自分自身の「根っこ」を定めて「葉っぱ」との間に「茎」をつなぐ・・・

「人に強くなる極意」(佐藤優 著)という本の感想、2回目。


自分自身の「根っこ」という話が気になった。
相手が大物であればあるほど、こちらの嘘や飾りなどは見抜かれてしまいます。飾らないで素のままの自分で勝負する――。それができるかどうかが大きなポイントです。

結局、飾らない力を得るには、自分が何者であるかを明確にするということに尽きると思います。人間としての根っこがどこにあるのか、国や民族、故郷や家族、信条や哲学……。あなたにはその軸がありますか?軸がはっきりしているからこそ、虚と実のはざまでどんなに揺れ動いても、飾らない自己、飾らない関係をつくることができる。

私の場合はやはりキリスト教という宗教、そして神学という学問の存在が大きい。自分自身の根っこをそこにおいているからこそ、いざとなった時に素のままで相手に向き合えるのだと思います。

虚や飾りは見抜かれるため素の自分で勝負する必要があり、素の自分で勝負するためには素の自分を把握する必要があり、素の自分を把握するためには自分自身の根っこを明確にする必要がある、というようなことと理解した。


自分自身の「根っこ」を明確にするとはどういうことかと考えてみると、自分自身の行動の源を明確にするということだろうと勝手に解釈した。

そして、「根っこ」というからにはあらゆる行動がその一つの源から生じるようなイメージ。

例えば、自分の場合、「自己満足の最大化」を「根っこ」にしており、つまり、すべての行動は「自己満足の最大化」のために生じる。

ここで、「自己満足の最大化」という「根っこ」はエイヤで決めた仮定にすぎず、不具合が生じたら都度修正していく。



さらに、「根っこ」とともに重要と思うのは、「根っこ」から行動にいたるまでの「理屈」を明確にしておくこと。

例えば、「自己満足の最大化」という「根っこ」から「働く」という行動にいたるまでの「理屈」を考えてみると、『「自己満足の最大化」のためには生きる必要があり、生きるためにはお金が必要であり、お金を得るためには「働く」必要がある』というような感じ。

ちなみに、「根っこ」という呼び方に合わせると、「行動」は「葉っぱ」で「理屈」は「茎」というイメージ。



ということで、なんらかの行動をするたびに「根っこ」の再確認と「行動(葉っぱ)」にいたるまでの「理屈(茎)」を付けていきたい。

なお、逆に言うと、なんとなくで行動してはいけない、ということ。





ちなみに、「根っこ」と「理屈」の把握は、前回書いた「内在的論理を知る」という話に通じそうだ。
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2018-08-16 10:03 : 雑記 : 編集
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ちゃーも

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