宗教は道徳(善悪)で信者を操り 企業はお金(損得)で社員を操る・・・

「ニーチェ入門」(竹田青嗣 著)という本の感想、2回目。


道徳のうさん臭さの話が印象的だった。
キリスト教のような普遍的宗教では(イスラム教でも仏教でも大なり小なりそうだが)、「自己性」、「利己性」、「自己中心性」は必ず「悪」として退けられる。一方で、「利他性」は普遍的な「善」とみなされかつ絶対化される。そしてこういう場合いつでも、一番声高に「利己性」の悪を叫び、「利他性」を絶対的な「善」として強調する人間が現れる。ニーチェによれば、まさしくそれをなすのが「僧職者」たちである。彼らは「善」と「義」の絶対性をいっそう強く叫ぶことによって、なにより虐げられた人間たちのルサンチマンを巧みに組織するのだ。

「道徳」の”うさんくささ”の本質はこういう場面から生じてくる。「利他性」はもともと人間どうしの共同生活の中で自然な存在理由をもっている。困ったものを助けること、弱い者を保護すること、強力しあうこと、相互扶助等々は、人間の共同生活にとって必要不可欠のものである。ところが、「僧職者」たちは「利他性」を絶対化し、これを人間の絶対的な「善悪」の(つまり価値の)基準として流通させようとするだろう。

宗教は道徳(善悪)を使って信者を支配する組織、ということか。

その際、本来は手段にすぎない道徳(善悪)を目的だと思い込ませる。

宗教のうさん臭さ・・・。



同様なことは企業にも言えそうだ。

すなわち、企業はお金(損得)を使って社員を支配する組織であり、その際、本来は手段にすぎないお金(損得)を目的だと思い込ませる。

企業のうさん臭さ・・・。



なお、同様なことは政治にも言えるかも。

つまり、政治はイメージ(好嫌)を使って市民を支配しようとする・・・。

政治のうさん臭さ・・・。





それらの「うさん臭さ」に共通するものは何かと考えてみると、「組織」がポイントのように思う。

元々はうさん臭くなかったとしても、組織になると組織内の力関係や利害関係が発生したり、あるいは悪どい人が組織に入り込んだりして、権力や利益に走る人がでてきて(本来の目的から権力や利益を得ることが目的に変わっていく)だんだんうさん臭くなっていく・・・。





ということで、宗教や企業に限らず、基本的に組織はうさん臭いと考えて注意していきたい・・・。
関連記事

にほんブログ村
(^_^)/ にほんブログ村 株ブログ インデックス投資へ (^▽^)/ にほんブログ村 株ブログ 投資信託へ (^◇^)/ にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
2018-08-13 05:11 : 雑記 : 編集
« next  ホーム  prev »

プロフィール

ちゃーも

Author:ちゃーも
■自己紹介
・アラフォーサラリーマン
・さえないエンジニア
・お金好き、お酒好き、読書好き

■資産形成の方針
・仕事:開き直ってストイックに稼ぐ
・節約:消費するよりアーリーリタイア
・投資:パッシブに増やす

■投資の内容
・インデックスファンドの積立投資
 (先進国株式、ゴールド)
・利用している主なファンド
 eMAXIS Slim 先進国株式インデックス
 たわらノーロード 先進国株式
 SMT ゴールドインデックス・オープン(為替ヘッジあり)

資産推移

資産状況202005

検索フォーム