投資も仕事も超低空飛行という理想・・・

宇宙飛行士の若田光一氏が「My Story」という日本経済新聞のコラムで取り上げられていた。

宇宙という過酷な環境を生き抜く若田氏の考え方は、さえない自分にとって苛酷すぎるサラリーマン生活を生き抜くための参考になりそうだ。例えば以下のような箇所。
宇宙で大きな事故は命取りになる。常に前兆となる小さな失敗の原因を徹底して考え、大失敗の可能性をつぶしてきた。

「初めから完璧にと考えると、小さなミスからミッション全体がダメになる。幹になるところは失わず、何を優先するか」。若田さんはこれらを飛行機の「損傷許容設計」という考え方から学んだ。キズの発生を前提として小さいうちに対処し、墜落のような致命的な事故にならないように設計する考え方だ。

宇宙飛行士として高みに上り詰めた若田さんだが「人生は『超低空飛行でいい』」という。空高く飛べなくても墜落して死なないこと。長く長く飛び続けること。そうすればいくらでも失敗から学ぶことができる。

これらの若田氏の教えを参考にさせてもらって以下3点を意識し、宇宙飛行士気取りで職場という宇宙空間をなんとか生き抜いて無事生還(アーリーリタイア)できるよう努めていきたい。
1.多少の失敗やトラブルがあっても破綻しない計画(設計)にする
2.小さな失敗を見逃さずに原因を追究して対策を打ち続ける(致命傷につながらないように)
3.高く舞い上がるよりも超低空飛行を長く続けること目指す


ということで、仕事だけでなく投資や人生においても致命傷には気を付けて超低空飛行を長く長く続けることを目指していきたい。

なお、超低空飛行で良いというのはさえない自分としては救われる・・・。



まあでも、若田氏の人生は超低空飛行ではないような・・・。





ちなみに、次のような記述もあり気になった。
前回うまくいったことが今日成り立つとは限らない。前例は踏襲しちゃいけない。重要なことは『いまベストな解は何か』です。

すなわち、これまでうまくいってきた投資手法がこれからも成り立つとは限らない。

前例は踏襲しちゃいけない。いまベストな投資手法は何だろうか??


といっても、それがわからないから前例を踏襲するしか・・・。
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2019-10-27 09:19 : 雑記 : 編集

マイナス金利は続くけど株価は好調・・・

「世界マイナス金利クラブ」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

米国もマイナス金利になってその対応に本気になるまで日欧のマイナス金利状態は続くだろう、というような話が気になった。
世界的なマイナス金利の波及という人類の歴史初の事態で、既に金融機能が低下する兆候も見られる。それでも、これだけ異例な状況が看過されるのはなぜだろうか。

第1に、問題が金融機関という一業種に限定され、世の中一般の景気は悪くないとの意識があるからだ。

第2に、日本や欧州がマイナス金利でも依然として金融市場で大問題になっていないのは、米国の金利はまだマイナスになっていないからだ。

今日の通貨戦争下、自分だけ利上げをして通貨価値が上がれば損をするという、囚人のジレンマから抜け出しにくい事情を各国は抱える。従って、米国がマイナス金利になって本気でレジームを変えようとするまで、世界は現在の環境に耐えなくてはいけない。問題はその持久戦に市場参加者が耐えられるかだ。

ここ数年マイナス金利状態が続いているけど、その間の株価は日本も世界もおおむね好調であり、気付いたら直近も株高になっている。

株価を上げるためにマイナス金利にしたというのもあるのかもしれないけど、マイナス金利というある意味異常な経済状態が続いているというのに、株価は好調というのは(素人目に見て)なんだかおかしな話のように思える。

さらに、マイナス金利という異常な経済状態が続く中、また、日銀がETFを買って株価を吊り上げている中、老後のためにと国民に投資を推奨するのもなんだかおかしな話のように思える。国民の老後のためというより、直近の株価を吊り上げるために投資を推奨しているのでは? と変に勘繰られてもしかたないような・・・。


というようなネガティブなことを考えてしまうけど、自分の素人考えもあてにならないので、積立投資は引き続き継続していきたい(外国株式だけど・・・)。
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2019-10-27 07:17 : 雑記 : 編集

自動車メーカーは電機の二の舞か・・・

「クルマに巨大隕石級の衝撃」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されており気になった。

衰退の道を歩んだ電機メーカーに続いて、自動車メーカーの明日も危ういようだ。
クルマを襲う隕石は、電動化や自動運転など「CASE(ケース)」と呼ばれる技術革新だ。電気自動車(EV)の量産や自動運転開発の道筋は見えている。だが最大の問題は、CASEはもうからないという現実だ。

自社開発のエンジンとは違い、自動車メーカーの多くはEVの基幹部品である電池を外部から購入する。生産コストは25年に並ぶかもしれないが、クルマ1台当たりの利益は確実に減る。その上に自動運転技術などIT関連のコストがのしかかる。

隕石の直撃と同時期に、自動車市場が氷河期に入る可能性も指摘されている。(中略) 米国では16年のピークを下回る水準が常態化する。日本は右肩下がりで、欧州も横ばいが続く。(中略) 拡大を続けてきた自動車市場は、先進国を皮切りに衰退期に入る。

要するに、CASE時代の自動車メーカーは儲からない、と言うことのようだ。

イメージ的には、CASE前後で自動車業界がブルーオーシャンからレッドオーシャンに変わるという感じだろうか。より正確には、淡いレッドオーシャンから濃いレッドオーシャンへ変わるという方がより正しいのかもしれないが。


この記事で最も気になったのは最後の部分。
電機に続いて自動車まで衰退すれば、日本経済への打撃は計り知れない。各社トップにはいま一度、最悪のシナリオを直視し、大改革への対応策を再検討してもらいたい。

「最悪のシナリオを直視し、大改革への対応策を再検討してもらいたい」というのは、ストレートに言うと(オブラートに包まずに言うと)さっさと撤退しろということだろうか。

というのも、業界自体が儲からない体質になってしまう(濃いレッドオーシャン化してしまう)ことに対しては、とやかく言ったところで各自動車メーカーにはどうしようもないことのように思うので。

したがって、電機メーカーのように儲からないレッドオーシャンの中でなんとか生き残ろうともがき苦しんだ挙句死に絶えてしまう前に(言い過ぎか)、さっさと撤退して新たなブルーオーシャン(あるいは相対的に淡いレッドオーシャン)に身を移すべき、ということになるのかな。

といっても、自動車メーカーは規模が大きいのでそれは無理な注文のような・・・。


ということで、自動車メーカーの明日は心配だけど、自動車メーカーの明日を勝手に心配をする暇があったら自動車メーカーよりもさらに心配な自分自身の明日の心配をした方が良さそうだ・・・。
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2019-10-27 00:03 : 雑記 : 編集

貨幣と文字の発明が巨大な国家を生んだ・・・

「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」(ユヴァル・ノア・ハラリ 著、柴田裕之 訳)という本(上巻)の感想、3回目。

「共同主観的」という言葉が出てきて気になった。

貨幣や法律や宗教や国家などは、客観的なものでも主観的なものでもなく、共同主観的なものとのことであり、そんな共同主観的なものを生み出す能力が人間を人間たらしめているとのこと。

関連箇所からの抜粋。
たいていの人は、現実は客観的なものか主観的なもののどちらかで、それ以外の可能性はないと思い込んでいる。

ところが、第三の現実レベルがある。共同主観的レベルだ。共同主観的なものは、個々の人間が信じていることや感じていることによるのではなく、大勢の人の間のコミュニケーションに依存している。歴史における極めて重要な因子の多くは、共同主観的なものだ。たとえば、お金には客観的な価値はない。一ドル札は食べることも飲むことも身につけることもできない。それにもかかわらず、何十億もの人がその価値を信じているかぎり、それを使って食べ物や飲み物や衣服を買うことができる。

シュメール人が書字と貨幣の両方を発明した、およそ五〇〇〇年前だった。同じ親から同じ時に同じ場所で生まれた、書字と貨幣というこの結合体双生児は、人間の脳によるデータ処理の限界を打ち破った。両者のおかげで、何十万もの人から税を徴収したり、複雑な官僚制を組織したり、巨大な王国を打ち立てたりすることが可能になった。シュメールでは、これらの王国は神々の名の下に、人間の神官王が管理した。隣のナイル川流域では、人々はその一歩先を行き、神官王を神と一体化し、生き神のファラオを生み出した。

共同主観的なものを生み出す能力とは、平たく言うと空想力と言えそうだ。しかも、ただの空想力ではなく、他人の空想にも便乗できてしまう能力。(空気を読む能力とも関連がありそう)

極端に言うと、人間社会を生きるというのは、皆で共有し合った空想の世界を生きるということなんだろう。

すなわち、貨幣や法律や宗教や国家などの空想を皆で共有し、その共有した空想の世界を生きている。

適切な空想を共有することで、皆で力を合わせて団結することができ、その結果、大きな力を発揮することができる。

例えば、貨幣や文字という空想を共有することで、客観的な実体も伴う大きな国家(という空想)を造ることもできてしまう。



ということで、一人空想(妄想?)が好きな内向的な自分も、もっと集団空想を重視した方が良いのかも・・・。





なお、以下のような記述もあったけど、一人空想が好きなのは(逆に考えると集団空想が苦手なのは)理系的な性質も関係あるのかも。
共同主観的なものを生み出すこの能力は、人間と動物を分けるだけでなく、人文科学と生命科学も隔てている。歴史学者が神や国家といった共同主観的なものの発展を理解しようとするのに対して、生物学者はそのようなものの存在はほとんど認めない。遺伝子コードを解読し、脳内のニューロンを一つ残らずマッピングすることができさえすれば、人類の秘密をすべて知ることができると考えている。

集団空想的な文系分野の重要さを改めて感じた・・・。
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2019-10-26 15:11 : 雑記 : 編集

生化学的幸福観 VS ブッダの幸福観

「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」(ユヴァル・ノア・ハラリ 著、柴田裕之 訳)という本(上巻)の感想、2回目。

