個人主義の損得と幸福感・・・

「PRINCIPLES(プリンシプルズ) 人生と仕事の原則」(レイ・ダリオ 著、斎藤聖美 訳)という本の感想、6回目。


集団的利益を追求した方が、結果的に個人の利益も幸福感も大きくなる、というような話が印象的だった。
集団は個人よりも力があるし、私たちの脳は大きな集団でも管理できように進化していったから、集団間での競争は、個人間での競争よりも重要になった。そして、協力的な個人のいる集団はそうではない集団よりも優れた行動がとれるようになった。この進化により、利他主義、倫理観が発達し、良心、名誉の感覚が生まれてきた。ウィルソンは、人間は私たちを創造した極限的な2つの力の間で永遠に停止しているという。それは「罪に駆り立てた個人の選択と、美徳を推進した集団の選択」の2つだ。

組織でこの2つの力(私欲と集団的利益)のいずれが勝つかは、その組織のカルチャーが決める。そしてその組織を作る人が決める。だが、集団的利益がベストであることは明らかだ。その組織だけでなくその組織を形成する個人にとってもベストだ。(中略)全体のパイを大きくしようとして一緒に働くことから得られるものは、私欲で得るものよりも大きい。「パイ」の大きさだけでなく、脳の中に組み込まれた心理的な報酬が大きい。そして、私たちはもっと幸せに、もっと健康になる。

ただ、現実的には、集団の中には個人的な利益を追求してしまう人が必ず出てくるため、なかなか理想通りにはいかないに違いない。



話を整理すると次のようになりそうだ。

長期的に考えると、集団的利益を追求した方が、結果的に個人の利益も幸福感も大きくなる。

一方、短期的に考えると、逆に、個人的利益を追求した方が、一時的な利益や幸福感は大きくなる。

したがって、個人にとっても集団にとっても、長期的には集団的利益を追求した方がメリットが大きくなるけど、目先の利益に目が眩んで個人的利益を優先する人が必ず出てくるため、組織が腐敗してしまって、皆が集団的な利益を追求する理想的な状況は実現しない。

そして、腐敗した集団主義よりも個人主義の方がまだましなため、世界に個人主義が広がった。
(うまく機能している集団主義(非現実的) > 個人主義 > 腐敗した集団主義)



日本社会もサラリーマン社会も、個人主義化がますます進んでいるように思うけど、長期的な利益と幸福感を考えたとき、自分は個人的利益を追求するべきなのだろうか? それとも集団的利益を追求するべきなのだろうか?

また、自己満足を最大化するという観点からは、どうするべきなのだろうか??

よくわからなくなってきた・・・。
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2019-06-30 12:18 : 雑記 : 編集

中途半端な賢さが人類のあだになる・・・

「PRINCIPLES(プリンシプルズ) 人生と仕事の原則」(レイ・ダリオ 著、斎藤聖美 訳)という本の感想、5回目。

「一次的結果」と「二次的結果」の話が印象的だった。
たとえば、エクササイズの一次的結果(痛み、費やす時間)は普通望ましくないものだ。だが、二次的結果(健康になる、見た目がよくなる)は望ましい。同様に、おいしい料理は体によくないこともある。その逆もある。

一次的結果は、ほんとうに望むことを犠牲にさせる誘惑となることがあまりにも多い。それが障害となることも多い。自然がひっかけの質問をして、一次的結果だけで決定をする人には罰則を与えるかのようだ。

対照的に、ほんとうに望むことを選び、誘惑を退け、ほんとうに欲しいものから遠ざけようとする苦痛を克服する人は、人生で成功する率がはるかに高い。

成功するためには、一次的結果に惑わされずに二次的結果(さらにはより高次の結果)を重視する必要がある、というようなとても納得できる話。

例えば、お金を投資に使うよりも遊びに使う方が一次的結果は良くなるけど、高次の結果は投資に使った方が良くなるに違いない。



ただ、ここで問題になりそうのは人間の思考力には限りがあること。

例えば、将棋で数手先を読むことはできたとしても、数十手先まで読もうとしたら読み間違えてしまうに違いない。

したがって、できるだけ高次の結果を重視すれば良いというわけではなく、その予測確度も考慮する必要がありそうだ。

つまり、間違える可能性が高い数十手先まで読もうとするよりも、確度の高い数手先くらいにとどめた方が良い結果が得られる可能性が高そう。



しかし、よくよく考えるとこれは大きな問題を含んでおり、極端に言うと文明が滅んでしまう原因になっているに違いない。

すなわち、人間は数手先を読める程度には賢いので、数手先を読みながら文明を発達させていくけど、数十手先を読める程度には賢くないので、そのうち想定外の問題が起こってしまうに違いない。

例えば、数手先を読みながら科学技術の発達した文明を築いていたら、いつの間にか想定外の環境問題に直面してしまった、というように・・・。



というような問題があるように思うけど、数手先を読める程度にしか賢くない自分には、その問題が正しいのかわからないし、仮に正しいとしても解決策はわからない。



ということで、数十手先・数百手先・数千手先・・・の人類の末路のことはとりあえず置いといて、自分の人生の末路のために数手先を読んだ資産形成にせいぜい精を出しておくとしよう・・・。
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2019-06-30 08:11 : 雑記 : 編集

小銭ばかり気にして資産形成がおろそかに・・・

「PRINCIPLES(プリンシプルズ) 人生と仕事の原則」(レイ・ダリオ 著、斎藤聖美 訳)という本の感想、4回目。

「盲点」の話が印象的だった。
誰もが盲点を持っている。自分の考え方のせいで物事を正確に見られない領域のことだ。聴覚の範囲、色の見え方が人によって異なるように、物事を見て理解する範囲もそれぞれ異なる。私たちは自分たちのやり方でものを見る。ある人は意識せず大局観を見て、細かいところに目がいかない。意識せず細かいところは見えるが大局観が見えない人もいる。直線的思考の人もいれば、違った角度から見られる人もいる。

当然ながら、見えないものを評価することはできない。パターンを見て統合することのできない人は、パターンを見て総合的に見るのがどういうことかわからない。脳の機能や違いは身体の機能の違いに比べてはっきり見えない。色覚障害であれば、やがて検査でそれに気づく。だが、大半の人は自分の考え方によって物が見えていないことに気づかない。さらに難しいのは、誰もが盲点を持っているにもかかわらず、盲点があることを認めたがらない点だ。

自分はすぐに細部にとらわれてしまうという自覚があり、いわゆる「木を見て森を見ず」状態。もっと言うと、木どころか一枚の葉っぱが気になってしかたがないというようなレベル。

そんな自分が森全体を見るようにするためには、「意識的に」見るようにするしかないのだろう。

といっても、「意識的に」というのがなかなか難しく、そんなことはすぐに忘れてしまう。


そこで、意識を促すための方策として、使う言葉を変えることを考えてみた。

つまり、「木」とか「森」とか「葉っぱ」とか、そんな興味関心の薄い言葉を使うと印象に残らないので、もっと自分にとって興味がある言葉、例えば「お金」に関する言葉を使う方が印象に残ってより意識できるに違いない。

すなわち、「木を見て森を見ず」と言うより「お金を見て資産を見ず」と言ったり、「葉っぱが気になってしかたがない」と言うより「小銭が気になってしかたがない」と言ったりした方が、ことの重大さが伝わってきて危機意識が強くなる。



ということで、小銭(細部)ばかりが気になってしまう傾向のある自分は、意識的に資産(全体)を見るように努めていきたい。

「小銭ばかり気にして資産形成がおろそかに」なんてことにはならないように・・・。
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2019-06-30 06:45 : 雑記 : 編集

「集団思考の罠」の罠・・・

「PRINCIPLES(プリンシプルズ) 人生と仕事の原則」(レイ・ダリオ 著、斎藤聖美 訳)という本の感想、3回目。

集団思考について書かれており気になった。
集団思考に気を付けよう。誰も気にかけていないからといって、悪い状態にないというわけではない。何か容認できないことを見つけたら、他の人も知っているのに誰も騒がないから問題じゃないんだと思わないように。これはよく陥る罠だ。しかも、致命的な罠だ。

集団思考について否定的なニュアンスであり、その理由は集団思考に陥ると危機意識が低下することにあるようだ。

それはすなわち、ある意味、集団思考に陥るとポジティブ幻想(ポジティブ・イリュージョン)を抱くようになると言うことだろう。


そのことを踏まえて昨日書いた孤独の問題を再び考えてみると、孤独が人を蝕むのは集団思考によるポジティブ幻想を抱けなくなることにも関係があるのではと思えてきた。

つまり、孤独になると集団思考によるポジティブ幻想を抱けなくなるため、危機意識の低下が起きず、その結果、低下せずに残った(強い)危機意識が心を蝕むことになるのでは・・・。


というように考えると、集団思考によって危機意識が低下してしまう罠に陥らないように気を付けるのも必要だろうけど、その結果、低下せずに残った(強い)危機意識によって心を病んでしまうというような状態に陥らないようにも気を付けていきたい。

すなわち、「集団思考の罠」に陥らないように気を付けつつも、『「集団思考の罠」の罠』にも陥らないように気を付けたい・・・。




さらに、集団になると集団思考(→ポジティブ幻想)を抱けるようになることが、人を集団に駆り立てる要因の一つになっているのだろう。
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2019-06-29 20:16 : 雑記 : 編集

仕事の原則 by レイ・ダリオ

「PRINCIPLES(プリンシプルズ) 人生と仕事の原則」(レイ・ダリオ 著、斎藤聖美 訳)という本の感想、2回目。

前回の「人生の原則」に続いて、今回は「仕事の原則」についてとりあげる。

「仕事の原則」として、世界最大級のヘッジファンド、米ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオ氏は次のような項目を挙げていた。

■適切なカルチャーを得る
1 徹底的に事実に基づくこと、徹底的に隠し立てしないことを信頼しよう
2 やりがいのある仕事とかけがえのない人間関係を培う
3 ミスをするのはかまわないが、そこから学ばないのは許されないというカルチャーを作ろう
4 同期をとる
5 信頼性は意思決定に重みを加える
6 どのように意見の相違を乗り越えるかを認識しよう

■適材を得る
7 「誰」のほうが「何」よりも重要だ
8 正しく採用しよう、誤った人材を雇うとその報いは重い
9 つねに研修し、テストをし、評価をし、人材を選別する

■マシンを築き進化させる
10 目標達成のために、マシンを操作するように管理する
11 問題を把握し、容認しないこと
12 問題を分析して、根本原因を見つける
13 問題を回避するためマシンの改善をデザインする
14 やろうと決めたことをやろう
15 仕事の進め方を決めるのにツールと決められた手順を使おう
16 頼むからガバナンスを甘く見ないでくれ!

