客観的な金持ちと主観的な金持ち・・・

「なぜ世界は存在しないのか」(マルクス・ガブリエル 著、清水一浩 訳)という本の感想、2回目。


「形而上学」「構築主義」「新しい実在論」の比較が印象的だった。

・形而上学:現実を観察者のいない世界と考える
・構築主義:現実を観察者にとってだけの世界と考える
・新しい実在論:現実を上記2つの両方を含んだ世界と考える

例えば、AさんとBさんが富士山を見ている状況において、「富士山がある」と考えるのは形而上学で、「Aさんが見ている富士山とBさんが見ている富士山がある」と考えるのは構築主義であり、それらすべてがあると考えるのは新しい実在論。

あるいは、客観的な現実世界があると考えるのが形而上学、現実世界は主観的な想像にすぎないと考えるのが構築主義、客観的でもあり主観的でもあると考えるのが新しい実在論、という感じだろうか。

もっと言うと、形而上学的には世界は誰が見ても同じに見え、構築主義的には世界は人によって異なって見え、新しい実在論的には世界は人によって異なって見える面もあるし同じに見える面もある、となるのかな。



なんだかわかったようでよくわからない話であり、正しく理解できているのか不明だけど、「世界は人によって異なって見える面もあるし同じに見える面もある」というような考え方は仕事をする(お金を稼ぐ)上でも重要だと思うので、そのような(新しい実在論的?)考え方をもっと意識して資産形成に励んでいきたい。




また、ちょっと違うかもだけど、新しい実在論的?なことはお金についても言えそうだ、すなわち、お金の価値は客観的でもあるし主観的でもある。

例えば、誰が持っている1万円も同じ価値があるという意味では客観的だけど、1万円に感じる価値は人によって異なるという意味では主観的。

主観的という点において、1万円に感じる価値は金持ちよりも庶民の方が断然大きいに違いない。

そして、この点をまく利用すると客観的には庶民だけど主観的には金持ち(に感じる)、なんてことが可能かも。



ということで、客観的な金持ちにはなれそうにないのでせめて主観的な金持ちを目指していきたい・・・。







最後に関連箇所の抜粋。
形而上学は現実を観察者のいない世界として一面的に解し、また構築主義は現実を観察者にとってだけの世界として同じく一面的に解することで、いずれも十分な根拠なしに現実を単純化しているからです。ところが、わたしの知っている世界は、つねに観察者のいる世界です。このような世界のなかで、必ずしもわたしには関係のないさまざまな事実が、わたしの抱くさまざまな関心(および知覚、感覚、等々)と並んで存在している。この世界は、観察者のいない世界でしかありえないわけではないし、観察者にとってだけの世界でしかありえないわけでもない。これが新しい実在論です。

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2019-02-23 15:03 : 雑記 : 編集
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ちゃーも

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