幸福について、生化学的な見方とブッタの見方の違いが印象的だった。関連箇所を長々と抜粋。
もし私が幸福を儚い快感と同一視し、もっともっとその快感を経験することを渇望したらなら、快感を絶えず追求するよりほかにない。ついに手に入れても、その快感はすぐに消えてしまうし、過去の快楽の記憶だけでは満足できないので、また一からやり直さなければならない。この追求を何十年も続けたとしても、永続的な成果はけっしてもたらされない。それどころか、そのような快感を渇望すればするほど、ストレスが高まり、不満が募るだろう。真の幸福を獲得するためには、人間は快感の追求に鞭を入れるのではなく、それにブレーキをかける必要があるのだ。

ブッダのこの幸福観は、生化学的な見方との共通点が多い。快感は湧き起ったときと同様にたちまち消えてしまうし、人々は実際に快感を経験することなくそれを渇望しているかぎり、満足しないままになるという点に関して、両者の意見は一致している。ところが、この問題には二つのまったく異なる解決策がある。生化学的な解決策は、快感の果てしない流れを人間に提供し、けっして快感が途絶えることのないようにできる製品や治療法を開発するというものだ。一方、ブッダが推奨するのは、快感への渇望を減らし、その渇望に人生の主導権を与えないようにするというものだった。

今のところ、人類は生化学的な解決策のほうにはるかに大きな関心を抱いている。ヒマラヤの洞窟の中の僧侶や浮世離れした哲学者が何と言おうと、資本主義という巨人にとって、幸福は快楽であり、そこに議論の余地はない。一年を過ぎるごとに、私たちは不快感への耐性が下がり、快感への渇望が募っていく。科学研究と経済活動の両方が、その目的に向けられ、毎年、より優れた鎮静剤や新しい味のアイスクリーム、より快適なマットレス、より中毒性の高いスマートフォン用ゲームが生み出され、私たちはバスが来るのを待つ間、一瞬たりとも退屈に苦しまないで済むようになる。

幸福になるために、生化学的な現象である快感を求め続けるべきか? それとも足るを知って快感の追求を辞めるべきか?

個人的には、しんどい競争をしてまで快感を求め続けるよりも、(それで生きていけるのであれば)足るを知って現状満足の方が魅力的だけど、今の社会でそれは許されないように思う。

すなわち、社会も経済も個人も成長し続ける(成長することに快感を見い出してそれを求め続ける)ことが正義であり、成長し続けないと生き残れない。足るを知って現状満足は悪であり、死が待っているような。


ただ、生き残れる程度に成長しないといけない(快感を求めないといけない)のは仕方ないとしても、成長すること(快感を求めること)自体が目的になってしまわないようには気をつけていきたい。

どの程度成長や快感を求めて、どの程度現状で満足するか、幸福感を最大化(自己満足を最大化)するためにはそのバランスが重要になりそうだ。



ということで、成長・快感追求と足るを知るのバランスを意識して資産形成に励んでいきたい・・・。





ちなみに、サラリーマンとして働いているということは、人々の快感への欲求を刺激し続ける活動に参加しているということであり、したがって、他人には快感の追求だけを押し付けようとしてことになる・・・。

今の時代、それは善行・・・。
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2019-10-26 08:18 : 雑記 : 編集

お金の心配から解放されたら何をするか・・・

「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」(ユヴァル・ノア・ハラリ 著、柴田裕之 訳)という本の半分(上巻)を読んだ。

人類の未来について展望する内容。

第一章から印象的な箇所を抜粋。
人間というものは、すでに手にしたものだけで満足することはまずない。何かを成し遂げたときに人間の心が見せる最もありふれた反応は、充足ではなくさらなる渇望だ。

人類が新たに途方もない力を手に入れ、飢餓と疫病と戦争の脅威がついに取り除かれたとき、私たちはいったいどうしたらいいのか? 科学者や発明家、銀行家、大統領たちは一日中、何をすればいいのか? 詩でも書けというのか?

飢餓と疾病と暴力を減らすことができたので、今度は老化と死そのものさえ克服することに狙いを定めるだろう。人々を絶望的な苦境から救い出せたので、今度ははっきり幸せにすることを目標とするだろう。そして、人類を残忍な生存競争の次元より上まで引き上げることができたので、今度は人間を神にアップグレードし、ホモ・サピエンスをホモ・デウス〔訳註 「デウス」は「神」の意〕に変えることを目指すだろう。

すなわち、飢餓と疫病と戦争の脅威を克服しつつある人類は、次は不死と幸福の追求を目指し、究極的には神になろうとするだろう、というようなこと。

その結果どうなるかについての考察の結論は後半(下巻)に書かれているはず・・・。



脅威を克服して神を目指す人類がどうなるかについては後半(下巻)を楽しみにするとして、ここでは個人的な脅威を克服できたら次は何を目指すだろうかと考えてみた。

人類にとっての脅威が飢餓や疫病や戦争だとするなら、個人的な脅威はなんといっても金欠(お金が足りなくなること)だ。

金欠の脅威が克服できたとしたら(経済的な自由を獲得してアーリーリタイアを実現できたとしたら)、次は何を目指すだろうか?

アレコレ考えてみると、次のようなことが予想される。

予想1:食っちゃ寝(と言うより飲んじゃ寝)の無気力な生活を送る
予想2:金欠に変わる新たな心配を始めて(新たな脅威に取りつかれて)克服しようとする
予想3:より幸せになる活動(自己満足を追求する活動)に精を出す

個人的には予想3が理想的だけど、気を抜くと予想1や予想2の状況に陥ってしまいそう・・・。

というのも、自分の今の生活はお金の脅威に支配されてしまっているけど(サラリーマンとして長時間働いたり、節約に精を出したり、投資をしたり、お金の勉強をしたり、挙句の果てにこんなブログまで書いてしまったり)、冷静に考えるとそこまで心配すべきことなんだろうかとも思えるし(心配性な故に余計な心配をしているだけでは?)、また、労働から解放されるせっかくの休日に(幸せ・自己満足の追求よりも)お酒を飲んでダラダラしていることの方が多い。

そのようなことを考えると、お金の脅威を克服できたとしても、別の新たな脅威に取りつかれてしまったり(例えば健康)、飲んじゃ寝の無気力な生活を送ってしまったりしてしまう恐れが高いように思う。

そうならないためには、常日頃からもっと幸せ(自己満足)を追求する活動に精を出して癖付けしておくべきと考えられる。



ということで、お金の心配やお酒もほどほどにして、今のうちから幸せ(自己満足)を追求する活動にも精を出していきたい・・・。





なお、飢餓の克服はテクノロジーと経済と政治のおかげ、疫病の克服は医療のおかげ、戦争の克服は物を基盤とする経済から知識を基盤とする経済への移行と核兵器のおかげ、とのこと。

個人的には、ストイックな労働×投資×節約で金欠の脅威を克服していきたい・・・。
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2019-10-26 06:07 : 雑記 : 編集

専門家はお金のために嘘をつく・・・

「ストレッチ 少ないリソースで思わぬ成果を出す方法」(スコット・ソネンシェイン 著、三木俊哉 訳)という本の感想、3回目。


専門家を信頼しすぎるのは要注意、というような話が気になった。
ふだん私たちは、専門家に多大な信頼を寄せ(それはたいがい正しい選択であるが)、仕事、健康、お金、子どもの教育など、重要な決定をするうえで彼らの判断を仰ぐ。専門家はたしかに役立つ助言ができる。しかし、彼らがつねにベストな回答を与えてくれるとはかぎらない。

専門家には大きな責任が付いて回る。それゆえライス大学のエリック・デインが言うところの「認知に凝り固まった」状態になり、慣例から離れた方法でリソースを活用できない。また、専門知識が増えるほどに、すでに身につけたやりかたに頼るようになる。それは、新しい情報や環境の変化に直面しても変わらない。

政治学者で複雑系の研究者であもあるスコット・ペイジは、著書『「多様な意見」はなぜ正しいのか』(日経BP社)のなかで、民主主義から科学者のグループまでのあらゆる場面で、ランダムなチームがドリームチームに勝ることを示している。ランダムなチームには、たいてい専門家とアウトサイダーの両方がいる。チームのパフォーマンスを決める最も重要な要素は、リソースの多様性だ。リソースが多様なら、先入観にとらわれないオープンな議論ができ、さまざまな視点を採り入れた解決策に到達できる。

専門家は次のような罠に陥りがちなので要注意、と言うことと理解した。
1.考え方が凝り固まってしまう
2.客観的に俯瞰できなくなる(いわゆる岡目八目)

すなわち、いわゆる「専門バカ」になってしまうということだろう。

さえないエンジニアである自分も、とある分野の専門家と言えるのだろうけど、確かに「専門バカ」になってしまっているに違いない・・・。


なお、「信頼」という観点からは3つ目の罠もあるように思う(そしてこれが一番重要)。

3.お金のために嘘をつく

すなわち、専門家は専門分野で収入を得て生活しているため、お金を稼ぐために嘘をつく恐れがある(ニュースにも偽装問題やらボッタくり問題やらがよく出てくる)。情報の非対称性から専門家が素人を騙すのは簡単だろうし。

極端に言うと、専門家になることはお金を騙し取るための一手段と言えるのかもしれない・・・。



ということで、専門家を信頼しすぎないように気を付けていきたい・・・。
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2019-10-22 08:24 : 雑記 : 編集

計画は不要? 計画が先か行動が先か・・・

「ストレッチ 少ないリソースで思わぬ成果を出す方法」(スコット・ソネンシェイン 著、三木俊哉 訳)という本の感想、2回目。


計画の必要性について、(計画に基づく)交響曲と(即興に基づく)ジャズを例に挙げて論じる部分が印象的だった。
交響曲とジャズは、どちらも優れた音楽を生み出すのに才能ある音楽家が必要だが、その手法は大きく異なる。片や計画に基づく音楽、片や即興に基づく音楽である。

交響曲は計画立案アプローチに近い。ひとりのリーダー(指揮者)が専門性の高い音楽家たちの仕事をとりまとめる。演奏のしかたに関する詳細なプランが楽譜に記され、それを事前に何度も練習する。計画を誤りなく実行する、つまり譜面上の正しい音符を正しいタイミングで弾くことで、完璧なパフォーマンスが生まれる。

世の中が生産中心にまわっている時代は、交響曲のように仕事をするのが理にかなっていた。目標は矛盾をなくすことだった。しかし、個人の表現、適応性、創造性が中心の世の中、意外性に満ちた世の中になると、新たな曲調を学ぶ必要が出てくる。