「人生の原則」と同様、各項目はもっともなことと思うけど、個人的にはあまり心に響く内容ではなかった。

著者は性格や仕事内容や経験などが自分と異なるのはもちろんのこと、特に、上記原則は経営者視点に立っているため、下っ端サラリーマンの自分には当てはまらない項目もある。

自分の場合、経営者視点の(高レベルな)仕事の原則ではなく、さえない下っ端サラリーマン視点の(もっと低レベルな)仕事の原則が必要なのだ。


ということで、さえない下っ端サラリーマンの自分がなんとか生き抜くための「仕事の原則」について考えてみたので書いてみる。

1.人生の目的における仕事の位置付けをはっきりさせておく
 →人生の目的と矛盾しないように

2.「論理」「自然の摂理」「人間社会の掟」「会社の掟」「関係者の性格」「説明しやすさ」の6点を考慮して判断する
 →「人生の原則」に挙げた内容に後ろの3つを追加した

3.まともなフリは必要だけどまともに考えてはいけない
 →「人生の原則」でも挙げたことだけど、仕事上では特に重要

4.自分の性質を把握して自分自身を効果的に使う
 →「人生の原則」でも挙げたことだけど、仕事上では特に重要

5.関係者の立場に立って考えてみる
 →「人生の原則」でも挙げたことだけど、仕事上では特に重要

6.修行僧になったつもりで、あるいはAI(ロボット)になったつもりで働く
 →ただただ正気を保つため(「人生の原則」に書いたポジティブ幻想では足りない)

7.ほどほどにやるべきことか、徹底的にやるべきことか見極める
 →ほどほどにやるべきことはバランスよく、徹底的にやるべきことは異常なまでにやる

8.いい人戦略を合理的に考える
 →根は断れない性格だけど、断らないかどうかを長期的な合理性を勘案して判断する


というような感じだけど、この中で最も気になるのは「8.いい人戦略を合理的に考える」。

というのも、自分はいい人のように思うので(というより単に断れないだけ)、そこにつけこまれてしまう恐れがあり、対策を打つ必要があると前々から思っている。

そこで考えてみたのが「8.いい人戦略を合理的に考える」であり、つまり、長期的に考えて合理的と判断する場面ではいい人になるし、長期的に考えて合理的ではないと判断する場面ではいい人にならない。

合理的かどうかとは、よりストレートに言うと金銭的に得か損かであり、もう少しマイルドに言うと資産形成のためになるかどうかであり、ケチな自分としては無視できない判断基準になる。

ということは、自分の中のいい人が争う相手は自分の中のとケチな人ということになり、この争いなら自分の中のいい人も優勢というわけではなく、いい勝負になりそうだ。



ということで、「仕事の原則」について考えたのを良い機会として、これからは「8.いい人戦略を合理的に考える」べく努めていきたい・・・。
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2019-06-29 14:41 : 雑記 : 編集

人生の原則 by レイ・ダリオ

「PRINCIPLES(プリンシプルズ) 人生と仕事の原則」(レイ・ダリオ 著、斎藤聖美 訳)という本を読んだ。

世界最大級のヘッジファンド、米ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオ氏が、人生と仕事にうまく対応するための原則について書いた内容。


そもそもなぜ原則が必要なのか? 次のように書かれていた。
毎日、対応しなければならないことが嵐のようにやってくる。原則がなければ人生でぶちあたるすべてのことに、初めて遭遇する経験であるかのように、いちいち対応せざるを得なくなる。そうする代わりに、状況をタイプ分けして、それらに対応する原則を持っていれば、もっとよい判断をもっと早くできる。

私たちはさまざまな形で原則にたどりつく。自分自身の経験や反省から。あるいは両親のような周りの人の原則を受け入れることもある。宗教や法体系のような総合的パッケージを適用することもある。

そう言われると、学校教育の弊害からか、もともと自分は「こういう場合はこうするべし」というような原則を探そうとする傾向にあったように思う。

しかし、サラリーマン生活をする中で、そういう原則は存在しないと思うようになり、特に仕事においては「常に臨機応変に対応するべし」という考え方に改めた(といっても臨機応変は苦手なんだけど・・・)。

今回、原則について改めて考えてみた結果、やはり原則も大切であり、原則と臨機応変の両方をバランスよく使えるようになるのが一番良さそうだという結論に落ち着いた。

すなわち、臨機応変だけでは毎回大変だし、原則だけでは対応しきれないし、現実的に考えて両方とも必要(実際無意識のうちに両方とも使っている)に違いない。



ということで、「原則」と「臨機応変」の両方をバランスよく使って資産形成に取り組むように努めていきたい・・・。





なお、「人生の原則」としてレイ・ダリオ氏は次の5項目を紹介していた。
1 現実を受け入れて対応しよう

2 人生で欲しいものを手にいれるために5ステップのプロセスを使おう
※1.明確な目標を持つ、2.目標達成の障害となる問題を明らかにする、3.問題の根本原因を探る、4.問題を回避する計画を策定する、5.計画を最後まで実行する
3 徹底的にオープンになろう

4 人の頭の配線はそれぞれものすごく違う

5 効果的な意思決定の方法を学ぼう
※期待値を計算する、信頼性を加味する、など


各項目について詳細に説明されており、それぞれはもっともなことと思ったけど、たくさんあるだろう原則の候補の中から、特に選ばれるべき項目はこの5つなのか、個人的には疑問が残るところ。

というのも、おそらく、何を重視するか(何が重要だと思うか)は人それぞれの性質や経験などによって変わってくるだろうから。

例えば、傲慢な性格が故に手痛い失敗をした経験がある人は、謙虚さに関する原則を選択するかもしれないし、逆に、謙虚な性格が故に手痛い失敗をした経験がある人は、傲慢さに関する原則を選択するかもしれない。


そういう自分だったらどういう「人生の原則」にするだろうか? 

あれこれ考えてみた結果を書いてみる。

1.暫定でも良いので人生の目的を設定し、その目的に結び付く行動をとるようにする
 →自分は人生の目的に結び付かない“なんとなく”の行動をとりがちなので要注意

2.「論理」「自然の摂理」「人間社会の掟」の3つを考慮して判断する
 →自分は特に「人間社会の掟」(いわゆる常識)を疎かにしがちなので要注意

3.まともなフリは必要だけどまともに考えてはいけない
 →まともに考えていたら病んでしまうに違いない

4.自分の性質を把握して自分自身を効果的に使う
 →長所で短所を補って余りあるようにするのが理想

5.関係者の立場に立って考えてみる
 →自分は基本的に周りが見えていないので要注意

6.何事もほどほどにバランス良くを心掛ける
 →自分はすぐに極端に走ってしまうので要注意

7.適度なポジティブ幻想(ポジティブ・イリュージョン)を抱く
 →現実を直視してもなお正気を保っていられるためにはポジティブ幻想が必須

欲張って7個も挙げてしまったけど、都度バージョンアップして自分にとってより良い「人生の原則」になるよう努めていきたい・・・。
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2019-06-29 12:09 : 雑記 : 編集

「忙しさ」が現代のステータス・シンボル・・・

「世界一孤独な日本のオジサン」(岡本純子 著)という本の感想、3回目。

忙しさが現代のステータス・シンボル、という話が印象的だった。
「忙しさこそが現代のステータス・シンボルだ」。コロンビアビジネススクールのベレッザ准教授らがこんな研究を2016年12月に発表し、大きな話題となった。つまり、現代人は、ブランド品を見せびらかす代わりに、「忙しくしている自分を見せびらしている」というのだ。かつては、「働かなくてもいいこと」こそが金持ちの特権だった。19世紀のアメリカの著名な経済学者ソースティン・ヴィブレンは著書『有閑階級の理論』の中で、「金持ちはその暇と贅沢な消費を見せびらかすことで富を顕示した」とし、「暇」こそが権力と富の象徴、という説を唱えた。しかし、現代ではその逆、「忙しさ」こそが見せびらかしの対象になる、ということらしい。

この理由について、研究では「忙しいということは、その人に対する需要が高いということを示す。有能で野心があり、人から望まれる資質を持っているということであり、ダイヤモンドや車や不動産といったものより、忙しいということのほうが希少価値を持っているということになる」と説明している。

「貧乏暇なし」ということわざがあるけど、今となっては暇がなくなるほどの仕事にありつけないということだろうか。

逆に、一部の有能な人に需要が集中して忙しくなり、その忙しさがステータスになるということか。


そのような忙しさのステータス・シンボル化について考えていたら、ベーシックインカム制度の実現につながりそうな気もしてきた。

すなわち、有能な人には凡人の分まで忙しく働いてもらって(忙しいことにステータスを感じるとしたら自ら進んで忙しく働いてくれるだろう)、凡人には忙しく働く有能な人に羨望のまなざしを向けてもらう。

そして、羨望のまなざしの対価(ステータスを感じさせる対価)として、有能な人が収めた税金から凡人にベーシックインカムが支給される。

つまり、優秀な人はステータスが得られて、凡人はベーシックインカムが得られる。

というような、奇妙なウィン・ウィン関係?が成り立てば、ベーシックインカム制度が実現できるかも?



