生化学的幸福観 VS ブッダの幸福観

「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」(ユヴァル・ノア・ハラリ 著、柴田裕之 訳)という本(上巻)の感想、2回目。

幸福について、生化学的な見方とブッタの見方の違いが印象的だった。関連箇所を長々と抜粋。
もし私が幸福を儚い快感と同一視し、もっともっとその快感を経験することを渇望したらなら、快感を絶えず追求するよりほかにない。ついに手に入れても、その快感はすぐに消えてしまうし、過去の快楽の記憶だけでは満足できないので、また一からやり直さなければならない。この追求を何十年も続けたとしても、永続的な成果はけっしてもたらされない。それどころか、そのような快感を渇望すればするほど、ストレスが高まり、不満が募るだろう。真の幸福を獲得するためには、人間は快感の追求に鞭を入れるのではなく、それにブレーキをかける必要があるのだ。

ブッダのこの幸福観は、生化学的な見方との共通点が多い。快感は湧き起ったときと同様にたちまち消えてしまうし、人々は実際に快感を経験することなくそれを渇望しているかぎり、満足しないままになるという点に関して、両者の意見は一致している。ところが、この問題には二つのまったく異なる解決策がある。生化学的な解決策は、快感の果てしない流れを人間に提供し、けっして快感が途絶えることのないようにできる製品や治療法を開発するというものだ。一方、ブッダが推奨するのは、快感への渇望を減らし、その渇望に人生の主導権を与えないようにするというものだった。

今のところ、人類は生化学的な解決策のほうにはるかに大きな関心を抱いている。ヒマラヤの洞窟の中の僧侶や浮世離れした哲学者が何と言おうと、資本主義という巨人にとって、幸福は快楽であり、そこに議論の余地はない。一年を過ぎるごとに、私たちは不快感への耐性が下がり、快感への渇望が募っていく。科学研究と経済活動の両方が、その目的に向けられ、毎年、より優れた鎮静剤や新しい味のアイスクリーム、より快適なマットレス、より中毒性の高いスマートフォン用ゲームが生み出され、私たちはバスが来るのを待つ間、一瞬たりとも退屈に苦しまないで済むようになる。

幸福になるために、生化学的な現象である快感を求め続けるべきか? それとも足るを知って快感の追求を辞めるべきか?

個人的には、しんどい競争をしてまで快感を求め続けるよりも、(それで生きていけるのであれば)足るを知って現状満足の方が魅力的だけど、今の社会でそれは許されないように思う。

すなわち、社会も経済も個人も成長し続ける(成長することに快感を見い出してそれを求め続ける)ことが正義であり、成長し続けないと生き残れない。足るを知って現状満足は悪であり、死が待っているような。


ただ、生き残れる程度に成長しないといけない(快感を求めないといけない)のは仕方ないとしても、成長すること(快感を求めること)自体が目的になってしまわないようには気をつけていきたい。

どの程度成長や快感を求めて、どの程度現状で満足するか、幸福感を最大化(自己満足を最大化)するためにはそのバランスが重要になりそうだ。



ということで、成長・快感追求と足るを知るのバランスを意識して資産形成に励んでいきたい・・・。





ちなみに、サラリーマンとして働いているということは、人々の快感への欲求を刺激し続ける活動に参加しているということであり、したがって、他人には快感の追求だけを押し付けようとしてことになる・・・。

今の時代、それは善行・・・。
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2019-10-26 08:18 : 雑記 : 編集
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ちゃーも

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