ジャズには、バンドのプランを示す楽譜が無い。各メンバーが何をどう弾くかわからないから、他のミュージシャンの演奏がどう終わるかに耳を澄まし、それにすぐ応じなければならない。計画をつくる代わりに、メンバーは気まずい沈黙を避けながら曲を続ける。最高のパフォーマンスは毎回違い、メンバーは交代でパフォーマンスをリードする。

たいていの個人や組織は、ジャズよりも交響曲を得意とし、それに価値を置こうとする。職場でも家庭でも、私たちは譜面どおりの練習を繰り返す。そうすれば、時間がたつにつれてどんどん上達するからだ。経験のないことで失敗する危険を冒すよりも、うまくできることを何度も繰り返し練習する。リスクがあるとすれば、聴衆の嗜好が変化して飽きられることだが、それでもやはり同じ曲を同じように演奏する。

持てるリソースで行動を起こし、結果がどうなるかを見極め、そこから何かを学び、予期せぬ方法で人々と交わり、行動を修正する自由。そして、それを一からまたやり直す自由。めざすものが何であれ、ときには練りに練った計画を自発的な行動に置き換えて損はないはずだ。

“ジャズの勧め”というような内容であり、すなわち、予測が難しいこれからの時代は計画を立てるよりもまずやってみる方が良い、というようなことと理解した。


普段サラリーマンとして仕事をする場面では、まず計画を立てることを、すなわち交響曲的な進め方を求められるけど、組織で仕事をするからには関係者の認識を合わせるためにもある程度の計画立ては必要と思う。

しかし、すべてを正確に予測できるわけではないため計画通りにいかないことも事実であり、計画を緻密に立てようとしすぎるのも無駄だと思う。

そのように考えると、バランス(計画をどの程度緻密に立てるか)が重要という話になりそうだけど、バランスを考える際に次の3点がポイントになるように思う。

1.どの程度予測できるか
2.計画修正にかかるコスト(お金や時間)は大きいか
3.成功した場合の報酬(失敗した場合の損失)は大きいか

すなわち、予測ができればできるほどより緻密に計画を立てた方が良いし、また、計画の修正にかかるコストが大きければ大きいほどより緻密に計画を立てた方が良いし、さらに、成功した場合の報酬(失敗した場合の損失)が大きければ大きいほどより緻密に計画を立てた方が良い。

逆に、予測が難しいのであれば緻密な計画を立てる必要性は低くなるし、また、計画の修正にコストがかからないのであれば緻密な計画を立てる必要性は低くなるし、さらに、成功した場合の報酬(失敗した場合の損失)が小さいのあれば緻密な計画を立てる必要性は低くなる。


ということで、何事もバランスが大切だけど、計画においてもバランス(どの程度緻密に立てるべきか)を意識して立てるよう努めていきたい・・・。
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2019-10-22 07:31 : 雑記 : 編集

お金持ちは幸せ というわけではない・・・

「ストレッチ 少ないリソースで思わぬ成果を出す方法」(スコット・ソネンシェイン 著、三木俊哉 訳)という本を読んだ。


豊富なリソースを手に入れること(チェイシング)よりも、限られたリソースを有効活用すること(ストレッチ)が重要、というようなことが書かれており、とても共感できる内容だった。

資産形成活動に当てはめてみると、資産を増やすことよりも、限られた資産を有効活用して幸せ感アップ(自己満足感アップ)を実現することが重要、ということだろう。

つまり、資産を増やすことはあくまで(幸せ感を高めるための)手段の一つにすぎず、「お金持ち=幸せ」というわけではない。逆に、限られた資産を有効活用すればお金持ちよりも幸せ感を高めることができるに違いない。


ということで、資産を増やすことも重要だけど、資産を有効活用することはそれ以上に重要、ということを意識して資産形成に励んでいきたい・・・。



なお、チェイシングとストレッチについて、以下のような「チェイシングの四つの要因」と「ストレッチの四つの要素」が紹介されていた。

【チェイシングの四つの要因】
1.自分より優れている者と比較する
2.各リソースの使い方を決めつける
3.リソースの収集が目的化する
4.リソースを浪費する

【ストレッチの四つの要素】
1.当事者意識を持ってオーナーのように行動する
2.制約を逆手にとって創造性を高める
3.無駄を排する
4.ゴミから宝を見い出す

これらも参考にして、ストレッチを実現するための自分なりのポイントを考えてみた。
1.既存のルールや評価指標を無批判に受け入れない
2.何事にもメリットとデメリットがあることを意識し、メリットを最大限に活用する
3.手段を目的化しない
4.何事も上には上がいるし下には下がいるため、傲慢にも卑屈にもならない

これらを意識しながらストレッチを実現できるよう努めていきたい・・・。
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2019-10-22 00:02 : 雑記 : 編集

半分サルで半分ロボットな自分・・・

「誰でもすぐに戦力になれる未来食堂で働きませんか」(小林せかい 著)という本の感想、5回目。


「セルフイメージ」という言葉が出てきて気になった。
あなたのセルフイメージは、チームの中でどうあるべきでしょうか。

強面オーラのリーダー/カリスカ性を持つリーダーなど、リーダーはさまざまなタイプがあります。どれが一番と選ぶことに意味はありませんので、ここでは私のセルフイメージ、“殻なしゆでたまご”についてお話ししましょう。

私は自分を“殻なしゆでたまご”のようだと思っています。普通の人は、身を守るために自分の殻を厚くしようとしますが、私は逆に、自分の殻をつくりません。そうすると周りは動揺するので、その間合いをヒュッと突くような戦い方をするからです。

殻がないとすぐにつぶされそうに思いますが、「殻がなくて危なっかしい」と周りが調整するため、意外と大丈夫です。とは言え、独特の立ち方なのであまり参考にならないかもしれません。

セルフイメージなんてこれまでの人生で考えたこともなかったので、これを機に考えてみた。

リーダーになってしまったときのセルフイメージは前回書いた「船」だとして、ここでは普段の自分のセルフイメージをどうすべきか考えてみた。

アレコレ考える中で気になったのは先日書いた「人間=(動物 + コンピューター)/2」の話。すなわち、人間には動物的な側面と理性的な側面があり、それらの両面をうまく使いこなす必要があると考えたこと。

改めて考え直してみてもそれはとても重要なことと思えたので、「(動物 + コンピューター)/2」をセルフイメージにしようかと思ったけど、もっとイメージしやすい方が良いかと思い、タイトルにも書いた「半分サルで半分ロボット」とすることにした。


ということで、「半分サルで半分ロボット」というセルフイメージを抱いて、人生100年時代(サル生50年+ロボット生50年)をなんとか生き抜きていきたい・・・。
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2019-10-21 08:39 : 雑記 : 編集

リーダーをせざるを得ないときのための「リーダーは船」論・・・

「誰でもすぐに戦力になれる未来食堂で働きませんか」(小林せかい 著)という本の感想、4回目。

この本にはリーダーの役割についていろいろと紹介されている。

リーダーという役割が大の苦手でできれば避けて通りたいと考えているさえない自分だけど、リーダーをせざるを得ない状況に陥ってしまった場合に備えて参考になりそうな箇所を抜粋してみた。
セルフイメージはあくまで“電車”であるべきです。自分のことを“運転手”と思っていると、無意識のうちに『電車は動いて当たり前。自分はそれをコントロールする役だ』と思ってしまいます。それは間違いです。(中略) あなたは電車。あなたが動かないと何も動きません。あなたの熱狂/目的に向かう意志こそがチームのエネルギーなのです。

電車は目的地に向かって走ります。乗客たちはその目的地を目指して電車に乗っていますが、その理由は人によって違います。チームの目的(=目的地)は一つですが、個人の目的(=なぜ目的地を目指すのか)はさまざまです。(中略) チームの目的と個人の目的は、分けて考える必要があります。

「良い空気」は意図的につくらないと発生しません。そして、リーダーが醸す空気以上に、全体が良くなることはありません。(中略) リーダーに求められているのは「良い空気」の具体例を考えること、そしてそれを一途に実行することで「良い空気」をつくり出すことです(もし考える具体例が“ニコニコする”であれば、得意でなくても頑張りましょう)。

チームとして結果を出すためには、メンバーと見つめ合う“仲良し”のコミュニケーションではなく、全員で同じ方向(チームの目的)を見つめるコミュニケーションを心がけています。

リーダーであるあなたは、チームの中で一番自己を鍛錬し、ストイックでなければいけません。あなたの背中は、常にメンバーに見られています。

リーダーは「電車」という話になるほどと思ったけど、「電車」というと敷かれたレールの上を走るだけのイメージなので、「電車」というよりも「船」と言った方がさらにしっくりきそうに思う。

方向を見失ったり嵐に翻弄されたり沈んでしまったりと、さえない自分が抱く仕事のイメージにもぴったり・・・。

上記抜粋部分も参考にして、「リーダーは船」論におけるリーダーの役割を4つにまとめてみた。

1.船の目的地や運航スケジュールや船員の役割を決めて周知する
2.船のイメージ(船の設備や船員の性質・能力や船内の雰囲気)を決めて周知する
3.イメージ通りの船になるよう作り込みながら目的地に向かってストイックに前進し続ける
4.天候などの環境変化や船の進み具合いに応じて目的地・日程・役割を都度修正し続ける

もしリーダーをせざるを得ない状況に陥ってしまったら、「リーダーは船」であることとこの4つの役割を思い出して、漂流したり沈んだりせずになんとか運航できるよう努めていきたい・・・。
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2019-10-21 07:03 : 雑記 : 編集

マイナス手数料のETFとマイナス給料のサラリーマン・・・

「ゼロコスト投資 広がる」という記事が昨日の日本経済新聞に掲載されていた。


「ゼロコスト」どころか「マイナス手数料」のETFも登場するという話もあり印象的だった。
ゼロコストで先行しているのは株式投信だ。(中略) 今年5月には米独立系運用会社、ソルト・ファイナンシャルが投資家が逆に手数料を受け取れるマイナス手数料のETFを発表するほど手数料競争が過熱している。

マイナス手数料なんて自分の常識ではあり得ない話だけど、常識ではあり得ないと思われることをはじめてしまうところがいわゆるイノベーションなんだろうか(というよりただの安売り?)。