ということで、夢のベーシックインカム制度実現のために、忙しく働く人たちには羨望のまなざしを向けていきたい・・・。
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2019-06-28 22:30 : 雑記 : 編集

孤独なオジサンは世界共通の問題・・・

「世界一孤独な日本のオジサン」(岡本純子 著)という本の感想、2回目。

孤独は世界的にも問題になっているようで、日本と同じく男性が危ないようだ。
「ぺらぺらしゃべる男なんてろくなもんじゃない」。そんな気風の中で、特に男性は、「孤高」であることが美化されてきた。高倉健のように無口で「群れない」人が、男らしく、究極的にかっこいい、そんな固定観念が根強いように感じる。

こうした「理想の男性」像は日本だけではなく、世界にも共通するところがあるようだ。(中略)アメリカでいえば、「カウボーイ」のような「ローンウルフ」(一匹狼)が「男らしい」とされるわけだが、「男は自立し、ストイックであるべき」という「マッチョ」信仰が、男性を孤独へと追いやる導火線になっているわけだ。

孤高な男性というような表現から「ボス猿」をイメージしてしまった。

個人的な勝手なイメージでは、猿社会の雄は皆ライバル同士であり、つまり、じゃれ合う相手ではなく戦う相手。

ボスになるまで勝ち上がるような猿は、より一層じゃれ合いよりも戦い性向が強そうだから、孤独な性格の孤高な猿に違いない。


というような勝手なイメージが正しいとすると、そんな孤高のボス猿の子孫たちも孤独な性格を受け継いでいくだろうから、雄の猿には孤独な遺伝子が受け継がれていきそうだ(ボス猿は多くの子孫を残すに違いない)。

同様なことは人間にも当てはまるように思うので、中高年男性の孤独問題の背景には進化にともなう遺伝的な要因があるに違いない。



ということで、孤独な遺伝子を受け継いでいるだろう自分も気を付けていきたい。

特に自分の場合は、戦っても勝てる自信が無いため、さっさと負け犬であることを認めて孤独対策(戦い方よりもじゃれ合い方を学ぶ)に力を入れた方が良いのかも。

孤独な勝ち犬は生きていけるとしても、孤独な負け犬は生きていけないだろうから・・・。





ちなみに、今更だけど、ネットで調べてみたところ実はニホンザルの群れにボスはいないという説もあるようだ・・・。
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2019-06-28 20:07 : 雑記 : 編集

アーリーリタイアと孤独問題・・・

「世界一孤独な日本のオジサン」(岡本純子 著)という本を読んだ。

中高年男性の孤独に関する内容であり、明日は我が身のようで気になった。

印象的な箇所を抜粋。
肥満より、大気汚染より、環境ホルモンより、食品添加物より、お酒より、あなたの健康を蝕み、寿命を縮めるものがある。それは「孤独」だ。メタボにならないように食事に気を付けよう、お酒やたばこを控えよう、健康のために運動をしよう、などと気を遣う人は多いが、「孤独」の健康影響について理解し、具体的に対策をしようなどと考えている人はあまりいない。

日本では、「孤独を楽しむ」「孤独と向き合え」という精神論も幅広く支持されている。男たるもの武士のように誇り高く「孤高」であるべき、という美学もあるようだ。こうした「孤独=善」という考え方が、日本を世界に冠たる「孤独大国」にしている。しかし、本来、人は「ソーシャルアニマル」、人と人の結びつきの中でしか生きていけない動物である。「孤独」は21世紀の世界の、そして日本の大問題なのだ。

内向的な自分は、平日の仕事中のふれあいだけで人間関係はお腹一杯(人間関係の過剰摂取状態)であり、週末は過剰摂取状態から回復するために一人でひっそり過ごしたいと思ってしまう(実際そのように過ごすことが多い)。

まさに、週末は「孤独を楽しむ」を実践していると言えそうだ。


ただ、週末に孤独を楽しむことができるのは、平日に人間関係の過剰摂取があるからこそに違いなく、もしアーリーリタイアを実現できて毎日が日曜日状態になったとしたら、孤独を楽しむどころか孤独感に苛まれる恐れもある。

幸いなことに家族もいるのでまったくの孤独になるというわけではないけど、人間関係の空腹感を覚えてしまうかもしれない。


ただ、そのような孤独の心配もあるけど、それよりも無事にアーリーリタイアを実現できるかどうかの方がもっと心配な今現在は、とりあえずアーリーリタイアの実現に向けた資産形成に全力を傾けることにして、孤独問題はアーリーリタイア後の宿題にとっておくとしよう。



ということで、アーリーリタイア後の孤独問題は頭の片隅で気にしつつ、まずはアーリーリタイアの実現に向けて目の前のサラリーマン生活をなんとか乗り切っていきたい・・・。
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2019-06-28 19:22 : 雑記 : 編集

マス層は人から相手にしてもらえない・・・

「大手金融、富裕層シフトに活路」という記事が日経ビジネス(2018年10月22日号)に掲載されていた。

大手金融機関が富裕層向けの資産運用サービスを強化しているとのこと。

富裕層のことはさておき、マス層に関する記述が気になった。
富裕層ほど多くの資産を持たないマス層は、人件費の高い営業担当者を置くのではなく、ネット経由の取引に誘導したいのが本音という構図だ。

これは金融機関の話だけど、生産性向上やら人手不足やらでお店なども自動化やセルフサービスが増えていきそうなので、今後はいろいろな場面でマス層は人から相手にしてもらえなくなりそうだ。

接客されるのは煩わしくて苦手だけど、相手にしてもらえないというのもなんだか寂しいな・・・。
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2019-06-27 22:13 : 雑記 : 編集

スキルに合った最適な仕事をしろと言われても・・・

「金融・財政より労働改革 急げ」というコロンビア大学教授伊藤隆敏氏の記事が日本経済新聞に掲載されており、次の箇所が気になった。
1人当たり生産性を引き上げるには、労働者にとって最適な会社で、スキルに合った最適な仕事をしてもらうことが必要だ。そのために労働の流動性を高めることと、企業が労働者に生産性に見合った賃金を支払うことが重要だ。

伊藤氏は、日本の労働者(自分だけ?)を買いかぶりすぎているのではなかろうか?

自分にとって最適な会社で、スキルに合った最適な仕事をしろと言われても・・・。

労働の流動性を高めたら自分も最適な仕事とやらにたどり着けるのだろうか?

仮にたどり着けたとしても、自分の生産性に見合った賃金とは恐ろしいことになりそうだ・・・。


さえてる伊藤氏にとっては、自分のようなさえない人は眼中に無いのかも・・・。


そんなさえない自分は、日本企業の流動性の低さの恩恵を受けて、伊藤氏の視界の外でなんとか生き延びていきたい・・・。
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2019-06-27 20:46 : 雑記 : 編集

日本よりも解雇しにくいヨーロッパの国々・・・

『「労働流動化」の絶対視 避けよ』という大阪大学名誉教授猪木武徳氏の記事が日本経済新聞に掲載されており、次の箇所が気になった。
労働慣行や労働市場のどこに問題があるのかを検出することは難しい。日本に固有の問題と世界共通の問題を識別するのも容易ではない。江口匡太・中央大学教授の「欧州の国々と日本のマクロ経済指標を比較し、日本の失業率や労働生産性などのパフォーマンスは必ずしも悪くない」こと、さらに「経済協力開発機構(OECD)の雇用保護指標でみると、デンマーク、オランダ、スウェーデンは少なくとも日本よりも正規労働者の解雇がしにくい国だ」という指摘は傾聴に値する。

日本は労働生産性が低いだの解雇しにくいだの、日本経済新聞でさんざん読んできたように思うけど、実はそうでもないということか?

ナイーブな自分は人間不信(新聞不信)になってしまいそうだから、“働く人応援”宣言などというのであれば(それはテレビ東京だったか?)、(筆頭株主の)日本経済新聞さんも日本の働く人(働かされる人)のことを思うなら、より正確な情報を伝えてほしいな・・・。
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2019-06-27 18:24 : 雑記 : 編集

「いいね!」を捨てて「お金」をとる・・・

「♯フォロー・ミー インスタの偽り」というオランダで制作された番組がNHKの「BS世界のドキュメンタリー」にて放送されていた。


インスタグラムの「いいね」や「フォロワー」の数はお金で買うことができ、また、セレブなども含めて多くの人が利用しているというような話。

なんでも、フォロワー数が1億を超えるようなものはどれも怪しいとのこと・・・。


最終的に実(利益)を取るための先行投資としてなら理解できるけど、名(名声)を得るために実(利益)を犠牲にしているのだとしたら、個人的には最も避けたい行動。

つまり、さえない自分には名(名声)を気にする余裕はなく、実(利益)を得られるのであれば名(名声)は積極的に犠牲にする必要がある。


ということで、「名を捨てて実を取る」ということわざを令和の時代にも実践していきたい・・・。
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2019-06-23 18:05 : 雑記 : 編集

まともに考えていたら生きていられない、まともに見えなかったら生きる資格をなくす・・・

「ユニー解体 優しさのツケ」という記事が日本経済新聞に掲載されていた。

しばしば目にするフレーズ「強くなければ生きていられない・・・」が書かれており、今更ながら気になった。
米国の小説家、レイモンド・チャンドラーの「プレイバック」の名セリフといえば「強くなければ生きていられない。優しくなかったら、生きている資格がない」。

企業経営にも当てはまる名言だ。1月に解体の憂き目に遭ったスーパーの名門、ユニーグループ・ホールディングス(HD)は優しかったが、強くなかった。

約40年間生きてきたさえない自分の実感としては、「まともに考えていたら生きていられない。まともに見えなかったら、生きている資格がない」とでも言われた方がしっくりくる。

というのも、この世の中、まともに考えていたら精神を病んでしまいそうなことばかりだし、また、まともな人ではないと思われたら人間社会を生きていられなくなってしまう。



ということで、ちゃーも解体(病んだり異常者のレッテルを貼られたり)の憂き目に遭わないために、「まともには考えないけどまともに見える」よう努めていきたい・・・。
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2019-06-23 10:31 : 雑記 : 編集

科学技術の発展は競争社会をエスカレートして仕事を苛酷に・・・

「敗戦真相記」(永野護 著)という本の感想、3回目。

戦後の働き方を展望する箇所が印象的だった(戦後すぐに書かれた内容)。
仮に今後、日本人が一日十時間勤労するとして、恐らく日本人だけが単に衣食するという程度なら一日三時間で足りるでしょう。あとの二時間は戦災復興のために働き、残りの四、五時間を賠償支払いのために働く。仮に日本国民全体が、そういう意味の勤労生活を今後営んでいったとしたら、復興が終わり、賠償を払い切った後には、日本人は午前中だけ働いたならば、衣食住の資料は充分に賄えて、あとはまったく人間としての内容を豊かにするための時間として使い得るわけになり、午前中だけ会社に出る、工場に働く、農園を耕す、午後は魚を釣りに行きたい人は魚釣りに、ダンスをやりたい人はダンスをやるということになる。これは膨大な軍備費から解放された平和国家の特権ともいうべきであります。

残念ながら、著者の予想は大外れであり、令和の時代になっても「働き方改革」が必要なほど働かないといけない現実がある。


科学技術はどんどん発展して便利な社会になっているというのに、なぜ仕事はいっこうに楽にならないのだろうかと改めて考えてみると、やはり「競争社会」がポイントとなっているに違いない。

つまり、競争社会において科学技術が発展するということは、各自が持つ武器がどんどんグレードアップされていくということであり、そうなると競争がどんどんヒートアップしていくことになる。

