自分にとってはパッシブ運用がアクティブ運用・・・

「中動態の世界 意志と責任の考古学」(國分功一郎 著)という本の感想、2回目



「中動態」についてはまた改め書くとして、「能動」と「受動」に関する記述が気になった(この記事の最後に関連個所を抜粋)。

次のように理解した。

「能動」と「受動」の区別は、行為の方向に着目するよりも、その人の本質が反映された行為かどうかに着目した方がうまく説明できる。

【行為の方向に着目する場合】
 能動:自→他
 受動:他→自

【本質の反映に着目する場合】
 能動:その人の本質が反映されている
 受動:その人の本質が反映されていない



例えば、自分がサラリーマンとして働くのは、行為の方向に着目すると能動的だが(自分から働きかけて就職した)、本質が反映されているかどうかに着目すると受動的である(会社勤めに適した性質ではないし好きでも何でもない)。

また、「いじられる」というのは、行為の方向に着目すると受動的だが、いじられキャラの人にとっては、その人の本質が反映されているという意味で能動的である。

さらに、投資におけるパッシブ運用は、自分のような受け身的な性質の人にとっては、その人の本質が反映されているという意味でアクティブ運用(能動的な運用)と言えるのかも。



と言うようなことを考えていると、そもそも受け身的なさえない自分は、自分の本質を反映した行為をしていてはこの社会を生き抜けそうにないという意味では、能動的に生きていくことはできない。

すなわち、生き抜いていくためには、自分の本質を反映していないという意味での受動的な行為(行為の方向的には能動的な行為)に終始する必要があり、その最たるものがサラリーマンとして会社勤めをすることだ。

言わば、強いられる能動を受動的に行わざるを得ない、とでも言ったところか・・・。







以下、関連個所の抜粋。
スピノザは神なる実体とはこの宇宙あるいは自然そのものに他ならず、そうした実体がさまざまな仕方で「変状」したものとして万物は存在していると考えた。すなわち、あらゆる物は神の一部であり、また神の内にある、と。

われわれの変状がわれわれの本質によって説明できるとき、すなわち、われわれの変状がわれわれの本質を十分に表現しているとき、われわれは能動である。逆に、その個体の本質が外部からの刺激によって圧倒されてしまっている場合には、そこに起こる変状は個体の本質をほとんど表現しておらず、外部から刺激を与えたものの本質を多く表現していることになるだろう。その場合にはその個体は受動である。

一般に能動と受動は行為の方向として考えられている。行為の矢印が自分から発していれば能動であり、行為の矢印が自分に向いていれば受動だというのがその一般的なイメージであろう。それに対しスピノザは、能動と受動を、方向ではなく質の差として考えた。

脅されてお金を渡す行為をわれわれは能動とは言わない。しかし、一般的な能動と受動の区別では、たとえば困っている人に義の心からお金を手渡す行為と、脅されてお金を渡す行為をうまく区別できない。なぜならば行為の方向はどちらも同じだからである。

しかし、二つの行為は明らかに違う。スピノザ哲学はわれわれが直観しながらもうまく説明できないでいるこの事態を明確に説明するものである。困っている人に義の心からお金を手渡す行為は、その人の本質が原因となって起こっている行為であって、限りなく能動に近い行為と言いうるだろう。

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2018-02-03 11:43 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・節約:消費するよりアーリーリタイア
・投資:パッシブに増やす

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
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