マイナス手数料なんてあり得ないと一笑に付しているようではイノベーターにはなれずに滅んでしまうのかもしれない。

同様に、マイナス給料なんてあり得ないと一笑に付しているようではイノベーティブなサラリーマンにはなれずに滅んでしまうのかもしれない。

マイナス給料時代の到来に備えて、今のうちに資産形成に励んでおいた方が良さそうだ・・・。


そんな冗談はさておき、インデックス投信の低コスト化の話も出てきて気になった。
SBIアセットマネジメントは9月26日、運用手数料が年0.0938%(税込み)の株式投信の運用を始めた。米S&P500種株価指数に連動する。これまでの日本の個人向け公募株式投信の最低水準(同0.10989%)を大きく下回り、ライバル社は「社内で想定していた下限を大きく下回る」と驚きを隠さない。三菱UFJ国際投信は15日、対抗値下げを発表した。

三菱UFJ国際投信の対抗値下げとは「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)」のことなんだろう。

その「eMAXIS Slim」シリーズは、ゲーム理論的な効果を狙ってか「業界最低水準の運用コストをめざす」と宣言しているようだけど、「社内で想定していた下限を大きく下回る」と驚きを隠さないライバル社が三菱UFJ国際投信のことだとしたら、もはやゲームオーバー状態なのかもしれない。

ゲームオーバー状態から抜け出すために給料も業界最低水準を目指し始めたりして・・・。

そしていつかはマイナス給料・・・。



ということで、投資信託の低コスト化やETFのマイナス手数料化は消費者の立場からするとうれしい話だけど、サラリーマンの立場から考えると(業界は違うとはいえ)将来が心配になってしまう。

自分を安売りしなくても稼ぐことができるようにせいぜい精進していきたい・・・。

と同時に、自分を安売りしても生きていけるように資産形成にも励んでおきたい・・・。




ちなみに、日経新聞の料金もゼロやマイナスにならないかな・・・。
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2019-10-21 05:04 : 雑記 : 編集

民主主義国家に未来はない・・・

「民主主義と政治政策」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。


民主主義は近視眼的な民意に左右されてしまうため、財政再建や社会保障改革などの長期的な政策がとれない、というような話が気になった。
民主主義の枠組みを維持しながらも、近視眼的な民意に左右されることなく、経済の論理に沿った適切な経済政策を実行するにはどうしたらいいのか。簡単な答えはないが、何とかしたい。すぐに思いつく方策は次の3つだ。

第1は、超党派での議論の場を設けることだ。(中略) 第2は、広い意味での証拠に基づいた政策論議(EBPM:Evidence Based Policy Making)を広めることだ。(中略) 第3は、独立財政機関(IFI:Independent Fiscal Institutions)の設置だ。

極端に言うと、民主主義とは国の存続よりも今を生きる国民の幸せを最優先する制度だろうから、そういう意味では民主主義は存続し続けられない(国民の幸せ追求の犠牲になる)制度と言えそうだ。

すなわち、民主主義国家に未来はない・・・。


また極端に言うと、そのような民主主義国家を存続させ続けるためには民主主義をあきらめるしかない、と言えそうだ(矛盾しているけど)。

そのような視点から上記抜粋部の3つの方策をもう一度見てみると、そしてまたまた極端に言うと、それら3つの政策は国家主義色を強める政策(すなわち民主主義色を弱める政策)と言えるような。

国家主義色を強めると国民の幸せが犠牲となるだろうからそれはそれで要注意。

そのように考えると、民主主義と国家主義のバランスが重要になるのだろう。


いや、国が栄えても人類全体が滅んだらダメなので、民主主義と国家主義と人類主義のバランスが重要になるのだろう。


いやいや、人類が栄えても他の種が滅んでしまったらダメなので、民主主義と国家主義と人類主義と生物主義のバランスが重要になるのだろう。


いやいやいや、まだ他にもあるような・・・。



なんだかよくわからなくなってきたけど、さえない自分はそんな複雑なバランスを考えられそうにないので、まずは自分の生存が最優先のシンプルな自分主義でなんとか生き抜いていきたい・・・。
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2019-10-20 08:05 : 雑記 : 編集

迷ったら買わない・・・

「消費者利益を奪うAIの価格設定」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

「ダイナミックプライシング」が「消費者余剰」を縮小するという話が印象的だった。
人工知能(AI)技術を駆使して、天候や季節、個人の嗜好などのビッグデータから消費者の需要を予測し、それに応じて価格を時々刻々、自動的に変更する「ダイナミックプライシング」の利用が広がっている。

一般に、商品の価格は需要と供給のバランスで一つに決まる。これが「一物一価」だ。そのもとでは、自分がこの商品に支払ってもよいと考えるよりも実際の価格が低く、割安と感じる消費者が多く出てくる。その割安感によって高まる消費者の効用が「消費者余剰」だ。

ほぼ無料で提供される各種ネットサービスは現在、非常に大きな消費者余剰を生んでいる。しかし、そのサービスを利用して価格の個別化が進めば、今度は消費者余剰が大きく縮小してしまうのである。ここに、ネットサービスの功罪の一端を見いだすことができるだろう。

ある商品に支払ってもよいと考える価格は人によって異なり、また、同じ人でも時と場合によって異なるけど、ダイナミックプライシングの技術が発達すると、支払ってもよいと考えるギリギリの値付けを常にされる恐れがある(すなわち消費者余剰が限りなく小さくなる恐れがある)、ということか。

特にネットショッピングでは、値付けを他の人と差別化されていることに気づかないと思うので要注意のような。

なお、ケチな自分は一般的な金銭感覚の人と比べると支払ってもよいと考える価格は低くなりそうだから、ある意味有利なのかもしれない。すなわち、ダイナミックプライシングによって他の人よりも低く値付けされる可能性がありそうだ。


また、買おうかどうか迷っているような状況は消費者余剰がゼロに近い状況であり、逆に、迷わずに即買いしてしまうような状況は消費者余剰が大きい状況、ということができそうだ。

そのように考えると、金銭的な満足度の高い(単位コスト当たりの自己満足上昇率の高い)消費をするためには、「迷ったら買わない」を心掛けるのが良さそうだ。

ダイナミックプライシングにおいても、「迷ったら買わない」を実行することで価格を下げる効果がありそう。



ということで、「ケチの継続」と「迷ったら買わない」を実行していきたい・・・。
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2019-10-20 07:18 : 雑記 : 編集

欧州では貯金もマイナス金利・・・

『「懲罰金利」のニューノーマル』という記事が先日の本経済新聞に掲載されており気になった。

欧州では大口預金者にマイナス金利を課す銀行もあるとのこと。
最近、ドイツでは「懲罰金利(ストラフジンズ)」という言葉が紙面に躍る。顧客に対して課されるマイナス金利のことだ。

欧州中央銀行(ECB)は9月にマイナス金利を深堀りした。金利階層を設けたが、ユーロ圏の銀行によるECBへの利払い負担は年間数十億円にのぼるという。こうなると顧客に転嫁せざるを得ないとして、ドイツでは現在30以上の中小金融機関が0.5%前後のマイナス金利を課している。コメルツ銀行などの大手や、イタリアのウニクレディトなども追随するようだ。

懲罰金利と呼ばれるだけあって問題も多い。まずは個人の負担だ。おおむね10万ユーロを超す預金のみが対象だが、それでも預金の実質的な目減り額は400憶ユーロにものぼると試算される。(中略) さらに個人のマインドへの影響も心配だ。対象の大口預金者は高齢者層に多いとみられるが、ドイツ人の平均寿命は毎年およそ1.5~2カ月ずつ延びている。(中略) タンス貯金が増えるという問題もある。金庫が大人気で空き待ちの銀行もあるようだが料金は高い。

そのうち日本の貯金もマイナス金利になっていくのだろうか。

まあでも、人口が減少して経済も縮小すれば銀行も投資先に困るだろうから、マイナス金利になるのは当然なのかもしれない。

また、経済が縮小していく状況下では、金利だけでなく株式投資なども含めた資産運用全体の利回りもどんどん減少していきそうだ(そのうちマイナスに?)。

人の寿命はどんどん延びて老後資金の必要額は上がっていきそうだけど、資産運用の利回りは下がっていくということになるのだろうか。

そのように考えると、寿命は延びるけど人口や経済は縮小していくというこの状況はある意味悲劇かも・・・。


というようなネガティブなことを考えてしまうけど、そこまでネガティブな話はあまり聞かないように思う。みんな空気を読んで不都合な真実には触れないでいるのだろうか? それとも、ネガティブに考えすぎているだけだろうか?
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2019-10-20 00:03 : 雑記 : 編集

欲の奴隷か 欲の主人か・・・

「誰でもすぐに戦力になれる未来食堂で働きませんか」(小林せかい 著)という本の感想、3回目。

人を動かすのは倫理/理論ではなく欲、という話が印象的だった。
人を動かすのは倫理/理論ではありません。

感情/快楽、つまり“欲”を満たせるとき、人は心から進んで行動します。ですから、人に助けてもらうときは、人間が持つ欲望、その人にある欲を細かく見抜いてそれが満たせるようにお願いするのです。

人の欲を見るというと狡猾な感じもします。人が喜ぶことを見抜く、と言い換えればいいかもしれません。狡猾な感じがするので人はあまりこのコツについて話しませんが、私から見ると、人に物事を頼むのが上手い方はだいたいこの能力をお持ちです。

特に仕事においてはついつい理屈で人に動いてもらおうとしてしまうけど、人に動いてもらうには理屈よりも欲に訴える方がうまくいくということか。

逆に考えると、欲を刺激されてうまいこと利用されないように注意する必要がありそうだ。

欲の奴隷になるのではなく、欲を使いこなす主人になるべし、というようなイメージだろう。


ということで、欲を使っても欲に使われないように気を付けていきたい・・・。
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2019-10-19 07:06 : 雑記 : 編集

熱いってダサい ニヒルになりたがる人たち・・・

「誰でもすぐに戦力になれる未来食堂で働きませんか」(小林せかい 著)という本の感想、2回目。

人はニヒルになりたがる、という話が気になった。
そもそも人は、進んで熱量を持ちたがりません。ニヒルになりたがる生き物です。

多くの人が「こんなに頑張っちゃってる自分が恥ずかしい」という自己俯瞰の意識によって、ニヒルな姿勢をとりますし、より正確に言うと、人は自分が「その集団の中で一番張り切っている人」には、恥ずかしさ故になりたくないのです。だからニヒルにもなるし、意識が脇に逸れていくのです。