その結果、仕事は楽になるどころか逆に苛酷になっていき、一日三時間労働なんて夢物語になってしまう。



さらに、AIなど科学技術のさらなる発展によって、競争社会は今後ますますエスカレートして仕事はますます苛酷になっていくのかな・・・。
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2019-06-23 07:05 : 雑記 : 編集

敵は常に内部にいる 陸軍と海軍の不毛な争い・・・

「敗戦真相記」(永野護 著)という本の感想、2回目。

陸軍と海軍の対立の話が印象的だった。
戦争が進むに従って、この陸海軍の対立がひどくなり、整備の点から言っても、陸軍が次第次第に海軍の領域に侵入してきて、陸軍は自分だけで船舶兵というような水兵をつくり、駆逐艦もつくり、潜航艇もつくった。進んで航空母艦も戦闘艦もつくらなければならないと言い出した。これでは何のために一国のうちに、海軍というものがあるのか、わからなくなる。もちろん陸軍専用の造船所もつくる。(中略) つまり日本の軍部というものは陸軍国、海軍国という連合国以上の何物でもなかったというのが実情でしょう。

陸軍と海軍は協力的ではなかったようで、極端に言うと邪魔し合っていたようだ。

内部で争うエネルギーがあるなら、それを外に向ければ良いのにと思ってしまうけど、こんなことはどんな組織でも起こりそうなこと。内部で不毛な争いを繰り返して本来の目的がおろそかになる。


また、同様の不毛な争いは個人の中でも繰り返されているような。

例えば、お酒を飲みたい陸軍と健康のために控えたい海軍が個人の中で不毛な争いを繰り返して、アーリーリタイアという本来の目的がおろそかになる。



ということで、個人的にも仕事上でも、陸軍と海軍が不毛な争いを繰り返して本来の目的をおろそかにしないよう気を付けていきたい。



ちなみに、個人的な人生の目的(暫定)は自己満足の最大化であり、あくまでもアーリーリタイアはそのための手段にすぎないので、そのあたりも混同しないように陸軍や海軍に言い聞かせておきたい・・・。
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2019-06-22 09:24 : 雑記 : 編集

アーリーリタイア戦線で敗北しないために・・・

「敗戦真相記」(永野護 著)という本を読んだ。

日本の敗戦(太平洋戦争)について、実業家・政治家だった著者が終戦翌月の広島で行った講演の速記録を元に加筆修正した内容。

次の3つの敗因が挙げられていた。
要するに第一の敗因は、日本の戦争目的が東亜の諸民族を納得させて、随いて来さしめるような公明正大な目標を欠いておったところにあります。

次に、第二の敗因として日本の軍部が自己の力を計らず、敵の力を研究せず、ただ自己の精神力を過大評価して、これに慢心したことを挙げなければならない。

第三の敗因は、軍の指導者が国民の良識や感覚を無視して、一人よがりで自分のいいと信じたところに国民を連れていこうとした点にあります。

端的に言うと、客観的・科学的な視点が足りず、主観的・精神論的な視点に偏っていた、と言えそうだ。


自分はどうだろうかと改めて考えてみると、コミュニケーション能力が弱くストイックな傾向もある自分は、まさに主観的・精神論的な傾向があるように思う。言わば、一人よがりのガンバリズム・・・。

そんな自分はアーリーリタイアを無事勝ち取ることができるだろうか??


ということで、アーリーリタイア戦線で敗北してしまわないために、日本の敗戦から学んで、今後は客観的・科学的な視点をこれまで以上に意識して資産形成に励んでいきたい・・・。
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2019-06-22 07:10 : 雑記 : 編集

さえないサラリーマンの生存戦略・・・

「隠れ高収益企業」という記事が日経ビジネス(2018年9月24日号)に掲載されていた。

その中で、早稲田大学大学院教授山田英夫氏のコメントが印象的だった。
企業が利益率を高めるために大切なことは、他社と競争しないこと。この戦略は2つある。一つは、ニッチ戦略で高いシェアを確保すること。その際、急速な売り上げ拡大を目指さず、市場規模を上手にコントロールすることが重要となってくる。市場が大きくなると、大手企業が目を付け参入し、市場がレッドオーシャンに変わってしまう。

もう一つ重要な戦略は、他社のバリューチェーン内において必要不可欠な存在になることだ。例えばセブン銀行は、他の銀行のような融資業務をほとんど手掛けない代わりに、他の銀行のATM運営受託などに注力することで、非常に高い利益率を誇っている。このように、他社に必要とされる度合いが高いほど、利ざやは大きくなる。

この戦略は、さえないサラリーマンである自分が社内で生き残るための参考になりそうだと感じた。

すなわち、さえないサラリーマンが社内で仕事を確保し続けるために大切なことは、他者と競争しないこと。

この戦略は2つある。一つは、ニッチ戦略で人のやりたがらない地味なポジションに就くこと。もう一つは、社内のバリューチェーン内において必要不可欠な存在になること。


今の自分の立場はどうかと考えてみると、そこそこ当てはまっているように思う。

すなわち、どちらかというと敬遠されがちな仕事だし、専門的な観点から必要不可欠度もそこそこ高い(はず)。



ということで、皆が昇進や昇給に関心を向けている隙に、さえない自分は人のやりたがらない地味なポジションで必要不可欠な存在になることを狙っていきたい・・・。
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2019-06-22 06:06 : 雑記 : 編集

結局、弱者は搾取されるということか・・・

「負債論 貨幣と暴力の5000年」(デヴィッド・グレーバー 著、酒井隆史 監訳、高祖岩三郎・佐々木夏子 訳)という本の感想、3回目。


「勝てば官軍」ならぬ「勝てば債権者」というような話が印象的だった。長々と抜粋。
いまでは、たとえば軍事的侵略は人類に対する犯罪と規定されている。国際裁判所が介入する場合には侵略者に賠償金の支払いを命じるのが通例である。第一次世界大戦後、ドイツは巨額の賠償金を支払わねばならなかったし、イラクは一九九〇年のサダム・フセインによるクウェート侵攻のための支払いをいまだつづけている。

だが第三世界の債務、マダガスカルやボリビアやフィリピンといった国々の債務は、ちょうど正反対に作用している。第三世界の債務国は、ほとんど例外なく一度はヨーロッパ諸国によって攻撃され征服されたことのある国々である。そして多くの場合、かつての侵略国に債務を負っている。たとえば一八九五年にフランスは、マダガスカルを侵略し、女王ラナバロナ三世をいだく政治体を解体し、みずからの植民地であると宣言した。彼らお好みの言い回しでいえば「平定(pacification)」のあと、ガリエニ将軍が最初に着手したことのひとつがマダガスカル人に重税を課すことだったのだが、その目的のひとつは侵略にかかった経費の穴埋めであった。

ところがそれだけなかったのである。フランスの植民地は財政的な独立経営を求められていたため、鉄道、道路、橋、プランテーションなど、フランス植民地体制が建設を望む諸設備に必要な諸経費の負担にもあてられたのだ。(中略) にもかかわらず、はじめからマダガスカル人たちはフランスに借金を負っていると言い聞かされてきたのである。そして今日にいたるまで、彼らはフランスに債務があるとみなされ、世界中がその取り決めの妥当性を認めている。「国際社会」がモラル上の問題を感知するとしたら、多くの場合、マダガスカル政府が債務の返済を滞らせるときだけなのである。

なんだかひどい話だけど、これが現実なんだろう。

強いものが正義になり、強いものが債権者になる。

逆に、弱いものは悪のレッテルを貼られたり債務者にされたりと悲惨なことに・・・。


正義を見たり債権者を見たりしたら疑う必要がありそうだ。

そして、悪を見たり債務者を見たりしたら逆の意味で疑う必要もありそう・・・。



ちなみに、さえないサラリーマンの立場からすると、侵略した国(奪い取った国)に侵略にかかった費用を負担させるというような厚かましい発想になるほどと思った(侵略して国が手に入った上に侵略に費やした費用まで請求するとは!!)。

まさに生産性の高い手法と言えそうであり、学ぶべきことは多々ありそうだ・・・。




ということで、なんだかひどい話だけど、悪のレッテルを貼られたり不当に債務を負わされたりしないためにも、フランス植民地政策の手口から学んでいきたい。

特に、勤めている会社からそのような仕打ちを受けないように重々気を付けていきたい。

もしかしたら既に・・・。
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2019-06-21 16:34 : 雑記 : 編集

「お金が誕生する前は物々交換していた」は間違いだった・・・

「負債論 貨幣と暴力の5000年」(デヴィッド・グレーバー 著、酒井隆史 監訳、高祖岩三郎・佐々木夏子 訳)という本の感想、2回目。


「物々交換の神話」という話が印象的だった。長々と抜粋。
「むかしむかし物々交換がありました。でも物々交換がなりたつにはとても骨が折れたのです。そこでひとは、お金を発明しました。そこから銀行や信用が発展したのです」

数世紀にもわたって研究者たちは、この物々交換のおとぎの国を発見しようと努力してきたが、だれひとりとして成功しなかった。アダム・スミスは物語の舞台を先住民の住まう北米に設定した(アフリカや太平洋を好む人たちもいた)。スミスの擁護のためにいうとスミスの時代には、少なくともスコットランドの図書館では、アメリカ先住民の経済機構にかんする信頼すべき情報はえられなかった。だが後続の者たちには申し開きの余地がない。十九世紀中盤には、なによりもルイス・ヘンリー・モーガンのイロコイ六部族連邦についての研究が幅広く流布していた――それらの研究はイロコイ諸部族連邦の主要な経済制度がロングハウスであって、そこに物財のほとんどが貯蔵されては女性たちの評議会がそれらを分配している、ということをあきらかにしていた。要するに、誰も矢じりを肉の塊と交換することなどしていなかったのである。ところが経済学者たちはこうした情報についてひたすら無視をきめこんだ。

ちょうどそのころ宣教師や冒険家、植民地の行政官たちは、スミスの本を片手に物々交換の国との遭遇を期待しながら世界中に散らばっていた。ところがそれを発見した者はどこにもいない。そのかわり発見されたのは、ほとんど無際限に多様である経済システムだった。なのに今日にいたるまでだれも、隣人どうしの日常的な経済的やりとりが「あの一匹の牛と引き替えに二〇羽のトリをあげよう」などという形態をとっている地域を発見することはできていないのである。

要するに、「お金が誕生する前は物々交換していた」というような教科書的な話は間違いだったようだ。


逆に、この本によると、物々交換はお金が誕生した後で発生するとのこと。

すなわち、一度貨幣経済が浸透して物の価値の数量化の習慣が付いた後で、社会的にお金が不足するような事態になった場合に、物々交換が発生するようだ。

つまり、物々交換が成り立つためには(価値の等しいものを交換するためには)物の価値の数量化が必要と言うことであり、その習慣はお金の誕生とともに発生したということ。



ということで、教科書に載っているようなことでも真に受けてはいけないなと改めて思った。

まずは、この本に書かれているこのような話も真に受けないように気を付けたい・・・。





そもそも、なぜそのような間違いがまかり通っているのだろうか?

