仕事とは何だろうか? 喜びか、善行か、宗教か、ゲームか、・・・

「仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える」(泉谷閑示 著)という本の感想、4回目。


次のような記述を読んで、「仕事とは何か?」改めて考えてみた。
本来は人間的な手応えを得られるはずの「仕事」というものが、いつの間にやら「労働」というものに吸収合併され、すっかり変質してしまったということ。そして、「労働」こそが価値を生むものであるという「労働価値説」が社会経済の根本的価値観となってしまったこと。さらに、古来は最も価値あることとされていた静かな「観照生活」の意味はすっかり忘れ去られて、単に怠惰で非生産的なものとしてしか捉えられなくなってしまったこと。

また、ひたむきに「天職」を遂行することが「世俗内禁欲」という徳のある生き方であるというプロテスタントの価値観が出発点となって、「労働」して稼ぐことこそが善行であるとされるようになったこと。そして、そこから資本主義というものが生み出され、「働かざるもの食うべからず」といった「資本主義の精神のエートス」が力を持ってしまったこと。つまり、ラファルグの「資本教」をもじって言うならば、「労働教」という宗教にいすっかり近・現代人が取り憑かれてしまったということ。

このように、アメリカにおいて、資本主義の精神はもはや「世俗内禁欲」などという宗教的・倫理的意味合いも失われ、スポーツのごとき単なるマネーゲームに変貌していったわけです。私たちがグローバル経済と呼んでいるものの正体は、このようなものなのです。

仕事は喜びか?、善行か?、宗教か?、ゲームか?、・・・。



改めて考えてみたものの、自分にとっての仕事とは、やはりお金を稼ぐための手段あり、お金を生む道具である。

勤めている会社も、上司も同僚も、あの部署の嫌な部長も、取引先のAさんも、極端に言うとお金を稼ぐための道具。

もっと言うと、自分自身もお金を稼ぐための道具であり、お金を稼ぐためなら死なない程度に(病まない程度に)自分自身を酷使してやる。さえない道具だけどなんとか使いこなしたい・・・。



ということで、「仕事とは何だろうか?」なんて悩む暇があったら、仕事という道具を使っていかに稼ぐかを考えていきたい、というのが理想・・・。



しかし、悲しい現実は、仕事に道具として使われて、死なない程度に(病まない程度に)酷使されているような。

つまり、自分が仕事(会社、上司、同僚、・・・)を道具として使う以上に、仕事(会社、上司、同僚、・・・)が自分を道具としてうまいこと使っている・・・。





改めて、仕事とは何だろうか?

自分が道具としてうまいこと使われる仕組み・・・。





使われる以上にうまいこと使えるようになるべく精進していきたい・・・。
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2018-08-10 16:04 : 雑記 : 編集
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プロフィール

ちゃーも

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■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・節約:消費するよりアーリーリタイア
・投資:パッシブに増やす

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
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