チームの空気を「みんなで頑張る」に引っ張っていくことは不可能ではありません。そうです。自分が一番“恥ずかしい”人(熱量を持つ人)になり空気をコントロールすればいいのです。

まさに自分もニヒルになりたがる人に違いなく、ある意味理性を過大評価しているように思うので、“熱くなる”という動物的な性質をもっと取り入れる必要がありそうだ。

特に仕事の場面では、「熱いってダサい」ではなく「熱いってダサかっこいい」と考えて、そんなダサかっこいいピエロ動物を演じてなんとかお金を稼ぎ続けていきたい。


「ニヒルってダサい 熱くなりたがる人たち・・・」と揶揄されることを目指すとしよう・・・。
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2019-10-19 06:18 : 雑記 : 編集

人間の動物的な性質を理性的に利用する・・・

「誰でもすぐに戦力になれる未来食堂で働きませんか」(小林せかい 著)という本を読んだ。

未来食堂は、従業員が著者だけの小さな飲食店であり、「50分働くと一食無料」という「まかない」と呼ばれるシステムがあるようで、入れ替わり立ち替わり誰かがお店を手伝っている(その手伝いでお店が回っている)特異な形態のお店とのこと。

この本は、そんな未来食堂での経験を基に、「誰でも参加でき、かつ、お互いの良さを活かし合える“強いチーム”」の作り方について書かれた内容。


この本を読んで特に感じたのは、著者は人間の動物的な側面を理性的に分析しているなということ。

例えば、
人は、自分に負担がない限り、意外と他人を手伝ってくれる生き物です。

人には2タイプの人間がいます。“教え子”が自分よりも成長すると腐ってしまう人間と、そうならない人間です。

人は、自分の自尊心を満たしてくれる人を好きになります。そして、好きになってもらえれば、また助けてもらえます。

著者は大学で数学を専攻していたようなので、もともと理性的に分析するタイプ(言わばコンピューター的)の人なんだろう。

そんなコンピューター的な著者が、未来食堂で共に働く多くの人々の動物的な側面を冷静に分析して、「誰でも参加でき、かつ、お互いの良さを活かし合える“強いチーム”」の作り方を構築していったような印象を受けた。

そして、「人間=(動物 + コンピューター)/2」だなと改めて感じた。

自分も、人間の動物的な側面とコンピューター的な側面の両方をもっとうまく使いこなす必要がありそうだ。

極端に言うと、人間(自分自身も含む)の動物的な性質を理性的に利用する・・・。



ということで、人間の動物的な側面とコンピューター的な側面の両方をもっとうまく利用して資産形成できるように努めていきたい・・・。




ちなみに、改めて考えると、資産形成に貢献できているだろう自分のケチな性質は、動物的な側面からきていると言えそうだ・・・。
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2019-10-19 05:18 : 雑記 : 編集

AI投信よりAI失業・・・

「投資判断 AI vs. 人の時代」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されており気になった。

記事からの抜粋。
資産運用にあたって、人間と人工知能(AI)が競い合う時代が訪れつつある。野村アセットマネジメントや日興アセットマネジメントは来年にかけて新たにAIファンドを相次いで立ち上げる。人間が独自の知識や経験を基に投資判断をする「アクティブ運用」の成績に対する投資家の不満が高まるなか、データに基づくAI運用を標準装備する。堂々たる成績を出すファンドはまだ少ないが、AI運用にすら勝てない運用者には淘汰を促す可能性がありそうだ。

人間が判断するアクティブ運用の成績がさえないのでAIの判断を取り入れる動きが広がっており、これからは人間とAIが競い合う時代になる、ということのようだ。


率直な感想としては、人間とAIが競い合う時代になるというよりも、各社のAIファンドが競い合う時代になるという方がより正しいように思う。

しかも、国内だけでなく、海外勢とも競い合う時代になるだろうから、投資業界も大変だ。

AIの技術はどんどん進化していくだろうから、例えうまくいくファンドが現れたとしても、それを打ち負かすファンドはすぐに現れそうであり、勝ち続けるAIファンドの実現は困難に違いない。


というようなことを考えると、AIファンドではなく、引き続きインデックスファンドへの投資を続けていきたい・・・。



なお、AIといえば、AIファンドのことよりも、AIに仕事を奪われないかどうか(AI失業)が問題だ・・・。
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2019-10-14 17:17 : 雑記 : 編集

インデックス投資と思考法の類似点・・・

「思考の整理学」(外山滋比古 著)という本の感想、2回目。

この本の目次には下記のような思考に関するキーワードが並んでいるが、思考上のテクニックとして特に共感したのは「カクテル」「情報の“メタ”化」「アナロジー」「寝させる」の4項目。

多少表現を変えると、まず混ぜてみて、次に抽象化や類推をして、最後は寝かせておく、というイメージ。


さっそく類推を用いてみると、同じようなことはインデックス投資にも当てはまりそうだ。

混ぜる ⇔ 分散する
抽象化 ⇔ インデックス化、投資信託化
寝かせる ⇔ 長期投資


ということで、思考も投資も、まず混ぜてみて、次に抽象化や類推をして、最後は寝かせておく、で取り組んでいきたい・・・。



----------

以下、目次からの抜粋


グライダー
不幸な逆説
朝飯前

醗酵
寝させる
カクテル
エディターシップ
触媒
アナロジー
セレンディピティ

情報の“メタ”化
スクラップ
カード・ノート
つんどく法
手帳とノート
メタ・ノート

整理
忘却のさまざま
時の試練
すてる
とにかく書いてみる
テーマと題名
ホメテヤラネバ

しゃべる
談笑の間
垣根を越えて
三上・三中
知恵
ことわざの世界

第一次的現実
既知・未知
拡散と収斂
コンピューター
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2019-10-14 06:14 : 雑記 : 編集

読書とサラリーマンは最強の組み合わせ・・・

「思考の整理学」(外山滋比古 著)という本を読んだ。

思考に関する著者の考えを紹介する内容。

特に気になったのは「グライダー」と「飛行機」の話であり、次のようなことと理解した。

■グライダー
模範解答的な想定通りの答えを出せる人
(学校で教育可能)

■飛行機
独自の新たな答えを出せる人
(教わるだけでなく試行錯誤の経験が必要)

グライダー的な性質なだけ(いわゆる学校秀才的なだけ)では駄目で、飛行機的な性質も必要とのこと。


このような観点で考えると、サラリーマン生活は試行錯誤の経験を積むことができる(せざるを得ない)場であり、飛行機的な性質を身に付けるのにちょうど良い場所と言えそうだ。

読書好きな自分はグライダー的な性質に偏りがちに思うので、サラーマン生活という貴重な機会を有効活用して、飛行機的な性質も伸ばすように努めていきたい。

このように考えると、(グライダー的な性質を伸ばす)読書と(飛行機的な性質を伸ばす)サラリーマン生活は最強の組み合わせと言えるかも。

というようなことを多少強引にでも考えて、サラリーマン生活を少しでも前向きに捉えていきたい・・・。




ちなみに、グライダーと飛行機の話は、いわゆる「守・破・離」に通じるところがありそうだ(グライダーが「守」で、飛行機が「離」)。
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2019-10-14 05:11 : 雑記 : 編集

資本主義は人生の難易度を上げていく・・・

「文章が読めない子、新聞を読まない人の末路」というプレジデント(2018年10月15日号)に掲載されていた新井紀子氏と佐藤優氏の対談記事の感想、3回目。

「資本主義は終わる」という新井氏のコメントが印象的だった。
具体的なことを申し上げると、私の周りでも、多くの大学生が修士をでるまでに600万円くらいの借金をしています。もし大学院生の男女が結婚したら、その瞬間に両方で1000万円以上の借金ができることになる。20代で1000万円以上の借金があったとしたら、子どもなんて怖くてつくれません。

その状況で、3人子どもを産むなんて絶対に無理なのです。しかも、仕事が非常に不安定な状況で、稼げる見込みもない。では、そうしたお金が稼げないような人たちが今、何を言い始めているのか。結婚することと子どもを持つこと、家や車を持つこと。このコストだけで1億円くらいかかる。これを全部あきらめれば、このコストからフリーになれると言っているのです。それをプロレタリアートに言われたら、もう資本主義は終わるのです。

そうすると、もう本当に国民国家は終わるのです。結婚はしません、家は持ちません、車などのレジャー消費はしません。それで、勉強はしません、自由になりますと言われたら、それはもう終わるのですよ(笑)。

対談しているお二方や、この雑誌の一般的な読者層にとっては家族や家や車やレジャーはあって当たり前であり、人生は楽勝なのかもしれないが、さえない自分としては人生の難易度は高すぎるように思う。しかも、難易度はどんどん上がっているような・・・。

資本主義は経済発展をもたらすけど、同時に人生の難易度の上昇ももたらしているに違いない。

そして、難易度の上昇に人々がついていけなくなったら資本主義は終わりを迎える。

というような感じだろうか。


そのようなことを考えると、人生の難易度は今後も上がり続けるだろうから、さえない自分としては少しでも難易度が低い今のうちに資産形成に励んでおくほうが良さそうだ。

ますますレジャー消費なんてしている場合では無い・・・。
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2019-10-13 07:32 : 雑記 : 編集

AIは支配や搾取に便利なツール・・・

「文章が読めない子、新聞を読まない人の末路」というプレジデント(2018年10月15日号)に掲載されていた新井紀子氏と佐藤優氏の対談記事の感想、2回目。

佐藤氏の次のコメントが気になった。
AIは統治者にとっては非常に有利なツールでもあります。ですから、統治者側の子どもたちには、そういったものには一切触れさせない一方で、統治される側のほうにはAI時代というかたちで浸透させていく。実際、新聞を読まない人たち、つまり、SNSに依存する度合いが強い人たちほど現政権を支持する傾向が高くなっています。

それに続く新井氏のコメントも気になる内容。
AIはお金を持っている人たちが制御しやすいツールなのです。どのように正解データをつくるかで、AIの動き方は決まってくる。それを客観的で公平なものだと思っていると本当に不利になります。