「物々交換が不便だったからお金が誕生した」という物語は筋が通ったわかりやすい話だからだろうか、それとも、真実が明るみに出ると具合が悪い人がそのように仕向けているからだろうか、あるいは、アダム・スミス大先生への忖度からだろうか・・・。
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2019-06-21 15:04 : 雑記 : 編集

お金は人を孤立させる・・・

「負債論 貨幣と暴力の5000年」(デヴィッド・グレーバー 著、酒井隆史 監訳、高祖岩三郎・佐々木夏子 訳)という本を読んだ。

負債の歴史を通して人間や人間社会についてアレコレ考える内容。

読解力の足りない自分にはいまいち要点がつかめなかったけど、以下のように理解した。



昔から、人類は近隣に住む信用のおけるもの同士でお互いに貸し借りをし合いながら生活してきた。

その際、人間関係を維持するために、貸し借りをいくらか残しておく(返済して貸し借りをゼロにしてしまわない)傾向にあった。

すなわち、貸し借りは人間関係を維持するための一つの手段となっており、すべてを返済して貸し借りがゼロになってしまうと人間関係が弱くなってしまうのだ。

一方、信用のおけないもの同士では信用をベースとした貸し借りの関係が成り立たないため、お金による売買などその場で完結するやり方が主流となる。

お金による売買には価値の数量化が伴い、その数量化によって「負債」という概念が誕生する。

つまり、お金を借りるといくら返さないといけないかが明確になってその数字から逃れられなくなり、いわゆる負債が誕生することになる。

そして、重要なことに、その負債には強制するための暴力が伴う。

負債はお金の誕生とともに発生し、すなわち、お金の歴史は負債と暴力の歴史でもある。

なお、お金の誕生や負債や暴力には国家が大きく関係している。



というような理解をしたけど、この中で、人間関係を維持するために貸し借りを残しておく、という部分が印象的だった。

現在のような貨幣経済の社会は、人間関係をその場限りの関係にしてしまうということか。

そのような貨幣経済の現代社会では、信用が無くてもお金さえあれば生きていけるため、信用のおける人間関係を築くことの優先順位が低くなってしまっているに違いない(孤独死も問題になっているし)。

お金は人を孤立せさるということか・・・。



でも、逆に考えると、お金は人間関係のしがらみから人を自由にしれくれるとも言える。



自由をとるか、人間関係(信頼関係)をとるか。



まあでも、コミュニケーション能力が低く人間関係(信頼関係)を築くのが苦手な自分は、人並み以上にお金に頼る必要がありそうだ。

そういう意味でも、資産形成にはせいぜい精を出しておきたい・・・。
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2019-06-21 06:05 : 雑記 : 編集

もはや資本家も負け組 勝ち組はスター経営者・・・

「新しい時代の富の偏在」という記事が日本経済新聞に掲載されており、資本分配率が低下しているという話が気になった。

記事からの抜粋。
近年、世界的に労働分配率の低下傾向が顕著である。その原因の1つに、労働力を代替する新しい技術の進歩がある。

しかし、ロンドン・ビジネス・スクールのバルカイ氏による最近の研究では、近年は労働分配率以上に資本分配率の低下が著しいことが明らかにされている。利子率や配当性向が傾向的に低下した結果、かつては勝者と考えられていた資本家への分配も大きく下落しているというのである。

その背景には、一部の新興企業が急成長し、それを担うスーパースターに、労働者にも資本家にも分配されない巨額の超過利潤が発生していることがある。その結果、成長の果実が内部留保や経営者・創業者への巨額報酬という形で、ごく一握りの人々に遍在する現象が生まれている。

トマ・ピケティ氏が用いた「r > g」という式の印象が強いせいか、資本家は勝ち組で労働者は負け組というようなイメージを抱いていたけど、現在の勝ち組はスター経営者など急成長企業の経営者・創業者のようであり、資本家も負け組のようだ。

人生100年時代に備えて「貯蓄から投資へ」と言われているけど、資本分配率が著しく低下しているとしたらその結果が心配になってくる。

昔(戦後)は貯金が推奨されて、今は「貯蓄から投資へ」と言われているけど、これからは「投資からスター経営者へ」などと言われるようになるのだろうか。


人生100年時代を平穏無事に過ごすためのハードルが、どんどん高くなっているようだ・・・。


スポーツや音楽などと同じく、ビジネスでも何でもかんでも一部のスターにお金が集中するということか・・・。
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2019-06-16 08:12 : 雑記 : 編集

老後のために皆が2000万円備えはじめたら困ったことになる・・・

「続・人生100年時代の罪」という記事が日本経済新聞に掲載されていた。

老後2000万円不足問題にからめて「合成の誤謬(ごびゅう)」という言葉が出てきて気になった。
「人生100年時代」に向けたメッセージの出し方は難しい。長生きすると公的年金だけでは不十分かもしれないからしっかり自助努力で資産形成しなさいというのは正論だろう。

ただ、皆が急に毎月5万円ずつ貯蓄に回し始めたら、日本の消費は急速に縮小する。消費税率上げどころの衝撃ではない。

人生100年に備えた貯蓄が日本経済の一段の縮小を招くリスクもあるのだ。典型的な「合成の誤謬(ごびゅう)」だ。

「合成の誤謬」とは、個人としては正しい行動だとしても、皆がその行動をとると誤った結果になってしまう、というような経済用語のようだ。

例えば、老後に備えて貯蓄を増やすことは、個人的には正しい行動だけど、皆が一斉に貯蓄を増やし始めたら消費が低迷するので経済が悪化してしまい困った結果になる。

とすると、超高齢化社会に向けて各自が貯蓄を増やすというのは、実は解決策にならないということになる(消費の低迷により経済が悪化して困った結果になってしまう)。

政府が2000万円問題をうやむやにしたがる背景には、そのような問題への懸念もあるのだろうか。


このようなことを考えると、超高齢化社会に備えるというよりも、各自には貯蓄するよりもどんどん消費してもらって、その代わり死ぬまで働いてもらう(働けなくなったら・・・)、というようなこと(すなわち 死ぬまで消費と労働!!)が、超高齢化社会の経済問題の解決策なのだろうか??

そんなわけない・・・。

まあでも、幸いにも多数派は(言われなくても自ら進んで)貯蓄よりも消費に精を出してくれているようなので、消費による経済への貢献は(ある意味利他的な?)彼らに任せて、利己的な自分はせっせと貯蓄に精を出しておくとしよう・・・。
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2019-06-16 07:15 : 雑記 : 編集

老後2000万円問題を直視しないのは人間の性・・・

「正常化の偏見という魔物」という記事が日本経済新聞に掲載されていた。

「正常性バイアス」に関する話が書かれており印象的だった。長々と抜粋。
人は明日死ぬかもしれないなどと考えない。なんとなく、明日も平穏無事で、天寿を全うする、と意識しているわけではないが、無意識にそのように思って生きている、という。確かに、いつもそんなことを考えていたら、寿命が縮んでしまいそうである。

そのため、いざ危険が身に迫ってきても、平凡な人生が続くと思っている思考回路からなかなか抜け出せない。その結果、避難しなければならない状況にもかかわらず、自分は大丈夫と思い、それに合う情報だけを集め、合わない情報は無視してしまう。

被災地のインタビューでは必ずといってよいほど、「こんなに降るとは思わなかった」「生まれてこの方、一度もなかった」といった声を聞くが、それで今回も大丈夫だという理由にはならない。

このことを非難するつもりはない。これが人間の性であり、自分にもその性があるということを自覚して、災害が迫ってきているときに、自分の判断が本当に正しいのか、今一度考えてほしいと思っている。

この話を読んで真っ先に思い浮かんだのが、日経新聞にも連日のように取り上げられている老後2000万円不足問題。

与党も野党もマスコミも国民も、老後(超高齢化社会)も平穏無事に過ごせるだろうとなんとなく思って都合の悪いこの問題を無視したがっている(直視したがらない)という感じだろうか。

上記抜粋部分の言葉を借りると、
「このことを非難する必要はない。これが人間の性であり、自分にもその性があるということを自覚して、老後(超高齢化社会)が迫っているときに自分(たち)の判断が本当に正しいのか、今一度考えてほしいと思っている。」
とでも言えそうだ。


ということで、正常な人間はまだ直視していないかもしれないが(それが人間の性?)、心配性な自分は一足先に老後資金の備えに努めておきたい・・・。
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2019-06-16 06:10 : 雑記 : 編集

資産形成は病的な危機意識から・・・

「凄い生産性アップ」という日経ビジネス(2018年9月17日号)の記事の感想、2回目。

平和で豊かな日本は「やる気」が出にくい環境、というような話が印象的だった。
人が本当にやる気を奮い立たせる状況は限られている。一つは、やる気を出さねば危機的な未来が待つ状況。もう一つは、やる気さえ出せば未来に大きな希望が持てる状況だ。

だが、豊かな日本では、粉骨砕身で働かなくともそれなりの暮らしが保証される。一方、がむしゃらに仕事をしたところで、成熟化が進む社会では、収入が2倍、3倍と増えていくこともない。つまり、やる気を出そうが出すまいが未来は大して変わらない――。多くの人がそう思っているのではないだろうか。

平たく言うと、平和で豊かな日本ではハングリー精神を抱きにくい、ということだろう。

では、そんな日本でやる気を出すにはどうすれば良いのか?

