「科学」が「宗教」に成り得ないのは「根拠なき熱狂」を否定するから?

妄想っぷりが激しく、シラフの自分も引き気味なこのブログ。

そういう意味ではアルコールも役に立つ。シラフの自分には考えつかないような(考えついても決して書かないような)妄想に浸らせてくれる・・・。



科学に毒されている理系な自分にとって、科学は宗教なようなものと思っていたが、科学を宗教とするには欠陥がありそうだと先ほど思った(アルコールの勢いで)。

科学は「真理」を教えようとしてくれるが、「不安」や「絶望」を解消しようとしてくれるわけでは無い。

逆に、科学的思考で考えていると「不安」や「絶望」に苛まれていくように思う。



つまり、「科学」は「真理」を求めようとするだけで、「安心」や「希望」には無頓着なのだ。

「安心」や「希望」は「根拠なき熱狂」から生まれるのものであり(すなわち理屈で考えると「安心」や「希望」は得られないような・・・)、根拠を求める「科学」とは相容れないように思う。




いや、ちょっと待った!、「アルコール・ランプ」なるものを理科の実験で使った記憶がある。

もしや、あれは「アルコール」の大切さを教えてくれようとしていたのではなかろうか。

そういえば理系の先生はアルコール好きが多かった勝手な印象(偏見)がある。

理系の先生となる要件には「アルコール好き」という暗黙の決まりがあったに違いない。

理系は宗教より科学を信じる人が多そうなので、「不安」や「絶望」を宗教ではなくアルコールで紛らわそうとしているわけか。




ということで、「科学」を「宗教」(生きるための拠り所)の代わりとするには不足がある。すなわち、「科学」には「根拠なき熱狂」の要素が足りない。というより、「根拠なき熱狂」を排除しようとする。

「科学」に「根拠なき熱狂」を強引に組み合わせてはじめて「宗教」(生きるための拠り所)の代わりになり得そうだ。




そのように考えるとみると、理系な自分がアルコールを尊重(といより単に好きなだけ)するのは不自然ではない。「根拠なき熱狂」が欠乏していたため、アルコールで「根拠なき熱狂」状態を作り出そうとしていたに違いない・・・。








以下、メモ書き

生きていく限り「不安」や「絶望」に苛まれるのは当たり前

その対策となるのは「思考停止」「集団」「宗教」など

現代社会は「自分の頭で考える」を重視する傾向にあり、「思考停止」「集団」「宗教」を軽視する方向

「自分の頭で考える」社会は「不安」や「絶望」に苛まれる人を量産する社会

「根拠なき熱狂」と呼んでいるのは「思考停止」のこと、より正確には「”正常な思考”の停止」

また、「自分の頭で考える」を促すならば、その弊害(「不安」や「絶望」に苛まれやすくなる)も伝えた方が良さそうだ
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2017-05-04 18:14 : 雑記 : 編集
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ちゃーも

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