極端に言うと、AIは支配層が庶民を支配するための便利なツール、ということのようだ。

そしてまた、企業が庶民からお金を巻き上げるための便利なツールでもあるに違いない。

逆に、庶民にとっては、AIはアヘンのようなものだろうか。与えられたAIを楽しんでいるうちに搾取と支配が進んでいく・・・。


というように、疑った見方をすればキリがないけど、一庶民としての個人的な対策としては、AI中毒にならないためにも(前回書いた)AIへの反抗心を持ち続けることと、AI関連企業への投資を通じて搾取の恩恵にあずかること、に努めていきたい。

といっても、AIの想定の範囲内で何の対策にもなっていないかもだけど・・・。
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2019-10-13 06:22 : 雑記 : 編集

AI対策 永遠の反抗期・・・

「文章が読めない子、新聞を読まない人の末路」という新井紀子氏と佐藤優氏の対談記事がプレジデント(2018年10月15日号)に掲載されていた。

「AIネーティブ」に関する新井氏のコメントが気になった。
これからAI時代が本格的に到来する中、生まれたときからAIの判断と推薦によって生きることになる世代を、私は「デジタルネーティブ」ではなく「AIネーティブ」と名付けています。

例えば、YouTubeで電車の動画を見ていると、次はこれを見たらいいとどんどん推薦してきますね。子どもは自分から何かを探すわけではなく、AIに推薦されたことに無意識に従って生きていく。そんな子どもたちがこれから育ってくるのです。

AIネーティブの子どもたちが育つとき、自分が本当に何をしたいのか。自分で切実に欲求する前に、与えられたものだけを消費してしまうことになる。そうやって育った子どもたちが将来的にクリエーティビティを発揮し、生産者として必要な真実の判断ができるのか。私は難しいように思うのです。

AIネーティブの子供たちは推薦されたことや与えられたものに無意識に従って生きていくだろうことを危惧している内容だけど、AIの登場以前からすでにそういう傾向はあったような。

すなわち、これまでの子どもたちも親や先生や企業などに推薦されたり与えられたりしたものに無意識に従って生きてきただろうし、そもそも人間は社会的な動物なので属する集団に無意識に従って生きていくのは当然に違いない。

ただ、問題になりそうなのは、親や先生などとは違ってAIに対しては反抗心を抱きにくいように思うこと(例え反抗期であっても)。そしてAI開発者(企業)の思いのままに・・・。

そのようなことを考えると、AIに対しては意図的に適度な反抗心を抱く必要がありそうだ(子どもだけでなく大人も同様)。


ということで、AIには意図的に反抗し続けるように努めていきたい。永遠の反抗期・・・。
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2019-10-13 05:24 : 雑記 : 編集

コミュニケーション能力の評価基準・・・

「ニューエリート グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち」(ピョートル・フェリスク・グジバチ 著)という本の感想、4回目。

コミュニケーション能力の評価基準に関する話が気になった。
日本の企業で、求める人材像を人事担当者に問うと、「コミュニケーション能力」という答えが返ってきます。もう耳にタコができるほど聞きました。

では、そもそもコミュニケーション能力とは、いったいどのようなスキルを意味するのか。
「他人と上手に会話のキャッチボールを行う能力」
「その場の空気を読んで、適切な行動を取る能力」
「会議などで自分の意見をきちんと主張する能力」

僕は、もっと単純にコミュニケーション能力を捉えています。コミュニケーション能力は、結果で評価されるものである。これが唯一にして絶対の原則です。
「結果」とは、簡単に言えば人が動いてくれたかどうか。

すなわち、著者の考えるコミュニケーション能力の評価基準とは「人が動いてくれたかどうか」ということのようだ。


自分はコミュニケーション能力が低い自覚があるけど、改めて考えると、何をもってコミュニケーション能力が低いと考えているのか、その評価基準が自分の中ではっきりしていないことに気づいた。

これを機に、コミュニケーション能力の評価基準についてアレコレ考えてみた。


まず、コミュニケーション能力は次の2つから成るように思う。
能力1:自分の考えや気持ちを伝える能力
能力2:相手の考えや気持ちを受取る能力

そして、考えや気持ちを伝える/受取る手段としては主に次の3つがありそうだ。
手段1:言葉 (会話、書面、など)
手段2:体 (表情、しぐさ、など)
手段3:モノ (贈り物、武力、など)

このように考えると、コミュニケーション能力を表す以下の式ができる(妥当性は不明)。

コミュニケーション能力 = (能力1+能力2)×(手段1+手段2+手段3)
=言葉で伝える+体で伝える+モノで伝える+言葉から受取る+体から受取る+モノから受取る

このような式を考えてみると、コミュニケーションにおいて自分ができていること/いないことがよくわかる。

・人並みにできていると思うこと:言葉(書面)で伝える、言葉(書面)で受取る
・人並みにできていないと思うこと:それら以外のすべての項目


ということで、上記のようなコミュニケーション能力の式を頭の片隅に置きながら、コミュニケーション能力の向上に励んでいきたい・・・。


それと同時に、コミュニケーション能力に頼らない生き抜き方も模索していきたい・・・。





ちなみに、(上に書いたように)「言葉(書面)で伝える」ことは人並みにできているつもりだけど、せいぜいこのブログのレベルなので、もしかしたらとんだ勘違いかもしれない・・・。
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2019-10-12 08:06 : 雑記 : 編集

クビになる準備・・・

「ニューエリート グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち」(ピョートル・フェリスク・グジバチ 著)という本の感想、3回目。

「クビになる準備」という表現が出てきて印象的だった。
最初に質問します。
Are you ready to get fired? ――「クビになる準備はできていますか?」
これからの時代は、自分の仕事がどこまで続くのか、きちんと先読みをしなければなりません。“その時”が来たらすぐに動けるように、準備しておくことが重要です。

人間の働き方は変化し続けてきました。氷を収穫していた時代は、生産経済の時代です。この頃は肉体労働が主で、求められたのは服従と勤勉さです。

しかし次の段階、ナレッジエコノミーの時代になると、専門性や知恵が求められるようになりました。ところが、これらもアウトソーシングで事足ります。

これからの働き方のステージは、クリエイティブエコノミーです。そしてこの時代に生き残る人材や企業は、ゼロから新しい価値を生み出す人々であり、彼らに求められるのは、情熱、創造性、率先です。

すなわち、これからはいつクビになってもおかしくない変化の激しい時代であり、また、クリエイティブエコノミーの時代になっていくので、このような時代を生き残る(クビになったとしても次の仕事を得続ける)ためには「情熱」「創造性」「率先」を発揮できるように準備しておく必要がある、ということと理解した。


残念ながら、「情熱」「創造性」「率先」は自分の大の苦手分野であり(時代遅れの「服従」と「勤勉さ」は得意分野なんだけど・・・)、それらの土俵で勝負できる気がしない。

そんな自分は、「情熱」「創造性」「率先」を発揮できる準備に努めるとしても、それらに頼らない生き残り策も準備しておくべきと思う。

そして、そんな生き残り策の一つとして、資産形成してアーリーリタイアを実現すること、が挙げられそうだ。


ということで、クビになる準備という意味においても、引き続き資産形成に励んでアーリーリタイアの実現を目指していきたい・・・。
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2019-10-12 06:12 : 雑記 : 編集

デキる人の論理 さえない自分の現実・・・

「ニューエリート グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち」(ピョートル・フェリスク・グジバチ 著)という本の感想、2回目。


仕事をする上で「プライド」と「楽しむ」が重要、という話が気になった。
 僕が新しい働き方について言及すると、必ずこう言う人たちが現れます。
「それはグーグルだからできること。日本企業では無理な話ですよ」
 でも、どんなポジションであっても自己実現をする余地はあります。重要なのは、仕事で自分が出しているアウトプットにプライドがあるか。そして、アウトプットを出すまでのプロセスを楽しんでいるか、です。

仕事にプライドを持ったり楽しんだりするなんて、「それはデキる人だからできること。さえない自分には無理な話ですよ」と個人的には思う・・・。


このような自己啓発系の本で気を付ける必要があると思うのは、そのほとんどがデキる人や成功者によって書かれていること。

すなわち、能力がある人だから通用することであったり(デキる人の論理)、あるいは、いつも通用する訳ではないけどたまたま成功した事例だったり(成功者の論理)、が書かれていることが多く、さえない自分が真似をしようとしたところでうまくいくとは限らない。

さえない自分の現実と照らし合わせた上で、真似してみるべきかどうかを考える必要がある。


なお、個人的には仕事に対してプライドを持ったり楽しんだりする余裕なんて無く、仕事という苦行を通して修業しているようなイメージ。サラリーマンという修行僧・・・。

プラス思考で考えると、厳しい修業を積める上にお金ももらえて、さらにはいつか悟りに到達できるかも・・・。



ということで、「プライド」や「楽しむ」なんていうデキる人の論理に惑わされることなく、これからも仕事という苦行を通して修業に励んできたい・・・。
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2019-10-12 05:15 : 雑記 : 編集

エリートが地位や成長を競っている隙に・・・

「ニューエリート グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち」(ピョートル・フェリスク・グジバチ 著)という本を読んだ。

当時まだ社会主義国だったポーランドで生まれ育ち、ドイツ、オランダ、アメリカを経て2000年から日本で暮らしている著者は、ベルリッツ、モルガン・スタンレー、グーグルに勤めた後、現在は独立して会社(2社)を経営しているとのこと。

そんな著者が、従来からのエリート(オールドエリート)に変わるこれからのエリート(ニューエリート)について書いた内容。


オールドエリートとニューエリートについて、次のような説明があった。

■オールドエリート
性質:強欲
要望:ステータス
行動:計画主義
人間関係:クローズド(差別)
考え方:ルールを守る
消費行動:誇示的消費

■ニューエリート
性質:利他主義
要望:インパクト・社会貢献
行動:学習主義
人間関係:オープン(コミュニティ作り)
考え方:新しい原則を作る
消費行動:ミニマリズム

端的に言うと、オールドエリートは「ステータス至上主義」、ニューエリートは「成長・変革至上主義」という印象を受けた。


さえない自分にとって、新旧のエリートたちがステータスや成長・変革を求めているのはチャンスかもしれない。

すなわち、新旧のエリートたちがステータスや成長・変革に心を奪われている隙を付けば、さえない自分でもなんとか生きていけるかも・・・。


ということで、ステータスや成長・変革に惑わされることなく(ステータスや成長・変革はあくまで生き抜くための手段であって目的ではない)、生存至上主義でなんとか生き抜いていきたい・・・。
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2019-10-10 06:40 : 雑記 : 編集