この記事では、野球のイチロー氏を例に挙げて「ルーティン化」が紹介されていた。イチロー氏は、打席に入るときの動作や食事のメニューなどをルーティン化していたとのこと。


個人的にはこのルーティン化にはいまいちしっくりこなかったけど、ただ、よくよく考えると、自分は資産形成や読書などについては、平均的な日本人よりもやる気をもって取り組んでいるように思う。

そのやる気はどこからくるのだろうか?、と考えてみると、自分がさえないが故の「危機意識」からきているに違いない。

すなわち、さえない自分は今後もお金を稼ぎ続ける自信(≒今後も生き残り続ける自信)が無いため、稼げる今のうちになんとか稼いで、最大限の節約をして、少しでも投資で増やしておく、ということに取り組まずにはおられない。

さらに、なんとか生き残り続けるためのヒントが少しでも得られればと、本を読まずにはおられない。

この平和で豊かな日本に住んでいながら、こんなにやる気を引き出してくれるなんて、さえない性質も役立つことがあるようだ。いわゆる「馬鹿と鋏(はさみ)は使いよう」というやつだろう。



ということで、さえないが故の危機意識を有効活用してなんとか生き残っていきたい。

ただ、危機意識に押しつぶされないようには注意したい・・・。
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2019-06-15 08:30 : 雑記 : 編集

頑張るよりも楽して儲ける・・・

「凄い生産性アップ」という記事が日経ビジネス(2018年9月17日号)に掲載されていた。

生産性を上げるためには社員のやる気アップが欠かせないが、ニンジンをぶら下げたり(昇給・昇進)、職場を楽しくしたり(飲み会・社員旅行)、というような従来の手法は不十分であり、データ解析や医学的な知見を活用した新たな手法が求められる、というような話。

その事例として、感情を分析することやルーティン化などが紹介されていたけど、個人的にはイマイチの内容だった。

ただ、以下の「ホーソン実験」の話は印象的だった。
1924年から32年まで電子機器メーカーの米ウエスタン・エレクトリックが社員を対象に実施した「ホーソン実験」という生産性に関する有名な実証実験がある。

賃金から休憩時間までどんな労働環境が作業効率などに好影響を及ぼすか調べる目的で、会社は社員に様々な条件の下で作業をさせて検証した。だが、調査は難航する。賃金を上げても休憩を増やしても生産性にはほぼ無関係なことが判明してしまったからだ。そんな中、唯一生産性に影響を及ぼしたのが作業者たちの仲間意識。仲の良いグループと仲の良くないグループで同じ作業をさせると、生産性に顕著な差が生じたのだ。

仲間意識が生産性をアップさせる、という単純な結論になるほどと思ったけど、その生産性とはあくまで「作業効率」であって、いわゆる「労働生産性」(GDP/就業者数)ではない。

仲間意識というのは日本的雇用(新卒一括採用、年功序列、終身雇用)の得意分野のように思うけど、また、その仲間意識に支えられた高い作業効率が高度経済成長を成し遂げたのかもしれないけど、今となっては作業効率だけでは労働生産性(GDP/就業者数)は上がらなくなったのだろう。

ロボットが発達した今では、そして特にますます発達していくであろう将来的には、いくら作業効率をあげたところでロボットに勝てるわけがない。つまりロボットを使いさえすれば作業効率で他者(他社)と差をつけられない。


作業効率をいかに上げるかよりも、効率よくお金を生み出す作業をいかに考え出すか(表現を変えると、いかに楽して儲けるか)、というのが重要なんだろう。


とは言え、「頑張る」ことが美徳とされる日本では今後も作業効率を上げようと頑張り続けるだろうし、ストイックな傾向のある自分自身も馬鹿の一つ覚えのように作業効率を上げようと無駄に頑張ってしまいそうだ。

ということで、「頑張るよりも楽して儲ける」を意識して今後も資産形成に励んでいきたい・・・。
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2019-06-15 07:33 : 雑記 : 編集

嫌われ力? どんな嫌われ方をしたいか・・・

『「嫌われ力」が世界を回す』という記事がニューズウィーク日本版(2018年9月11日号)に掲載されており気になった。

リーダーがバッシングの対象になる理由について書かれていた。
 新時代を切り開くリーダーがバッシングの対象になるのはなぜか。主に3つの理由が考えられる。
 1つは、世界を変えるリーダーは当然ながら既成の秩序や価値観を揺さぶる存在であり、それに対して人々が居心地の悪さを感じること。もう1つは突出した能力や業績に多くの人々が嫉妬し、その感情が攻撃に転じることだ。さらに、傑出したリーダーには人々が高い期待を抱くため、その期待に応えられないと失望感も大きくなる。

改めて考えると、リーダーにはリスクが伴う。特に、「出る杭は打たれる」傾向が強い日本においてはなおさらであり、リーダーが叩かれるのは必然と言えそうだ。

そんな叩かれてしまうリーダーに、そもそも人はなぜなりたがるのかと考えてみると、欲求に突き動かされているからなんだろう。出世欲や自己顕示欲などの欲求に突き動かされて人はリーダーになりたがる。例えが悪いけど、猿がボス猿になりたがるようなイメージ。


ただ、猿がボス猿になるとより多くの子孫を残せるというメリットがあるのだろうが、人間の場合は(自分の周りを見てみると)リーダーほど子沢山というわけではなさそうだ。

では、人間がリーダーになることで得られるメリットはなんだろうか?

おそらく、出世欲や自己顕示欲などが満たされるというのが一番のメリットなんだろうけど、それはいわゆる手段が目的化している状態と言えそうだ。つまり、もともとはより多くの子孫を残すための出世欲や自己顕示欲のはずなのに、出世欲を満たすための出世欲や自己顕示欲を満たすための自己顕示欲になってしまっている。


というような屁理屈を書いている自分は、ボス猿になるよりも群れの一員に埋没しておきたいというような、目立ちたくない性格(出ないから打たないで!)であり、すなわち、出世欲や自己顕示欲よりも平穏無事欲求が強い。

そんな平穏無事な生活を送りたい自分にとって、人から嫌わることは最も避けるべきことであり、嫌われることを極度に恐れてしまっているように思う(好かれなくてもいいからとにかく嫌われないようにしなくては・・・)。


とはいえ、身の周りにはいろいろなタイプの人がいるので、誰からも嫌われないというのはとうてい無理な話であり、ある程度は嫌われることを覚悟しておく必要がある。

その際、嫌われた時のショックを軽減するために、どうせ嫌われるならどんな嫌われ方をしたいか(どんな悪態をつかれたいか)、というようなことを意識しておいた方が良さそうだと思っている(まだできていないけど)。

つまり、いざ嫌われたとき、「嫌われたくない」とばかり考えていたら嫌われたショックは大きいだろうけど、「こういう風に嫌われたい」と考えていたら例え違う嫌われ方だったとしてもショックが小さくてすみそうだ。

例えば、「屁理屈ばかりでウザいという理由で嫌われたいと思っていたけど、ケチすぎるという理由で嫌われてしまった。そっちか・・・。」というようなイメージ。



ということで、嫌われ力をつけるためにも、「どんな嫌われ方をしたいか」を考えておきたい。



ちなみに、このブログは「自己満妄想野郎!!」と悪態をつかれて嫌われたい・・・。
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2019-06-15 06:07 : 雑記 : 編集

労働者が嫌がることをどこまでさせてよいのか・・・

『「現代奴隷法」と企業』という記事が日本経済新聞い掲載されており気になった。

記事からの抜粋。
2019年初めからオーストラリアで「現代奴隷法」(Modern Slavery Act)という法律が施行されている。企業のグローバルサプライチェーンの労働環境を開示するよう求めている。手本となった英国は15年に同様の法律を制定している。

先進国企業が低賃金や長時間労働など劣悪な奴隷同然の環境を、新興国の人たちに強いているのではないか。そんな世論を国際人権NPOが盛り上げた。持続可能性を重視する北欧の年金などがNPOに接近し、現代奴隷に象徴される労働・人権問題を投資判断に加えるようになった。

その結果、「ビジネスと人権」が市場で話題になることは、さほど珍しいことではなくなった。

極端に考えると、自分のようなサラリーマンも現代の奴隷と言えるのかもしれない。お金を稼ぐために自ら進んで奴隷になる、というより、生きるために奴隷にならざるを得ない。

企業側はそんな労働者たちの足元を見て、利用できるだけ利用しようとしてくる。

ここで問題となるのは、企業が利益を上げるために、労働者が嫌がることをどこまでさせてよいのか?、というようなことなんだろう。損得と善悪のせめぎ合い。

企業側からすると、度が過ぎると人権問題と言われるけど、緩すぎるとグローバルで戦えない。

したがって、(働き甲斐というポジティブな幻想や責任というネガティブな幻想を信じ込ませたりして)いかに労働者が自ら進んで奴隷化するように仕向けるかが企業の腕の見せ所になってくる。



そんな企業で働くサラリーマの1人としては、お金のために自分をどこまで奴隷にするべきか考えておく必要がありそうだ・・・。
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2019-06-09 08:15 : 雑記 : 編集

センスが無い自分は論理に頼るしかない・・・

「客観より主観が武器になる」という東レ経営研究所チーフエコノミスト増田貴司氏の記事が日本経済新聞に掲載されており気になった。


記事からの抜粋。
企業人たるもの、論理的・客観的な判断に基づいて行動すべきであり、主観で動くのは好ましくない。こんな常識がはびこっている会社が多い。だが最近はビジネスの世界でも、客観ではなく主観が武器になる時代になりつつある。

理由の一つにIT(情報技術)の普及により情報取得のハードルが下がったことがある。この結果、客観的データを基に論理的に判断すれば、競合他社と同じ「正解」にたどりつき、差別化できないという問題に直面する。

もう一つの理由は不確実性の時代となり、新技術が将来どのように使われるかが誰にも予測できないことだ。(中略)現時点での将来市場の予測などの客観情報を基に立てた戦略は有効でない。

企業で客観が好まれるのは、意志決定の客観的な理由を示せば、賢そうに見えるうえ、失敗した際の口実になるからだ。

論理的・客観的な判断の弊害については納得できるけど、主観が解決手段になるのかと言われると疑問に感じてしまう。

というのも、主観には“センス”が求められると思うけど、センスが無い主観は客観以上にたちが悪いように思うから。

自分はセンスが無いので主観でうまくいくとはまったく思えず、センスのない主観を発揮するよりも論理や客観に頼る方がまだましに違いない。


さらに、弁が立たない自分は失敗した時の責めから逃れるためにも論理や客観が必要となる。



ということで、センスが無く弁も立たない自分は、主観よりも論理や客観を頼りに残りのサラリーマン生活をなんとか生き抜いていきたい・・・。
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2019-06-09 07:30 : 雑記 : 編集

