他人の謝罪は蜜の味・・・

「THE RHETORIC 人生の武器としての伝える技術」(ジェイ・ハインリックス 著、多賀谷正子 訳)という本の感想、5回目。


「謝罪」に否定的な記述が印象的だった。
謝罪は過去に起きた非難すべき事柄に焦点をあてるだけでなく、目の前の問題の解決も遅らせてしまう。自分を卑下する行動をとっても、相手の存在を持ち上げることにはならない。結局、間違っていたところを直すことで相手を持ち上げることが、長期的な視点から見て、双方に充足をもたらすのである。

どんなときでも謝るのが間違いだ、と言っているのではない。人は謝罪を期待するものだし、謝罪の言葉自体は悪いものではない。ただし、「礼儀にかなうことをする」ということ以上の役割を謝罪に望んではいけない。

堂々としたまま被害者のことを気にかけていると示し、自分が求めている高い水準の話をし、問題を解決すればいいのだ。もし、可能であれば、悪いニュースを誰よりも先に知り、その対策を誰よりも先に打ち出すこと。そして、未来のことに話を向け、前に進むことが大切だ。

謝罪は礼儀的には必要だけど、必ずしも有効ではない、ということのようだ。

必ずしも有効ではない理由は次のようなことと理解した。
1.過去に焦点を当てる謝罪よりも、未来志向の問題解決の方がお互いのためになる
2.謝罪は謝罪者に自己卑下を強いるだけで相手を持ち上げるわけではない


ただ、アメリカ人が書いた本なので日本とは事情が異なるかもしれない。

日本人は謝罪にこだわりがあるように思うし、他人の謝罪を見るのが大好き(他人の謝罪は蜜の味)なようにも思うし、謝罪させて(頭を下げさせて)一件落着の水戸黄門も人気だし、・・・。

というようなことを考えると、日本では、謝罪は礼儀的にも必要であり、必ずしも有効ではないけど、謝罪が無いと許されない、という感じだろうか。


そんな日本おいて、「すみません」が口癖のさえない自分は謝罪という甘い蜜を自ら進んで振る舞うことでなんとか生き延びていると言えるのかもしれず、謝罪は自分にとっては必要不可欠な生命線なのかもしれない。

他人の謝罪は蜜の味の日本に生まれてきたおかげで、さえない自分は(蜜運びという裏の仕事を得て)なんとか生きていけているということか・・・。



ということで、毎度毎度さえない記事ですみません、と頭を下げて一件落着・・・。
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2019-07-28 07:11 : 雑記 : 編集
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ちゃーも

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