出版業界でも誤記や捏造が相次ぐ・・・

「誤記や捏造…揺らぐ出版」という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

読書好きな自分としては気になる内容。
8月下旬、中央公論新社のウェブサイトに新書の正誤表が掲載された。対象はドイツ文学者の池内紀氏が執筆した「ヒトラーの時代」。独裁者が民衆の心をつかむ過程を描いた270ページほどの歴史エッセーに、67項目にのぼる訂正が付いた。

東洋英和女学院大の調査委員会は5月、同学院の院長だった深井智朗氏の2012年の著書「ヴァイマールの聖なる政治的精神」(岩波書店)の内容を調査した結果を公表した。実在しない神学者の名前が出てくるほか、彼の論文とされるものの内容も別の研究書からの盗用と認定。版元は回収と絶版を決めた。

書籍の信頼を揺るがす事案が続く背景には、厳しい出版状況がある。出版科学研究所のデータによると、18年の書籍の販売額はピークの1996年から36%減った。逆に新刊点数は13%増。刊行点数を増やして売り上げ減を補う負のスパイラルに陥っている。

出版業界も、より少ない人手でより多くの仕事をこなさないといけない、というような厳しい状況にあるということか。

これからますます厳しくなっていきそうだから要注意。

本を選ぶ時にはフェイク本を掴まされないように気を付けていきたい。


新聞社も同じように厳しい状況にあるだろうから、日経新聞さんも「フェイクニュース新聞」などと揶揄されるような事態にはならないように是非とも気を付けて欲しいところ。


なお、このブログにも誤記や捏造(というより妄想)があふれているに違いないので要注意・・・。
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2019-10-08 08:23 : 雑記 : 編集

読者の興味関心に無頓着な自己満ブログ・・・

「正確に間違えるより おおよそ正しい方がよい」という早稲田大学顧問野口悠紀雄氏の記事が週刊ダイヤモンド(2018年8月4日号)に掲載されており気になった。

日本の食料自給率の低さがしばしば問題視されることをとり上げて、マスメディアのバイアスや適切な目標設定の重要さなどについて書かれた内容。

次の箇所が印象的だった。
つまり、「とりわけ変わったことはありません」では、ニュースにならないのである。「異常なことだ。大変だ」ならニュースになる。「犬が人をかんでもニュースにならないが、人が犬をかめばニュースになる」と、昔からいわれてきた。それと基本的に同じことである。

ニュースになるかどうかは、それ自体の重要さというよりも、受け取る側(読者)の興味関心に適うかどうかによる、ということなんだろう。

確かに、自分も興味関心を刺激されない記事には目がいかないように思う。


このブログはどうだろうかと改めて考えてみると、読者の興味関心にはまったくもって無頓着であり、(今回とり上げた内容もそうだけど)もっぱら自分自身の興味関心を最優先してしまっているような。

すなわち、読者が読みたいことではなく、自分が書きたいことを書いている。

今風に言うと? 読者ファーストではなく自分ファーストなブログ。


まあでも、読者ファーストになったところで読まれるブログを書けるかどうかわからないけど、自分ファーストだと少なくとも自己満足はできるので、安全をみて?自分ファーストな自己満ブログを継続していきたい・・・。



なお、ニュースや記事などに目がいったときは、意図的に興味関心を刺激されていることを意識しておきたい・・・。
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2019-10-08 07:15 : 雑記 : 編集

老後の不安は「健康」より「お金」?

『老後の不安、「健康」より「お金」』という記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

老後の不安に関する調査結果が気になった。
医療機器メーカーのオムロンヘルスケアが40~70代の男女に調査したところ、老後の不安は健康よりもお金と考えている人が多いことがわかった。

老後に不安があるか尋ねると、あると答えた人は全体の86%に上った。何が不安か複数回答で聞くと、1位は「お金」(52%)で、2位「認知症」(45%)、3位「自分自身の介護」(40%)、4位(寝たきり)(33%)など健康に関する項目を上回った。

なるほどと思いそうになったけど、この調査結果から言えることは逆のように思う。すなわち、老後の不安は「お金」より「健康」、の方が正しいような。

というのも、「認知症」「自分自身の介護」「寝たきり」は健康に関することなので「健康」という項目で一つにまとめると、「お金」への不安を上回るに違いない。


なお、個人的にも「お金」より「健康」の方が心配だ。お金が無くても健康だったらなんとかなりそうに思うけど、お金があっても認知症や要介護状態や寝たきりになったらどうしようもないような・・・。

そんなに「健康」が心配なら、「お金」に関するブログを書くよりも「健康」に関するブログを書いた方が良いのかも、と一瞬思ったけど、大好きな「お金」について書く方がより健康になれそうな気もする。



ということで、老後の「お金」と「健康」のためにも、大好きなお金に関する自己満ブログを書き続けていきたい。



ただ、株価暴落で「お金」も「健康」も危機を迎える、なんてことにならないようには気を付けたい・・・。
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2019-10-08 05:30 : 雑記 : 編集

働かずに存続できる日本を・・・

「働かずに成長できる日本を」という記事が先日の日本経済新聞の「大機小機」というコラムに掲載されていた。

いつもの日経新聞では見られないような内容であり印象的だった。
文明発展の原動力の一つは、働きたくない、誰かに働かせようとの願望だろう。そのために昔は戦争をした。奴隷制度もあった。今では機械化であり、それと情報の組み合わせである。戦争でさえミサイルやドローンに主力が移り、陸軍に代表される人間の役割は後退している。

老人の労働力化は完全に文明の発展からの逸脱である。ある意味、国民の奴隷化であり、死ぬまで働けと命じるに等しい。楽隠居を選択しやすくするのが筋だろう。

的を得た政策とは、人間が働くために移動しなくても、究極は働かなくても成長できる社会の設計にある。

自分の思いを代弁してくれているかのようであり、非常に共感できたけど、ただ、「働かずに成長できる日本を」や「働かなくても成長できる社会」のフレーズに出てくる「成長できる」という表現が気になった。

すなわち、「成長」を続けるとそのうち無理がでてきそうだから、「成長できる日本」よりも「存続できる日本」を目指す方が長続きしそうに思う。


ということで、働かずに千代に八千代に存続できる日本にならないかな・・・。
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2019-10-07 00:03 : 雑記 : 編集

金融市場は気候変動リスクを過小評価?

「金融市場に気候変動の影」という英フィナンシャル・タイムズからの翻訳記事が先日の日本経済新聞に掲載されていた。

金融市場は気候変動リスクを十分に織り込めていない、というような話が気になった。
国連が支援する「責任投資原則(PRI)」という団体が、「現在の金融市場は、気候変動に対して目先実行されそうな政策を十分に織り込んでいない」と警告する報告書を発表したのだ。

実際、約500社のグローバルな資産運用会社も加盟しているPRIは、「2025年までに、気候変動への対策が遅れたことによる強烈、唐突かつ無秩序な」市場の反応があると予測している。平易な言葉で言えば、市場のショックを予想しているということだ。

現在、ごく一部の保険専門家と気候変動の科学者はリスクを理解している。ヘッジファンドなど、一部の抜け目ない金融業者も現状を知っている。しかし、大半の一般投資家は気候変動がもたらす影響の大きさをほとんど理解できていない。

その結果生まれるのが、極端な「情報の非対称性」だ。(中略)歴史は、極端な情報の非対称性が発生すると、市場にショックが起きることを教えてくれている。これはまさに、サブプライム住宅ローン危機で起きたことだ。気候変動でも似たような展開になったとしても想像に難くない。

気候変動に関する情報の非対称性によって、サブプライム住宅ローン危機のようなショックが金融市場に起きるかもしれない、と言うことのようだ。

まあでも、情報の非対称性の問題は気候変動に限らず、少子高齢化や科学技術など多くの(というより全ての)ことに当てはまりそうであり、そう考えると多くのショックが起こり得るということになりそうだ。


ということで、日本ではいつ地震が起きてもおかしくないという心構えが必要なように、金融市場ではいつショックが起きてもおかしくないという心構えが必要なんだろう(と理解した)・・・。
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2019-10-06 08:22 : 雑記 : 編集

人類の存続より金儲け 資本主義というカルト・・・

「How Dare You!」という記事が先日の日本経済新聞の「大機小機」というコラムに掲載されており気になった。

国連の「気候行動サミット」に関する内容。
「あなたたちが話しているのは、お金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。よくもそんなことが言えますね!」。国連の「気候行動サミット」開幕式で、対策が不十分だと世界のリーダーに訴えたグレタ・トゥンベリさんのメッセージは、誰よりも強烈だった。

グレタさんは自らアスペルガー症候群であることを公表し「アスペルガーは私の才能」と語る。それをネットで中傷する人もいるようだが、スティーブン・スピルバーグ氏のような天才の多くもアスペルガー症候群であると公表している。往々にして特異な才能を持つ人こそが歴史をリードしてきたものだ。

改めて考えると、アスペルガー症候群ではない“正常な”大人たちのトレンドは、人類の存続よりも金儲けを優先すること。

グレタ・トゥンベリ氏は16歳という若さからか、あるいはアスペルガー症候群という性質からか、それとも生まれ育った環境からか、そのトレンドから逸脱しているようであり、その発言が新鮮だった。

お金大好きな自分も、(改めて考えると)人類の存続よりも金儲けを優先しているけど、よくよく考えると資本主義社会とは金儲けを絶対視するカルト集団のように思えてきた・・・。


グレタ・トゥンベリ氏の発言を聞くと、そんなカルトの洗脳から覚めそうになってしまうけど、(さえない自分がこの資本主義社会を生き抜くためには)なんとかカルト集団に踏みとどまって、人類の存続よりも金儲け優先を貫いていきたい・・・。
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2019-10-06 07:25 : 雑記 : 編集

両利きの人生 二兎を追う戦略・・・

『両利きの経営 「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン 著、入山章栄 監訳・解説、冨山和彦 解説、渡部典子 訳)という本を読んだ。


いわゆる「イノベーションのジレンマ」の対策としての「両利きの経営」を解説する内容。

「両利きの経営」とは、「既存事業の深化」と「新規事業の探索」を同時に行う経営。

すなわち、(他社のイノベーションによって)既存事業が行き詰まってしまう前に、リスクをとって不確実な新規事業に着手して次の柱を育てておく、というような感じ(と理解した)。