「対人音痴」が治らなかった・・・

「40代を後悔しない50のリスト」(大塚寿 著)という本の感想、4回目。


50のリストの中に『「対人音痴」が直らなかった』という項目があり、「対人音痴」な自分としては気になる内容。

『まずは相手の立場を考えた「ひと手間」から始めてみる』べしとのこと。

彼らに共通しているのが、「対人感度」が少し普通とズレているという点です。四十代になっても相手の立場に立てず、一方的に仕事を進めてしまうような人なのです。
※彼らとは四十代で冷や飯を食らうような人材(すなわち出世できない人材)


以前どこかで、エリート(すなわち出世できる人材)にはサイコパス的な気質の人も多いというのを読んだことがある。

サイコパスも「対人感度」が普通とズレているように思うし相手の立場に立っていないように思うし一方的に進めてしまうように思うけど、相手を動かそうとする性質があるようなので、そういう意味では(動かす対象として)相手に興味を持っているのだろう。

そのようなサイコパスとの比較で考えると、「対人音痴」の自分の一番の問題点は、相手の立場に立てていないことというよりも、そもそも相手(他人)に興味が無いことのように思う。



ということで、まずは相手(他人)に興味を持つ「ひと手間」から始めてみたい・・・。



といっても、基本的には「対人音痴」は治らないと思うので、「対人音痴」という性質を抱えたままいかに生き抜くか、あるいはいかに資産形成するか、というようなことを考える必要がありそうだ。

たとえ相手(他人)に興味を持つことができないとしても、生き抜くために必要であれば、あるいは資産形成のために必要であれば、それを実現する手段の一つとして相手(他人)のことを考えられるようになるだろう・・・。
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2019-06-09 06:20 : 雑記 : 編集

成功者は幸せに見えない・・・

「40代を後悔しない50のリスト」(大塚寿 著)という本の感想、3回目。

「成功者は幸せに見えない」というような話が印象的だった。該当箇所を長々と抜粋。
 あるとき、心理学者とブレーンストーミングをしているときに、「若いころから目標設定をして、その目標を実現させて成功した人ってなぜ、みんな不幸そうな顔をしているのか」という疑問に話が及んだことがあります。
 「みんな不幸そう」というのも極論というか、もちろん言葉のアヤで、「幸せそうな表情には見えない」という文脈を強調した結果です。
 人の何倍も苦しんで、努力して成功を手に入れたわけですから、その厳しさが顔に出て、その表情が幸せそうには見えないのだろうくらいに私は言ったはずです。
 ところが、心理学者の指摘は違うところにありました。
 「常に一〇年後とか二〇年後の目標設定をして、『なりたい自分』の世界に生きているので、今を生きていない」というのです。「今を生きていないので、今の幸せを実感できるはずがない、それってある意味不幸ですよね」というものでした。
 「じゃあ、どうすればいいんですか」と尋ねてみると、「『なりたい自分』同様に『ありたい自分』、つまり今日をどう生きるか、今をどうありたいかの目標設定もしておくことですね」という答えが返ってきたのを鮮明に記憶しています。

長期的な目標を設定して達成するような人は、基本的にストイックな性格だろうから(例えば野球のイチロー氏のような)、そのストイックさ故に幸せを感じにくいのだろうと理解した。

すなわち、世間的には成功しているように見えても自分の高い目標を達成するまでは満足できないだろうし、たとえ目標を達成できたとしても、幸せ感を味わう間もなくさらなる高い目標を掲げてストイックに取り組み始めるに違いない。


さえない故に成功者にはなれそうにないけど、徹底した節約など自分もストイックな傾向がありそうであり、注意していきたい。

アーリーリタイアという(自分にとっては高い)目標を掲げて資産形成に取り組んでいるけど、普段の生活の中で幸せを感じることはあまりないような。

幸せを感じられるのは週末にお酒を飲んで現実逃避しているときくらいだろうか・・・。



ということで、普段の生活の中で幸せを感じられるようになりたい。

一番良いのは、日々のサラリーマン生活の中で幸せを感じられるようになること。お金も稼げて幸せ感も得られるというのが理想的。

ただ、仕事大嫌いな自分が仕事で幸せ感を得るためには、サラリーマン生活という苦行を通して“悟り”が開けるなんてことでも起きない限り難しそうだ。

とりあえず、病まない程度に苦行に打ち込んでみたい・・・。




なお、“悟り”が開けるまでは、週末のお酒に幸せ感を求めていきたい。

苦行で病むのが先か、お酒で病むのが先か・・・。
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2019-06-08 08:24 : 雑記 : 編集

40代を後悔しないために・・・

「40代を後悔しない50のリスト」(大塚寿 著)という本の感想、2回目。

20代・30代を振り返った前回に続いて、今回は40代を後悔しないために何をすべきか考えてみた。


あれこれ考えた結果、40代を後悔しないために次の3点を意識していきたいと思う。
1.サラリーマン生活という苦行をなんとか生き抜く (そのうち悟りが開けるかも)
2.積立投資や読書などの良いと思っている習慣を継続する (継続は力なり)
3.億劫がらずに新しいことに手を出し続ける (これまでの繰り返しだけにはならないように)

1番目と2番目は20代・30代の経験から学んだ後悔しないための継続事項であり、今回新たに追加したのが3番目の「億劫がらずに新しいことに手を出し続ける」こと。


3番目を挙げた背景として、新しいことに取り組むことが年とともにだんだん億劫に感じてきているように思う。

例えば、仕事上でシステムが次々と変わっていくけど(それもどうかと思うけど)、新しいシステムを使うのがすごく億劫に感じてしまっている(使い慣れたシステムを使い続けたいと感じてしまっている)という自覚症状が強い。

若いころだったら、新しいシステムに興味を持って積極的に試してみたかもしれないというのに。

アラフォーの段階でこんな状態だから、これから年とともにますます億劫になっていき、必要最低限のこと以外は新しいことに手を出さなくなるに違いない。

そうなると、これまでと同じような人生を繰り返すだけになってしまい、後悔のもとになりそうだ。



ということで、40代を後悔しないために「億劫がらずに新しいことに手を出し続ける」べく努めていきたい・・・。
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2019-06-08 07:23 : 雑記 : 編集

20代・30代の後悔・・・

「40代を後悔しない50のリスト」(大塚寿 著)という本を読んだ。

後悔しない40代の過ごし方について、著者の体験や1万人の失敗談を元に紹介する内容。

ただ、どちらかというとできるサラリーマンを対象にしたような内容であり、残念ながら、さえない自分にとってはあまり心に響く内容ではなかった・・・。


そんなさえないアラフォーの自分は、40代を後悔しないために何をするべきだろうか??



それを考える前に、まずは、20代・30代を振り返ってみた。

自分は20代・30代を後悔しているだろうか? その理由は?


改めて考えてみると、今のところ20代・30代を後悔していない。

なぜなら、
1.20代・30代を通してサラリーマン生活という苦行をなんとか生き抜いてこれたから
2.20代はバイクなどこれまでの人生でもっともワクワクする体験ができたから
3.30代は投資や資産形成に取り組み始めることができたし多くの本を読むことができたから

この中でも、特に大きいのが1番目。

コミュニケーション能力や社会性に欠けている自分が、今までサラリーマンを(病まずに)続けてこれたのは奇跡的なように思う。

その上で、上記2番目や3番目もできたなんて、自分にとっては上出来だ。



そんな悔いのない20代・30代も参考にして、後悔しないための40代の過ごし方については次回考えてみたい。





なお、贅沢をいうときりがないけど、20代・30代で後悔していることを強いて挙げるとすると、20代から積立投資を初めておけばよかったな・・・。
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2019-06-08 06:20 : 雑記 : 編集

知らない方が楽しめるけど 知らないと生きていけない・・・

ドラマ「白い巨塔」(岡田准一主演)がテレビ朝日開局60周年記念ということで放送されていた。

この作品はこれまでも数回ドラマ化されたということで、自分も2003年に放送されたドラマ(唐沢寿明主演)を観た記憶がある。


本作品も個人的には楽しめる内容だったけど、ネット上での評判は良くないようだ。

過去の作品と比較すると(相対的に)酷い出来ということのようで、特に、田宮二郎主演のものは素晴らしかったとのこと。

また、癌で亡くなる設定にしては岡田氏の体格がガッチリすぎる、というような感想もあった。


このような感想を読みながら、余計なことは知らない方が楽しめるなとつくづく感じた。

なお、同様のことは人生全般においても言えるように思う。すなわち、何も知らなかった子供時代は心の底から楽しんで遊んでいたように思うけど、いろいろな現実を知ってしまった今となっては、心の底から楽しいと思えることもないような(お酒を飲んだときくらいか・・・)。

しかし、成長するほどにいろいろなことを学ばないと生きてはいけないのもまた事実であり、つまり、知らない方が楽しめるけど知らないと生きていけないということ。


まあでも、自分は楽しむことよりも何よりも生きることを最優先したいので、楽しむことを犠牲にしてでもいろいろな知識を身に付けてなんとか生き残っていきたい・・・。



ちなみに、ドラマと言えば、個人的には10月から放送されるという「結婚できない男」の続編を楽しみにしている。

といっても、前作を毎週楽しく観ていた(知識がある)自分は続編を楽しめるのだろうか・・・。
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2019-06-02 08:24 : 雑記 : 編集

「一億ほぼ下流社会」への備え・・・

「頭脳資本主義、数より質重要」という駒沢大学准教授井上氏の記事が日本経済新聞に掲載されていた。

AIやロボットの台頭で変わっていくであろうこれからの雇用に関する内容であり、以下の抜粋部分が印象的だった。
スマートマシンが十分普及した30年以降は、全面的かつ長期的な雇用減少が起きる可能性がある。米国では今世紀に入ってから就業率が低下傾向にあり、日本でも同様の低下を経験するかもしれない。その果ては、AI・ロボットなど機械との競争に打ち勝つ一部のスーパースター労働者以外は、まともな職にはありつけなくなる恐れがある。

「雇用の未来」という論文で有名なマイケル・オズボーン英オックスフォード大准教授は、今後なくなる職業は増えていくが、創造的な仕事は残り「クリエーティブエコノミー」が訪れるとポジティブに論じた。

だがクリエーティブな世界は残酷だ。図で示したように、一般的な職業の所得分布は中間層が分厚い「釣り鐘型」だが、ミュージシャンや芸能人のようなクリエーティブ系の職業の所得分布は低所得層が分厚い「ロングテール型」だ。米国や日本では現在既に、中間所得層が減りつつあり、少しずつロングテール型の所得分布に近づいている。

年収10万円のクリエーティブな仕事がいくらあっても、それは実質的には雇用があるとは言えない。クリエーティブエコノミーは、食べていけるだけの雇用が極めて少ない経済だろう。

