お金の使い方 歴史の使い方 目的によって手段の使い方は異なる・・・

前回に続いて「知的人生のための考え方 わたしの人生観・歴史観」(渡部昇一 著)という本の感想。

自国の歴史の見方に関する記述があった。偏ることなくバランスが大切だ、というようなもっともな内容。
 井の中の蛙ではないですが、超右翼思想家のように局所的な自我礼讃的な視点だけで短絡的に見たり、もの申したりするのは危険であり、不十分です。やはり別の視点、言い換えれば外国の視点で日本を見るということが必要です。
 しかし、左翼系の思想家のように海外から借りたアンチ日本的な視点だけが正しくて、井の中にいる蛙を外からあれやこれや論じる方法にも大いに問題があります。やはり外からの傍観者的な態度だけでなく、自分の中に流れるものを自分のものとしてとらえる姿勢、言わば自ら井の中に入る姿勢もまた必要なのです。



この本を読みながら、歴史の見方についてアレコレ考えていると、歴史をどう見るべきかは目的によって異なりそうだと思った。

例えば、自国の歴史から教訓を学ぼうとするようなときは、否定的な見方をした方が学べることは多そうだ。

一方、自国の歴史から自己肯定感を得たいような場合は、より肯定的な見方をするべきだろう。

さらに、外国と取引するような場面では、尾びれ背びれをつけて良い面を誇張したり、もっと言えば巧妙に捏造したり、するべきかもしれない。

と言うことで、どのような「目的」に使うかによって、「歴史」という手段の使い方は異なるだろう。





一方、「お金」という手段の使い方も「目的」によって異なりそうだ。

例えば、「生き抜く」ために使うのか? 「楽しむ」ために使うのか?

前者はイザというときに備えて貯めておくべきだろうが、後者は積極的に使うべきだろう。

自分は断然前者であり、来るかどうかもわからないイザというときに備えて貯め続けている・・・。

備えあれば憂いなし、だけど憂いと同じく楽しみもないかも・・・。





ちなみに、学校教育では何を「目的」として「歴史」という手段を用いるべきだろうか?

歴史から教訓を学ばせるためか? それとも 自己肯定感を与えるためか?

前者ではより否定的に、後者ではより肯定的に教えるべきで、相容れなさそうだ・・・。

あるいは、単に事実としての歴史を教えるべきか?
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2017-10-14 10:25 : 雑記 : 編集
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ちゃーも

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