テレビドラマも馬鹿にできない・・・

「なぜ世界は存在しないのか」(マルクス・ガブリエル 著、清水一浩 訳)という本の感想、4回目。


著者は映画やテレビドラマが好きなようで、それらを事例に挙げて説明している箇所が複数あった。

また、最終章ではまさに映画やテレビドラマをテーマにしており、次の記述が気になった。
テレビを観ることによって、わたしたちは「すべてを包摂する唯一の世界が存在する」という妄想から自らを開放することができます。テレビドラマシリーズや映画を観ながら、ひとつの状況にたいして、さまざまに異なる複数の見方を展開することができるからです。(中略)映画は、基本的な意味で「何でもないことをみせるショウ」 ――すなわち存在しないものをみせるショウ、無についてのショウ――にほかならず、また「そのなかでいっさいが生じる唯一の世界、何が実在で何が虚構かを決めている唯一の世界が存在する」という固定観念を超える数多くの解釈可能性に取り組むものにほかなりません。実在的なものとして存在するさまざまな見方の多数性を認めるということが、まさに、不必要な統一性を目指すことのない現代的な自由の(そして現代のテレビドラマシリーズの)ポイントであるわけです。

世界にはいろいろな見方が存在することをテレビドラマや映画は教えてくれる、ということのようだ。

確かに、例えば江戸時代の人たちは世界を画一的にしか見ることができなかったかもしれない。

一方、映画やテレビだけでなくインターネットまで普及した今となっては、いろいろな考え方があることや自分たちとはまったく異なる世界(社会)があることを皆知っている。

テレビ不要論みたいな話も聞くけど、テレビも馬鹿にはできないなと改めて感じた。なにごとも「道具は使いよう」なんだろう。



なお、まったく低レベルな話になってしまうが、自分は学生時代まではテレビドラマに興味が無く(というより馬鹿にしていたような)ほとんど見てなかったけど、最近は社会勉強?もかねてけっこう見ている。

社会経験の乏しいさえない自分はテレビドラマで疑似社会経験を積んでいる(つもり)。

また、勉強という意味では、ドラマ内の各シーンで次のようなことを勝手にアレコレ考えて(シミュレーションして)いるような。
1.自分だったらどうするだろうか?どうするべきだろか?
2.常識的にはどうするのか?
3.テレビドラマ的には(視聴者ウケを狙うために)どうしてくるのか?

まあでも、相変わらずさえないままであることを考えると、疑似社会経験の効果はあまり無いのかも・・・。



ということで、「道具は使いよう」と考えて、テレビや映画もより効果的に使っていきたい・・・。
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2019-03-01 07:05 : 雑記 : 編集
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ちゃーも

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