端的に言うと、かつて「一億総中流社会」なんて言われていた日本も、言わば「一億ほぼ下流社会」に移行していく(移行している)ということか。

あるいは、最近では「一億総活躍社会」なんて言われるけど、実際は「一億そんなに活躍できない社会」が待っているということか。

そもそもの問題は、AIやロボットにはできない仕事といっても、中流以上の収入が得られる仕事は人間同士の争いが激しく、一部のスターしかありつけないというところにあるということか。


ということで、一部のスターなんかにはなれそうにない自分は、中流の末席になんとかしがみついている(つもりの)今のうちに、アーリーリタイアできるだけの資産を築いていきたい。

そのように考えると、アーリーリタイアを目指すことは、すなわち、「一億ほぼ下流社会」や「一億そんなに活躍できない社会」に備えることとも言えそうだ・・・。
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2019-06-02 07:03 : 雑記 : 編集

ビル・ゲイツの「悪夢のメモ」から学ぶ・・・

「ビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる」(ジム・コリンズ、モートン・ハンセン 著、牧野洋 訳)という本の感想、3回目。

前々回書いた、カオスな時代でも躍進する企業のリーダーにそなわる4つの性質の中の「建設的パラノイア」を説明するために、マイクロソフト共同創業者ビル・ゲイツ氏の「悪夢のメモ」にまつわるエピソードが紹介されており印象的だった。
後に「悪夢のメモ」として知られるようになったメモを見れば、ゲイツ氏がどんな恐怖にとりつかれていたのかよく分かる。一九九一年六月十七日から同月二十日にかけての四日間で、ビル・ゲイツの個人資産は三億ドル以上も目減りした。悪夢のシナリオが盛りだくさんに書き込まれたメモがサンノゼ・マーキュリー紙へ流出し、紙面に掲載されたことから、マイクロソフト株が突如として十一%も下落したのだ。ゲイツ自身によって書かれたメモは、脅威や不安材料を一覧にしていた。競争相手、技術進歩、知的所有権、法廷闘争、マイクロソフトの貧弱な顧客サポート――。「われわれの悪夢は現実である」とも宣言していた。

ここで忘れてはならない点が一つある。メモが書かれた当時、マイクロソフトが主力にするウィンドウズが最強のソフトウエアの一つになる寸前だった。ウィンドウズを追い風に同社は急成長し、業界内で最強のプレーヤーになりつつあった。ゲイツをよく知る人たちにしてみれば、メモに書かれていた内容は特に驚きではなかった。彼はいつでも恐怖におののき、「誰かに攻撃される」と心配していたからだ。そんな妄想症的な性格は、会社がどんなに急成長しても変わらないと思われていた。「悪夢のメモ」が流出してから一年後、ゲイツは「もしマイクロソフトが無敵であると本当に信じていたら、私はもっと休暇を取っていたと思う」と語っている。

悲観的な性格の自分も、勝手な不安を抱くのは大の得意分野だけど、ビル・ゲイツ氏の徹底ぶりと比較すると全然足りていないに違いない。

さらに、リストアップした不安が現実にならないように周到に準備することが最も大切なポイントだろうけど、自分はそれも全然足りていないだろう。

ということで、ビル・ゲイツ氏を倣って、悲観に徹して不安をリストアップすることと、それらの不安が現実にならないように周到に準備することに努めていきたい。



ただ、悲観に徹しすぎると絶望してしまいそうなので、心が折れない程度の悲観にとどめておく必要があるような。

というより、まずは折れない心を育むところから着手する必要がありそうだ・・・。
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2019-06-02 06:21 : 雑記 : 編集

「流される資産形成」から「実証的な資産形成」へ・・・

「ビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる」(ジム・コリンズ、モートン・ハンセン 著、牧野洋 訳)という本の感想、2回目。

前回書いた、カオスな時代でも躍進する企業のリーダーにそなわる4つの性質の中の「実証的創造力」(他人や社会通念ではなく、科学的に実証できる根拠をより所に大胆で創造的な行動に出る)に関して、他人や社会通念に流されやすい自分は要注意と思った。

とは言え、あらゆることに対して実証的であろうとすることは時間的に無理だろうから、少なくともお金にまつわることについては今まで以上に実証的になりたい。

より具体的には、稼ぎ方(仕事)、使い方(節約)、殖やし方(投資)のそれぞれについて、他人や社会通念に流されることなく、科学的に実証できる根拠をより所に行動するよう努めていきたい。


現状を改めて考えてみると、サラリーマンになったのは他人や社会通念に流された結果のように思うし、積立投資をしているのも他人や社会通念に流された結果のように思う。

唯一、節約だけが他人や社会通念に流された結果ではないように思うけど、「科学的に実証できる根拠をより所」にしているのかと言われると疑問であり、単に自分の本能(ケチケチ本能)に流されているだけのような。



ということで、他人や社会通念や本能に流されないような、実証的な資産形成を目指していきたい。



まあでも、結果的に資産形成できているのであれば、流されるのもありかもしれないが・・・。
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2019-06-01 08:41 : 雑記 : 編集

積立投資 2つの苦痛・・・

「ビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる」(ジム・コリンズ、モートン・ハンセン 著、牧野洋 訳)という本を読んだ。

不確実でカオス(混沌・無秩序)な時代にもかかわらず、荒波に飲み込まれることなく躍進する企業と、すぐに経営が悪化してしまう企業とではどこが違うのか?

比較調査で導き出した前者(躍進する企業)に共通する特徴を紹介する内容。


前者(躍進する企業)のリーダーにそなわる性質として次の4点が挙げられていた。

1.狂信的規律
 一貫した価値観・長期目標・評価基準をはじめ、偏執狂のように徹底した行動の一貫性を示す

2.実証的創造力
 他人や社会通念ではなく、科学的に実証できる根拠をより所に大胆で創造的な行動に出る  

3.建設的パラノイア
 妄想症にかかったかのように不安を抱き、それらの不安に対して周到に備える

4.レベルファイブ野心
 大義のため、会社のため、仕事のための並外れた野心・情熱を持つ



「1.狂信的規律」に関連して「二十マイル行進」という言葉が出てきて印象的だった。

アメリカを横断するウォーキングに挑戦する場合、天気や気分に左右されて一日に歩く距離を日々変えるのではなく、一日に歩く距離を事前に決めて(長すぎず短すぎない距離、例えば二十マイル)それを貫き通す方が結果的にうまくいく、というようなことであり、飛躍した企業の成長にも当てはまるとのこと。
二十マイル行進は単なる哲学ではない。軌道から外れないようにするための工程表だ。この工程表は具体的で、明確・賢明であると同時に厳格に守られるべきだ。二十マイル行進を実践すると、自らに苦痛を課すことになる。苦痛には二種類ある。(一)厳しい状況下でも断固として高い成果を出さなければならないという苦痛、(二)快適な状況下でも自制しなければならないという苦痛――である。


マイペースな自分としては都合の良い考え方であり、また、妙に納得できる考え方でもあるので、今後の資産形成活動においては「二十マイル行進」を意識していきたい。

具体的には、サラリーマンとして多すぎず少なすぎない給料を得続けることと、その中から多すぎず少なすぎない積立投資を続けていくことを守っていきたい。



なお、上記引用部分の「二種類の苦痛」の部分を読んで、積立投資が真っ先に思い浮かんだ。

すなわち、決めた金額を積み立てる以上にあり金を一気に投資したくなる気持ちを抑えるのも苦痛だし、決めた金額を働いて確保し続けるのも苦痛なのだ。



ということで、アーリーリタイアという自分にとってのアメリカ横断を達成するために、「二十マイル資産形成」を目指していきたい・・・。
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2019-06-01 07:18 : 雑記 : 編集

家電事業は合理的ではないと社長自身も思っている・・・

パナソニック社長津賀氏へのインタビューをもとに岡山商科大学教授長田氏が考察した記事がプレジデント(2018年4月2日号)に掲載されており印象的だった。

記事からの抜粋。
「合理主義者」と自他ともに認める津賀社長ゆえ、事業にも合理的に対応しているのかと思いきや、「私が合理的だからといって、われわれがやっている事業が必ずしも合理的なものであるとは思いません」と意外な答えが。

「たとえば、家電事業。これだけ成熟した事業で、毎年、新製品を出しています。この行動は、トータルで見たら合理的でしょうか。崩壊するかもしれない既存の自動車産業向けの電池事業に注力しようとしている。これは合理的か。やっている事業については、合理的か、合理的でないかで、決めていない」

手掛けている事業は合理的ではない、と社長自身が思っていることがとても印象的だった。

まあでも、そう言われると、毎年のように新製品を出し続けないと成り立たないような業界(家電業界だけでなくほとんどの業界?)が合理的だとは思えないし、また、そもそも商売なので儲かるかどうかが問題であり合理的かどうかなんて二の次だろうし、さらには、人間や人間社会は非合理的なのでそれらで成り立つ企業活動も非合理的にならざるを得ないに違いない。

合理的だから商売をするのではなく、結果的にうまくいく(と思う)から商売をする、というようないわゆるプラグマティズム的な考え方だろうか。



さらに、次の記述が興味深かった。
しかし現実の企業行動を見ていると、株主重視経営が絶対視される流れの中にあっては、IR(投資家向け情報)を中心に「賢いふり」「合理的なふり」をしなくてはならない。合理的なふりをしいているうちに、合理的に分析することが最大目的になり、それに向かってものを言い、振る舞う癖(思考・行動パターン)が身に付いてしまう。それが度を越せば、合理性原理主義に走る危険性も否めない。

「合理的なふり」をするのは投資家を納得させるための手段であって、目的ではないということ。

合理的かどうかではなく、あくまでうまくいくかどうか(儲かるかどうか)が問題であって、合理的であることを目的化してしまう「合理性原理主義」は手段を目的化した状態ということだろう。



というようなことから、サラリーマン生活の中で関係者を納得させるためには「合理的なふり」をする必要があるけど、それはあくまで手段の一つにすぎず、一番の問題は自分が稼ぎ続けることができるかどうかであることを忘れないようにしたいと思った・・・。
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2019-06-01 06:09 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・節約:消費するよりアーリーリタイア
・投資:パッシブに増やす

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
 eMAXIS Slim 先進国株式インデックス
 たわらノーロード 先進国株式
 SMT ゴールドインデックス・オープン(為替ヘッジあり)

資産推移

資産状況202006

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