書くのは簡単だけど、次のような壁が立ちはだかっているようだ。

【壁1】
既存事業がうまくいっていると、リスクをとってまで不確実な新規事業を探索しようとは思わなくなる(サクセストラップ)

【壁2】
「既存事業の深化」と「新規事業の探索」に求められる性質や考え方がまったく異なる(矛盾する)ため組織内で対立が生じる

これらの壁を乗り越えるためにはトップのリーダーシップがカギとなる、と書かれていた。

すなわち、トップは「新規事業の探索」の着手と、かつ、「既存事業の深化」と「新規事業の探索」の対立の解消、に取り組む必要がある。



このような「両利きの経営」の話を読みながら、同様なことは人生にも言えそうだと思った。

それを「両利きの人生」と勝手に名付けると、「既存の幸せの享受」と「新規の幸せの探索」を同時に行うこと。

すなわち、人生トータルで考えたときの幸せの総和を最大化するために、「既存の幸せの享受」だけでなく、リスクをとって不確実な「新規の幸せの探索」も同時に行う、という感じ。

そこには次のような壁が立ちはだかっているだろう。

【壁1】
今現在が幸せだと、リスクをとってまで不確実な幸せを探し求めようとは思わなくなる(ハッピートラップ)

【壁2】
「既存の幸せの享受」と「新規の幸せの探索」は求められる性質や考え方がまったく異なる(矛盾する)ため自分の中で対立が生じる

これらの壁を乗り越えるためには、「新規の幸せの探索」の着手と、かつ、「既存の幸せの享受」と「新規の幸せの探索」の対立の解消に、意識的に取り組む必要がありそうだ。



ということで、お酒を飲んで束の間の幸福感にひたっている場合では無さそうだ(アルコールトラップ・・・)。
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2019-10-06 06:40 : 雑記 : 編集

年金を信じるか 株式を信じるか 自分を信じるか・・・

「金融知識と金融アドバイス」という山口大学経済学部教授城下賢吾氏の記事が日本経済新聞の「十字路」というコラムに掲載されていた。

冒頭部分からの抜粋。
資産を増やそうと考える個人投資家は金融知識があれば、分散化されたインデックスファンドのような金融商品が分散されていないものに比べて、同じリスクでもより低コストで多くのリターンを期待できることを知っている。

インデックスファンドへの投資(インデックス投資)を肯定している記事であり、また、この記事以外でもインデックス投資を勧めるような記事はよく目にするけど、さらには、金融庁も「つみたてNISA」を通して暗に?(明に?)インデックス投資を勧めているように思うけど、(心配性な自分としては)年金問題の二の舞になるのではないかという不安がある・・・。

彼らの言うことを真に受けて良いのだろうか?

年金は当初の目論見から大きく外れているけど、今回は信じて良いのか??


心配性な自分としては、インデックス投資がうまくいかなかった場合の保険も準備しておきたい。

例えば、
1.安全資産(円)
2.稼ぐ力
3.自己満足の蓄積

思いついたのはこれくらいだけど、稼ぐ力には自信が無いのはもちろんのこととして、円も信じられるのか・・・。

そんな心配性な自分は、ある意味利確(利益確定)と言えそうな「自己満足の蓄積」にももっと力を入れた方が良いのかもしれない。いつ破綻しても思い残すことの無いように・・・。


ということで、年金もインデックス投資も円も自分も何もかも信じられない自分は、金融資産の蓄積だけではなく自己満足の蓄積にもっと力を入れていきたい・・・。



なお、上記記事は以下のように締めくくられていた。
そこで投資家に十分な金融知識がないとしても金融知識の豊富な信頼できる家族、友達、あるいは定評のあるメディア情報などを通じて投資家視点のプロからの金融アドバイスを求めるのは有効なことである。そういう環境があるだけでも自分が基本的な金融知識を持つのと同じ効果を持つことになる。

と言われても、誰のアドバイスを参考にしたらよいのかがわからない・・・。
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2019-10-05 07:26 : 雑記 : 編集

猿真似インデックス投資・・・

『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』(トーマス・ラッポルト 著、赤坂桃子 訳)という本の感想、2回目。


「模倣は競争を生み、競争はさらなる模倣を生む」という話が印象的だった。
ティールの世界観と、ビジネスや投資判断の流儀に決定的な影響を与えたのは、スタンフォード大教授だった著名なフランス人哲学者、ルネ・ジラールである。

ジラール思想の核にあるのは模倣理論と競争だ。ジラールによれば、人間の行動は「模倣」に基づいている。人間には他人が欲しがるものを欲しがる傾向がある。したがって模倣は競争を生み、競争はさらなる模倣を生む。

「模倣こそ、僕らが同じ学校、同じ仕事、同じ市場をめぐって争う理由なんです。経済学者たちは競争は利益を置き去りにすると言いますが、これは非常に重要な指摘です。ジラールはさらに、競争者は自分の本来の目標を犠牲にして、ライバルを打ち負かすことだけに夢中になってしまう傾向があると言っています。競争が激しいのは、相手の価値が高いからではありません。人間は何の意味もないものをめぐって必死に戦い、時間との闘いはさらに熾烈になるんです」

個人的にはすごく納得できる話。

というのも、日本企業は他社の成功をすぐに真似して、その結果競争が激しくなって価格が下落してしまい、結局どちらも(真似する方もされる方も)儲からなくなってしまう、という傾向があるように思う。

消費者の立場からすると嬉しいけど、サラリーマンの立場からすると無駄な仕事をしているような印象。生産性が低いと言われる原因の一つに違いない。

そのように考えると、資本主義経済においては、皆が真似をすると究極的には利益がゼロになって最悪の結果になってしまいそうなので、「猿真似は最悪のソリューションである」と言えそうだ。


といように「真似」にはマイナスの印象を抱いてしまうけど、改めて考えてみると、自分がサラリーマンとして働いているのも人の真似だろうし、そもそも現代日本風の生活を送っているのも人の真似だろうし、インデックス投資をしたりブログを書いたりしているのも人の真似だろうし、と普段の生活は人の真似で成り立っているような。

特に、さえない自分は独自のやり方をするよりも、人の真似をする方が成功する確率はグッと高まるに違いない。

そういう意味では、逆に、「猿真似は最強のソリューションである」と言えるのかもしれない。


以上のように考えると、「猿真似は最強でかつ最悪のソリューションである」と言えそうであり、そんな諸刃の剣である「猿真似」という武器を少しでも使いこなすことができるように精進していきたい。

といっても、さえない自分にとっては「猿真似は最強のソリューション」という要素の方が強そうだけど。

ということで、引き続き猿真似インデックス投資も継続していきたい・・・。



「猿真似インデックス投資は最強のソリューションだった」と老後に言えたら良いのだけど・・・。
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2019-10-05 06:15 : 雑記 : 編集

ハーバードMBA VS アスペルガー症候群

『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』(トーマス・ラッポルト 著、赤坂桃子 訳)という本を読んだ。

ペイパルの共同創業者などとして知られるシリコンバレーの成功者であるピーター・ティール氏の全貌に迫る、というような内容。

ハーバードのエリートたちに対する彼の考えが印象的だった。
いまでもティールにとって、ハーバードは誤った競争主義の象徴だ。2014年に彼がスタンフォード大学で担当したゲスト講義「競争は負け犬のもの」で、彼はハーバード・ビジネススクールを徹底的にこきおろしている。

「あそこの学生たちはアスペルガー症候群の対極にあります。やけに社交的で、自分の考えというものを持っていない。2年間もこういう連中と一緒にいると、群集本能ばかりが発達して、誤った決断を下すようになってしまいます」

80年代の終わり、当時「ジャンク債の帝王」ともてはやされていたマイケル・ミルケンに続けとばかりに、ハーバードの卒業生は大挙して金融業界に入った。だがその後、ミルケンはウォール街最悪のスキャンダルを起こし逮捕された。そして99年から2000年にかけてドットコム・ブームが頂点に達したときには、ハーバード卒業生はこぞってシリコンバレーをめざした。だが2年後にバブルがはじけ、ナスダックは約80パーセント下落。2005年から2007年の不動産バブルでは、彼らは未公開株式投資会社に押しよせた。しかし2008年9月に投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻。世界的金融危機が発生した。

「どんな治療法を推薦すべきなんでしょうね?」
ハーバードのエリートたちの傾向について、ティールはそう言って肩をすくめる。

シリコンバレーで成功するためにはハーバードのエリート的性質よりもアスペルガー症候群的性質が必要だとティール氏は考えているようだ。

・ハーバードのエリート:社交的、自分の考えを持っていない(つまり柔軟)
・アスペルガー症候群:内向的、自分の考えを持っている(つまり頑固)
(という理解)

この2つのどちらかと問われると、断然アスペルガー症候群的(すなわち内向的で頑固というやっかいな性質)という自覚のある自分は、シリコンバレーで成功できる素質があるのかもしれない!!

と一瞬思ったけど、もしそうだとしたら多くの日本人はシリコンバレーで成功できると言うことになってしまいそうなので、どこか間違えているような・・・。


よくよく考えると、大前提として「高いIQ」というのがあるに違いない。

すなわち、
・ハーバードのエリート:高いIQ、社交的、自分の考えを持っていない(つまり柔軟)
・ティール氏の言うアスペルガー症候群:高いIQ、内向的、自分の考えを持っている(つまり頑固)

すなわち、ティール氏の言うアスペルガー症候群とは高IQアスペルガー症候群に違いない。すなわち、アスペルガー症候群の中のエリート。

ハーバードのエリートとアスペルガー症候群は対極にあるとティール氏は言っているが、「高いIQ」という点では似た者同士なのだ・・・。


ということで、(高IQではなく)ただのアスペルガー症候群的(すなわち内向的で頑固というやっかいな性質)なだけの自分は、シリコンバレーなんかに行ったら生きていけそうにないので、せいぜい日本のサラリーマン生活をなんとか生き抜くべく努めていきたい・・・。
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2019-10-05 05:04 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・投資:パッシブに殖やす
・節約:消費するよりアーリーリタイア

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
 eMAXIS Slim 先進国株式インデックス
 たわらノーロード 先進国株式
 SMT ゴールドインデックス・オープン(為替ヘッジあり)

資産推移

資産状況202003

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