資産形成は自然の摂理のなすがまま・・・

「哲学の謎」(野矢茂樹 著)という本の感想、2回目。

「意志」や「自由」に関する記述を読んで、次のようなことと解釈した(関連個所を最後に抜粋)。

1.自分の行動は自分の意志が決めているわけではなく自然の摂理に従っているだけ
2.意志が決めたように思えるのは錯覚(後付け解釈)にすぎない
3.あるいは自分の意志が決めているとしてもそれ自体が自然の摂理に従った結果である
4.かといって決定論的ではなく非決定論的(確率的決定論)であり未来は未確定



例えば、自分の意志で資産形成していると考えるのは錯覚であり、自然の摂理のなすがままなのだ。

あるいは、自分の意志で資産形成しているとしても、それ(自分の意志による決定)自体が自然の摂理のなすがまま。

かといって資産形成の結果が既に決まっているわけではなく、資産形成がうまくいくかどうかは未確定であり、よって、アーリーリタイアできるかどうかはまだ決まっていない。



また、このような訳のわからないブログを書いてしまうのも自然の摂理のなすがまま(ブログを書かない選択肢もあり得たが確率的に書くことになってしまった)ということで・・・。





ちなみに、「責任」という考え方は、その人の意志で悪い行為をしたから責めるというよりも、悪いとされる行為をする性質を有すること自体を責める(確率的に悪いとされる行為をとりがちな人を排除する)、ということなのだろう。





以下、関連箇所の抜粋。
君が腕を上げるとき、君は君自身の力で君の腕を上げなければならない。つまり、それは君の意志が動力となって生じた動きでなければならない。これがまず、一手目。

さらに、その意思もまた君自身の力で引き起こしたものでなければならない。つまり、「腕を上げよう」という意志も、再び君の意志が動力となって生じた心の動きでなければならない。これが二手目。

そして、意志の意志を出してもそれで終わりにならないことは明らかだ。二番目の意志の能動性を言うために君は三番目の意志を持ち出さねばならず、以下、無限に続く。三手詰み。

確かに、現在の量子力学は非決定論的で、それを決定論的に作り直そうとする人たちはむしろ異端視されているらしい。

だって、非決定論といっても、別に「自然は決定しませんからどうかあなたが決めて下さい」などと言っているわけではない。自然の動きは相変わらず自然の側で自立している。ただ、その動きが非決定論的だというにすぎない。

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2018-02-24 07:09 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

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・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
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・投資:パッシブに増やす

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
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