 : 雑記 : 編集

利己と利他の「しっぺ返し戦略」・・・

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(アービンジャー・インスティチュート 著、金森重樹 監修、冨永星 訳)という本を読んだ。

人間関係で多くの人が抱えている問題を「箱」という概念を用いて解説する内容。

その問題とは次のようなことと理解した。

人はついつい利己的に振る舞ってしまう(この本では「自分への裏切り」と表現している)
 ↓
利己的な振る舞いを正当化しようとする心理が働く
 ↓
正当化するために考え方が他責になってしまう(この本では「箱に入る」と表現している)
 ↓
自分のそのような行為・態度が周りの人たちの「利己的な振る舞い→正当化→他責」を誘発する
 ↓
結果的に、みんなが「利己的な振る舞い→正当化→他責」となるダメな組織・社会になってしまう



この話を読みながら、ゲーム理論に出てくる「囚人のジレンマ」のようだと思った。

すなわち、お互いに利他的に振る舞う方が結果的に得られるモノは大きいのに、ついつい自分だけ得をしようと利己的に振る舞ってしまう。

ゲーム理論から学ぶと、そのような組織・社会の中を個人が生き抜くためには、単に利他的になれば良いというわけではなく、いわゆる「しっぺ返し戦略」が良いのだろう。

つまり、利己的な人には利己的に対応し、利他的な人には利他的に対応する、という戦略。



ということで、利己と利他の「しっぺ返し戦略」でサラリーマン生活を生き抜くべく、利己と利他の使い分けを身に付けていきたい・・・。




なお、箱から脱出する(他責モードから抜け出す)ためには「自分が間違っているのかもしれない」と気付くことがポイントのようだ。

「自分は間違っているのかも」と常に不安に思ってしまうさえない自分にとっては、逆に、そう思わない人(気付かされる必要がある人)がいる(しかも多数派?)というのがある意味新鮮・・・。
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2019-04-06 06:16 : 雑記 : 編集

確定拠出年金の現状・・・

「確定拠出年金 浸透一段と」という記事が日本経済新聞に掲載されており、企業型確定拠出年金の現状につい次のようなことが書かれていた。

1.確定拠出年金を導入している企業は3万2325社(2019年1月末時点)
2.マッチング拠出を導入している企業は1万57社で全体の31%(2019年1月末時点)
3.確定拠出年金の1人あたりの掛け金の平均は年15万円(2018年3月末時点)
4.マッチング拠出の1人あたりの上乗せ額の平均は年8万4000円(2018年3月末時点)

導入している企業数は多いと捉えるべきか少ないと捉えるべきかよくわからないけど、1人当たりの掛け金の平均(月1万2500円)や上乗せ額の平均(月7000円)は少ない印象。


自分は、マッチング拠出も含めると確定拠出年金の上限である年66万円(月5万5000円)まで投資できており(すべて外国株式のインデックス投信)、恵まれている状況にあるようだ。

また、今回確認したところ約6年間の初回拠出月来の運用利回りは7.5%もあり、今のところ相場的にも恵まれているようだ。


これからも、(相場は運にまかせるしかないけど)投資額はなんとか年66万円(月5万5000円)を維持できるよう努めていきたい・・・。
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2019-04-01 08:04 : 雑記 : 編集

金融危機の再来は避けられない・・・

「金融危機再来はなぜ不可避」という記事が日本経済新聞に掲載されていた。

気になる箇所を抜粋。
国際通貨基金(IMF)のジハル・ダゲー氏は、規制サイクルを取り上げた最新の論文で、金融規制の景気循環増幅効果を歴史的に裏付けている。実際、規制が好況時に緩和されるということは繰り返されてきた。規制緩和が景気を過熱させるケースもままある。その後、危機に見舞われて損失を被ると人々は我に返り、規制は強化される。このサイクルは、18世紀初めの英国で起きた南海泡沫(ほうまつ)事件の際にも見られるし、それから3世紀後に起きた一連の金融危機の前後にも見られる。

昔から、本来は規制強化すべき好況時に規制緩和が実施され、逆に規制緩和すべき不況時に規制強化が実施されてきた、と言うことのようだ。


まあでも、“好況時に規制を緩和する”ようなメンタルは、“祭りのときに騒いで盛り上げる”メンタルに通じるところがあり、いわゆる“まともな人”(空気が読める人)には必須の性質のようにも思う。

逆に、“祭りのときもテンションが低い”さえない自分は、好況時に規制強化できるメンタルの持ち主かもしれず、金融危機再来の防波堤となり得るポテンシャルを秘めているのかもしれない。例えそうだとしても、テンションの低さ故に影響力が皆無なため無理なんだけど・・・。


というような妄想はどうでもいいとして、これからも金融危機は起こり続けるだろうことを心にとめておきたい・・・。
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2019-04-01 06:04 : 雑記 : 編集

「進化」と「分散」と 環境変化への対応策・・・

「ブランドが崩壊する理由 オーディオ御三家は今」という記事が日経ビジネス(2018年4月23日号)に掲載されており気になった。

記事からの抜粋。
アンプのサンスイ、チューナーのトリオ、スピーカーのパイオニア――。若い方は「何の呪文か」と思うかもしれません。レコードプレーヤーを中心としたステレオセットがお茶の間の主役だったころ。山水電気、トリオ(現JVCケンウッド)、パイオニアはオーディオ御三家と呼ばれ、その道ではソニーやパナソニックよりも格上でした。

ニーズの変化をいち早くとらえ、顧客をつかまえることは経営の肝です。そのためには変化に合わせて自らも変わらねばなりません。山水はレコードからCDへ、アナログからデジタルへの転換に遅れたのが凋落の根本原因です。音質に劣るデジタルを軽視していたのが失敗でした。進化論が示す「生き残るのは強いものではなく変化できるもの」という真理は不変です。

問題は環境変化に気付けるかどうか。山水は「高品質」という競争軸を絶対視し、足元の変化が目に入らなかったのでしょう。強みを磨き続けながらも、それを自ら疑う複眼が必要です。

そういえば、子供時代に家にあったステレオセットのアンプは山水でスピーカーはパイオニアだったような。レコードプレーヤーはよく覚えていないけどビクターだったかも? チューナーはあったかな・・・。


昔話はさておき、記事の内容はもっともだけど結果論のような気もする。

すなわち、環境変化にうまく対応できるかどうかは運の要素が大きいように思うし、仮に幸運にも山水が「高品質」にこだわったが故に生き残っていたとしたら、信念を貫いて成功した事例として持ち上げられていたに違いない。

さらに、ソニーやパナソニックが生き残っているのは、環境変化にうまく対応できたからというよりも、事業を分散していたからという要因の方が大きいように思う(つまり山水のように専業メーカーではなく総合メーカーだったということ)。


運の要素が大きそうとは言え、環境変化に対応する(進化する)べく努力することは大切と思うので、少しでも対応できるように環境変化には注意を向けていきたい。

と同時に、進化し損ねても大丈夫なように分散にも努めていきたい。
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2019-04-01 05:02 : 雑記 : 編集
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ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・節約:消費するよりアーリーリタイア
・投資:パッシブに増やす

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
 eMAXIS Slim 先進国株式インデックス
 たわらノーロード 先進国株式
 SMT ゴールドインデックス・オープン(為替ヘッジあり)

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